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72 パフェ用花火を求めて

 カヤは彼女の父親――工房長から花火工房の話を聞いて、すぐにアルメに教えに来てくれた。


 その際に『もう一つアイスを食べたい』と、もじもじしていたので、ご馳走してあげた。どうやら、彼女もアイスにハマってくれたらしい。


 『毎日通って、太っちゃいそう……』なんてぼやいていたけれど、アルメは耳をふさいでおくことにした。……その件は自分自身も、最近気にしていることなので。




 夕方に店を閉めた後、アルメは早速、花火工房へ向かうことにした。


 花火を求める理由――それは、パフェに添えるためである。


 ファルクとお祝いパーティーをした時、ふと、前世の飲食店でメニューにあった『お誕生日プレート』を思い出したのだ。


 チョコソースでお祝いメッセージが書かれた大きな皿に、ケーキが飾られて、そのケーキには花火が刺さっていた。


 スイーツの上でパチパチと弾ける小さな花火は、お祝いの場を華やかに盛り上げる。このお祝い花火を是非とも、この世界のパフェでもやってみたいと思ったのだ。


 

 とりあえず花火職人にチラッと話をしてみて、依頼を受けてくれるかどうかだけ、先に確認しておこうと思う。


 ――というのも、庶民が個人で花火作りを依頼することは、一般的ではないので。


 この世界では花火自体、暮らしとは縁の遠いものだ。富裕層がガーデンパーティーの盛り上げとして使うくらいである。


 打ち上げ花火のような派手な爆発をともなう花火は、精霊たちが驚いてしまうので製造を禁止されている。

 

 そして手持ち花火というものも、ほとんどないに等しい。小型の花火は地味なので、富裕層のパーティーで使うにはいまいちだ。

 作るのも難しいそうなので、世間に広まっていない。


 打ち上げ花火も、手持ち花火もない。

 そんなこの世界で花火といえば、地面に設置して、大きく噴き上がるタイプのものが普通である。


 原料は火魔石と風魔石の粉末だそう。あとは精霊の魔法や薬などを使うらしい。詳しくは知らないが、諸々の扱いが難しいのだとか。


 腕の悪い花火職人が作ると、不発に終わったり、逆に飛び散って大変なことになるそう。


 そういうわけで、わざわざ花火の製造を依頼する庶民はいない。花火職人たちは貴族のお抱えだったりするので、アルメの話など聞いてくれないかもしれない。


(断られてしまったら仕方ないけれど、まぁ、とりあえず話だけでも……)


 アルメは少し緊張しながら、夕方の工房通りを歩いていく。


 通りにはガラス工房や革工房、服飾工房やジュエリー工房――などなど、色々と並んでいる。


 周囲を見まわしながら歩いていくと、カヤから聞いた花火工房の看板を見つけた。通りを抜けた先、街並みから少し外れたところにあった。


「花火工房――ここ、よね? ……本当にここ?」


 建物の前に立ち止まって、アルメは顔を引きつらせた。


 建物の玄関周りには、山のように瓶が置かれている。すべて空の酒瓶だ。

 酒瓶の工房だったなら問題ないのだろうが……あいにくここは花火工房である。


(……お酒好きな職人さんなのかしら? にしても、飲みすぎでは……)


 玄関扉を叩くことを、ためらってしまった。せめて明るい時間帯に訪ねるべきか、と考える。

 酔っぱらった男が出てきたら危険だ……。


(……よし、帰ろう。また今度、日中に来ましょう)


 アルメは引き返すことに決めた。


 ――が、足を動かす前に、玄関扉が開かれてしまった。ギィ、と扉の音が鳴る。

 薄暗い工房の中から顔を出したのは、どんよりとした亡霊のような男だった。


「なんだよ、さっきから人の家の前で突っ立って。客じゃねぇならどいてくれ」

「いえ、あの……一応、花火の依頼のお話をしたくて来たのですが……」

「あ? あんたが? ふーん、そうかい」


 亡霊のような男はそう言うと、工房の中へと戻っていった。


 年齢は三十代くらいだろうか。癖のある黒髪に、無精ひげを生やしている。目元にはクマがあって、ギョロッとしていて怖い。


 男はボソボソとした低い声で、中からアルメを呼んだ。


「おい、さっさと入れよ。俺に依頼があるんじゃねぇのか?」

「あ、ええと……」


 ひとまず、依頼は受けつけているようだ。が、入るのに躊躇する。工房の中からは、フワリと酒の匂いが漂ってきている。


 固まっているアルメを見て、男は面倒臭そうな顔をした。


「別に手なんざ出さねぇよ。こう見えて俺は妻のいる身だ」

「は、はい……」


 そう言いながら、男は玄関近くまで戻ってきた。玄関先で話を聞いてくれるみたいだ。

 意外と気を遣ってくれる人らしい。見た目の雰囲気と工房の雰囲気は、荒んでいるが……。


 男は玄関の壁に寄りかかって、アルメにギョロッとした目を向けた。空の酒瓶が足に当たって、ガランと倒れた。


「あんた、貴族の使いっぱしりだろ。主人のお貴族様はどういう花火をご所望で? 金持ちアピールのための、馬鹿みたいに派手な花火か? それとも遊び女を口説き落とすための、情熱的で下品な花火か? 噴水みたいに、火柱のどデカい花火でもいいぜ。火事になっても知らねぇけどな。お望み通りのしょうもねぇ花火を、いくらでも作ってやるよ」


