もしかして浮気してる?
小さい頃から好きだった美男美女幼なじみ同士で付き合って結婚するほのぼのした話です。
「これなに?」
出勤しようとしている翔を呼びとめる。
加奈子は今日は在宅勤務のためまだ化粧もしていない寝巻姿だ。
仕事が始まる前に洗濯をまわしておこうとしたところ、知らない女もののハンカチを見つけた。
「え?なに?聞こえない!もう遅刻しそうだから行くね!」
本当に聞こえていないのか、聞こえているけれどごまかしているのか、翔は出勤していってしまった。
加奈子と翔は2か月後に入籍を控え、3か月前から同棲を始めている。
といっても、加奈子と翔の母親同士が幼馴染で、小さいころからの仲である。
翔は小さいころからずっと加奈子のことが好きで、今でも加奈子のこと以外、女のこのことなど眼中にないようだったのに、どういうことだろうか。翔もまたほかの人のように実は加奈子をないがしろにしているのか。まさか浮気でもしているのだろうか。
小さいころは、頻繁に翔は母親に連れられ加奈子の家に遊びに来ていた。同い年なんだから2人で仲良く遊びなさいと言われ、母親たちがおしゃべりに興じる間、二人でいつも時間を共にしていた、
加奈子は小さいころ太っていて、加奈子の母親の絶望的なセンスの服装と髪型により正直かわいいとはあまりいわれない少女だった。
一方、翔は小さいころから誰がみても整った顔立ちの美少年で、比較的おとなしい性格だった。幼い頃から加奈子はスリムな姉と比べられて、可愛くない、園田家の系統の顔ではない(不仲の嫁と似ている)と同居の祖母にいわれていたので自分の容姿に自信がなかった。隣に座る翔の太ももと自分の太ももを比べるとなんて大きな太ももなんだろうと自分の体に嫌気がさしていた。
加奈子の容姿が変わってきたのは中学に入ってからである。
自分で友達と服を買いに行ったり、美容室に行ったりするようになり、加奈子の外見は垢ぬけていった。バドミントン部に入ったことで運動量が増え、体は痩せていった。
中学3年が終わるころにはほっそりとした美少女になっていた。
同い年の男子にもよく可愛いと言っていたと友達伝いに聞くようになった。
たまに告白されることがあっても、恋愛とはどういうものかよくわからなかったので付き合うことは無かった。
人に褒められることが多いことには慣れていったものの、加奈子としては太っていて可愛くない自分という幼いころから周囲に植え付けられた根柢の自己認識があり、戸惑っていた。
高校2年の時に久しぶりに翔と会った。母親同士は定期的に会っているようだが、段々と母親について行くことは互いになくなっていた。翔は隣の市に住んでいたので最後に会ったのは10歳の頃だった。
高校2年生から隣の市の大手予備校に行くようになり、そこで再会したのだ。
久しぶりに会った翔は、中高一貫の男子校に通っており、加奈子とは塾のクラスも違った。
翔は東大コースに在籍していて、加奈子は私立文系コースだった。加奈子はそのころ高校の先輩に告白されて付き合ってきたこともあり、翔と深い仲になることはなかった。
高校1年の頃、友達がどんどん彼氏を作る中、カッコイイかな?と遠くから見ていた先輩に告白され、嬉しかったので付き合ってみることにしたのだ。
あ、久しぶり、と挨拶したものの、連絡先を交換するでもなく、そのまま同じ予備校にいる知り合いとして過ごした。翔は東大コースにいるイケメンといわれたりしていたが浮ついた噂もなく真面目に勉強しているようだった。
そして大学で再び再会したのである。
加奈子は東京に上京し、私立大学に進学した。入学式で仲良くなった百合に誘われ、特に興味もなかったテニスサークルの新入生歓迎コンパに参加したところ、まさかの翔がいたのである。
「あれ?翔君だよね!?」
翔は相変わらず整った顔で、格好いいなと思った。
翔が第一志望に落ちたのでこの大学に進学したというので、気まずさに焦ってしまい、相変わらずかっこいいね!小さいころからきれいな顔だったもんね。同じ大学でうれしいなどと口走ってしまった。
