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第10章 本番の始まり
冬休み前の最後の日。
屋上の鍵を借りた。
あの場所に、彼女が来ることを願って。
夕暮れ。
空の色が、橙から群青へと変わる。
フェンスの向こうに街の灯りが滲む。
手の中の金属の冷たさが、
今度こそ言葉を出す準備をさせてくれた。
足音。
振り向くと、彼女がいた。
マフラーを外して、髪を耳にかける。
その仕草が懐かしくて、
まるで“あの日”の続きを見ているようだった。
「来ると思ってた」
「来てほしいと思ってた」
言葉が重なって、二人で少し笑う。
笑うことで、怖さを少しだけ誤魔化す。
それでも、目の奥は真剣だった。
「中嶋くん」
「うん」
「練習、終わりにしよう」
「……うん」
「これからは、“本番”でいい?」
「いいよ」
その瞬間、風が吹いて、
髪がふわりと舞った。
彼女が目を閉じた。
俺も、ゆっくりと目を閉じた。
沈黙のあと、
雪の音と、二人の心臓の音だけが響いた。
それが、
練習の終わりであり、
恋の始まりだった。
夕陽は沈みきって、
街に灯りが灯る。
冷たい風が吹いても、
もう怖くなかった。
“言い訳の温度”は消えて、
そこに残ったのは、確かなぬくもりだけだった。




