88 四季祭りと新たな情報(3章始まり)
『秋の神に感謝を――! ルオーリオに栄光を――!』
街に鐘の音が鳴り響き、人々の明るい声が上がる。
エーナとアイデンの結婚パーティーから少しだけ間を空けて、今度は四季祭りの祝い日がやってきた。
今回の祭りは秋の到来を祝うもの。――なのだけれど、ルオーリオには今日も夏の空気が満ちている。
一年中暖かいこの土地では、四季祭りがないと季節の移ろいや時間の進行というものを、うっかり忘れてしまう。
アルメも今さっき、祭りの鐘と人々の歓声を聞いたことで、ようやく『もう秋なのか』という実感を得たところだ。
そういうわけでアルメは今、祭りの最中にいる。
今回はジェイラがまとめて、出店の手続きを済ませてくれていた。前回の四季祭りと同じく、彼女の串焼肉屋の隣でかき氷屋を出している。
氷の塊を包丁で削いで、シャバシャバと氷屑の山を作り出していく。グラスに盛って色鮮やかなシロップをかけ、客に渡す。
客は珍しい氷菓に顔をほころばせて、嬉しそうに頬張った。その笑顔を見て、アルメも顔をゆるめる。
隣からは、ジェイラの慣れた呼び込み声が響く。
「串焼肉と白鷹の雪菓子はいかがー! ピリ辛熱々の串焼肉の後は、冷たくて甘いデザートがたまらないよ! 四季祭りを思い切り楽しみたいなら、アタシらの店に寄らなきゃ損だよー!」
呼び込み声を聞いてこちらに目を向けた客が、ワイワイと寄ってくる。アルメのアイス屋を知っている人たちも来て、声をかけてくれた。
「あれ? 路地奥のアイス屋さんかい? この白鷹様の雪菓子って初めて見たなぁ。店にはなかったろ?」
「はい、一応、お祭り限定のメニューになります」
「美味しそうね、いただいていこうかしら。苺とマンゴーをお願い」
「俺はこの青いのを」
「ありがとうございます!」
声をかけてきた男女の客は、それぞれかき氷――雪菓子を買ってくれた。
アルメの店の白鷹ブレスレットを付けた子供たちや、グルメライターを名乗る真っ赤な口紅の女性客も来た。
ここ最近、知名度アップに奔走してきたけれど、その効果が祭りの露店にも現れている。前回の参加時に比べて、声をかけてくれる人が多くて楽しい。
馴染みの客との気安い会話が、気分を大きく盛り上げてくれた。
お喋りをしつつ、せっせと働く。ジェイラに串焼肉をご馳走になったり、汗を流す彼女に氷魔法の冷気を送ったり――という時間を過ごして、昼を過ぎた頃。
よく見知った男女の客が歩み寄ってきたのだった。エーナとアイデンだ。
「アルメ、ジェイラ、遊びに来たわよ!」
「よう! 客入りはどうよ!」
「おかげさまで、とっても好調よ」
「よーっす、新婚さん。昼ご飯まだだったら、串焼肉奢ってやろっか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとな! アルメの雪菓子も食ってみたい」
「もちろん、いいわよ。焼肉のデザートにどうぞ」
ジェイラは串焼肉にたっぷりとソースを絡めて、エーナとアイデンに渡した。大きな口でかぶりつく二人を見ながら、アルメは話しかける。
「二人とも、今日は一日お休みの日?」
「うん! 最近、諸々の手続きやら新居探しやらでバタバタしてたから、今日くらいは丸一日遊んで過ごそうってことで」
エーナは実家の花屋を手伝って、毎回、四季祭りに参加している。けれど、今回は見送ったそう。
結婚の予定を早めたので、それに伴って色々と忙しいみたいだ。
「新居ってもう決まった感じー? やっぱ軍の駐屯地近く?」
「まだ決まってねぇけど、よさげな場所五つくらい目付けてる。駐屯地に近い、西地区と北地区あたりで」
「私もアイデンも実家が東地区だから、本当は間をとって中央地区がいいんだけどね。中央は高いから、なかなか手が届ないわ……――って、そうだ、中央地区で思い出したわ! さっき通りを歩いてきたんだけど、アルメ、これ見て!」
「え?」
串焼肉をもぐもぐしながら、突然エーナが何かを差し出してきた。出されたものは一枚のチラシだ。
チラシには大きく、『ティティーの店、営業再開のお知らせ』と書かれていた。これはアルメの店ではなく、キャンベリナのアイス屋のチラシである。
どうやら、キャンベリナの乱心によって一時休店をしていた店が、また動き出すらしい。再オープンは数か月後とのこと。
アルメはため息とともに、渋い顔をした。
「営業再開……まぁ、そのうち来るとは思っていたけれど。もう少しの間、忘れていたかったわ……」
「再オープンは冬の四季祭りの後か~。まだ時間はあるし、ぼちぼち次の策も考えとこうぜ!」
ジェイラにポンと背中を叩かれた。
一時休戦とはなったものの、まだ店の名前は取り戻せていないのだ。向こうの店が再始動したら、いよいよ今度こそ、本当の戦いが始まりそう……。
