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 ロイの妻であるマナは、大陸一の強国、リモッシア皇国の貴族から嫁いできていた。意外にもこれは政略結婚ではなく、優秀な頭脳を持つロイが在学中留学した際に、リモッシア皇国で二人は恋に落ちたのだ。

 だからといって、ロイがグラシスを自宅に泊める程仲がいいとは思っていなかったし、過去98回がそうであったようにロイと一緒にリリヤの元へ来るなんて思ってもいなかった。

 応接室のソファへと場所を移し、メイドの淹れたお茶を飲んだ。

 目の前にはロイ、そして何故か隣にはグラシスがいた。

「あの、殿下」

「グラシィって呼んでくれる? 殿下って呼ばれ方は好きじゃない」

 さっきロイは普通にグラシスと呼んでいた気がするし、昨日は騎士達が殿下と呼んでいた気がする。だがそう言ってくるグラシスの圧を強く感じてしまって、リリヤはしぶしぶそれを受け入れた。

「……グラシィ様」

「呼び捨てがいいんだけど……まあいいか、なんだいリリヤ?」

 先程と打って変わって上機嫌な様子だったが、距離が近い。肩を抱いてこそいなかったが、ソファの背もたれに腕をかけ、今にもリリヤにもたれかかり兼ねない距離だった。どう考えても未婚の男女の距離ではない。

「皇気を抑えろ、グラシス。まったく……リリヤ、なんでもかんでも言う事を聞かなくていいんだからな。リモッシア皇国の皇族には皇気という特別な力が備わっているから、気を抜くとなんでも言う事を聞かされてしまうぞ」

「人聞きが悪い」

「事実だろ。君の力は強すぎる。特にその目。それで覗き込まれたら、僕だってなんでも叶えてやりたくなってしまうから危険だ」

 室内の光を受けて輝くグラシスの瞳に、まさかそんな力があったとは。驚くリリヤに、グラシスは笑う。

「まあね。だからこそ、皇気を拒絶できたリリヤが気になってたんだ」

「あ……あの時」

 昨日名前を聞かれ、それをリリヤは断った。なるほど、通常であればグラシスが望んだなら全て叶えられていたのだろう。だから彼はリリヤに興味を持った。

「女性はね、特にこの皇気が効きやすい。誰も彼もが俺のいいなりになってしまって実につまらないんだ。だからリリヤは凄くいいよ」

 褒め言葉のつもりかもしれない。だがそう言われても、リリヤは全く嬉しくない。

 他人の思い通りにならないことは、例えそれが他国の皇族相手だろうと喜ばしい。もうリリヤは誰の身勝手にも振り回されたくはなかったから。

 だがだからと言って、特別な力に振り回されている女性をつまらないと言い切る男に持ち上げられても、何一つ嬉しくなかった。

 肩を抱こうとするその手をペチンと叩き、ぎろりとグラシスを睨み付けた。

「私は私のために在るのであって、貴方を楽しませるためじゃないわ。それに、あまり女性を馬鹿にするような発言は慎んでちょうだい。貴方の国ではどうか知らないけれど、それはとても失礼なことよ」

 皇族に対する礼儀を取り払ったリリヤの言葉に、グラシスは驚きに目を瞬かせ、それからプッと吹き出した。

 大きな声を上げて笑う男に、リリヤは馬鹿にされたような気持ちになる。笑いが止まらないグラシスの代わりに、ロイが眼鏡をあげて言葉を発した。

「女性を軽んじるなと、まさに僕がかつてグラシスに伝えた言葉だよリリヤ。全く、君までこんな厄介な奴に気に入られてどうするんだ?」

 やれやれといった様子のロイと、笑いがようやく収まったグラシス、二人の視線がリリヤに集まる。

「ふ、ふふふ。流石従兄弟だな。気に入ったよリリヤ、君を僕の妻にしたい」

「おい」

「へっ?」

 突拍子のない言葉に、淑女らしからぬ声が溢れたのは仕方がないだろう。

 昨日の今日出会ったばかりの男、それも強国の皇位継承者が結婚したいと申し出ているのだ。記憶通りであればリモッシア皇国は一夫一妻制だ。側室という線がなければただの軽口だと思うのが正しいだろう。

 だが。

 グラシスはソファに座り直し、その長い脚を組んだ。

「さてそうなればリリヤ。まずは君の汚名をそそぐぞ」

 ゆったりと腕を広げるその堂々とした態度は生まれながらの支配者であり、鋭い瞳には冗談を言っている様子も微塵もなかった。

「だけど――いえ」

 リリヤに婚約破棄を突きつけたヴァハルは、真実の愛であることを広めるべく恋人であるロザンヌと共に様々なお茶会に突撃している。

 その中の一つが、ロイの屋敷で行われたものだった。たまたま彼らの夢物語のような演説を聞いたロイが、慌ててリリヤの元に駆けつけてくれた。そして過去98回は、リリヤがそれを全て拒絶している。あまりにも自分が惨めで、彼らのことを何も耳に入れたくなかったのだ。

 だから99回目の今回は、逆にロイに協力を求めるつもりだった。彼らが吹聴する噂を逆手にとって、真実を伝えたいと考えたのだ。

 どう考えても婚約中に浮気をする方が悪い。百歩譲ってそれを認めても、だからといって何もしないリリヤの悪評を広めるのはやり過ぎだというものだ。

 以前のリリヤなら人々の噂を気にしてベッドの中で震えるしかなかった。後ろ指を指されることを極端に怯えていた。だけど今はもう違う。どうせ何かあろうと、また時間は戻るのだ。何度だって試せる。そんなおかしな前向きさがあった。腹をくくった、もしくは吹っ切れたと言ってもいい。

 協力を申し出てくれたグラシスだったが、親族であるロイとは違い縁もゆかりもない大国の皇太子だ。大事になってしまわないかと一瞬考えたが、まあいいかと思い直した。

(どうせ今回だけだわ)

 百回目では協力してくれないかもしれない。それなら今回彼の協力を受け入れて、その結果どう動くのか試させて貰うのも悪くない。そう思えば、なんだかワクワクしてくるようだった。

「そうね。グラシィ、是非お願いしたいわ」

「成功した暁には、俺の妻になってくれる?」

 グラシスはリリヤの手を取り、昨日と同じように甲にキスをした。その瞳は細められているが、どこか猛禽類を思わせる。これが皇気というものなのかもしれない。だが強制されている気持ちにはならないため、リリヤにはそれを容易く断れる。

「ええそうね。喜んで」

 だからリリヤが申し出を受け入れたのは、別に皇気にあてられたせいではない。どうせあと四日もすれば、また時間は巻き戻るのだから。だからそれまでの間、リリヤの雪辱を晴らしてすっきりする、その手伝いをして貰えたら良いのだ。その条件が、実現しない次期皇帝の妻という立場なら、もはやリリヤにとって約束などないも同然だ。

「だからどうぞ私を助けてちょうだい」

「もちろん」

 卑怯になったものだと、リリヤは自嘲する。全てを滅茶苦茶にして、何もかもを傷つけてやろうとまでは思っていない。だけど押しつけられた悪い評価を否定するくらいは、当然の権利だ。

 例えそれが、他国の皇太子を利用しようとも。確実な方法があるのなら、それに超したことはない。


 傷つけられた99回分の恨みは、ただ尽くすだけだったリリヤを強かな存在に変えたのだ。


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