冬のホーム
雪がちらつく中、静かな駅のホームに美奈子は立っていた。かじかむ手をコートのポケットで温めながら、発車を待つ電車の方をぼんやりと眺める。行先を告げる案内に次の電車の時刻が表示されるが、美奈子はそれを確認する気もない。ただ寒さに耐えながら、記憶の中にある一つの場面を思い出していた。
十数年前、この同じ駅で彼と別れた瞬間だった。
彼の名前は健二。大学時代の同級生であり、彼女の初恋の人だった。出会ったのは卒業間近の頃で、お互いが抱いていた夢や未来の話を無邪気に語り合い、毎日のように二人で過ごした。恋に落ちるのはあまりにも自然だった。しかし、大学を卒業すると、それぞれの道を歩むことになる。美奈子は地元の小さな会社に就職し、健二は大きな都市で働くことになった。
それでも、二人は離れることを恐れず、遠距離恋愛を続けた。健二は忙しいながらも手紙を書き、美奈子は駅で健二を待ち続けた。たまの週末、彼が仕事を抜けて帰ってくると、駅で抱きしめ合い、その時間を何よりも大切にした。しかし、やがてその時間も次第に短く、少なくなっていく。彼の仕事はますます忙しくなり、美奈子の心には不安が広がっていった。
ある日、健二から「話がある」と電話が入った。それが最後の会話だった。その後、美奈子は駅で彼を待ったが、彼は現れなかった。理由も告げず、彼は突然美奈子の前から姿を消した。
それからしばらく、美奈子は深い悲しみに沈んだ。なぜ彼が姿を消したのか、その理由を考え続けたが、答えは得られなかった。健二との思い出が詰まったこの駅は、美奈子にとって苦しい場所となり、自然と訪れることもなくなった。
その日も、少し酔った帰り道の途中でこの駅を通るだけだったのに、ふとした瞬間、足が止まり、ホームに降り立ってしまったのだ。美奈子は何も考えず、立ち尽くしていた。
すると、ふいに人混みの中から、懐かしい顔が視界に入った。見間違いかと思ったが、確かにそこにいたのは健二だった。年を重ねた彼の姿は少し変わっていたが、目の奥に残る優しさは昔のままだった。美奈子の胸は一気に高鳴り、言葉が出なくなる。
しかし、次の瞬間、彼の隣に女性が立っているのが目に入った。健二の腕に寄り添うように立つその女性は、彼の妻であることが一目で分かった。小さな子どもを連れたその姿を見て、美奈子は瞬時に理解した。二人の間にもう戻る場所はない。健二は、もう別の人生を歩んでいるのだ。
美奈子は胸の奥に冷たい痛みを感じながら、すれ違う一瞬、目が合ったように思えた…何かを言いかけるよりも、何も言わない方が互いのためだと分かっていた…
電車が到着し、扉が開く音が聞こえた。健二は女性と子どもを連れて、電車に乗り込む。その姿を見送る美奈子は、もう二度と会うことはないと感じながらも、心のどこかで安堵していた。健二が幸せそうであれば、それでよかったのだと。そして私がこうして今も暮らしていることをわかってもらえたかもしれないと…
電車のドアが閉まり、発車のアナウンスが流れる。美奈子はドアの窓に映る自分の姿を眺めながら深く息を吸い込んだ。次の電車に乗る準備をしながら、彼女は自分の人生に戻る決意を固めた。
過去の思い出は美しいが、永遠に過去のものであるべきだ。彼女は自分自身の人生を歩むべき時が来たと感じた。
電車が走り去る中、美奈子は静かにホームを後にした。寒さが彼女の頬を刺したが、心の中にはほんの少しの温もりが残っていた。