「そうね……今のうちに策を考えておかないとね。のんびりしていられないわ」
「――それで提案なんだけど、いっそアルメも表通りに店を出してみたら?」
「通り沿いの二号店、ね。それ、実はちょっと考えてもいいかなぁって思ってたところなの」
キャンベリナの店に乗り込んだ日、アルメは客層を広げたアイス屋の未来を想像した。
きっと今までより多くの人たちに親しまれて、もっと楽しい景色を見ることができるのだろうなぁ、と。
将来、いつかは……なんてのんびりと考えていたけれど、エーナの口から直球の提案を投げられるとは。
エーナの言葉にアイデンも乗ってきた。
「家探しで不動産屋まわってる間に、ちょっと聞いたんだけど、今南地区の大通り沿い物件が安いらしいぜ」
「大通り沿いが安いなんてことある? 街の端っこの端っこだとしても、通り沿いってそれなりに高いものじゃない?」
このルオーリオの街は、中央地区に近づくほどに地価が上がり、また大通りからの距離によっても物件の価格が上下する。
例え中央から遠い、地区の端っこであったとしても、通り沿いは基本的に一等地である。そんな場所が安いなんてこと、あるだろうか。
不思議に思っていると、エーナが説明を加えてくれた。
「南地区、この前大きな火事があったそうじゃない? それで、その周辺が今すごく安くなっているんですって」
「あ、それ前の四季祭りの夜っしょ。アルメちゃんが襲われて怪我した日の」
「そういえば、南地区の火事のせいで中央神殿が混んでいたんでしたっけ」
思い出した。そういえば、強盗に襲われた日の夜、警吏が火事のことを教えてくれたのだった。
と、いうことは、土地の価格が下がっている理由は――……。
「それってもしかして……事故エリア的な理由で、お安くなっているってことかしら……」
顔を引きつらせながら聞いてみると、エーナもアイデンも、微妙な顔をして目をそらした。
「うん……たぶんね」
「でも、格安で一等地を手に入れるチャンスじゃね? って思って、一応、アルメの耳に入れておこうかと思ってさ……」
「ええと、情報提供には感謝するわ……ありがとうね」
一等地とはいえ、事故エリアは心情的に複雑だ……。なんとも言えない空気になり、一瞬会話に間が空く。
けれどすぐに、ジェイラがカラッとした声を上げた。
「とりあえず、見に行くだけ行ってみたら? エリアの全部が全部、事故物件ってことはないっしょ。いい場所あったらラッキーじゃん」
「それはまぁ、そうですね」
彼女の明るい声のおかげで、アルメの心はわずかに浮上した。確かに、確認もしないで避けるのはもったいないかも。
せっかくもらった情報なのだから、祭りが終わったら、この件にもう少し踏み込んでみてもいいかもしれない。
そんなことを考えているうちに、アイデンが串焼肉を食べ終えた。彼は間を空けずに、かき氷シロップを覗き込んできた。
「あ、デザート食べる? 赤が苺で、黄色がマンゴー。緑がメロン、ピンクが桃、青はスカイハーブのシロップよ。何色にする?」
「全部掛け、っていうのはできねぇの? カラフルにしたい!」
「……言うと思ったわ」
よい笑顔で要求してきたアイデンに、アルメは苦笑した。かき氷シロップ全部掛けは、みんな一度は考えることらしい。
本当は三色までなのだけれど……今回は新婚の身内へのサービスとして、特別に許可しよう。
「やってみるけど……色が混ざってドブ色になっちゃったら、ごめんね」
アルメは氷を削いでグラスに盛ると、色が混ざらないように慎重にシロップをかけた。――どうにか、上手く仕上げられた。
アイデンは五色の虹色かき氷を見て、子供のように目を輝かせた。
「おぉ、すげぇ! 得した気分!」
彼の無邪気な笑顔を見て、なんとなくこの場にいないファルクを思い出してしまった。
きっとあのアイス好きの神官がいたら、この虹色かき氷を羨ましがったことだろう。同じものを要求して、同じように目を輝かせたに違いない。
もはや容易に想像できてしまう。もうすっかり、ファルクという人物はアルメの心に刻まれている。
彼の姿をすぐに想像できてしまうというのは、なんだかちょっと、妙な気恥ずかしさがあるのだけれど……。
当の本人は、祭りの三日間は神殿に籠って仕事だそう。今回は新作商品もないため、アイスの入手は自重しておくとのこと。
その言葉を聞いて、アルメはホッとしたのだった。祭り中は忙しいそうなので、どうか、アイスにかまけずに仕事に集中してもらいたい。
……けれど、ほんの少しだけ、残念に思う気持ちがあることは内緒だ。
いや、この気持ちは『残念』というより、『寂しい』に近いような……なんだか例えがたい、もやもやとした心地。
とにかく、これは内緒の気持ちである。




