11話
ふわふわとそよぐ風に、ほんのりバラの香りがする。
「······んっ」
うっすらと目を開けると、白い天蓋がヒラヒラと風に舞っている。
ナチュラルウッドカラーの家具や白と薄いピンクを取り入れた小物や布団。好みの見慣れた部屋で寝ていたようだ。
「······私の······部屋?」
私はあの後、気を失ってしまったのだと気付いた。きっとその後、お兄様達に家まで運ばれたのだろう。
ユース殿下と話の途中で大いにやらかしてしまった。
それよりも、アル様への恋心に気付いた瞬間にやらかした、この失態の方がショック。
「はぁ······」
私は小さくため息を付き、頭まで布団を被って考える。
この国ではデビュタント後に婚約する人が殆ど。勿論、貴族社会なので家を大きくしたい政略結婚もあるし、強制的ではないが、昔から仲の良い家同士で結束を強くするために婚約者が決まっている人もいる。
平民ほどではないが、恋愛結婚もある。家格の違いで嫁ぎ先と上手くいかない事もあるので、それは皆さん考えての恋愛をしているようだ。
私の両親もお父様は普通の伯爵家で、お母様は辺境伯家なので特に問題はなさそうだったが、お母様曰く色々あったそうだ。
でも、二人は学園での出会いを経て恋愛結婚をしている。
そのせいか、両親からは自分達の意思に任せると、私達兄妹にはまだ婚約者がいない。
私だって素敵な出会いをして······と思っていたのに、アル様と出会ってしまった。
それも、自分で自覚する前に失態を大いに犯してから気持ちに気付くなんて。
もっと侍女のレティアやメイド達の恋愛話や進められた恋愛小説を読み込んでおけば、失態前に早く気付けたはずなのに······。
こっそりお菓子を食べる事を考えてばかりいた自分を今更ながらに恨む。
しかも、相手はこの国の四大公爵家の一つ。対して私は、何の取り柄もないしがない伯爵令嬢。
アル様は社交界でも一目を置かれる程の方なのだ。そのシルフィード公爵家で行われたガーデンパーティーでの出来事が、社交界で広まらないわけがない。
私だけではなく、お兄様達もやらかしている以上、社交界やこれからの学園生活もお先真っ暗になってしまった。
何より、アル様に嫌われてしまっただろから、もう会ってもらえないかもしれない。
そう考えると苦しくなる。
「ぅぅ~······」
息苦しさから顔を布団から半分出して、声にならない呻きが出てしまうが、はたと気が付く。
アル様ほど素敵な方ならば、もう婚約者がいるのではないかと。
噂では聞いた事はないが、何しろ私は其方の噂はあまり興味が無かったので聞き流している可能性もある。
そうでなくても、あれだけ素敵な方なのだから、お慕いしている方はたくさんいるだろう。アル様は選びたい放題だろうから、友人の妹でこんなちんちくりんなんて見向きもしないだろう。
こんな何にもない私には政略結婚しかないのかな······。
自分でそう考えただけでも、鬱々してくる。
ーーふぁー、そよそよ。
窓からそよぐ風がモヤついた心を取り去ってくれた。
風で天蓋のカーテンが揺れるのをぼーっと見ていると、アル様のシルバーの髪がさらさら靡く姿を思い出してしまい、顔が熱くなる。
でも、今日の醜態を見られてしまったので、嫌われたかもしれない。
そう考えると駄目だ······どんどん気分が沈んでいく。つい、ぽつりと弱音が漏れ出た。
「······嫌われたくない」
思わず涙が出てくる。まだ始まって間もない恋は続けること無く終わる事になるのだろう。
「誰に?」
「!?」
ここにいるはずのない人の声。
今、一番会いたい反面、会いたくない人が私の部屋にいる。
「アッ、アル様!?なっ、何で!?」
夢!?幻!?
いや、夢でも幻だったとしても、婚約者でもないのに、同じ部屋に男女が居てはいけない事くらい子供でも分かる。
アル様はお構いなしにコップに水を注ぎ、私に手渡してくれる。
「飲めるか?」
「······はっ、はい」
おずおずと体を起こし、ベッド上で水を受け取ると一口含んで飲み込んだ。ほんのりミントとレモンの入った冷たいフレーバーウォーターだった。
後味がスッキリとしていて飲みやすく、起き抜けの口の中が爽やかになった。
「んっ、美味しい······」
「そうか、良かった」
フッと微笑んでくれた顔が眩しすぎて、直視出来ず、ゴクゴクと飲み干してしまった。
「もう一杯飲むか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
ひょいっと手から空のコップ取ると、サイドテーブルに置いてくれた。
私は水を飲んで少し落ち着いて、さっきまで色々考えていた事もさっぱりと消えていった。
顔が見れて嬉しいけれど······。恥ずかしいのでどんな顔をしていいのか分からない。
しかも、寝起きで部屋着姿を見せるなんて、この上なく恥ずかしい。
それよりも、アル様が何事もなく接してくれている事の嬉しさの方が、恥ずかしさよりも勝ってしまうのは、惚れた弱みなのだろうか。