95 ワッフル屋を覗きに
数日の営業日を経て、またアイス屋がお休みの日。アルメはこの日ものんびりすることなく、朝から動いていた。
シトラリー金物工房にて、タニアとカヤ、そして工房長とテーブルを囲う。
思いついたモナカアイス案を形にするべく、早速、焼き型の制作打ち合わせに訪れたのだった。
一緒に広告用の焼印も作りたいので、デザイン担当のタニアにも同席してもらった。
カヤの父である工房長は、娘とおそろいの赤毛を揺らして朗らかな声で言う。
「そのモナカ皮とやらは、ワッフルの焼き機と似たようなもので作れそうかね?」
「はい、生地を型に置いて、上下の金型で押し焼く感じで。コンロの火かオーブンを使って――」
ざっくりとしたイメージを伝えると、工房長はふむふむと頷いた。彼は隣のカヤにも話を振る。
「魔石を使わない道具だったら、カヤにも仕事を頼めそうだな」
「え、ええと、ワッフル型をベースにして、プレート部分の形を変えて――皮はワッフルより薄い感じ、ですよね?」
「そうです。あと、一度にたくさん作れると嬉しいです」
「あの……加えて、焼印は大きめの広告デザインになるので、綺麗に焦がせるように皮の表面は平らに……」
アルメに加えてタニアも意見を出していく。彼女はテーブルの上に、モナカ皮に入れる焼印のデザイン案を広げた。
マスコットの白鷹ちゃんと、店の名前。そして二号店の場所をシンプルな地図で記した広告だ。オープン日は決まり次第、別の焼印として発注する予定である。
カヤはアワアワとメモを取った後、手元でキラキラと輝く自身の精霊ドワーフに話しかけた。
「――ドワーフさん、金型の参考に、今度ワッフル屋さんを覗いて来ようね」
「カヤよ、今度と言わず、思い立ったらさっさと動くが吉だぞ! ちょうど昼時だし、休憩がてら覗いてきたらどうだ。ついでに、父さんの昼ご飯も調達してきてくれ」
「もう、すぐ人を買い出しに使うんだから……でも、行ってきていいのなら、行ってくるけど」
カヤはなんだかソワソワした様子だ。買い出しに行くのは、まんざらでもないらしい。
ちょうど金型の打ち合わせも一段落ついたところだったので、アルメとタニアも乗ることにした。
「私たちも、一緒にワッフル屋さんを覗いてみてもいいかしら。参考までに、チラッと作っているところを見られるといいのだけれど」
「……確か表通りのワッフル屋で、調理室がガラス張りのところありましたよね? あそこなら堂々と覗けそう」
「んっふっふ。では皆さんご一緒に、ワッフル屋さん行きます!?」
カヤは妙なニヤケ顔と共に、ノリノリで立ち上がった。
話がまとまり、アルメとタニアも立ち上がった。
ひとまずお昼休憩をとりがてら、三人でワッフル屋を覗きに行くことになった。
そうして金物工房を出て、通りを歩いていたのだけれど。目的のワッフル屋が近づくにつれて、カヤの様子はさらにおかしくなっていくのだった。
にやけた顔をしたかと思えば、緊張したように汗を流したり――。もしかして、と思い至り、アルメは話を振ってみた。
「カヤちゃん、そういえば前にお菓子屋さんに好きな人がいる、って言っていたけれど、もしかして――?」
「えっ、あっ、バレちゃいました!? その、恥ずかしいんですけど、ワッフル屋さんのお兄さんが格好良くてですね……!」
話を振った瞬間に、カヤはペラペラと喋り出した。一応、隠そうとはしていたらしい。バレバレだったけれども。
見るからに浮ついているカヤを見て、タニアは手で目元を覆った。
「うわ……恋する乙女だ……まぶしっ……!」
「えっへっへ~、タニアさんには好きな人いないんですか?」
「いるわけないじゃない……こんな引きこもってばかりの人間に……」
「え~、タニアさん綺麗だから、彼氏さんがいるものかと! アルメさんは彼氏さん、いますよね?」
「いやいやいや。私も残念ながら……」
「え~!」
浮かれた少女に話を振られて、アルメとタニアは二人で怯んだ。
ついひそひそと、これが若さか……なんて言葉を交わしてしまった。……二人も十分若いのだけれど。
そんな話をしつつ。フワフワとしたカヤを先頭にして、ワッフル屋に到着した。
店は通りに面して調理スペースがあり、ガラス張りになっている。作業風景を見られる楽しい造りだ。
遠慮なく覗かせてもらって、ワッフルの焼き機を見てみた。調理室には大きな焼き機が二台並んでいる。
「一つの焼き機で六枚も焼けるのね」
「いい匂いですね……中で食べられるみたいだけど、どうします……?」
「せっかくだし、食べていきましょうか――って、カヤちゃん?」
「……」
隣に目を向けると、カヤは顔を覆ってうずくまっていた。さっきまでの騒がしさはどうしたというのか。
目をまるくして見ていると、カヤは呻き声を出した。
「……な、中で食べるのは……無理……緊張で……死んじゃう…………」
