表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/254

86 気楽な結婚パーティー

 キャンベリナの店との休戦が決まってから、十日ほど経った今日。

 アルメとファルクはお喋りを楽しみながら、ある場所へと向かっていた。


「荷運びを手伝っていただいてありがとうございます。助かりました」

「お気になさらず。楽しいパーティーに呼んでいただいたお礼です」


 ファルクは台車をガラガラと押している。運んでいるものはアイスの容器と食材、そして食器や道具類だ。


 本日の目的地である、東地区の小さな教会には人々が集まっている。

 この賑やかな集まりの中で始まるのは、ガーデンパーティーだ。


 今日は待ちに待った、エーナとアイデンの結婚パーティーの日である。


 競合店のこと。自身の将来や店の目標。その他諸々考えなければいけないことはあるけれど。――今日はまるっと全部、忘れてしまおうと思う。


 パーティーの日には悩み事など放っておき、軽やかな心で全力で楽しみ、祝う。それがこの陽気な街、ルオーリオでのマナーだ。


 貸し切った教会の庭に入ると、集まった面々はすでに盛り上がっていた。


 乾杯はまだのはずだが、もう酒が入っているらしい。楽器をかき鳴らし、誰かが調子はずれの歌を元気に歌っていた。


 集まっているのはエーナとアイデンの家族や、親しい友人たちだ。みんな普段着で気安く過ごしている。カジュアルなパーティーである。


 集まりの中に入ると、早速エーナとアイデンが声をかけてきた。


「アルメ、ファルクさん! 来てくれてありがとう!」

「よう! アイスの準備もありがとな! 暑いから早く食いたいわー」

「エーナ、アイデン、改めておめでとう! アイスは乾杯の後でね」

「お二人とも、ご結婚おめでとうございます。素敵なパーティーにお招きいただき感謝いたします」


 軽く挨拶を交わした後、エーナとアイデンはすぐに別の親族の元に引っ張られていった。今日の主役ともあって、なかなかに忙しそうだ。


 彼らとのしみじみとしたお喋りはまた後で、ゆっくりとすることにしよう。




 アルメとファルクはテーブルを一つ借りて、荷を下ろしていく。


 そうしていると庭の入り口からひょっこりと、二人分の銀髪がのぞいた。片方は長いポニーテールで、もう片方は短髪。ジェイラとチャリコットだ。


 姉弟は声をそろえて、こちらに大股で歩み寄ってきた。


「よーっす!」

「どーも~!」

「ジェイラさん、チャリコットさん、こんにちは。チャリコットさん、退院おめでとうございます。もうお体は大丈夫ですか?」

「うん、もうばっちり。白鷹の野郎に感謝だわ~」


 ヘラっと笑うチャリコットを見て、アルメはキョトンとした。彼の言う『白鷹』は、今アルメの隣にいるのだけれど……どうやら、気づいていないらしい。


 ファルクはチャリコットを見て、驚いた顔をしていた。改めて紹介を――と思ったのだが、ファルクの様子を見るに、チャリコットと面識があるようだ。


 ファルクは今、変姿の魔法で容姿を変えている。チャリコットに正体を教えてあげよう、と口を開きかけたが、その前に彼のお喋りが始まってしまった。


「そうだ、ねぇ聞いてよアルメちゃ~ん! 俺この前、戦地で白鷹とチューしちゃった」

「えっ!?」

「俺は覚えてないんだけどさー、アイデンが言うには、寝てる無防備な俺に白鷹の奴が熱烈なチューを何度もしてきたとか。こりゃ街の女たちに恨まれそうだわ~。アルメちゃんも、俺に嫉妬してくれていいよ~! あっはっは!」


