9話
「さて、ここでは何だから場所を変えようか」
「では、こちらへ」
ユース殿下がそう言うと、クルトさんがサッと出てきた。
えっ?居たの!?あれからいつ戻ってきたの?
存在感が無かったのか、それともクルトさんは公爵家の影なのか??
兎に角、人目に晒されるこの場から一刻も早く離れたい一心で皆に付いて行った。
「どうぞ、こちらをお使い下さい」
案内された部屋には、割りと直ぐに着いた。白を貴重とした清楚な雰囲気で、調度品はとても細工が拘っている部屋だった。
「今、お茶をお持ちします」
そう言ってクルトさんは部屋を出たので、ゆったりとした三人掛けのソファーにユース殿下が座った。
座ったソファーの斜め後ろにセドリックお兄様が立ち、私とビクトルお兄様にローテーブルを挟んだ反対のソファーに座るように、ユース殿下が手で促した。
「私は座らずに、端で立っています」
私はまだビクトルお兄様に怒っていたので、隣に座るのを突っぱねた。
「リリス、座らないのかい~?」
「お兄様の隣は嫌です」
「リ、リリス······」
「ハハッ、まだ怒りが治まらないなら僕の隣はどうだい~?」
ユース殿下は先程のきっちり王子モードではなくなって、少し砕けて話していた。
おどけた様子でポンポンと自分の隣の場所を叩いた。けれど、いくら砕けた様子でも、ビクトルお兄様に怒っていても、ユース殿下の隣には恐れ多くて座れない。
当のビクトルお兄様はすっかり肩を落としてしまった。
「いえ、私は問題ないので立っています」
「さっきもぐったりしてたし、体調悪い子を立ったままにさせるわけにはいかないよ~」
「私が立っています!!」
「え~!?ビクトルは立ってるだけで圧があるからな~」
「······すみません」
ビクトルお兄様はまたしょんぼりしていまう。何か少し可哀想になってきた。
「じゃあ~ビクトルは一人用のソファーに座って。リリスはゆったり座るといいよ~」
ユース殿下がそう言うと、ビクトルお兄様は一人掛けソファーに座った。
ビクトルお兄様の隣ではないのならと、座りあぐねている私を見かねたようで、アル様が手を取ってユース殿下の正面のもう一つの三人掛けソファーに誘導してくれた。
チラリとアル様を見ると微笑んでくれたので、何故かほっとして素直に誘われるがまま手を取って座った。
バッとビクトルお兄様がまた立ち上がったので、ビクッとなってしまった。
「アルベール殿!!」
「······」
アル様はビクトルお兄様の威圧感が平気なようで、無言で私を優しい笑顔で見つめながら手を包み込んで隣に座ってくれている。
あれ?アル様は私の後ろのビクトルお兄様が見えてないのかしら??
もしかして、この綺麗な透き通った緑に近い黄緑の瞳には私しか映ってないのか?と、つい覗き込んでしまう。
周りの雑音なんて全く気にならない程、ずっと綺麗な瞳に私を写していて!という気持ちが沸き上がってくる。
「······リリー」
「はい、アル様」
ほんのり頬をピンクに染めたアル様が恥ずかしそうにしている。
これはとても貴重な表情なのではないかしら?と思って、この目に焼き付けようと見詰めて続けていると。
「「あ"あ"ぁーー!!」」
急に雄叫びを上げたのはお兄様二人。いつになく騒がしくしている。
引き込まれていたのに、我に返らされた。
「駄目だ駄目だ駄目だぁー!!リリスがぁ······ぁぁ······」
「まだ早い!!何でこうなった!?アルに······リーが······」
「んっ?何の話ですか??」
急に叫んでいたかと思ったら、今度は二人して何やらブツブツと独り言を言っている。二人が何を言っているのか、ちょっとよく分からない。
それを見ているユース殿下は笑いが止まらないようで、腹を抱えながら何とか堪えて話をし始めた。
「あはっ、はっ、はぁ~。ぐっぐっ······。いやぁ~リリス、君達兄妹は面白いね~ふははぁ~」
「からかってますよね······」
「ふはは~。それにアルも······うはっ······取り繕えなくなって······くっふっ······いつもと······ぶはっ······」
ユース殿下は笑いすぎて、何を言っているのか全く分かりません。
いや、アル様は冷静に行動できる、素敵な方だと思いますけど?
「あははぁ~······はぁ······笑った~。まぁ~あまりにも君達が二人だけの世界になっているから、兄二人の方がおかしくなったよね~」
そんな二人だけの世界になっていたと思ってなかったけど。
「はぁ~······。笑ったら喉渇いちゃった~」
そう言いながら目の前にあるカップを手に取って、洗練された美しい所作で紅茶を飲んでいる。
こういう姿を見ると、やっぱり王族は一般貴族とは違うと感じる。
んっ??いつお茶が淹れられていたの!?気付かなかった!!
あれ!?クルトさんいるし!!いつの間に!?
それよりも······!!苺のタルト!!そのまま苺!!食べたかったラインナップ!!嬉しすぎる。
しかも、パーティー会場で見た苺よりも大きく赤い。
「わぁ······これ······」
「あぁ、リリーが食べたいと言ったからな」
「そっか~リリスも気に入ったんだ~。アルの苺は美味しいよね~。何たって、僕が何度お願いしてもなかなか持ってきてくれない貴重な苺なんだよ~」
「貴重な苺······。たっ、食べていいのですか?」
「勿論だ。リリーのために用意したんだ」
「えぇ~、僕は食べちゃ駄目なの~?」
「······」
ユース殿下の茶化し気味な問い掛けにアル様は少し嫌そうな顔をして、無言のジト目で見ている。
「まぁ~駄目と言われても食べちゃうけどね~。パクッ。ん~あっま~い」
良しとは言われてないのに、ポイッと口に入れてしまった。
いいなぁ~、美味しそう!やっぱり食べたい······。でも、王族も滅多に食べられない程の貴重な苺だそうなので、すんなり手が出ないでモジモジしていると。
ふわっと甘い香りが近付いてきた。
「リリー、あーん」
「「「「!?」」」」
「えっ?ふぐっ······、もぐっ······」
驚いて口が空いた隙に、苺を突っ込まれた。まさかのアル様が私に手ずからで食べさせてくれた。
そんな事されたら更にアル様にのめり込んで、この沼から抜け出せなくなってしまう。
本当に女性に冷たい方はこんな事しないと思うから、噂やお兄様の間違いなのではないか。
「「「······」」」
「ふぁ~!!美味し~い!!」
「そうか」
あぁ~、この苺は今まで食べた中でも最上級の美味しさだ。アル様から食べさせてもらったという、プラスの味付けが加わっているからかもしれない。この味をしっかり噛み締めないとね。
あぁ~幸せぇ~。
「「あ"あ"あ"ぁぁーーーー!!」
お兄様達がまた叫んでいたがそれは耳に入ってこない程、アル様の微笑みと苺の美味しさを堪能していた。
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