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九重さんちの四季折々。  作者: 鳥路
4月:九重家の新生活
10/14

4月4日①:かいだんをおりよう

九重司にとって、自分の世界というものはまだ狭い。

幼稚園に通うようになってから少し広くなったものの、基本的には家が主な世界となる。

そして家族が、自分の世界を構成する主な要素。

そんな家族の事ならば、司は反応がよくなる。


「かずにーに」

「んー」

「今日はごろんの日?」

「そう、だねぇ…ごめんね。あまり体調良くなくて…」


ぐったりとベッドの上に横たわり、辛そうな顔を司へ見せないように小さく微笑む。


双馬と深参は健康体であるが、一馬はそうではない。

生まれつき虚弱体質である彼は幼少期から入退院を繰り返し、高校入学前にも吐血して倒れ、一年浪人した。

今もその体調不良と付き合いつつ、彼は生活を営んでいる。


そんな入院費用と手術費用。実は九重家で賄われていない。

父親に連れ回されて得た「人脈」

そして自分が得た「人脈」

その先にいる名前を出すのも恐れ多い方々が一馬を死なせないように、治療環境、薬、医者…全て最高峰を手配しているのだ。

全ては最高峰の「相談役」を死なせないために。

その実態は双馬と深参でさえ知らない。

———どんな人物でも、触れてはいけない。


「今日はええっと…」

「今はかなねーねだけ」

「司一人だと不安だし、ここで遊んで貰えるように…いや、トランペットのけほっげほ…」

「かずにーに?」


咳が止まらない。

苦しそうに胸を押さえる一馬の姿に不安を覚え、司は慌てて部屋を出て行く。


「…かなねーね呼んでくる!」

「あ、つか…げほっげほっ…」


一馬の部屋を出て、司はまず奏の部屋を見に行く。

奏の部屋は桜の部屋と共同。

桜は今日仕事に行っているので不在。

いるなら奏だけになるのだが…奏は部屋にはいなかった。


九重家の子供達は大体が二人部屋。

一馬と双馬で一部屋。両親が亡くなったタイミングで一部屋空いたので、一馬が「別々にしようか」と提案したのだが、一馬を一人で放置できない双馬が断固反対したので未だに二人部屋。司も今は基本的にここで寝ている。

三波が一部屋。かつて深参が使用していたのだが、深参が別居を正式に決めたタイミングで三波の帰国も決まったので、入れ替わる形で使用している。


それから、桜と奏で一部屋。

桜は元々一人部屋だったのだが、そろそろ部屋が欲しいと言ってきた奏に「誰と一緒の部屋がいい?」と聞いたら桜だった。


そして、志夏と音羽がそれぞれ一部屋。

最後に、空き部屋が一つ。両親が使っていた寝室だ。


シェアハウスだった名残で、全室鍵が付いており、プライバシーは確保されていたりする。

勿論その鍵はリビングで全て管理をしている。

滅多なことがない限り、誰もその鍵束には触らない。


「かなねーね、地下かな…」


奏がいないことを確認した司は、階段の方へ向かうが…そこで足が竦んでしまう。

今の司は、安全に考慮して…一人で階段を降りることを禁止されている。

手すりにはまだ手が届かない。だから降りるとしたら…壁に寄り添いながら進む必要がある。

時間はかかるけど…それでも。


「…あとで、ごめんなさい。しないと」


ゆっくり、一段ずつ。恐る恐る階段を降りていく。

普段は誰かが一緒のその場所は、高くて、先が見えなくて…足が竦んでしまう。

怖い。けれど先に進まなきゃいけない。

たまに滑りそうになるので、道中で靴下を脱いだ。

裸足だと、滑りにくくなった気がした。あくまで、体感だけど。

慎重に階段を降りてから、一階へ。


「ふぅ…」


安堵した司は、先にリビングへ見に行く。

本音を言えば、リビングに奏がいてほしいのだが…。


「やっぱり…地下…」


リビングには誰もいない。

じゃあ奏の行先は…地下の防音室。

そこでトランペットの練習をしていることになる。

地下に行くためには、更に階段を降りる必要がある。


「…かなねーね、地下から出てきてくれないかな…」


司の願いは奏に届かない。

奏に会うためには、自分から地下へ向かう必要がある。


「うううう…」


上のきょうだい達が心配してくれたおかげで、司は一度も階段から落ちた経験がない。

だからこそ怖い。もしも落ちたらと思うと、とっても痛いんだろうなと。

でも、今「痛みを感じている人」は…司ではない。


「ゆっくりおりよ…」


地下への階段を再び降りる。

恐る恐る、一段ずつ。再び慎重に。


「ふひー。喉渇いたー」

「あ」

「お、司じゃん。なんでなんで?」


階段を降りて半分ぐらい。

奏が防音室から出てくる。

階段を降りかけの司と部屋を出てきたばかりの奏。

二人は目を合わせて、奏は不思議そうに。

司は、その顔を見て安堵しきってしまった。


「かなねーね」

「うげ、なんで泣くの!?私何かした!?」

「てぇ〜」

「あ、分かった。手ね。私に用事?」

「ん」

「わかったわかった。とりあえず上にいこっか」

「ん」


奏に両脇を抱えられ、司はひょいひょいと階段を昇らされる。

緊張が解けたこと、奏に会えた安堵。

そして早く一人で階段を上り下りできるほどに成長したいと、様々な感情を込めて泣き尽くした司は、奏に背を押されつつ、リビングに案内された。

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