86 気楽な結婚パーティー
キャンベリナの店との休戦が決まってから、十日ほど経った今日。
アルメとファルクはお喋りを楽しみながら、ある場所へと向かっていた。
「荷運びを手伝っていただいてありがとうございます。助かりました」
「お気になさらず。楽しいパーティーに呼んでいただいたお礼です」
ファルクは台車をガラガラと押している。運んでいるものはアイスの容器と食材、そして食器や道具類だ。
本日の目的地である、東地区の小さな教会には人々が集まっている。
この賑やかな集まりの中で始まるのは、ガーデンパーティーだ。
今日は待ちに待った、エーナとアイデンの結婚パーティーの日である。
競合店のこと。自身の将来や店の目標。その他諸々考えなければいけないことはあるけれど。――今日はまるっと全部、忘れてしまおうと思う。
パーティーの日には悩み事など放っておき、軽やかな心で全力で楽しみ、祝う。それがこの陽気な街、ルオーリオでのマナーだ。
貸し切った教会の庭に入ると、集まった面々はすでに盛り上がっていた。
乾杯はまだのはずだが、もう酒が入っているらしい。楽器をかき鳴らし、誰かが調子はずれの歌を元気に歌っていた。
集まっているのはエーナとアイデンの家族や、親しい友人たちだ。みんな普段着で気安く過ごしている。カジュアルなパーティーである。
集まりの中に入ると、早速エーナとアイデンが声をかけてきた。
「アルメ、ファルクさん! 来てくれてありがとう!」
「よう! アイスの準備もありがとな! 暑いから早く食いたいわー」
「エーナ、アイデン、改めておめでとう! アイスは乾杯の後でね」
「お二人とも、ご結婚おめでとうございます。素敵なパーティーにお招きいただき感謝いたします」
軽く挨拶を交わした後、エーナとアイデンはすぐに別の親族の元に引っ張られていった。今日の主役ともあって、なかなかに忙しそうだ。
彼らとのしみじみとしたお喋りはまた後で、ゆっくりとすることにしよう。
アルメとファルクはテーブルを一つ借りて、荷を下ろしていく。
そうしていると庭の入り口からひょっこりと、二人分の銀髪がのぞいた。片方は長いポニーテールで、もう片方は短髪。ジェイラとチャリコットだ。
姉弟は声をそろえて、こちらに大股で歩み寄ってきた。
「よーっす!」
「どーも~!」
「ジェイラさん、チャリコットさん、こんにちは。チャリコットさん、退院おめでとうございます。もうお体は大丈夫ですか?」
「うん、もうばっちり。白鷹の野郎に感謝だわ~」
ヘラっと笑うチャリコットを見て、アルメはキョトンとした。彼の言う『白鷹』は、今アルメの隣にいるのだけれど……どうやら、気づいていないらしい。
ファルクはチャリコットを見て、驚いた顔をしていた。改めて紹介を――と思ったのだが、ファルクの様子を見るに、チャリコットと面識があるようだ。
ファルクは今、変姿の魔法で容姿を変えている。チャリコットに正体を教えてあげよう、と口を開きかけたが、その前に彼のお喋りが始まってしまった。
「そうだ、ねぇ聞いてよアルメちゃ~ん! 俺この前、戦地で白鷹とチューしちゃった」
「えっ!?」
「俺は覚えてないんだけどさー、アイデンが言うには、寝てる無防備な俺に白鷹の奴が熱烈なチューを何度もしてきたとか。こりゃ街の女たちに恨まれそうだわ~。アルメちゃんも、俺に嫉妬してくれていいよ~! あっはっは!」
チャリコットは冗談っぽくケラケラと笑っていたが、アルメはギョッとした。思わずファルクの顔を見たが、彼はアルメ以上に驚愕した酷い顔で固まっていた。
が、すぐに動きを取り戻した。ファルクはペラペラと喋り続けるチャリコットに詰め寄った。
「ちょっ……! 言い方が悪すぎます! お黙りなさい! 白鷹がそんな口づけ魔みたいな……!」
「あ? いや、アイデンが言ってただけだしー。つか、誰? 何怒ってんの? あんたには関係な――……」
ファルクの顔を間近に見て、チャリコットは言葉を止めた。ポカンとした表情から、徐々に眉間に皺が寄ってくる。
すっかり険しい顔に変わった時、呻き声をもらした。
「……え……あんた……まさか……っ」
「姿を変えていますが、白鷹です……!」
