雪山で一番辛い思い出
あれは、1994年の1月下旬でした。
その当時、自分はスキー5年目でシーズン中は水を得た魚の様でした。
ただ、この頃はスキーを引退する友達も結構いました。
そんな時、高校の同級生だった村山君が、初心者だけどスキーがしたいと言ってきたのです。
それで、上越国際スキー場に行く事になりました。
ただ、その日は午後から悪天候になったのです。
この日は、16時迄滑走する予定でしたが、辺りも暗くなり危険だから帰ろうと伝えました。
そこで、彼が反論しました。
やっと感じが掴めたところだから、もう1本だけ滑ろうと懇願してきたのです。
それならば、絶対に逸れるなよと力説しました。
その後、麓に向かう最後の分岐点に辿り着きました。
ホッとしたのも束の間、彼は麓への滑走は1人で行きたいと主張しました。
そこで、何か急に面倒臭くなり左側の道を案内すると、恰も知っているかのような口ぶりでした。
一抹の不安はあったものの、その言葉を信じて先に下りる事にしました。
自分は、5分以内に麓に辿り着きました。
しかし、彼はいつまで経っても下りてこないのです。
そのうち、スモッグがどんどん濃くなり、猛吹雪になったのです。
自分は、堪らず黄色いポンチョを着てフードを被りました。
その時は、とにかく寒い…、辛い…、下手げに動けないわで、泣きそうでした。
猛吹雪は、ゴーゴーと唸りをあげて吹き下ろしていました。
しかし、自分の体勢を麓側に向ける事も出来ず、ただただ突っ立っていました。
そのうち、麓のロッジにビバークする為、スキー客が次々と下りてきました。
そんな中、自分は30分以上も突っ立っていました。
係員に、ロッジに入るよう何度も促されましたが、友達を見捨てる事なんて出来ませんでした。
そこで、友達が分岐点から戻って来ない事を伝え、捜索して貰う事にしました。
いっそ、自分がリフトに乗ろうかとも考えましたが、もしもの事を考えて断念しました。
それから、20分位すると、彼が麓に向かって滑って来るのを発見しました。
数分後、彼は無事に下りて来ました。
しかし、自分は身も心も冷え切っていました。
係員に、彼の無事を伝えると、2人で直ぐ様ロッジに入りました。
彼は、道を間違えたとの事でした。
それも、あれから2回もリフトに乗ったんだとか。
彼は、練習をしたくて態とリフトに乗ったのか、本当に迷ったのかは定かでないものの、自分のスキー人生の中で一番辛かったのが、あの時の事になります。