10.竜舎へ
村長がその場を取り成してくれて、改めて挨拶をした。
「いや、クロリスがすまなかったな。イツキ嬢」
「ごめんなさいね。陛下の恩人に会えたと思ったら、ついね」
「いえ、驚きましたが嫌な気分ではないです。むしろ美女の抱擁をありがとうございます」
「イツキ……お前、どこでも変わらんな」
「イツキらしいな」
「うっ」
村長とリュウの言葉には納得いかないが、この場で言い返すのはいい大人としてどうかと思うので、言葉を飲み込んだ。その様子はバッチリ陛下達に見られたようでニコニコと笑っていた。
「両親とリュウが、お世話になっているようだね」
「いえ、私の方がこちらの世界に来てから、色々と良くしてもらっております。最初に見つけてくれたのも、リュウ…様ですし。本当に感謝しかありません」
「まあ、イツキ様。いつも通りにリュウで良いのよ。本人から許しを得ているのでしょう?」
「ありがとうございます。私のこともイツキとお呼び下さい」
陛下夫妻が忙しい中での謁見は、あっという間に終わったが、王妃様より今度はゆっくりとお茶しましょうとお誘いを頂いた。
その後、約束通り王宮内を村長とリュウが案内してくれた。とはいっても、場所は限られていたけれど。それでも、王宮図書館や王族専用の庭園など有意義な時間を過ごした。そして、最後に願った場所は、前から興味のあった所。
「うっわー。凄い厳重だねぇ〜」
「そりゃそうだろ。ほら、行くぞ」
と、リュウに言われついて行くがどこまでも高い塀が続いている。いつになったら着くんだろ。
「もう着く? 久々のヒールで、足が限界なんだけど」
「クッククク。確かに、いつもと違う格好だったな。悪い悪い。でも、入り口は……ほら、あそこだ」
ようやく着いた入り口は、厳重な鉄の扉だった。リュウが、扉の横に付いている金属の板に手を置くと、ゴゴゴゴーッと重い扉が横にスライドした。なんでも、登録した人間が魔力を流すと開くらしい。
竜舎は、とんでもなくだだっ広かった。区域で環境が違うらしく、砂漠や荒野もあれば、奥には草原と森が。森の中には湖もあるらしい。てっきり動物園のように檻に入れられているかと思ったら、放し飼いだという。逃げないのか聞くと、真名で繋がっているから大丈夫らしい。
でも、今気になることは竜舎よりも先程から突き刺さる視線。
「見られてる……」
「そりゃな。こんな所に着飾った女性が来ることないからな。そりゃ見るだろ」
「あーそっか。そうだよね」
だから、営業スマイルでニコッと会釈すれば、ウォーっと雄叫びが上がりビクッとしてしまう。
「イツキ、煽るなよ」
「いやいや、挨拶だから挨拶。大事でしょ? いつも身体張って王国を守ってもらっているんだから」
「お、おう。まぁ、そうだけどな」
そんな会話をしていると、ガタイのいい、いかにも上官らしい人が近寄って来た。
「リュウ! 今日は非番だろ?」
「マキアス隊長。ええ、ちょっと案内を」
「こちらのお嬢さんは?」
「はい、彼女は祖父の所にいる迷い人です。イツキ、こちらは竜騎部隊の隊長のジェイ・マキアス隊長だ」
「お初にお目にかかります。イツキ・カワムラと申します。お忙しいところ、お邪魔しまして申し訳ありません」
おばぁ達! 習ったカーテシーは、ちゃんと出来ましたよー。ただ、もうヒールが限界です……。
「これは、ご丁寧にありがとう。しかし、貴方のような女性にはこの場所は合わないだろう?リュウ、もう少し気が利いた所に案内しないか!」
「あ、あの、私がお願いしたんです」
リュウが説明するのを遮って隊長に説明した。
「イツキ嬢が?」
「はい、ぜひナーガが住む竜舎を見てみたかったんです」
「それで、ここへ? ……その、あなたはドラゴンが怖くないのか?」
「えっ? あっ、いえ、野良のドラゴンは怖いと思いますけど……。ここにいるドラゴンは竜騎部隊の皆様の相棒なんでしょう? だから怖くはないです」
それを聞いたマキアス隊長だけではなく、周りにいた隊員までもが目を大きく見開いて驚いている。中には「マジか……」「野良って、猫じゃあるまいし……」と、ボソボソと話している隊員もいた。
「ガッハッハハハ」
いきなりマキアス隊長が豪快に笑い出し、私だけではなくリュウや他の隊員達も驚いた。後から聞いたところによると、マキアス隊長は普段から自分にも部下にも厳しいために、笑っているところを初めて見たそうだ。
「そうか、そうか。イツキ嬢は、ドラゴンと私達を信用してくれているのだな」
「えっ? はい、もちろんです。ナーガとリュウの関係性を見たらわかりますし、それに竜舎を見てもわかります」
「竜舎を見てとは?」
「ドラゴン達を大切にしているから、厳重な扉だったり、ドラゴン達に合わせた環境を作り出しているのですよね? 相棒として大切に扱っていなければ、檻にでも入れておけばいいんですもん」
「確かにその通りだ。イツキ嬢は、ここへ来てそれに気付いたと?」
「あー、そう言えれば格好良いのかもしれませんが……正直言うと、ナーガや竜騎部隊のことが気になってアレス爺ちゃんに教えて貰いました」
「あっははは、正直な方だ。ん? アレス爺ちゃん? ……もしや、アレス・トラキア元騎士団団長のことでは?」
「はい、そうですよ。……ん? 元騎士団団長?」
【アレス・トラキア】
人族。ユーピテル王国、元騎士団団長。
現役時代は王国最強の強者かつ英雄。
引退した今もなお絶大な人気。
風属性。スキル多数。
〈その他〉
寝食よりも戦うことが大好き。
脳筋。
ディーテに一目惚れして押しまくった。
(後日調べ)
「アレス爺ちゃん、凄い人だったんだ」
「いや、凄いと一言では済まないぐらいのお方だ。あの方が、我々の事をそんな風に……」
感極まった隊長をそっとしてあげようと、そっとその場を後にしてナーガがいつもいるという、竜舎の中にある泉に向かった。