70 最高のご褒美
アルメは調理室からパフェに使う材料を持ってきて、キッチンに並べた。
苺、マンゴー、バナナ、オレンジ。麦のフレーク。砕いたアーモンド。そしてミルクアイス。それから自宅用の冷蔵庫から、バターと苺ジャムを取り出した。
あとは砂糖と、諸々の料理道具を並べたら準備は完了。エプロンを着けたら、調理スタートだ。
まずは麦のフレークにひと手間加える。このフレークはパフェの下層に敷く予定である。
フライパンでアーモンドを乾煎りして、焼き目がついて香ばしくなったら一度取り出す。
次に砂糖と水を火にかける。フライパンを揺すりながら、グツグツしてくるまで熱する。
焦げ色がついて泡がぶくぶくと大きくなってきたら、バターを入れる。
出来上がったのはバターキャラメルソースだ。
バターとキャラメルの甘く香ばしい匂いがたまらない。香りを楽しみながら、乾煎りしたアーモンドと麦のフレークを入れて絡める。
これでキャラメルフレークの完成である。平たい容器に広げて冷ましておく。
フレークを作ったら、次はフルーツを切り分ける。
苺のヘタを取って半分に切っていく。マンゴーはサイコロ大に切り、バナナは斜めにスライスする。オレンジは皮をむいて、丸ごとスライスした。切り口が綺麗で華やかだ。
棚から二つグラスを出して、調理台に並べる。
今回、パフェのグラスはカクテルグラスを使うことにした。口が広くて足が短い、小さめサイズのもの。
熱を取ったキャラメルフレークをグラスの底に敷いて、その上に薄く苺ジャムを敷く。
さらにその上にミルクアイスを丸く盛りつける。ミルクアイスを囲うように、フルーツを綺麗に並べていく。
オレンジの皮を使ってパーツを作り、ミルクアイスに目とくちばしを付けて、白鷹ちゃん仕様にした。その頭の上には、ミントの葉を飾っておく。
これを手早く二つ分作って、最後にバランスを確認する。
――フルーツミニパフェの完成だ。
「ファルクさん、パフェできましたよ。起きれます?」
「えぇ、もうさっきから起きていました。焦がし砂糖のよい香りが、たまらなくて」
居間のテーブルに持ってきたところで、ファルクも起きてきた。まだフラフラとした様子だが、さっきよりはよくなったみたいだ。
二人向かい合ってテーブルにつき、出来上がったミニパフェを前にする。
「この前、疲れた時にはフルーツを食べたくなる、と言っていたので、今回はフルーツパフェにしてみました。――早く元気になってくださいね。という想いを込めまして」
「フルーツパフェ……ありがとうございます。嬉しいです。とても」
パフェを見つめて、ファルクは金色の瞳を揺らした。
なんだか泣きそうな顔をしているように見えて、アルメは慌てた。
「あなたの笑顔を見たくて作ったものなので、ええと、できれば笑っていただきたく……!」
「すみません、弱っていると駄目ですね……。では、笑顔でいただきたく思います」
ファルクは眉を下げて笑いながら、カクテルグラスを持った。アルメもグラスを持ち上げ、二人でパフェを掲げる。
「では、ファルクさんとルオーリオ軍の帰還をお祝いして!」
「いただきます!」
グラスの中身は酒ではないけれど。雰囲気に任せて、乾杯の挨拶を交わしておいた。
二人きりのお祝いパフェパーティーが始まった。
早速スプーンをパフェへと伸ばす――というところで、ファルクは手を止めた。
「食べるのがもったいないですね。華やかな聖杯のようなので、このまま部屋に飾っておきたいです」
「半日で傷みそうな聖杯ですが……」
ファルクはグラスを見つめて真剣な顔をしている。アルメの前世には『食品サンプル』なんてものがあったが、彼に見せたら喜んで部屋に飾りそうだ。
しばらく見つめた後、ようやくパフェを食べ始めた。フルーツとアイスを一緒にすくって頬張る。
「美味しい! 疲れた身と心にアイスとフルーツの甘さがしみます」
「もっとムースとかプリンとか、クリームなんかを盛ると、より賑やかになるのですが。でもミニパフェでしたら、フルーツだけでも可愛くまとまりますね」
「下に層になっているのは、フレークですか?」
「はい。麦フレークにキャラメルを絡めたものです」
スプーンをざっくりと差し込んで、下の層からフレークを掘り起こす。上のアイスと一緒に食べると、ザクザクとした食感とキャラメルの香ばしさが合わさって絶妙だ。
「本当に美味しい……最高のご褒美です」
「戦地から無事に帰ってきたら、いつでも作って差し上げます。パフェは具や見た目で、いくらでもバリエーションを増やせるので、是非とも、全制覇を目指してください」
全制覇なんてできないくらい、どんどん作りますけれど。――心の中で、そう言葉を続けておいた。
新しいパフェを無限に作り続けて、彼には何度でも帰ってきてもらおう――。
