92 相談事と虫よけ効果
数日の営業を経て、今日はアイス屋はお休みの日。
けれど、のんびり過ごす暇はない。アルメは朝一で材料の仕入れを済ませて、またバタバタと家を出た。
これから向かう場所はフリオの叔父――ダネル・ベアトスの家だ。
アイス屋二号店の件で相談をしに行く。相談内容は店の看板、およびゆるキャラのデザインに関することである。
ベアトス家は本の修復を家業にしている一族だ。修復作業の中には、傷んだ装丁を解き、まるごと作り直す作業もある。
その過程で、表紙の絵を描き直して新しくする、なんてこともある。そういうわけで、ベアトス家は絵師の工房との繋がりがあるのだ。
アルメには絵師の知人もいないし、界隈の知識もないので、ひとまずダネルに相談してみることにしたのだった。
看板やゆるキャラの作成について、何かよい情報をもらえたらと思う。
――そう思って家を訪ねて、応接間に通されたのが、つい先ほどのこと。
今、アルメはソファーに座って渋い顔をしている。
相談ごとを切り出す前に、ダネルから『婚約者候補』の釣書――プロフィール集を渡されてしまったのだった。
ダネルには縁談の世話を頼んであったので、ありがたいといえばありがたいのだけれど……でも、今日の予定は別である。
事前に手紙を送って、相談の旨を伝えておいたのだが。ダネルはアルメに構うことなく、意気揚々と縁談の話をし始めてしまった。
「さて、アルメさん。お相手として三人ほど集めてみましたが、どうでしょう? 各人、それぞれ一長一短はありますが、まぁ、結婚には多少の妥協も必要ですから」
「とてもありがたいのですが、今日はちょっと別の相談事が……」
「まぁまぁ、まずは釣書に目を通してみてください」
「はぁ……」
ノリノリのダネルに圧されて、アルメはとりあえず手元の釣書に目を向けた。三人分のプロフィールを読んでいく。
「ええと、お一人目の殿方は……三十八歳、ですか」
「ちょっと歳は離れていますが、なかなか経済力のある方ですよ」
「約二十歳の歳の差……う~ん……」
一人目は結構年上の男性だった。釣書に添えられた肖像画には、貫禄のある髭の男性が描かれている。
「お二人目は、その、なんといいますか、大きいお方ですね」
「彼は良家の坊ちゃんです。実家が太い方ですから、彼自身も豊かな見目をしていますね」
二人目は横幅がかなり大きな男性だ。これほど豊かな体だと、なんだか膝に負担がかかりそう……アルメはつい、斜め上の心配をしてしまった。
「三人目は――あら、凛々しいお兄さんですね」
「そうでしょう! こちらの方は大本命ですよ。家柄もいいし、この男前。そして親孝行な方です。母親との仲が素晴らしく良好で、休日にはいつもお二人で街遊びを楽しんでおられるとか」
「……わぁ……」
三人目は、アルメの偏見かもしれないが……少々マザコンの気がありそう。
母と息子が仲良しなのは、傍から見たら微笑ましい光景だろうが、妻となる女性は大いに苦しむことが予想される。
一通り目を通した後、ダネルにそっと釣書を返しておいた。
「ありがとうございます。ええと、縁談の件はひとまず持ち帰って、考えてからお返事を……」
「おや、お気に召しませんでしたか? じゃあ、次の候補を五人ほど――」
「いや! あの、お待ちください、ダネルさん……!」
ダネルはソファーから立ち上がり、追加の釣書を持ってこようとした。
なんとなくわかってきたが、どうやらダネルは、人の縁組みの世話そのものが楽しくなってしまうタイプの人らしい。
気のいいおじさんだが、ちょっとお節介体質のようだ。
アルメも慌てて立ち上がり、彼の腕を掴んで止める。――そのアルメの首元で、ネックレスがキラリと揺れた。
ダネルはアルメの首元に目を向けて、ふいに動きを止めた。
パチクリとまばたきをしながら、問いかけてきた。
「――っと、アルメさん、失礼ですが、そのネックレスはご自分でご購入を……?」
「え? いえ、友人からの頂き物ですが。何でしょう?」
「ご友人、から……?」
「えぇ。……あ、もしかして今日の服装に合っていませんか? もう少し、アクセサリーは装いに合わせて選んだ方がいいですかね……」
