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79 ゴシップ記者の手帳

 翌週、早速、革細工工房から三十本のブレスレットが納品された。

 青い革に虹色のガラスビーズ。白鷹が着けているものと同じデザインだ。


 アイスキャンディーのくじは『恋みくじ』用と『ブレスレットチャレンジ』用のものと、二種類用意することにした。


 恋みくじアイスキャンディーは、カットフルーツとミルクアイスを混ぜて、見た目を可愛らしく改良した。それに伴って、価格も改定してある。


 ブレスレットチャレンジの方はシンプルなアイスキャンディーで、価格は抑えめ。こちらはほとんど、材料費とブレスレットの費用で売上が相殺される。


 元々話題性を重視した商品なので、採算は別のところでとるつもりだ。




 こうして提供を始めたブレスレットチャレンジのアイスキャンディーだったが、二週間もたたないうちに、たくさんの客を呼んでくれたのだった。


 特に食いついたのは、子供たちだった。


 子供たちの小遣いでちゃんとしたブレスレットを買うのは大変だが、格安のアイスならば気軽に買うことができる。

 

 『アイスを食べてあたりが出たら、本物のブレスレットをもらえるらしい』という話が、地区の学院内であっという間に広まったそう。


 連日、学院帰りの子供たちがワイワイ来店するようになった。

 段々と他の地区の子供たちも顔を見せるようになってきている。


 そのため、大急ぎでアイスキャンディーの大量生産体制を整えた。シトラリー金物工房に型を追加で注文し、どんどん作っていく日課が加わった。


 アルメの魔法だけではなく、今では氷魔石の冷凍庫もフル稼働させている。夜にガッツリ仕込んでおけば、朝には完成している。冷凍庫さまさまだ。


 今日も子供たちで大賑わいのブレスレットチャレンジコーナーで、アルメはせっせと宣伝をする。


「みんな、アイスキャンディーを食べてくれてありがとう! お友達やご家族の方にも、『アルメ・ティティーのアイス屋』のお話をしておいてね。みんなで一緒に来てちょうだい」

「あ! お姉さん、見て! 『あたり』出たー!」

「あら、おめでとう!」


 子供の一人がアイス棒の『あたり』を見せてきた。アルメはカウンターの小さなベルをカランカランと鳴らした。


 周囲の他の客たちからも拍手が湧きおこる。あたりを出した子供はとても嬉しそうにはしゃいでいた。


 その満面の笑顔を見ると、たまらない気持ちになる。

 客寄せうんぬんの作戦も大事だけれど、それはそれとして、この楽しい企画を実行できてよかったと思う。

 ファルクの提案と協力、そして工房の仕事に心から感謝したい。



 そうして新しい目玉商品が軌道に乗ってきたところで、もう一つ、新商品を出すことにした。


 アルメはアイスカウンターの脇に、小ぶりな看板を立てかけた。板でできた看板には、絵具で新メニューの宣伝が書かれている。


 『フルーツミルクシェイク誕生! 新感覚の飲むアイス!』と。

 スプーンストローがばっちりの仕上がりだったので、飲むアイスを作ってみたのだ。


 ブレスレットで客を呼び込み、さらにもう一段、新商品で盛り上げられたら、ということで、このタイミングでのお披露目とした。


 看板を設置した途端に、一人の女性客が声をかけてきた。


「そちらは新商品ですか? 飲むアイスって、どういうものなのかしら。頼んでみてもいい?」

「ありがとうございます。こちらはミルクアイスを飲用にしたものです。お作りしますので、少々お待ちください」


 アルメはシェイクの準備に取り掛かった。


 ガラスのボウルにミルクアイスを適量取り、ハンドミキサーでかき混ぜる。


 ツノが立つくらいにやわらかくなったら、ジュースグラスへと移す。たっぷり注いだミルクシェイクの上に、カットフルーツを華やかに盛りつけたら完成だ。


 最後にスプーンストローを刺して、女性客へと差し出した。


 女性客はお代を払うと、口の端をくいと持ち上げて上品に笑った。化粧で真っ赤に飾られた唇が美しい。


 ――そこでふと思い出した。そういえば、この女性はこの前カフェ・ヘストンでも見かけた気がする。


 記憶をたどると、アイス屋でも何度か見かけたことがあるような……口紅の色は違っていた気がするが。


(確かこの人だったと思うのだけれど……人違いだったら失礼ね。声をかけるのは、次また来てくれた時にしよう)


 話かけてみようかと迷ったが、やめておいた。次話す機会があったら、そっと尋ねてみようと思う。


 美しい唇の女性は店内の席について、フルーツミルクシェイクを優雅に飲み始めた。アルメはまた、接客へと戻っていった。




 そのアルメの姿を横目でチラリと観察しながら、女性客は手帳を取り出した。


 この秘密の手帳にはあらゆるネタがメモされている。ネタとはもちろん、『記事』を作るためのネタだ。


 女性は記者であり、担当する記事は主にゴシップである。


 有名人の噂話、貴族たちの秘め遊び、そして街で起きたおもしろい事件なんかも、少々。庶民間の事件でも、こじれ話は有閑貴婦人たちに人気があるので。


 今は主に、白鷹を追っている。


 このアイス屋に出入りしている茶髪茶目の男性は、おそらく白鷹で間違いないと思う。


 ――が、彼に関することは、不用意に記事にできないところがもどかしい。


 『貴人』というくくりでも、白鷹の身分は少し特殊なのだ。その辺の貴族やただの金持ちたちとは違って、上位神官は国に属する者である。

 彼らが診るのは王族や聖女、国の重鎮たちだ。

 