自己肯定感の低さから、その場の雰囲気をなんとかしないとと思いがちな加奈子はこのようなことをたまに口走ってしまう。
元カレである高校の先輩とは、先輩が1年先に大学に進学したタイミングで、大学の同級生と浮気され、付き合いは終了していたので、フリーの今、このくらい旧友に言ってもセーフだろう。加奈子は先輩のことが最初好きだったわけではないのに、最後は加奈子のほうが大好きで先輩は浮気をするほどの気持ちになっていたわけである。
加奈子は対外的には調子のいいことを言ってしまうのだが、その実、殻の中にこもっており、それが伝わるのか告白されることは少ない。そのため直接的に好きなどと言われるとすぐに嬉しくなってしまうのだ。
翔は酔っているからか顔も少し赤く、懐かしいねと流されて終わった。
消え入りたい。
百合と翔の友達の圭と4人で話していると4人とも同じ学部であることがわかり、なんの授業を履修するべきかなど話しているうちにお開きの時間になった。
翔ともう少し話したいなと思っていると翔がみんな連絡先を交換しようと提案してくれて、自然にみんなで連絡先を交換することになった。
埼玉の実家に住んでいる百合と千葉に住んでいる圭とは渋谷で別れ、翔と加奈子は二人で東横線に乗って二人で帰ることになった。
「翔君、どこに住んでるの?」
「自由が丘」
「さすが、お金持ちだね~。おしゃれ。」
「加奈子ちゃんは?」
「私は元住吉だよ」
翔の実家は、地元の名士で、翔の中学高校は翔の父親の母校でもある。
「翔君、相変わらずかっこよくて、びっくりしちゃった」
加奈子がくったくなく笑うと、翔の頬は赤くなっていた。新歓コンパで結構お酒を飲んでいたので酔いも回っているのだろう。
お互いの実家の母親のことや大学に入るまでの互いの話、高校時代同じ予備校だったこともあり共通の知り合いの話でネタは尽きず、あっという真に自由が丘についてしまった。
「俺、ここで降りるね。またね、」
自由が丘で翔が先に電車で下車し、加奈子は一人で考えていた。
翔君、かっこよかったな。久しぶりに話したけど、すごく話しやすいし、楽しいし、また会いたいな。けど、あんな格好いいこと付き合っても浮気されるよね。せっかく楽しく話せたし、友達として仲良くできたらいいな。
side翔
小さいころの翔は引っ込み事案で、自分の言いたいことも言えない大人しい子供だった。幼稚園では腕白な同級生に乱暴されることもあり、幼稚園は嫌だ、行きたくない。とよく母親に訴えていた。同世代と関わらせたいと母親に心配されたからか、よく母親に連れられて加奈子の家に遊びに行っていた。加奈子は、翔にいじわるをいうこともなく、いつも楽しい遊びを提案してくれて、翔にも意見を聞いてくれて、加奈子と会うと自分の意見もいえるし、嫌なことは嫌だといっても加奈子は嫌な顔をせず、翔君が嫌ならやめよう!といつも翔を受け入れてくれた。小さいころの加奈子はふくふくとしていて、大きなどんぐりの目に大きなほっぺ、こけし人形のようなおかっぱに眉毛の上で切りそろえられた前髪。翔はそのほっぺもキラキラした優しい目も大好きだった。幼い翔ははっきりと自覚していなかったけれど、翔の初恋だったのだと思う。
翔も成長し、小学校の高学年ともなると、小学校でもそれなりに友達を作り、やっていけるようになっていた。母親の心配も少し減ったことと、中学受験の塾にいき始めたことから加奈子の家に遊びにいくこともなくなった。
勉強に友達との遊びに、日々目の前のことで精一杯で、翔の中でも加奈子の存在は薄れていった。進学したのが中高一貫の男子校だったこともあり、恋愛どころか女の子と無縁のまま高校生になった。父親と同じ東大を目指してと母親にいわれ、周囲も似たようなもので、高1からは予備校に通うようになった。東大コースには女子も少なく、あいかわらず女の子とは無縁だった。