アルメは首元に輝く、白いガラスのネックレスを指先でつまんだ。
白色なので、どんな服にも合うと思うのだけれど……なにやらダネルの目についてしまったようだ。
アルメは気まずそうに笑った。
――そんな彼女を見て、ダネルは背中にじわりと冷や汗をかいてしまった。
近くで見て、たった今気がついた。首元に輝く白い石は間違いなく宝石だ。ホワイトダイヤのように見える。
本の修復師は魔導書を扱うことも多い。魔導書の装丁は特にこっていて、魔石や宝石、希少金属で飾られているものがたくさんある。
仕事ではそういった飾りの状態も見ていくので、宝石の類にはそこそこ詳しいのだけれど……彼女のネックレスに、早めに気がついておいてよかった。
こういう高価な贈り物の装飾品には、十中八九、虫よけの意図がある。
(虫よけを施した人物は――……)
ダネルは考えをめぐらせて、すぐに思い至った。
慰謝料の合意書を交わした時に、アルメのサインに白鷹の名前が添えられていたこと。そして彼女の首元を飾る、この白い宝石。
察するに、彼女には白鷹の虫よけが施されているのではなかろうか。
遊び相手としてなのか。友人としてなのか。ひいきの店への寄付を兼ねたものか。
白鷹の気持ちがどういうものなのかはわからないが……下手なことをすると、こちらに鷹の爪が向きそうだ。
縁談の世話で盛り上がっていた気持ちは、一瞬でスンと鎮まった。
ダネルはソファーへと戻り、気を取り直してアルメに向き合う。
「……いやぁ、ネックレス、とても素敵だと思います! えぇ、とても! それで、ええと、そうですね、縁談の話はこれくらいにしておきましょうかね。アルメさんは、私にご相談があるのでしたね?」
「あ、はい! お手紙でもお伝えしましたが、この度アイス屋の二号店を出すことになりまして。看板の制作やデザインに関して、絵画工房に頼ろうかと思っています。そこでダネルさんにお話をおうかがいできればと」
ようやく本題に入ることができた。アルメはホッと息を吐いて、話し始めた。
「絵画工房への依頼は個人でもできるものでしょうか? デザインから起こしてもらうことって、できます?」
「工房にもよりますが、店のロゴや家の紋章、文字の形のデザインを仕事にしている絵師もいますよ。ただ、依頼は慎重に。『仕上がりイメージと違った』なんてことで、揉めることが多いので。実際に絵や仕事を見てから、じっくり打ち合わせをして決めるのがよろしいかと」
「なるほど……」
「とりあえず、私と繋がりのある絵画工房をご紹介しましょうか? 本の表紙絵以外にも、色々と仕事を請けている工房なので」
ダネルは手帳を取り出すと、ページを破って工房の名前を書いた。ついでに、簡単な地図も描いてくれた。絵画工房はここから歩いて行ける距離だ。
「どうぞ、差し上げます」
「ありがとうございます。今日この後、訪ねてしまってはご迷惑になるでしょうか?」
「大丈夫だと思いますよ。工房を取りまとめている絵師に、私の紹介だとお話しください」
思いがけず、この後の予定が決まった。なるべく時間を無駄にせず、どんどん動いていきたいところなので助かった。
アルメは鞄から手帳を取り出し、もらった地図をはさみ込む。ダネルは開かれた手帳のページに目を向けた。
そのページには看板の大まかなデザイン案が描かれている。
「そちらが看板のデザインですか?」
「ざっくりとしたイメージを描いてみたものです。ティティーの店、という字の隣に、うちのアイス屋の看板メニューの絵を描いてもらおうかと。白鷹ちゃんアイス、という」
「白鷹ちゃん……」
「友人が提案してくれたんです。マスコットが描かれていた方が、街の人たちの印象に残りそうですよね」
ダネルは看板のイメージ絵を見て、口元をひきつらせた。つい、余計なことを考えてしまった。
世間では、婚姻時にファミリーネームを並べることがあるのだけれど……ティティーの字に並ぶ白鷹、これには何か意図でもあるのだろうか。
……いや、深く考えるのはやめておこう。そう思い、ダネルは首を振った。
「素敵なデザインです。よい看板ができるといいですね」
笑顔を作って、無難な言葉を返しておいた。




