4月3日:年子の休日
九重桜と九重三波は九重九人兄妹の仲でも、特段仲がいい。
「で、とりあえず外出したわけだけど…どこか行きたい場所ある?」
「三波が行きたいところでいいよ〜」
こう見えて、桜が姉。三波が弟。
二人は純粋に気が合うというのもあるけれど、一番は憧れから。
桜は四人目の子供。三つ子の兄達のように誰か一緒に生まれた存在がいるわけではない。
勿論それは五人目の子供である三波も同様。
二人はいつも一緒にいる三つ子の兄達の背を見て、双子の様に寄り添い…仲睦まじく成長を遂げた。
三波の留学があったので常に一緒というわけではないけれど、片割れを求めるように毎日ビデオ通話や手紙のやりとりを行っていた。
通信端末をお互いに買い与えられた後は、毎日のようにチャットで他愛のない話をしあう。
大人ばかりの空間にいた三波にとってそれはいい息抜きで。
人間関係に悩んでいた年頃の桜にとってそれは唯一自分になれる時間だった。
ほわほわした穏やかな性格で人から好かれやすい桜。ちょっとぼんやりしすぎなのが難。
しっかりもので賢く面倒見がいい三波。異様に口と性格がきついのが難。
互いの欠点を補うことができるコンビとして完成された二人は、大体いつも一緒だ。
こうして休日を二人で過ごすのも、珍しい話ではない。
「今日はお前の誕生日だろ…本日の主役の要望なら何だって聞くぞ」
「そうだけどさぁ。せっかくだし、三波の就職祝いもしようよ〜」
「そんなの今度でもできるだろ」
「今、今したいよ。本日の主役からの要望だよ、三波」
「強引」
「いいじゃんいいじゃん!主役のいうこと聞いてくれるんでしょ?今ちゃんと何でもって言ったじゃん!」
「しょうがないなぁ…」
「やった。三波は本当に優しいねぇ」
「…これでも手厳しくしているんだが」
「甘さがにじみ出てるよ〜」
「それは…」
「…これは三波のいいところだから。絶対になくさないで」
「…わかった」
ふわふわした空気から一変。笑みを消し、一瞬だけ表情を消した桜の言葉に、三波は従うしかない。
九重家の長男長女はいつもほわほわで過ごしているのだが、重要なときにはちゃんと鋭さを見せる。
今回も、絶対に変えるなと言い聞かせるように。
「それでよ〜し。いい子だね、三波」
「へいへい。もっと褒めろ」
「偉い!三波!凄い!三波!アンビリバボー!」
「若干馬鹿にしてんだろ」
はしゃぐ桜に手首を引かれ、二人の休日へと繰り出していく。
今でこそ、とても仲がいい姉弟。
けれど「あの事件」があるまで…桜と三波は普通に仲がいい姉弟だった。
「みーなみ」
「なーんだ」
「今日はいい天気だねぇ」
「快晴でよかったな」
「本当。晴れて良かった〜」
本日は快晴。
春らしく温かく、優しい日差しが街を照らす。
春風に吹かれた桜の花びらが町並みを彩り、ただの外出に華やかを足してくれた。
「でも、雨でも楽しいと思うよ」
「その心は?」
「私と三波の休日だからです」
「左様で。でも俺的には具体的なプランが聞きたいんですよ、御姉様?」
「ええっと、雨の日でも、博物館とか植物園とか見て回れるでしょ?喫茶店でお茶するのもいいねぇ。なんなら買い物だって、屋内だしさ〜」
「買い物ねぇ」
「あっ…」
ふと、桜は自分がとんでもない地雷を踏み抜いた事を自覚する。
今、桜が着用している服どころか、彼女がよそ行き用としている服は全て三波が選んでいる。
自分のセンスで選べば、奇抜すぎるからという理由だ。
桜としては「サバ缶Tシャツ」や「鳥の顔面がでかでかと描かれたTシャツ」等は可愛い上にセンスもいいと思うのだが…きょうだい全員から「頼むからそれで外出するのはゴミ捨てまでにしてくれ」と頼まれている。
そんな三波が、買い物に…意味深な笑みを浮かべたと言うことは…。
「そういえば春の新作買ってなかったな。行くぞ」
「やだー!三波の買い物長いもーん!」
「それはお前があれもやだこれもやだと駄々をこねるからだろう。仕事もしているんだ。オフィスカジュアル系はいくつあっても問題ないぞ、桜」
「そうだけども〜!」
「それにその普段着も結構経つだろ。買い換えよう。勿論費用は俺が持つ」
「そういうのは彼女に…」
「彼女とかできると思ってんのかよ」
「三波は口が悪いけど優しいし、面倒見がいいし、身長が小さいから男として見られないかもだけど、黒い宇宙人を手袋付きとはいえ握りつぶせるし…格好いいところは他にも数え切れないほどあるから、絶対彼女できると思うんだけどな」
「…ふん」
「好きな人できたら教えてよ。応援するから」
「桜が心配で無理。一人立ちしてくれ」
「状況次第」
なんなら桜は十分一人立ちができている。
三波だけが一人立ちできていないと思い込んでいるが、それは桜が甘えきっているから。
三波があの事件…信頼できる人に裏切られて、手に大やけどを負った事件。
手袋で隠されたその先を見せ、再び誰かのことを信用できるその日まで…桜はずっと寄り添うと決めているのだ。
「で、俺にああだこうだ言うけど、桜はどうなの?彼氏とか?」
「興味ないかな…なんか、こうじゃないって感じ」
「こうじゃないって?」
「なんか、自分の男性観にズレがあるというか…」
「まあ、三つ子の兄さん達みたいなハイスペトリオを間近で見ていたら、そんなことにもなるさ」
「…それだけだといいんだけど」
恋愛話を投げかけられた際、桜の脳裏に浮かぶのは…高校時代の友人。
自分とは反対で、格好良くて、逞しい…どこにでもいる、女の子。
桜の心はまだ迷ったまま。
三波と連絡を取り合っていた時のように、女の子のほうが好きだという異常は…もう消えたと思っていたのに、まだ残り続けている。
これを異常と切り捨てるか。
それとも、受け入れるか。
残念ながら桜の心に答えを出せるのは、きょうだいの中にはいない。
けれどいつか、必ず答えを出さなければいけない日がやってくる。
「桜」
「なぁに」
「毎回言っていると思うけど、俺は家族が敵になっても…俺だけは桜の味方だからな」
「うん。私も同じだからね」
「今は、そういうの全部吹き飛ばして、楽しくやろう。お前には暗い顔なんて似合わないよ」
「ありがと、三波」
二人で並んで、少し駆けて前を進んでいく。
春風に背中を押され、進む二人はまだ道を迷う最中。
いつかは道を別つだろう。いつまでも二人一緒というわけではない。
それがわかっていても、二人は今日を寄り添って過ごす。
今の二人は、二人で過ごせる時間は…今しかないのだから。