高2になったとき、私立文系コースに可愛い子が入ってきた、と同級生の彰が言っていた。そうなんだと思いつつあまり興味はわかなかった。
ある日、予備校の廊下で既視感のある女子とすれ違った。加奈子だった。
加奈子はすっきりと痩せて、きれいなロングヘアが背中に流れていて、大きな目を瞬かせていた。加奈子の可愛いどんぐり目に面影がある。ドキリとした。
互いに友達といたこともあり、あ、久しぶり、と言ってその場は終わった。
胸にじわじわと加奈子への気持ちが再燃しかけたが
「お前、知り合いだったの?あの子、例の私立文系コースのかわいい子!けど1学年上に彼氏いるらしいんだよな~。そりゃ可愛い子には彼氏いるか」
彰のあっけらかんとした言葉に、そうなんだと思うと同時に浮上しかけた気持ちが沈んでいった。そのままその気持ちを意識しないようにして軽く言った。
「そ。母親同士が友達で、小さいころたまに遊んでたんだ。もう何年も会ってなかったけどな。」
小さいころの大切な気持ちは浮上させずしまっておくことにしたのだ。
加奈子はたまに予備校でも彼氏と休憩室で話しているのを見かけた。
翔はそのまま気持ちに蓋をして高校時代を終えた。
ただ一つ誤算だったのは、父親の母校である東大に落ちて、私大に進学することになったことだ。
そのとき両親は家族会議を開き、祖父、父と同じ大学にいけなくなってしまったがどうしようとひと騒動あったのだがその話はまた今度。
「翔君だよね!?」
きれいなウェーブのロングヘアの子が話しかけてきた。大きな目がどんぐりのようで可愛い。このどんぐりのような目は…
「…加奈子ちゃん!?」
「そう!翔君もこの大学なの?」
久しぶりに会う加奈子はやはり可愛かった。
「うん。経済学部」
「私も経済学部!私は指定校推薦だけどね!」
「そういえば予備校、秋くらいにやめてたね。」
加奈子が指定校推薦でこの大学に決まり、秋には予備校を辞めていたのは噂で聞いていた。だから第一志望に落ちた時にも、もしかしたらこの大学で加奈子に再会できるかもしれないという気持ちが少しあった。
「あ、知ってたんだ?うん。翔君は?」
「俺は第一志望おちちゃったんだよね、ハハ…」
気まずい。
「あ、そうなんだ。翔君勉強頑張ってたもんね。けど私は翔君と同じ大学でうれしい!相変わらず格好いいね。小さいころからきれいな顔だったもんね!」
まさかの加奈子の発言に当惑して赤面してしまう。嬉しい?格好いい?加奈子は何を考えてこんなことを言ってくるのか。とはいえそんなこと聞けるはずもなく、気の利いた言葉も思いつかず、懐かしいねと言って流してしまう。男子校育ちが恨めしい。
なんとか加奈子と今回こそは連絡先を交換したい。加奈子は今も彼氏がいるかもしれない。これだけ可愛ければ彼氏もいるだろう。だけど圭や百合とともに同じ学部みんなで仲良くするという名目なら連絡先を交換するのもおかしくないだろうと、連絡先の交換を提案した。
数日後、大学に行くと2時間目と4時間目の間の時間が暇になってしまった。3時間目が休講になってしまったのだ。どう過ごそうかなと思い、これも天命かもと、一か八か同じ授業をとっている加奈子に連絡をしてみることにする。たとえ彼氏がいても休講時に友達として会うならいいだろう。
『いま大学いる?3時間目休講だし、学食いかない?』
すぐに加奈子から休講になっちゃったもんね~会おう!と連絡がきて、合流して学食でお茶することになった。
そこで話しているとどうやら加奈子は、高校のときの彼氏とは2か月ほど前に別れていることがわかった。
そこから1か月ほど、この授業を一緒に受ける流れになり、加奈子と翔は親睦を深めた。
お互いに出会ったテニサーには入らなかったものの、同じ授業をとっていたので話す機会が増えたのだ。ある日、4時間目が休講になって3時間目で帰宅することになった。そこで翔は決意して加奈子をお茶に誘った。
「加奈子ちゃん、付き合わない?」