 国に関わる貴人――それも、わざわざ特殊な魔導具を使って姿を変えている人のプライベートを、勝手に明かすなんてことをしたら、不敬罪待ったなしだ。


 それを怖れて、さっさと手を引いた記者たちも多い。追っている記者は、もうわずかばかりだろう。


 でも、自分は折れずに追い続けるつもりだ。


 何か大きな情報――例えば結婚など、世間の興味を引く動きがあった時、いち早く記事を出せるように。


 公表されてしまえば不敬罪も怖くないので、スタートダッシュを切る準備として、彼の動向をチェックしている。


 ……の、だけれど。


 女性記者は秘密の手帳を開いて、サラサラとメモを取り始めた。

 書いているのは、白鷹と懇意の仲であるアルメの素性に関して――ではなく、フルーツミルクシェイクの感想だ。


(スプーンとストローが一体となった食器を使って、やわらかいアイスを飲みながら、フルーツをつつく。ミルクアイスは甘くなめらかで、火照った体にスッとしみていく。甘く濃厚なミルクアイスの合間にフルーツを頬張って、フレッシュな酸味を楽しむ。新作のフルーツミルクシェイク……美味だわ)


 一気に書き上げて、記者はうっとりとため息を吐いた。そしてハッと正気に戻る。


(って、私はまた何を書いているのかしら……)


 自分はゴシップ記者であって、グルメライターではない。断じて違う――はずなのに、手帳には食レポがびっしりと書き込まれている。


 白鷹を追っているうちにアイス屋へとたどり着き、そしてアイス屋を探っているうちに、スイーツにハマってしまったのだ……。


 一年中暑い気候のこの街において、アイスという新しいデザートは際立って美味しく感じられた。


 提携先らしいカフェのコーヒーフロートも、大変に美味であった。お洒落な変形ストローの使用感も楽しくて、もう何度か飲んでいる。


 密かに通っていたアイス屋のポイントカードは、そろそろ二枚目が埋まりそう。


 ……いや、あくまで仕事の一環なのだ。白鷹のゴシップを集めるために、アイス屋やカフェに通っているだけなのだ。何も注文せずにうろつくのは不自然なので、こうして食べているだけである。


(――あら、誰か来たわ)


 食レポを書き終えて、ふとカウンターの方を見ると、不健康そうな顔をした黒髪の男が、店主アルメを呼んでいた。


「おーい、嬢ちゃん。花火の試作ができたぜ」

「ありがとうございます! わざわざ来ていただいてすみません」

「なに、散歩がてらさ。一応出来る限り、細く仕上げてみた。パフェとやらに仕込んでも平気なように、魔石の粉がでないよう調整してみたんだが――」


 アルメと男――花火職人らしき人物の手元を確認する。なにやら花火の話をしているようだが、手元の細長い棒は、とても花火には見えない。


(花火って、大筒を地面に設置して、噴水みたいに噴き上げるやつよね? あんな棒きれみたいなものが花火なの? というか、『パフェに仕込む』って、どういうことかしら?)


 パフェというのは、もしかして新作のアイスだろうか。まさか、火を噴くアイスでも作るつもりなのか――。


(き、気になる~! そんな華やかなアイスが出来上がったら、絶対人気出るでしょうよ! あぁっ、特集組みたい~!)


 ぐぬぬ、と奥歯を噛んでしまった。


 いや、自分はゴシップ記者である。それも、他社が怖れて手を引いた白鷹を追っている、鋼のメンタルを持つ記者だ。スイーツなんぞには、絶対に屈しない。


 が、それはそれとして。


 ちょっと他の編集部に、話をしてみようと思う。『街角・新作スイーツ特集』の企画とか、よいのではなかろうか。


(……いや! いやいやいや! 私はゴシップ記者よ! ほら、仕事をしないと……!)


 つい頭の中で企画を練り始めてしまったが、すぐに首を振って、意識を現実に戻す。 


 気持ちを切り替えるために、勢いをつけて、椅子から立ち上がった。



 先ほど白鷹のブレスレットを当てて、キャッキャと喜んでいる子供のそばに寄る。


「ねぇ、それお姉さんにも見せてくれない? 当たったの、すごいわね」

「いいよー! これ、本物なんだってー! たぶん!」

「へぇ、これが本物」


 子供は『たぶん』と言って笑ったが、この店が提供しているものなのだから、おそらく本物で間違いないのだろう。


 自分は、あの白鷹が着けていたブレスレットは、店主アルメからの贈り物だと予想している。

 店主の首元にも白い宝石が輝いているので、お互いに贈りあったのかもしれない。


 子供から見せてもらったブレスレットは、青い革に色とりどりのビーズが付いていた。そのビーズをよけると、なにやら革に刻印が入っている。


 刻印の文は、『あなたに笑顔と幸せを』。


(ふむふむ、贈り物に添える無難な一文ね。白鷹本人のブレスレットにも、この刻印が入っているのかしら)


 もしくは、まったく別の言葉だったりするのだろうか。


 確認のしようがないが、一応、この刻印の文は情報としてメモしておこう。――ずらりと書き連ねられた、食レポの端のほうに。


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