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74 もう一つのアイス屋

 エーナとアイデンの二人と一緒に家を出て、大通りで別れの挨拶を交わした。二人はこれから親戚の家をまわるそうだ。


 アルメは一人、もう一つの『ティティーの店』とやらに向かう。


 教えてもらった通り、東地区から中央に向かって歩いていくと、その店が見えてきた。なにやらギラギラとした派手な外観だ。


 歩く速度を落として、看板をまじまじと見上げる。


 その店の玄関の上には、確かに、ティティーの店と書かれた看板が設置されていた。アルメの店よりずいぶんと大きな看板だが、色とデザインは一緒だ。


 ――が、味のあるアルメの店の看板に比べて、この店の看板は洗練された仕上がりだ。


 アルメの店の看板は祖母が手作りしたものである。

 青地に白い文字。店名は祖母のまるっこい癖字で書かれている。その文字を囲うように添えられている小花のイラストも、祖母が描いたもの。


 アルメは店の前でポカンと立ち尽くしてしまった。


「わぁ……ティティーの店、本当にできてた。偶然、じゃないわよね……?」


 看板の下には垂れ幕が下がっていて、『氷菓子』の表記がある。看板だけでなく、提供する商品も一緒のようだ。


 オープンは来月で、今は準備中らしい……。


「……なんでうちの店なのかしら? 路地奥のお店の看板を、わざわざ再現する必要ある?」


 アイス自体は、別にアルメだけのものではない。レシピというものはそのうち世間に広まっていくものだ。


 誰かがアルメの店のアイスに目を付けて、自分もそういうデザートの店を出したい、と思ったのなら、それを止めることはできない。


 の、だけれど……店の名前と祖母の手作り看板までそっくり複製されるというのは、ちょっと不思議である。


 有名店の看板ならいざ知らず、なぜティティーの店を……。


 アルメの近くでは、他の通行人たちも店を見ている。物珍しい新しいデザート店に興味を引かれたのだろう。庶民の子供たちや家族連れが、楽しそうに話している。


「氷菓子……へぇ、冷たいデザートだって。美味しそうだね」

「オープンしたら来てみようか」

「白鷹様アイスだって! 食べてみたい!」


(白鷹()アイス……?)


 アルメは店に近づき、店の関係者と思われる男性からチラシを一枚もらった。オープン予定日、そして商品のメニューが書かれている。


 メニューの中には、『白鷹様アイス』の字があった。イラストは載っていないが、似たようなものが出てくる可能性は高い。


 ぐぬぬ……と、渋い顔をしてチラシを見ていたら、突然、そのチラシを誰かに奪われた。


 チラシをひったくったのは、ずいぶんと白い手の女性。その手の主を確認して、アルメはギョッとした。


 いつの間にか側に立っていたのは、キャンベリナだった。


 桃色を帯びたフワフワした金髪に、小柄なわりに豊かな胸元。ボリュームのある色っぽいドレス。――久しぶりに見た姿に、わずかに胸焼けを覚える。


 キャンベリナはアルメを追い払うように、雑に手を振った。


「黒ネズミさん、あたしの店の前で立ち止まらないでちょうだい。店のイメージが悪くなるわ」

「キャンベリナさん……!? ちょっと、あなたのお店ってどういうことですか!? お店の看板、うちと同じなんですが!」

「あなたの店の看板なんて知らないわ。これはうちの看板よ。デスモンド家の料理人が腕によりをかけて作る、アイスのお店なの。ドレスコードにそぐわない安っぽい格好の庶民はお客様じゃないから、チラシに触らないでよね」

「料理人に……ドレスコード……!?」


 キャンベリナが言うには、ここは彼女のアイス屋で、なにやら格式の高い店らしい。料理人を雇って、本格的なデザートを提供する予定だそう。


 百歩譲って、別にそれ自体は構わない。客を選ぶ店はあってもいいし、彼女がなぜか突然、アイス屋に目覚めたのだとしても、別にいいのだ。


 けれど、この店の名前だけはどうにかならないのか。


「あなたの商売自体には、私は口を出しません。でも、店の名前と看板は見過ごせません! どうしてわざわざ同じものにしたのですか? ……まさかこの前の、銀行での仕返しのつもりですか?」