 チャリコットは冗談っぽくケラケラと笑っていたが、アルメはギョッとした。思わずファルクの顔を見たが、彼はアルメ以上に驚愕した酷い顔で固まっていた。


 が、すぐに動きを取り戻した。ファルクはペラペラと喋り続けるチャリコットに詰め寄った。


「ちょっ……! 言い方が悪すぎます! お黙りなさい! 白鷹がそんな口づけ魔みたいな……!」

「あ? いや、アイデンが言ってただけだしー。つか、誰? 何怒ってんの? あんたには関係な――……」


 ファルクの顔を間近に見て、チャリコットは言葉を止めた。ポカンとした表情から、徐々に眉間に皺が寄ってくる。


 すっかり険しい顔に変わった時、呻き声をもらした。


「……え……あんた……まさか……っ」

「姿を変えていますが、白鷹です……!」

「……うっわ……ふざけんなよ! 本人の前でチュー暴露して自慢するとか、最悪なんだけど!!」

「こっちのセリフですよ!!」


 互いを認識した瞬間、二人とも苦虫を噛み潰した顔をして、頭を抱えた。


 ジェイラは腹を抱えて笑い転げていたが、アルメは一人、戸惑っていた。


 なにやら二人の関係について、聞いてはいけないことを聞いてしまったような……。どう返していいのかわからないが、なんとかあたりさわりのない笑顔を作ってみた。


「……あの、男の人だけの戦地では、なにやらそういう差し迫る事情というのも、あるのですね……。ええと、私、誓って他言はしませんから」

「ちがっ! 違うんですアルメさん! 何もそういう事情はなくてですね……!」

「大丈夫ですよ。大丈夫。今聞いたことは、すぐに忘れますから」

「違うんですって……! あぁっ……神よ……お助けください……っ」


 アルメが思い切り目をそらすと同時に、ファルクは地面へと崩れ落ちた。



 その後しばらくの間、ファルクとチャリコットは小声で口喧嘩をし続けていた。

 パーティーの場で喧嘩をするのはアレだが、なんだかんだ仲が良さそうに見えたので、見逃しておく。


 ――後でアイデンから詳しい事情を聞いて、ちょっとだけホッとしたのは内緒だ。





 そうして、あれこれとお喋りしながら準備をしているうちに、パーティーのゲストたちがそろった。


 賑わいを増した庭を見回して、アイデンが大きな声を上げた。


「それじゃあ、そろそろ始めるか!」


 そう言うと、彼はエーナと共にみんなの前に出た。もうパーティーは始まっているようなものだけれど、改めて、乾杯の挨拶をするようだ。


 ――と、思ったけれど。乾杯の前に、ちょっとした儀式をするよう。


 アイデンはおもむろに片膝をつくと、エーナに手を差し出した。朗らかな声で、決まった口上を述べる。



「エーナ。空と地をめぐる果てなき魂の旅を、俺と共に」

「えぇ、アイデン。お供いたします」


 エーナは返事を返すと、アイデンの手を取った。



 このやり取りは、世間に広く親しまれている結婚の儀式である。

 

 この世界では、地上での人生を終えると、魂は天へとのぼっていくと信じられている。


 そうして空の国でしばらく過ごした後、また魂は地上に戻って、人は生まれ変わる。そしてまた人生を終えて天にのぼり、また地上に生まれ――……と、魂は地上と空を繰り返し旅していくそう。


 その魂の旅を一緒に、というのが、今アイデンとエーナが交わした誓いである。

 要は、『何度生まれ変わっても、ずっと一緒にいましょうね』という約束の儀式だ。

 

 結婚の儀式にしては、ちょっと壮大な気がするけれど。絶えることなく、古くから伝わっているやり取りである。


 そこまで深く信じていなくても、この世界の人々は大体みんな、この儀式を執り行う。


 複数人と結婚することのある貴族ですら、好んで執り行っている。――この場合、魂の旅はずいぶんと大所帯になるので、ちょっと笑えるのだけれど。


 でも、ロマンチックで素敵な誓いだと思う。

 二人のやり取りを見て、ついアルメも乙女心をソワソワさせてしまった。



 アイデンとエーナが誓いを交わすと、周囲から歓声と拍手が上がった。


 アイデンはそのままエーナを抱きしめて、口づけを交わした。エーナの照れた顔に、こちらまで照れてしまって頬がゆるむ。


 ――ちなみにこの世界では、結婚後のファミリーネームの扱いは、アルメの前世よりずっと自由なものである。


 妻のファミリーネームにしたり、夫のものにしたり。または双方の名前をくっ付けてしまったり、新しく作ってしまったり。


 アイデンとエーナは名前を並べることにしたそうだ。


 アイデン・マルトニーと、エーナ・コール。二つを並べて、新しい名前を『コールマルトニー』にするそう。

 


 二人は寄り添って、庭を見まわす。グラスを手に取って、空に掲げた。

 アイデンは陽気に笑って、大声を放つ。


「俺とエーナに祝福をー! みんな、今日は楽しんでいってくれ!」

「ちょっとアイデン、自分で言わないでよ、恥ずかしいわね……。ええと、みなさん、自由に飲んで食べて、楽しんでください!」


 自分で祝いの言葉を言い放ったアイデンに笑いながら、アルメもグラスを掲げた。


 晴れ渡る空の下、気楽なガーデンパーティーが始まった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