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83 予期せぬ暴露劇

 アルメはドレスルームでスカートの裾を確認した後、すぐに戻ってきた。

 特に汚れていなかったし、ファルクを待たせるのも悪いので。


 さっさと部屋を後にしたアルメに、女性店員たちはなぜか慌てた顔をしていた。



 そうして戻ってきたら、どういうわけかファルクとキャンベリナが揉めていたのだった。


 今まで姿の見えなかったキャンベリナがいて、ギョッとしてしまった。が、それ以上に驚く言葉が耳に届いた。


 『俺が欲しいのはアルメさんだけです! 彼女の他には何もいらない』、なんて言葉が――……。


 言葉の意味を処理する前に、反射的に変な声を出してしまった。――と、同時に、ファルクとバチリと目が合った。


 アルメとファルクは二人とも、同じように固まった。


 そして、少しの間を空けて。

 二人同時にアワアワとした弁明が始まった。


 ファルクはキャンベリナをひょいと脇にどかして、思い切り目を泳がせながら歩み寄ってきた。


「いやっ、あの、今のは変な意味ではなく……! 会話の流れで言ってしまったといいますか……!」

「そ、そうでしたか! おかしな声を出してしまってすみません! 今来たばかりだったので、話がわからずに驚いてしまって……!」

「ええと、求めるものは何かと問われたので……親しい友人と、友人の作るアイスと、店での楽しいお喋りの時間、――というような意味をひとまとめにして、あなたの名前を口にしてしまって……!」

「なるほど……! そういう感じのアレでしたか!」


 アルメとファルクは照れに頬を染めながら、ひとまずの事情説明を終えた。


 キャンベリナとファルクが言い争いをしていた時から、周囲の目はこちらに向いていたが……慌てた弁明合戦によって、さらに目を集めてしまった。

 少々、声が大きかったかもしれない。


 気まずさに身を寄せ合って、二人で小声を交わした。


「……とりあえず、一旦出ましょうか。話はそれからにしましょう」

「そうですね……待っている間に会計は済ませましたから、行きましょう」

「すみません、ありがとうございます。後でお支払いします」

「いえ、俺に払わせてください……あなたに謝らなければいけないことがありまして……」


 ひそひそと話をしながら、アルメとファルクは歩き出した。

 とりあえず、一刻も早くこの場を離れたい。


 ――そう思ったのに、キャンベリナの声によって、二人はこの場に繋ぎ留められてしまった。


 キャンベリナは突然、店内の客全員に聞こえるくらいの、大声を放ったのだった。


「あぁ、なんということ……! ファルケルト・ラルトーゼ様ともあろうお方が、庶民遊びをしているだなんて! 神殿の王子様がそんな黒ネズミみたいな娘と夜遊びをしているなんて、とんでもないスキャンダルだわ! これが世間に知れたら、大騒ぎよ……!」


 彼女の芝居じみた高い声に、周囲は一気にざわつきだした。


 アルメは目をむいて立ち止まり、ファルクも驚いた顔をして振り向いた。


 キャンベリナは泣き顔を歪ませて、なにやら、やけになったかのように甲高い声を放つ。


「白鷹様が取るに足らないような娘とデートを楽しんでいるなんて、公になったらどうなってしまうのかしら! 嫉妬に狂ったファンの女たちが、あなたの店に押しかけてめちゃめちゃにしちゃうかも! 街中の女が敵になっちゃうわね! 黒ネズミさん、お可哀想に……!」


 客の視線を一身に浴びたキャンベリナは、さながら舞台女優だ。人々は遠慮もなく、ざわざわと話している。


「ラルトーゼ様? あの男性が?」

「え、白鷹様なの?」

「御髪のお色が違うように見えるけれど。ここからじゃよくお顔が見えないわね」

「女遊びって、どういうこと……?」


 動揺する周囲の声が耳に届いて、アルメは血の気が引いた。


 自分の店うんぬんというより、ファルクの名誉に傷がつくことを考えて、心臓が変な音を立てた。


(ひえっ……! 何てこと言い出すの! どどどどうしよう……!)


 頭の中でパニックを起こしかけた。

 ――が、思いがけず、一瞬で冷静さを取り戻すことになった。


 チラッと目に入ったファルクの顔が、とんでもなく恐ろしいものに変わっていたので。その顔は人を癒し救う神官の顔ではなく、もはや殺人鬼の形相であった。


 アルメはもう一度、心の中でひえっ、と叫んだ。肝が冷えたのと同時に、頭も冷えた。


 ファルクが何かを言う前に、腕を思い切り引っ張って後ろに押しのけた。


 さすがに本物の殺人鬼のように、キャンベリナに危害を加えるわけはない、とわかってはいるけれど……まとう空気が恐ろしすぎたので、ひとまず下がってもらった。


 アルメは小声でコソリと言う。


「ファルクさん、ここは私がなんとかしてみますから……そのお顔はやめてください!」

「なんとか、とは? どうするのです? 俺のことはどうでもいいですが、アルメさんに何か仕掛けるようでしたら、然るべき制裁を――」

「穏便に……! なるべく穏便に済ませましょう! えっと……あの、先に謝っておきます。今から私はとても失礼なことを言いますが、どうかお許しください」


 口早に会話を終えると、アルメはキャンベリナに向き合った。距離を開けて真正面に立ち、深く息を吸う。


(上手くいくかはわからないけれど、とりあえず、白鷹様疑惑を取っ払ってしまわないと……!)


