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そこまで

 リリヤの暮らすこの国の末王女は、まだ十三歳だ。

 それでもやはり王族であり、その美しさと気品は幼いながらも立派な存在感を示して、未婚令嬢の間では年下といえど尊敬されていた。

 彼女の手腕により、南の離宮にある大庭園はこのお茶会のためにテーブルが用意され、その上には華やかなティーセットやお菓子が品良く配置されていた。

 公爵令嬢であるリリヤが案内されたテーブルは、まだ来ぬ王女の隣だ。そしてその向かいの席にはロザンヌと――ヴァハルが座っていた。

 この配置はわざとだろう。そうでなければ子爵令嬢のロザンヌが、こんなに王女に近い位置に座れるわけがない。

「あらごきげんよう、リリヤ様。お久しぶりね」

 着席しないリリヤに先に声を掛けたのはロザンヌだった。可憐な薄桃色のドレスにふわふわとした髪型が相まって、存在自体が砂糖菓子のような人物だ。だがその中身は決して甘くはないことを、リリヤは知っている。

「あら忘れたの? 五日前の舞踏会ぶりよ? だけどロザンヌ様が連日お茶会に忙しいという噂は耳に入っていますもの。貴女にとっては久しぶりなのかもしれないわ」

 リリヤの悪評をばらまくために、せっせと呼ばれてもないお茶会に押しかけている事を仄めかすと、ロザンヌの眉間に皺が寄った。

 んんっ、と咳払いが割って入る。ヴァハルだ。

「座りなよリリヤ。ロザンヌもうっかり言葉を間違えただけで、悪気があったわけじゃない」

 悪気がない人間が、婚約者を奪うだろうか。そしてまるで中立だと言わんばかりのヴァハルの態度も、リリヤの気に触った。

 リリヤは自分が思う最上級の笑みを作りヴァハルに向けた。

「まあ、嫌だわ。『ログル公爵令嬢』ですわよ。私たち、そんなに親しい関係じゃありませんよね? 『ヴァハル・ドユーズ伯爵令息』?」

 周囲のテーブルにはこのやりとりが聞えているのだろう。クスクスという忍び笑いが聞えてくる。それは恐らくヴァハルの耳にも入っているようで、「婚約破棄した癖にまだ自分のもののように名前を呼ぶなんて恥知らず」というリリヤの真意は正しく伝わっているようだった。

 貴族にとって他の人間の醜聞などただの娯楽だ。正しいか正しくないかより、面白いか面白くないかが重要なのだ。今日この場に来るまでの数日間、ロイの妻であるマナに社交での立ち位置や関係性を含めてたたき込まれた。

 決して舐められてはいけない。決して弱さを見せてはいけない。正しいのならなおのこと、自分の正当性を主張するために相手の弱点を執拗に攻めること。そしてそこに僅かに、周囲へのエンターテイメント性を加えれば、あとは勝手に噂は広がるだろうと。

 ――ほら、やっぱりロザンヌ様が婚約者を奪ったのよ。

 ――そうよね、リリヤ様はいつもヴァハル様を立ててらしたもの。ただの浮気よ。

 ――お茶会に押しかけてはリリヤ様の悪口を言ってたけど、下品だったわ。

 令嬢たちの遠慮のないヒソヒソ声は、美しい庭ではよく通る。ヴァハルとロザンヌの顔が羞恥に染まった。

「き、君は随分変わったね、ログル公爵令嬢。この場にも来ないと思ったのに」

 過去ヴァハルに尽くしていた時には、彼のために一歩下がり、常に地味に徹していたリリヤだ。まさか華やかなドレスに身を包み、真っ向からヴァハルに皮肉をぶつけてくるなんて。ヴァハルにしてみれば、青天の霹靂なのだろう。頬がひくついているのが見て取れる。

 どちらが正しいのかは、あとは周囲が勝手に判断してくれるだろう。リリヤはやれるだけの事はした。ロイの妻であるマナに随分鍛えられて、昔の自分ではあり得ない言い回しで撃退することができたと思う。

 ホッと胸をなで下ろした所で、「ハッ」とロザンヌが嗤った。

「どうしたんですかリリヤ様。随分好戦的ですこと。ヴァハルに泣いて縋った姿からは想像できませんわ」

 今までリリヤが見てきたロザンヌの、仮面が剥がれた瞬間だった。

 それだけ追い詰められているのだろう。リリヤの想定内――いや、ロイの妻であるマナの想定の範囲内だったことに内心舌を巻いた。貴族にとって社交の場は戦場だ。マナはどれだけの戦場を駆けてきたのだろうか、味方にいれば心強いが間違っても敵に回したくない。

 ここが正念場だ。リリヤは顎を引き、努めて平静を装った。

「私が泣いて縋った事実はありませんわ」

 実際『今回』のリリヤはヴァハルを引き留めた覚えがない。ロザンヌにどうぞどうぞと引き渡したくらいだ。だがそれを知っているのはリリヤを含めて当事者の三名だけとなれば、強く訴えた者の勝ちだろう。

「ですけれど、確かにヴァハル・ドユーズ様が婚約破棄を私に申し入れた時は、貴女がいらっしゃいましたね」

 リリヤの言葉に周囲がざわついた。気がつけばいくつもあるテーブルの令嬢たちは、このテーブルの周囲に距離を置いて集まっている。娯楽として大好きな醜聞が見られるのだ、かぶりついて見たいたいのだろう。

 だが気持ちが昂ぶっているらしいロザンヌは、周囲の白い目に気付かない。

「ええ、ええ! だから言ってるのよ。私は見たもの、捨てないでと泣いて縋って、ヴァハルに袖にされる貴女をね」

 フンと勝ち誇った顔をし、隣のヴァハルの腕に身体を寄せた。

 だがヴァハルは反対に顔色をなくした。

「ろ、ロザンヌ――」

「そこまで」

 掠れたヴァハルの言葉を何者かが止めた。



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