94 差し入れワッフルとひらめき
ベステルを交えた打ち合わせの末、正式にタニアへの仕事の依頼契約が結ばれた。
アイス屋のロゴ兼、マスコットのデザイン。そしてそのマスコットを用いた看板と、各種アイスメニューのイラスト。チラシのデザインに、新しいポイントカードのデザイン、などなど。
諸々の依頼内容が決まっていくにつれ、タニアは顔色を赤くしたり青くしたり忙しくしていたけれど、最終的には目を輝かせていた。
やる気に満ちた彼女の様子を見て、アルメもホッと息をつく。
ひとまず初回の打ち合わせが終わったところで、アルメはタニアに声をかけた。
「ゆるキャラのデザインは、まず現物をお見せしてからの方がいいでしょうかね?」
「ええと、白鷹ちゃんアイス……でしたっけ?」
「はい。近く、タニアさんのご予定が空いている日はありますか? ご馳走します」
「私は万年、暇してるから……アルメさんに合わせます」
タニアは黒ぶち眼鏡をいじりながら、ボソボソと言う。アルメは少し考えた後、提案してみた。
「もしお時間あれば、もうこの後すぐに来ていただいても大丈夫ですよ。今日はアイス屋はお休みですし、私も午前中は何の予定もないので」
「え、っと、そうなんですか? ベステル先生、私、出掛けてきてもいいでしょうか……?」
「あぁ、もちろん。君は仕事をしに行くのだから、雑務は他のものに任せればいいだけの話だろう?」
「じゃ、じゃあ……行ってきます」
ソワソワしながら、タニアはアルメと共に席を立った。ベステルと別れの挨拶を交わし、彼に見送られながら二人で作業室を出た。
他の弟子たちがどこか恨めしそうな目でタニアを見ていたけれど、タニアはもう背を丸めてはいなかった。
二人並んで通りを歩き、アルメの家へと向かう。同じ東地区なので徒歩で移動できる距離だ。
日差しの下を歩いていると、タニアが『まぶしい……溶ける……』なんてことを呟いていて、思わず笑ってしまった。
どこかの暑がり神官と似たようなことを言っていたので。
彼女は暑がりというより、日の光が苦手なようだ。暗い部屋にこもっている方が落ち着く質らしい。
そうしてアイス屋に到着して、早速タニアにアイスを出した。用意したのはもちろん白鷹ちゃんミルクアイスだ。
小ぶりなガラス皿にまんまるくミルクアイスを盛り、レモンの皮で目とくちばしを付けたもの。
彼女はアイスを前にして、目を丸くしていた。
「ほ、本当に私の描いたヒヨコとそっくり……。あ、いや、白鷹様モチーフだから、ヒヨコじゃなくて鷹なんですよね、失礼しました」
「いえいえ、お気になさらず。ヒヨコっぽさが売りなので。どうぞ、召し上がってください」
「いただきます。……と、その前に」
タニアはスプーンを手に取る前に、鞄からスケッチブックと木筆――アルメの前世の鉛筆と似た画材を取り出した。
彼女は白鷹ちゃんアイスをさらさらとスケッチしていく。アルメはカウンター越しに、彼女の絵を覗き込んだ。
「そのまんまる白鷹ちゃんに、翼を描き足すことはできますか? ちょっと鳥っぽく」
「翼の大きさはどうします? 大中小、それぞれ描いてみましょうか」
アイススケッチの下に、新しく白鷹ちゃんが描かれていく。大きな翼の白鷹ちゃんに、チビッとした小さな翼の白鷹ちゃん。
さらに興が乗ったのか、タニアは様々なバリエーションの白鷹ちゃんを次々に生み出していった。
もはや原型をとどめていないキメラのような白鷹ちゃんイラストまで出来上がり、アルメは吹き出してしまった。
「ふふっ、白鷹ちゃんが合体して魔物みたいになってますね! でもタニアさんの絵柄だと可愛いです」
「……ありがとうございます。そう言ってもらえるの、初めてです……。私の絵はいつも、子供の落書きだ、って言われてたから」
「私の目から見たら、どれも素敵なデフォルメデザインに見えますけど」
「こういう崩した絵はあんまり需要ないんです……。絵画工房に来る依頼は肖像画とか風景画とかが多いから……あとは神や精霊の神々しい姿絵とか」
この世界には写真がないので、代わりに絵が使われる。よって、求められる絵は写実的なものがほとんどだ。
タニアのようにゆるいキャラクターイラストを専門にしている絵師は珍しい。……というより、そういう絵師にはあまり仕事がないらしい。
タニアは遠い目をして事情を語った。
「だから、まさかお仕事をもらえるとは思いませんでした……。ゆるキャラのデザイン、精一杯、やらせてもらいます……!」
「ありがとうございます。私もタニアさんにお願いできてよかったです。よろしくお願いしま――」
