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終章 それでも、放課後は続く

思えば、俺たちはずっと「練習」という名の時間の中で生きていた。

安心のために始めて、逃げるために続けた。

けれどあの放課後の積み重ねは、確かに俺たちを少しずつ変えていた。

何を話したかよりも、何を言えなかったかの方が、今ではずっと鮮明だ。


春。

校庭の桜はまだ蕾のまま。

風は冷たいのに、日差しだけが柔らかい。

彼女は隣を歩いていた。

もう「練習」という言葉は使わない。

それでも、どんな距離感で話せばいいのか、まだ分からない。

分からないままでいいと思えたのは、

分からないことが“本番”の証だからだ。


「ねえ」

彼女が小さく声を出した。

その声を、俺は逃さなかった。

以前なら気づかなかったような微妙な震え。

それを聞き取れるようになった自分に、少しだけ驚く。


「今日の空、きれいだね」

「うん」

たったそれだけの会話なのに、

胸の奥で何かが整っていく感覚があった。

誰かと同じ風景を見て、同じ言葉を交わすこと。

それだけで、少しずつ新しい日常が形を取り戻していく。


前を歩く彼女の髪が、風で少し乱れた。

以前なら、直してやりたいと思っても手を出せなかった。

今は、ほんの少しだけ指が動く。

結局、何もしないまま。

けれど、その“ためらい”さえも、

ちゃんと恋の一部になっている気がした。


歩道の向こう、ファストフード店の窓際の席が見えた。

あのときと同じ席。

中には別のカップルが座っていた。

笑いながらポテトを分け合っている。

俺たちは、思わず顔を見合わせて笑った。

その笑いには、懐かしさも、痛みも、そして少しの誇りもあった。

「練習」じゃなかったと、今なら言える。

あの時間は、ちゃんと“恋の入口”だった。


「ねえ、中嶋くん」

「ん?」

「今、どんな気持ち?」

彼女は、前を向いたまま聞いてきた。

俺はすぐには答えられなかった。

頭で考える前に、心が追いつけなくなる質問だった。


少しだけ考えてから、笑いながら言う。

「……たぶん、練習中」

「え?」

「でも、今度は“本番の練習”」

彼女がこちらを振り返る。

その目が細められて、風に乗って笑う。

「じゃあ、私も付き合う。ちゃんと、今度は本番で」


笑い合って、歩き出す。

沈黙が続いても怖くなかった。

話さない時間の中に、確かに言葉があった。

あのとき言えなかった“好き”のかわりに、

今は、並んで歩く足音がすべてを語っていた。


夕陽が沈んでいく。

影がゆっくりと伸びて、二つの影が重なった。

その重なりが、これから何度形を変えていくのかは分からない。

けれど、もう“練習”ではない。

間違えても、沈黙しても、それごと含めて“本番”だ。


俺たちの放課後は、まだ終わらない。

たぶんこれからも、何度も迷い、遠回りしていく。

でも、そのたびに思い出すだろう。

あの日、初めて袖を掴まれたとき、

自分が少しだけ変わったことを。

そして、彼女がその変化をちゃんと見ていたことを。


日が暮れて、街に灯りがともる。

俺たちは信号の前で立ち止まる。

赤が青に変わる瞬間、

彼女が俺を見上げて、小さく笑った。


「行こっか」


たったそれだけの言葉で、世界が動き出す。

この一歩から始まる未来は、もう“練習”なんかじゃない。

確かに、俺たちの本番だった。

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