 人々が白鷹だと騒ぎ出す前に、別人だと主張してみよう。


 恥ずかしさを捨てて、アルメなりに精一杯大きな声を出して、言い返してやった。


「お言葉ですが、この人が白鷹様なわけないでしょう。まず容姿がまったく違います。それに、白鷹様は『王子様』のようなお方でしょう? 残念ながらこの人は、友達の家に入り浸るような俗な人です。友達の家の残り物のご飯を大口で食べて、散らかっている居間のソファーでゴロゴロダラダラして、デザートまでたかる人ですよ? 行儀悪くテーブルに突っ伏してふにゃふにゃ笑って。しまいには外が暑いから帰りたくない~なんて駄々をこねたりして。こんな格好悪い人が、あの麗しい神殿の王子様なわけないでしょう!」


 ピシャリと言い放つと、キャンベリナはくしゃくしゃの顔をしたまま固まった。

 同時に、客の誰かのクスッという吹き出した笑い声が聞こえた。


 ファルクは背を丸めて、ボソッと口をはさんだ。


「……大方その通りですが、『散らかっている居間のソファー』のくだりは、俺に過失はないような……」

「急に訪ねてくるから、片付けが間に合わなかったんですよ!」

「日頃から片付けておけばいい話では……?」

「多少散らかっていた方が落ち着くんです!」

「そういうものでしょうか……」


 腑に落ちない顔をしながらも、ファルクは口をつぐんだ。

 二人のやり取りを聞いて、また数人の笑い声が聞こえた。


 アルメは内心では冷や汗をかきながらも、キリッとした表情を作って続ける。


「ええと、そういうわけで、人違いもいいところです。この人は白鷹様ではありません。その辺のヒヨコです。これ以上おかしな思い違いをしたら、不敬罪で捕まってしまいますよ。――では、私とヒヨコはもう帰ります。皆様、お騒がせいたしました。よい夜をお過ごしください」


 クルリと背を向けて、ファルクの腕をとった。ファルクはアルメの手を受け止めて、二人は玄関へと歩き出した。


 背後からは、客たちの大きな笑い声が聞こえ始めた。


 キャンベリナの白鷹発言を打ち消すためとはいえ、しょうもない日常を晒してしまった……。


 恥ずかしさから逃げるように、アルメはファルクを伴って、スタスタと歩き去る。

 

 キャンベリナの声はもう、二人を追ってはこなかった。






 アルメとファルクは寄り添って、店を出て行った。


 残されたキャンベリナはくしゃくしゃの顔で、呆然と立ち尽くしていた。


 店内には客の笑い声が響いている。淑女たちは口元を隠してクスクスと笑い、紳士たちは肩をすくめて笑う。


「ふふふっ、微笑ましい暮らしだこと。部屋の中はちょっと散らかっていたほうが落ち着くの、わかるわぁ」

「あの騒ぎ出した娘、大丈夫なのか? その辺のカップルに、スキャンダルだ、なんておかしな言い掛かりをつけて」

「あぁ、可笑しい。白鷹様がそんなしょうもない庶民男みたいなことをしていたら、笑っちゃうわね。想像もできないわ」

「恋は盲目、なんて言うけれど、他人様のパートナーまで白鷹様に見えるようになっちゃ、いよいよまずいでしょ」

「いやはや、白鷹様好きを拗らせたら、あぁなってしまうのか。うちの娘にも気をつけるように言っておこうかね」


 客たちは勝手なことを、あれこれと喋っている。

 たまらなくなって、キャンベリナは悲鳴を上げた。


「本当に、本当に白鷹様なのよ! 信じてよ! あたしはあの人が白鷹様に変わるところを、目の前で見たことがあるの……! あの二人の正体は、白鷹様と庶民女なのよ……!!」


 泣きながら訴えたが、誰も聞いてはくれなかった。


 近くに座っていた客の喋り声が、はっきりと耳に届いた。


「なんだかこの前見た劇のようだわ。お姫様の恋路に難癖をつけてくる脇役にそっくり。恋に狂って、おかしくなってしまう哀れな令嬢」


(脇役……? あたしが……?)


 その言葉が、ストンと胸に落ちてしまった。


 確かに傍から見たら、今の自分は物語を引っ掻き回すだけの、脇役のようではないか。


 胸を焦がした白鷹とのドラマチックな恋愛劇は、脇役としてのものだったというのか……。


 ――以前夜会で、フリオに甘い言葉をかけられた時には、確かに自分は主役のお姫様だったのに。……自ら主役を降りてしまった。


 そうして乗り換えようとした王子様には、手が届かなかった。キャンベリナ・デスモンドは、白鷹のお姫様ではなかったらしい。


 そう、気がついてしまったけれど、もう涙は枯れて出てこなかった。

 ヒロインに似合いの可憐な涙の一粒すら、落とすことはできなかった。


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