「あ、カヤちゃんの好きな人って、もしかして奥にいるお兄さん?」
「どれどれ……あぁ、金髪の若い子?」
アルメとタニアは店の奥に目を向けた。忙しそうに働いている若い男の子がいる。金髪で、歳は十代半ばくらいだろうか。
「ワッフルを買う時にお話しできるかもしれないわよ」
「頑張れ、乙女……」
「ひぃ……、ご勘弁を……っ」
うずくまってヒィヒィ言っているカヤを両側から引っ張って、アルメとタニアは店の中へと連行した。
カウンターはガラス張りのケースになっていて、中にずらりとワッフルが並んでいる。店内での食事だと、飲み物やフルーツも注文できるようだ。
三人はそれぞれワッフルを注文して店内の席へと移った。
残念ながらカヤの想い人は接客対応に出て来なかった。彼女はホッとしたようなガックリしたような、なんとも複雑な顔をしている。
そうして落ち着いたところで、フルーツとクリームの盛られたワッフルを食べながら、女子三人のランチ会が始まった。
いつものメンバーとは違う女子会なので、なんだか新鮮な心地だ。
アルメはチョコワッフルをパクリと口に入れて、絶妙な甘さと香ばしさを堪能した。
「うん、とっても美味しい。やっぱりチョコって素晴らしいわ……二号店ができたら、うちもチョコを仕入れてみようかな」
「今、店にチョコのアイスはないんですか……?」
「チョコはお高いから、小さな店が仕入れるにはちょっと手が届かなくて。でもこれからは店の規模も大きくなるし、取引ができるかも」
グレードにもよるけれど、チョコは基本的に高価である。庶民向けの安価な製菓用チョコなんてものは出回っていないので、それなりに力のある店がそれなりの契約をして、仕入れるものだ。
路地奥の個人店という肩書きでは心許なかったけれど、今後はチョコの仕入れも考えられる規模の店になる……予定だ。上手くいけば。
「チョコアイス、楽しみですね。この前アルメさんにご馳走になったミルクアイス添えワッフルも美味しかったけど……チョコアイスとワッフルも合いそう」
「チョコは何にでも合いますから、きっと美味しいでしょうね。アイスをチョコ味にするのなら、ワッフルはプレーンがよさそう」
緊張で口を閉ざしているカヤはそっとしておき。アルメはタニアと二人でお喋りをしながら食事をする。
すると、途中で思わぬ声が加わった。
「そのワッフルとアイスの組み合わせっていうの、気になるねぇ」
「えっ!?」
突然会話に入ってきたのは、低い男の声だ。アルメは目をむいた。
いつの間にか近くに大柄のおじさんが立っていた。
長身のファルクよりも大きな体格で、厳めしい強面のおじさんだ。――けれど、顔に似合わぬ可愛いエプロンを着けている。ワッフル屋の店員らしい。
店員はアルメにギロリと強い視線を向けた。
「失礼、気になる話をしていたものだから。お嬢さん、路地奥のアイス屋だろう? うちには偵察にでも来たのかい? お宅の店でもワッフルを出すの? 競合店に乗り込んでペラペラ喋るとは、なかなか肝が据わってるじゃないか」
「きょ、競合……!? いえ、あの……すみません……これっぽっちも、こちらのお店と戦うつもりはなく……」
アルメは途端に冷や汗をかいた。
タニアは一瞬で背を丸めて、背景に同化して気配を消してしまった。カヤはというと、別の緊張で心ここにあらずである。
……仕方なく、アルメは一人でアワアワと対応する。
「ええと、あの、うちのお店はワッフルを出しませんから、競合店にはなりえないかと……」
「おや? 今後出すって話じゃないのかい?」
「自宅用として、たまたまアイスとワッフルを合わせて食べてみて……その話をしていただけです……」
「ほう。てっきり近くに似たような店でもできるのかと、冷や汗をかいてしまったよ」
店員はそう言ったが、まったくもって冷や汗をかいているようには見えない。厳めしい強面と大きな体躯は、堂々としている。
体をすくませていると、アルメに助け舟を出すように、店の奥から声がかかった。
「店長ー! またそうやって、お客さんを怖がらせないでください! いつもあなたが無駄にお喋りをするせいで、お客さんが離れていくんですからね!」
「そんな言い方はないだろう! お客と仲良くなろうと、頑張っているというのに!」
奥から声をかけてきたのは金髪の若者――カヤの想い人だ。カヤは弾かれたように顔をあげて、頬を真っ赤にした。
店長と呼ばれた大柄のおじさんは、またアルメに向き合った。
「すまない。同地区の飲食店経営者同士、お喋りでも、と思っただけなんだが……俺はどうも世間話が苦手みたいでなぁ。話しかけると、みんなお嬢さんみたいに縮こまってしまう」
「それは……その、店長さん、迫力があるので……」
「お、褒められたのは初めてだ! お嬢さん、見る目があるじゃないか!」
(ほ、褒めてはいませんが……!)