 男は鼻で笑いながら吐き捨てた。まったくもって依頼を受ける態度ではない。


(ひえ……この人、まさか花火嫌いなんじゃ……)


 話から察するに、男は一応花火職人のようだが……まったくもって仕事への想いを感じられない。


 ……やっぱり帰ろうか、と思ったけれど、職人はアルメの話を待っているようだった。


 アルメはビクつきながら、鞄からノートを取り出す。花火のイメージ図を描いたページを開いて、彼に見せた。


「あの……私はお貴族様の使いではありません。個人で依頼をしたくて、受けていただけるかお話だけでも、と思いまして……。こういう、小さい花火を作りたいんです……けど、どうでしょう?」

「あぁ? 小さい花火だぁ?」


 ノートには、パチパチと小さく弾ける花火を描いてきた。弾けた花火の直径は手のひら程度。持ち手の長さは縦長のグラスくらいだ。


 職人の顔色をうかがいつつ、説明を加える。


「あまり大きく火花が飛び散らないような、控えめな花火を……」

「こんなちっこい花火じゃ、何のアピールにもなんねぇぞ。財力をアピールしたいなら派手な花火。恋人を夢中にさせたいなら、どぎつい色の花火、ってのが常識だろ」

「……すみません、私は庶民なので、お貴族様の花火遊びはわかりません。何かをアピールするための花火ではなくて……ちょっと華を添える、くらいのものが欲しいんです」

「華を添える?」


 職人は改めてノートを覗き込んできた。だらりと壁に寄りかかっていた背中が伸ばされる。


「例えば、人に花を贈ったり、テーブルに花を飾ったり――という、ちょっとした感覚で、小型花火を使えないかなぁと。イメージ的には一輪花みたいな……」

「ほう、花火の一輪花か」

「どちらかというとお洒落で上品な雰囲気が理想です。大きさや派手さは抑える感じで」

「小さくて洒落た花火……ちょっと待ってろ」

 

 職人は工房の中へと大股で歩いて行った。心なしか、歩き方が颯爽としている。不健康そうな、だらっとした雰囲気がなくなった。


 さっと戻ってきた職人の手には、小さな筒が乗っかっていた。親指くらいの大きさの花火だ。


「俺が趣味で作った花火だが、これが今うちにある中で最小だ。嬢ちゃんの作りてぇ花火は、こういう雰囲気っつーことであってるか?」


 そう言うと、彼は火魔石の着火器――前世のライターに似た形をしている道具で、花火に火をつけた。


 指でつままれた小さな筒形花火は、チラチラと繊細な火花を噴き上げた。前世で見た線香花火のような火花が散る。


 今は夕方から夜に移り変わっていく時間。うっすらと暗くなってきた空間に、キラキラと輝く。


 貴族がパーティーで披露する、ど派手な噴水のような花火と比べると、本当にささやかな花火だ。


 でも、この花火こそ、まさにアルメが求めているものに近い雰囲気だ。思わず前のめりになってしまった。


「そう! こういう雰囲気です! これに持ち手を付けて、棒状にすることはできませんか?」

「筒の形を細長くすりゃ、どうにか。あんたの小指くらいの太さなら――いや、もう少し細くできるな」

「その花火をお願いしたいです! 少ない数で注文することはできますか? 注文の最低数はいくらでしょう」

「いくらでも構わない。一本からでも作ってやるよ」


 さっきまでどんよりとした顔をしていた職人は、いつの間にかやわらかい表情をしていた。


「俺は元々、こういう繊細で美しい花火に惚れ込んで花火師になったんだ。嫁さんがそういう花火を好きだったから。……きっと注文が入ったら、空にいるあいつも喜ぶ」


 花火を見る職人の目は、懐かしいものを見るように細められていた。奥さんは空にいるらしい。アルメの祖母と同じところにいるようだ。



 しばらくして花火が終わり、職人はアルメに向き合った。


「名乗りが遅くなったが、俺はグラント・クレイだ」

「アルメ・ティティーと申します。花火の注文、お願いしてもいいですか?」

「あぁ、とびっきり洒落たやつを作ってやる。――どれ、持ち手の長さはいくらだ? もう一度図面を見せてくれ」


 ノートを渡すと、職人――グラントは図面を見つめた。そして何の気なしに、次のページを開いた。


 次のページには、花火をパフェに刺した場合のイメージ図が描かれている。フルーツパフェの上で花火がキラキラしている絵だ。


 グラントはそれを見て目を丸くした。


「え? 花火、食い物にぶっ刺すの?」

「その予定です。あぁ、言い忘れていましたが、私はデザートを提供するお店をやっていまして。花火に火をつけて、お客様に出すんです」

「ひ、火花を浴びながら食うのか……? なんかの拷問……いや、デザートだから、ご褒美か? 嬢ちゃん、大人しい顔して、なかなか攻めた趣味を持ってんな……まさか、『鞭持ち嬢』か?」

「違います!!」


 鞭持ち嬢とは――鞭を持った女性が殿方を叩き、喜ばせる、という大人の店のお姉さんである。

 アルメは即座に、大声で否定した。


 ……最近、ファルクの持ち出してきた接客酒屋システムといい、今話に上がった鞭持ち嬢といい、一体なんだというのか。


 自分という人間のキャラクターが迷子にならないように、気を付けていきたいと思う。アルメ・ティティーは、ただのアイス屋の店主である。


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