「……うっわ……ふざけんなよ! 本人の前でチュー暴露して自慢するとか、最悪なんだけど!!」
「こっちのセリフですよ!!」
互いを認識した瞬間、二人とも苦虫を噛み潰した顔をして、頭を抱えた。
ジェイラは腹を抱えて笑い転げていたが、アルメは一人、戸惑っていた。
なにやら二人の関係について、聞いてはいけないことを聞いてしまったような……。どう返していいのかわからないが、なんとかあたりさわりのない笑顔を作ってみた。
「……あの、男の人だけの戦地では、なにやらそういう差し迫る事情というのも、あるのですね……。ええと、私、誓って他言はしませんから」
「ちがっ! 違うんですアルメさん! 何もそういう事情はなくてですね……!」
「大丈夫ですよ。大丈夫。今聞いたことは、すぐに忘れますから」
「違うんですって……! あぁっ……神よ……お助けください……っ」
アルメが思い切り目をそらすと同時に、ファルクは地面へと崩れ落ちた。
その後しばらくの間、ファルクとチャリコットは小声で口喧嘩をし続けていた。
パーティーの場で喧嘩をするのはアレだが、なんだかんだ仲が良さそうに見えたので、見逃しておく。
――後でアイデンから詳しい事情を聞いて、ちょっとだけホッとしたのは内緒だ。
そうして、あれこれとお喋りしながら準備をしているうちに、パーティーのゲストたちがそろった。
賑わいを増した庭を見回して、アイデンが大きな声を上げた。
「それじゃあ、そろそろ始めるか!」
そう言うと、彼はエーナと共にみんなの前に出た。もうパーティーは始まっているようなものだけれど、改めて、乾杯の挨拶をするようだ。
――と、思ったけれど。乾杯の前に、ちょっとした儀式をするよう。
アイデンはおもむろに片膝をつくと、エーナに手を差し出した。朗らかな声で、決まった口上を述べる。
「エーナ。空と地をめぐる果てなき魂の旅を、俺と共に」
「えぇ、アイデン。お供いたします」
エーナは返事を返すと、アイデンの手を取った。
このやり取りは、世間に広く親しまれている結婚の儀式である。
この世界では、地上での人生を終えると、魂は天へとのぼっていくと信じられている。
そうして空の国でしばらく過ごした後、また魂は地上に戻って、人は生まれ変わる。そしてまた人生を終えて天にのぼり、また地上に生まれ――……と、魂は地上と空を繰り返し旅していくそう。
その魂の旅を一緒に、というのが、今アイデンとエーナが交わした誓いである。
要は、『何度生まれ変わっても、ずっと一緒にいましょうね』という約束の儀式だ。
結婚の儀式にしては、ちょっと壮大な気がするけれど。絶えることなく、古くから伝わっているやり取りである。
そこまで深く信じていなくても、この世界の人々は大体みんな、この儀式を執り行う。
複数人と結婚することのある貴族ですら、好んで執り行っている。――この場合、魂の旅はずいぶんと大所帯になるので、ちょっと笑えるのだけれど。
でも、ロマンチックで素敵な誓いだと思う。
二人のやり取りを見て、ついアルメも乙女心をソワソワさせてしまった。
アイデンとエーナが誓いを交わすと、周囲から歓声と拍手が上がった。
アイデンはそのままエーナを抱きしめて、口づけを交わした。エーナの照れた顔に、こちらまで照れてしまって頬がゆるむ。
――ちなみにこの世界では、結婚後のファミリーネームの扱いは、アルメの前世よりずっと自由なものである。
妻のファミリーネームにしたり、夫のものにしたり。または双方の名前をくっ付けてしまったり、新しく作ってしまったり。
アイデンとエーナは名前を並べることにしたそうだ。
アイデン・マルトニーと、エーナ・コール。二つを並べて、新しい名前を『コールマルトニー』にするそう。
二人は寄り添って、庭を見まわす。グラスを手に取って、空に掲げた。
アイデンは陽気に笑って、大声を放つ。
「俺とエーナに祝福をー! みんな、今日は楽しんでいってくれ!」
「ちょっとアイデン、自分で言わないでよ、恥ずかしいわね……。ええと、みなさん、自由に飲んで食べて、楽しんでください!」
自分で祝いの言葉を言い放ったアイデンに笑いながら、アルメもグラスを掲げた。
晴れ渡る空の下、気楽なガーデンパーティーが始まった。




