31.なんだちみは?
「君かね? 珍しい携帯食を売っているという女性は」
「はぁ、そうですけど……」
私が並んでいる冒険者たちと談笑しつつ開店準備をしていると、冒険者ギルドには似つかわしくない初老の男性に話しかけられた。前回のお使いの人だけで面倒くさかったのに、今回の人はたぶん前回の人の上司あたりだろう。
今回の男性の靴は磨かれているから家令あたりかな? 現に、前回の青年が人混みの中からチラッと見切れている。あれで隠れているつもりなんだろうか?
「では、今すぐここにあるもの全て購入致します。代金は倍払いましょう。そこらの冒険者に売るより、こちらに売った方が良いのではありませんか?」
そう言って、お金がぎっしり入っているだろう皮袋をチャリチャリと振ってみせた。
「……では、並んで頂けますか?」
「なぜ並ばないといけないのだ。今すぐ購入すると言っているでしょう?」
「私の店では、先に並んでいるお客さんが優先です。ですから、並んで頂けますか?」
「君では埒が開かない。誰か、今すぐギルマスを呼んでくれ!」
食堂の方を心配そうに見ていたギルドスタッフの一人が急いで上に走って行くのが見えた。私はそんなことをお構いなしに声をあげた。
「はーい、オープンしまーす!」
その声に、初老の男性はこちらを睨み舌打ちをしているが、知ったことじゃない。私は私のやる事をやるだけ。お客さんの列が半分ほどになった頃、ギルマスが面倒くさそうに食堂にやってきた。
「あー俺が、ここのギルドマスターだ。 用があるとか聞いたが?」
「今すぐ、ここにある携帯食を全て売って貰おう!」
「……イツキ、こちらさん、携帯食を買いたいんだとよ」
「じゃあ、並んで下さいね〜」
「……ギルドマスター、君のところのスタッフは指導がなってないのではないのかね?」
「……指導ねぇ〜。そうは言っても、イツキはスタッフじゃねーしな」
「何!? ……君は何なんだね」
「君は何なんだね」なんて言われると勝手に脳内変換しちゃうよね。君は何だね……なんだ君は……なんだちみは? ってか、そうです私が変な携帯食屋ですって言ってやろうかな?
そんな事を考えながらも、準備した携帯食は着々と減っていく。いつもは買わない冒険者やスタッフも、初老の男性がギルマスに文句を言っているのを横目に買いに来て在庫を減らしてくれる。よっぽどこの男性に売りたくないと思ってくれているらしい。
「ーー私はある高貴な人から買ってくるように頼まれているんだ。前回も私の部下が買いに来たが、一つも売って貰えなかったというーー」
は? おにぎり一つ買って帰りましたけど? と、首を傾げつつ販売は止めない。その間も、男性がギルマスに話すのは止めない。ギルマスも飽きて来たのか、男性の見ていない隙に欠伸を噛み殺している。
「まぁ、どっちにしろ並ばなきゃ買えないですがよろしいので?」
ギルマスに言われ、ようやく男性がこちらを見た時には在庫が少なくなっている。男性が在庫を見てハッとし、並んでいるお客さんの人数を見て買えないと察したのか再びギルマスにクレームをつけようとギルマスに視線を戻したが、そこには既にギルマスの姿はない。
ギルマスは男性の視線が外れた隙にその場を離れて行っていた。それを見ていた周りの人達は、苦笑している。
「はーい、今日もありがとうございましたー! 完売でーす!」
私が閉店作業をしていると、男性が近寄ってきた。
「次はいつだ? 予約をしよう」
「……」
「なんだ? 前金制か?」
「いえ、ここに書いてあるんですけど……読めます?」
・携帯食の予約不可
・専売不可
・並んだ方優先
・週三開店予定
「……仕方ない。今日のところは帰る。次回はいつだ?」
「予定では明後日ですが、あくまでも予定です。材料とかの都合もあるので」
「最後に言っておく、私はカサドル男爵の使いの者だ。次は、もう少し勉強するんだな!」
そう言うと、男性は食堂を去って行った。そしてコソコソした青年がその後ろをバタバタとついて、二人共ギルドを出て行った。
「はぁー、カサドル男爵のねぇ。……面倒くさっ」
前に話を聞いたことのある男爵の名前に、面倒だと思いながら閉店作業を続けた。