話の締めに、改めて握手を交わそうとしたところで、玄関先の呼び出し鐘が鳴った。アルメは、あら、と目をまたたかせた。
訪ねて来たのはファルクだろう。今日は午後からお茶をする予定だったのだ。少し時間が早い気がするが――。
絵を描いていたタニアが慌てて顔を上げた。
「あ、お客さんですか? すみません、私お邪魔でしょうか……!?」
「いえいえ、まだアイスも食べていませんし、どうぞゆっくりしていってください。ええと、私の友人と一緒になってしまいますが……のんびりした人なので、お気を遣わずに」
タニアはカウンターに広げた絵や画材をガサッと片付けて、アルメの側に歩み寄る。
アルメは玄関扉を開けてファルクを出迎えた。
「こんにちは、ファルクさん」
「こんにちは。――おや、お客さんがいらっしゃいましたか。すみません、早くに来てしまって」
「わ、私のことはお気になさらずに……! すぐにお暇しますので……!」
ファルクを見るなり、タニアはアワアワと頭を下げた。ファルクは気にせず、いつもののほほんとした調子で言う。
「アルメさんのお友達ですか? 表通りでワッフルを買ってきましたから、よければご一緒にどうでしょう?」
「えっと、友達と言いますか……お仕事を頂いた身といいますか……! あ、その、申し遅れました、私はタニアと申します」
「彼女はアイス屋二号店の諸々のイラストデザインをお願いすることになった画家さんです」
「それはそれは! 俺もお話をお聞きしたく。俺はファルクと申します、お見知りおきを」
ファルクはニコニコしながら店の中へと入ってきた。
もはや勝手知ったる家とばかりに、のん気にテーブルに荷物を広げだす。紙袋からはワッフルのよい匂いがする。
彼とは対照的に、タニアはなんだか酷く落ち着かない様子だ。アルメは傍らの彼女にコソリと声をかけた。
「あの、すみません、やっぱり知らない人とお茶をするのは、お嫌でしたか?」
「いや、いやいや、それはいいのですが……その……私、キラキラした男の人に免疫なくてですね……まぶしくて、目がやられそうで……」
「それは……わからなくもない気がします」
日の光を見るように目を細めるタニアに、アルメは苦笑した。アルメは日々の交流で耐性が出来ているが、それでもファルクの容姿は時々まぶしく感じられる。
変姿の魔法で姿を変えている今でさえまぶしいので、白鷹の姿ともなればなおさらだ。まぶしさを苦手とするタニアのためにも、彼の正体は伏せておいた方がいいかもしれない。
そう考えて、アルメはファルクにコッソリと事情を伝えておいた。
挨拶を交わしたところで、ひとまずお茶の準備をする。
ファルクが買ってきてくれたワッフルを三人分の皿に並べた。そしてふと思いついて、二人に声をかける。
「ワッフルにアイスを添えましょうか? ついでに生クリームとフルーツもトッピングできますよ」
「美味しそうですね、是非お願いしたいです!」
「わ……本格的。私もいいですか……?」
「えぇ、もちろん! ちょっとお待ちくださいね」
アルメは先ほど用意したタニアの白鷹ちゃんアイスを、そっとワッフルの脇に移動させた。同じように、ファルクと自分の分のワッフルにもミルクアイスを添える。
さらにワッフルの端に生クリームを盛りつけ、ミックスベリーを散らした。
即席とは思えない、なかなか見た目にも素敵なデザートが完成した。アイス添えフルーツワッフルだ。
ファルクとタニアの前に出すと、二人は目を輝かせた。
「お店で出てくるデザートみたい……! って、すみません、お店でしたね」
「とはいえ、お休みの日にこう豪華なデザートをいただけると、なんだか贅沢なような、申し訳ないような……代金をお支払いしたくて、財布がうずきます」
「お客さんをもてなすためのものですから、お代はいただきませんよ。それにワッフルはファルクさんの差し入れですし。ということで、どうぞお気になさらず。――さ、いただきましょう」
三人はフォークとナイフを手に取った。
ワッフルにミルクアイスとベリーを乗せて、生クリームを付けて頬張る。
絶妙な味わいに、みんなで頬をゆるめてしまった。
「……私、こんなに美味しいもの、久しぶりに食べました……」
「これはお店で商品として出してもよいのでは? 素晴らしく美味しいです」
「ワッフルメーカーがあれば、出せないこともないですが」
「そうですか。では買ってきましょう」
「経費でなんとかしますから、経費で」