そう思ったが、黙っておいた。
店長は豪快に胸を張った後、改めて話を始めた。
「実はうちの子に連れられて、お嬢さんのアイス屋に行ったことがあってね。――ほら、白鷹様のブレスレットくじが流行ってるだろう、あのくじを引きに。それで、なかなか勢いのある店だなぁって思ってたんだ。お宅のアイスとやらにワッフルも合いそうだし、提供が始まったら手強い敵になりそうだ、って思って、つい焦って話しかけてしまった」
「はぁ、それはどうも……ありがとうございます。でも、今のところ、うちでワッフルを作る予定はありませんから……」
「今のところ? ということは? 今後はどうなんだい!?」
「こ、今後も予定はまだ……」
「まだ!?」
「ひぃ……っ」
大きな体と強面が迫ってきて、アルメは身を小さくした。
その様子を見かねたのか、今度は直接の助けが入った。カヤの好きな店員がこちらへ来て、店長の腕をグイと引っ張ってくれた。
「だから、そういうところですって! 店長ただでさえ顔が怖いんですから、離れて!」
「むっ、この顔は生まれつきだ!」
強面をさらに厳めしくして、店長はムスッとした。そんな店長には構わずに、店員はアルメに話しかけてきた。
「すみません……脅しているわけではないんです。店長、前々から『アイスとワッフル、合うなぁ!』なんて言っていて、気になっていたみたいで。お近づきになりたいだけでして……」
「は、はぁ……」
恐る恐る店長の方を見ると、彼は強面で精一杯の笑顔を作っていた。……逆に恐ろしくなっている表情で、彼は言う。
「風の噂で、お宅はカフェにアイスを提供していると聞いたのだが。仲良くなったら、うちとも提携してくれないかな~、なんてことを考えていた。どうだい! 仲良くしようじゃないか!」
「ひえっ、はい……っ」
圧のある笑顔が迫って、アルメは裏返った声で返事をしてしまった。
ちょうどその時、奥から別の店員が声をかけてきた。
「店長、ちょっといいですか。火魔石の発注なんですが」
「おぉ、なんだ? 今行く。――すまない、今日のところは失礼する。また改めて、話をしよう!」
「は、はい……」
店長は大柄の体をのしのしと揺らして、店の奥に戻っていった。
仲よくしよう、と言ってもらえたので、ひとまずアイス屋によい印象を持ってもらえているようだ。……社交辞令の挨拶だったのかもしれないが。
とりあえず難が去って、アルメはホッと息をついた。
金髪の店員も軽く挨拶をして、店長の後を追って歩いていく――と思ったが、ふいにクルリと向きを変えて戻ってきた。
彼は惚けたまま固まっていたカヤに話しかけてきた。
「君、よく店に来てくれてるよね。いつもありがとう。店長を怖がらずに、また来てね」
「ふぁっ! はい!!」
店員はそう言うと、ニコリと笑って去っていった。
彼が去った直後に、カヤはテーブルに崩れ落ちた。
「……は、初めて話した……! 初めて話した!! 私のこと覚えててくれた……っ!!」
耳まで真っ赤にしてもだえるカヤ。
その様子を見てアルメまで、なんだかふわふわとした心地になってしまった。
恋とは、素敵なものなのだなぁ、なんてことをしみじみと思ってしまった。
――そう、しみじみと思うほどに、自分の胸の奥でも何かがうずくような……不思議な心地がした。