「ごちゃごちゃうるさいわね! あなたへの仕返しなんてどうでもいいのよ。ネズミなんて眼中にないわ」


 キャンベリナはアルメに背を向けて、クスリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「じゃあね。あたし、黒ネズミとお喋りしている暇はないの。さっさとどこかへ行ってちょうだい」


 そう言いながら、彼女は店の玄関へと歩いていく。

 その途中、チラシを手に取った子供たちや、店の前で立ち止まって垂れ幕を見ていた家族を、しっしっ、と追い払った。


「ここは庶民のお店じゃないの。店の格が下がるから、みすぼらしい格好で近寄らないで」

「え、そんな言い方ないだろう……」

「……行きましょう、あなた」

「チラシを見るくらいいいじゃないの……!」


 集まっていた人々は複雑な表情をして散っていった。


 追い払われた人たちの姿が目に残る。戸惑った様子の夫婦、しょげた子供たち、ムッとした顔で歩き去る女性グループ。

 さっきまで楽しそうにお喋りをしながら、店の看板を見ていたのに。


 祖母が大事にしてきた店であり、今は自分にとっても大事な店。――そんな『ティティーの店』の看板の下で、こういう残念な光景を見ることになるなんて……。


 やり場のない悔しさと悲しさで、胸がもやもやする。

 

 

 アルメは足元に落ちているチラシを拾った。もう一度キャンベリナのアイス屋のメニューを見る。


「どうしよう、おばあちゃん……お店の名前とられちゃった……。白鷹ちゃんアイスも……」


 ため息まじりにポツリと呟いた。

 

 ――その声に応えるかのように、視界の下の方に、チカッと光が走った。

 ファルクにもらったネックレスが、日差しを反射してキラキラしていた。


 今日もルオーリオは晴天で、明るい日差しが降り注いでいる。輝く青い空に、白い雲がのんびりと流れていく。


 呆然と空を見上げて立ち尽くしていると、ふと、祖母が神殿のホスピスに入った日のことを思い出した。あの日も、空にはのんびりと流れる雲が浮かんでいた。


 祖母がホスピス暮らしになることが寂しくて、アルメはものすごくしょんぼりとしていた。

 そんな元気のないアルメに向かって、祖母は病室のベッドの上で、明るい笑顔で言った。


『アルメ、ちょっと大通りを歩いてきなさい。青空の下で、思い切り大きく手を振って、大股で歩いてごらん。人目なんか気にせずに、のしのしと、力一杯歩くの。そうすれば、心の中の空気がすっかり入れ替わるから』



 思い出した祖母の言葉に、アルメは顔を上げた。輝くネックレスを握りしめて通りを歩き出した。


 のしのし、とまではいかないけれど、いつもより力強く歩いてみた。


 しばらく歩いているうちに、なんだかもやもやとした気分がすっきりとしてきた。さっきまで胸を満たしていた、悔しさと悲しさが抜けていく。



 胸の中の空気が入れ替わり、じめじめとした気持ちがなくなった。


 そのかわりに、すっきり、はっきり、清々しく――……腹が立ってきた。



「やっぱり、『ティティーの店』の名前と看板を掲げて、あんな風に街の人を追い払うのは許せないわ」

 

 人目も気にせず文句を言いながら、グッと拳を握りしめる。


 一人でしょんぼりと悩むのはやめよう。とりあえず、みんなに相談だ。アイス屋の仲間たちを集めて、緊急会議を開こう。


 アルメはムッとした強い表情のまま、通りを大股で歩いていった。


 祖母の言っていた気分転換とは、こういうことではないのかもしれないが……まぁ、ひとまず元気は出てきたので、よしとする。


 家に着く頃にはもうすっかり、のしのし、という歩き方になっていた。


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