「え?私と翔君?」
「うん」
「え、なんで?」
「好きだから」
「え、いつから?急じゃない?」
「急じゃないよ。小さいころから俺は好きだったよ。」
「え?私、小さいころ、太ってて可愛くなかったよね?」
加奈子は信じられないという顔をしている。
「いや、俺は可愛いと思ってたよ。高校の時もやっぱり、可愛いなって思ったけど、彼氏いたから意識しないようにしてた。で、今もやっぱり可愛いなって思って。彼氏いないなら今しかないとおもったから。」
「…。」
「だめ?」
「…。私、まだ再会したばかりで好きかとかわからないかも。」
高校の先輩と付き合った時、先輩から好きと言ってくれて嬉しかった。大切にしてくれるかなと思った。だけど浮気された。翔はすごく格好いいし、また浮気されるかもしれないと思うと素直に嬉しさを受け止めて付き合いたいと言えなかった。
翔と大学で会い、楽しく話せる関係が、付き合ったら終わってしまう日がくるのだろうかと思ってしまう。
「俺のこと、いや?」
「…嫌じゃないよ。話しやすいし…」
「加奈子ちゃんが、付き合えないっていうなら、俺はまた高校の時みたいに、あきらめるよ。で、また、話さないようにすると思う。」
「え、もう話してくれないの?」
「会ったら、気持ちに蓋できないし、それは会えないよ」
「…。授業、いままでみたいに一緒に受けたいよ。翔君と話すの楽しかったから。」
「じゃあ付き合おう。とりあえずデート行こう。」
あまりに性急すぎる気もするが、翔にスマートな恋愛の仕方などわからない。小さい頃から加奈子一筋で、恋愛経験などないのだから。ただ、加奈子を捕まえておきたい一心だ。
「自由が丘にさ、おススメのカフェあるんだけど行ってみない?それとももう会うのやめる?」
もう会わないか、カフェに行くかとあう二択にしてみる。
「美味しいの?」
「うん、ホットサンドがうまいよ。今週の金曜日か日曜日は空いてる?」
「日曜日、バイト休める。」
もう会わないかカフェにいくかという二択にし、さらに金曜日か日曜日の二択にさせ、なし崩し的に付き合うことに同意させることに成功した翔だった。
それからは順調に交際か進んだ。
加奈子一筋の翔と、そんな翔になら安心して気持ちを開けるようになって行く加奈子。翔は加奈子を裏切ったりしないという絶大な信頼が加奈子にはあった。当然翔も加奈子を大切にしている。
大学を卒業したら自然に入籍しようという流れになった。
そのころには互いに落ち着いた社会人になった。
会社は違うものの、交際は変わらず順調だった。
しかしここにきてまた加奈子が同期入社の男性に言い寄られているようだった。
大学時代は翔と加奈子のカップルに横やりを入れるような存在はいなかったが、会社が違うことで加奈子に言い寄る男が現れたようだった。
翔は焦った。加奈子はこんなに可愛いのに自己肯定感が低いのか、人に好きと言われると、すぐに嬉しくなってしまう所がある。一方で付き合いが長く、ずっと加奈子のことを好きな翔には慣れきってしまっている。翔が加奈子を好きなことは当然だと思っているのだ。
とはいえ加奈子も浮気しているわけではない。
昨日、会社で指導役である先輩社員と翔のデスクで仕事の話をしているときに、紙コップに翔の手があたってしまい、水をこぼしてしまった。とっさに先輩社員が自身のハンカチで翔のデスクの重要書類を守ってくれたのである。
その先輩社員には仲のいい旦那さんと可愛いお子さんがいる。当然翔とそういった仲ではない。翔の不注意で濡らすことになってしまったハンカチは洗濯して返すことを申し出た。ただそれだけだった。
しかし加奈子は焦って勘違いしているようである。
翔の愛情に慣れきっている加奈子を刺激したい気持ちがないと言えば嘘になるものの、加奈子を悲しませたくない翔はとっさに聞こえなかったふりをしてしまった。出勤途中の電車で、いつ種明かしをするか悩むのであった。
読了ありがとうございました。