パクパクと頬張りながら、ファルクはサラッと言ってのけた。彼をすかさず制しつつ、アルメもワッフルを堪能する。
ワッフルをナイフで切り分けていると、その中央部分が目にとまった。よくよく見ると、ワッフルには店のロゴが型押しされていた。
「あら、ワッフルにロゴが入ってますね。こういうのいいですね。その店のオリジナル、って感じで。持ち帰りができる食べ物なら、宣伝にもなりそう」
「型押しはアイスだと難しそうですね。それに持ち帰りも。持ち帰れたら、大変魅力的なのですが」
「アイスの持ち帰り……氷の魔石を詰め込んだ箱に入れないと、溶けそうですね……」
「そこまでして持ち帰ってくれるお客さんは、さすがにいないでしょうね。――あぁ、前に、祭りでかき氷を持ち帰った方はいましたが」
アルメが冗談っぽく言うと、ファルクが思い切り目をそらした。彼はそのままサラッと別の話題を振る。
「――そういえば、二号店の開店は冬の四季祭りの後を予定しているんでしたっけ? と、なると、祭りでよい宣伝ができるといいですね」
「えぇ。またかき氷の時のように、お祭り限定で新作を出そうかしら」
今のところ、新店のオープンは冬の祭りの後を予定している。キャンベリナの店もそのあたりに再オープンするとのことなので、時期をぶつけて対抗することにした。
そういうわけで、オープン直前に迎える四季祭りには力を入れたいところだ。
新作と聞いて、ファルクがパッと明るい顔を向けた。
「新作ですか? 何を作るんです?」
「まだ決めていませんが、店の宣伝になるようなものを――……」
もちろん、祭りの出店ではチラシを配るつもりだが、もう一つ工夫したいところだ。いっそ商品自体が広告となるようなものが理想である。まさに、このワッフルのような――。
そこまで考えた時に、ぼんやりと頭の中にイメージが浮かんだ。
「――モナカアイス、とか、どうかしら。皮に大きく店名とオープン日の焼印を入れたりして。食べる広告、みたいな」
「モナ……? それはルオーリオの食べ物ですか?」
「え……何でしょう、それ。私も聞いたことありませんが……」
ファルクはキョトンとして尋ねた。タニアも同じように不思議そうな顔をする。アルメは急いで付け加えた。
「モナカアイスは、こう、薄くパリパリした焼き皮にアイスをはさんだものです。あ、タニアさん、ちょっとスケッチブックをお借りしてもいいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
タニアはカウンターテーブルにまとめていた画材を持ってきた。アルメはスケッチブックにモナカアイスの絵を描いて説明する。
「こういう感じのアイスです。焼き皮の形は楕円形とか、四角型で――。中にはアイスが詰まっています」
「これは、またおもしろい形のアイスですね。食器を使わずに食べられるのなら、祭りの露店とも相性がよさそうです」
「へぇ……皮にガッツリ広告焼印が入っていたら、食べる前に絶対見ちゃいますね」
モナカアイスはかき氷ほど客寄せになる奇抜さはないけれど、広告としては結構使えるのではなかろうか。
アルメは考えついた案に、ふむと頷いた。
――と同時に、ふいにファルクがスケッチブックのページをチラリとめくった。下のページに描いてあった、白鷹ちゃんのデザインイラストがうっすら透けて見えたようだ。
「おや、こちらは白鷹ちゃんのゆるキャラですか?」
「先ほどタニアさんに色々描いてもらったものです。――タニアさん、彼にもお見せしてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ……ちょっと遊んでしまったので、恥ずかしいのですが」
ファルクにスケッチブックを渡すと、彼はペラペラとページをめくりだした。直後、思い切り目をまるくした。
「タ、タニアさん、この絵は……」
「それは白鷹ちゃんケルベロスです。その隣がキメラ白鷹ちゃん。ドラゴン白鷹ちゃんに、むっちりぷにぷに羽毛増量白鷹ちゃん」
「むっちりぷにぷに白鷹……」
スケッチブックにはポップな絵柄で色々な白鷹ちゃんが描かれている。まるっこい頭が三つついたケルベロス型や、角の生えたドラゴン型など。
ファルクは絵を見て、目をしぱしぱとまたたかせていた。
タニアは苦笑しながら言う。
「こんなイラスト、白鷹様ご本人に見られでもしたら、不敬罪での投獄待ったなしですが……」
「ふふっ、白鷹様ご本人が見ても、きっと目をしぱしぱさせるくらいだと思いますよ」
アルメは笑いをこらえながら、そう答えておいた。




