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第2章 沈黙の使い方

図書室に連れていかれて、彼女は言った。


「“恋人っぽい沈黙”の練習、してみたい」


沈黙に種類がある、と初めて意識した。

目を合わせないための沈黙、考えるための沈黙、安心させるための沈黙。

俺が得意なのは、最初のやつだ。


机を並べて座ると、彼女は勉強道具を出した。

俺も出した。道具を出すことは、退路を断つことだ。

話さない時間が始まり、俺は自分の呼吸の音を数えた。

数え始めるのは、たいてい不安の兆候だ。数字で埋められる隙間は、まだ浅い。


「……こういうの、嫌じゃない?」


彼女が小声で尋ねる。

嫌、ではなかった。むしろ俺は、話さなくて済む関係を好む。

言葉で自分の位置を確定させるのが苦手だから。

ただ、その好みを言えば、彼女にとっての“本気の会話”から逃げることになる。

逃げるのは、今じゃない。だから俺は「嫌じゃない」とだけ言った。


「よかった。分かってくれる人、少ないから」


“分かってくれる”は、たぶん俺に向けられたものではない。

誰に対しても言える言葉のかたち。でも、今この距離で言われると、それは俺を指す。

言葉は、距離で指先を持つ。


彼女は何度か、質問しない視線をこちらに寄越した。

問いかけではない。確認でもない。

“ここにいていい?”と聞かれたら、たぶん頷けた。

でも彼女は聞かなかったし、俺も頷かなかった。

練習は、どちらにとっても言い訳で、同時に障害物だ。


沈黙の途中で、彼女が息を継いだ。

音は小さいのに、はっきりとした“合図”だった。

ここで話題を変えてほしい、と人は言葉なしに伝える。

俺は気づいたが、変えなかった。

理由は、変えれば“良い人”の仕事を果たすことになるから。

“良い人”は、いつも便利だ。便利なものはすぐ、使い捨てになる。


閉館時間のベルが鳴り、片づける。

帰り際に彼女が言った。「明日、雨かも」

「傘、持ってく」と返したとき、自分が未来形に救われるのを感じた。

明日が続くなら、今日の判断の重さは軽くなる。

軽いと、言えないことが増える。

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