お喋りをしているうちに、パフェはあっという間に空になった。
グラスをキッチンに戻して、食後のお茶を用意する。
アルメが席に戻ると、ファルクはシャツのポケットから小さな布袋を出した。
コインくらいの小さな袋をアルメに差し出す。
「アルメさん、これを差し上げます。戦から帰ったら、渡そうと思っていたんです」
「え、何ですか?」
「これは俺から――常連客から店主への貢ぎ物です。どうか、お納めください」
「貢ぎ物? うちは、そういうお店ではありませんが!?」
接客酒屋か、と突っ込んでしまった。勝手に店に新しいシステムを導入しないでもらいたい……。
ぐいぐいと差し出されたので、布袋を手に取ってしまった。見もせずに断るのもアレなので、一応確認させてもらった。
袋の中からはネックレスが出てきた。金色のチェーンと石座に、白く輝く石があしらわれている。
「……これ、まさか宝石――」
「いえ、違いますよ。ただのカットガラスです」
「――にしては、ものすごくキラキラしていませんか……?」
「最近の技術は素晴らしいですね。ただのガラスでも、こんなに輝かせることができるのですから」
さっきから、ただのガラス、という部分が強調されているように聞こえるのは、気のせいだろうか。
アルメはネックレスとファルクに視線を往復させて、ジロジロと観察する。
「本当にガラスなんですか?」
「えぇ、ガラスですよ。なので傷を付けても、失くしてしまっても構いません。好みに合わなければ、捨ててしまってもいいです」
「そんな、捨てるなんてことはしませんけど……。じゃあ、ええと、ありがとうございます。いただきます」
疑いながらも、アルメはネックレスを受け取った。手元で揺らしてみると、光を反射して綺麗だ。
「すごく綺麗ですね。宝石みたい」
「気に入っていただけたのなら、よかったです。……着けてみせていただくことはできませんか?」
「今ですか?」
「はい、今。戦地から帰って弱り切っている病人のわがままを、どうか聞いてください」
「病人のわりに、デザートまでしっかりと食べていましたが」
「そう言わず……ねぇ、着けてみせて? お願い」
ファルクは甘えた声とともに首を傾げてきた。なんともずるいお願いの仕方だ……。照れに襲われる前に、アルメはさっと視線を外した。
この人はもう少し、自分の容姿に攻撃力があるということを正しく自覚した方がいいように思う。
そのうちうっかり、その辺の女性たちを照れ死させてしまいそう……。神官がそんなことをしたら大事件である。
色々思いつつ、アルメはネックレスを着けてみた。首元にキラキラとした華が添えられた。
「どうでしょうか?」
「素敵です、とても。よく似合っています。んっふっふ、可愛い!」
ファルクは一人で盛り上がり、ニコニコとしたままテーブルへと崩れ落ちていった。頬杖をついて、溶けたアイスのようにぐんにゃりとしている。
「あの、大丈夫ですか!? また熱が辛くなってきました?」
「ふふっ、そうかもしれません」
テーブルに体を預けたまま、ファルクは笑っている。辛いのか辛くないのか、いまいちよくわからない。なんなのだ。
アルメはそっと、ファルクの頭に手を伸ばした。額に触れて温度を確かめる。
「う~ん、それなりに熱い、ですね。魔法で楽になりますか?」
額に触れたまま氷魔法を使う。
彼は目を閉じて、気持ちよさそうな顔をしている。されるがままになっているので、そのまま続けてみる。
そういえば前に、銀行で頭を撫でられたことがあったが、その仕返しを今してしまおう。――ふと、そんなことを思いついた。
ひんやりとした魔法の冷気をまとう手で、ファルクの頭をやわやわと撫でてやった。さすがに嫌がられるかと思ったけれど、ファルクはずっと大人しい。
彼は目をつぶったまま、何かを呟いた。
「……俺は悪い虫ですね」
「え? 何ですか?」
「なんでもありません」
よく聞き取れなかったやりとりの後、ファルクはいよいよテーブルに突っ伏してしまった。
チラッと見えた横顔は、ものすごく良い笑顔をしていた。
テーブルに潰れたファルクは、胸の内でしみじみと思う。
『一家に一アルメ、欲しい』、と。
今回の掃討戦では、いつもの従軍の手当ての他に報奨金までもらえるそうだ。けれど、それよりずっと素晴らしい、最高の褒美を今、もらっている――。
アルメのひんやりとした優しい手が、やわらかく頭を撫でる。たまらない心地良さだ。
戦から帰ったら、毎回これが欲しい……やみつきになりそう。
(俺は本当に悪い虫だな。独り身の娘の家に入り浸って、ダラダラして……。でも、こんなに幸せじゃ、虫をやめられない……)
まだ、もうしばらくは、たからせてほしい。そんなことを思ってしまう。
ルオーリオに来てから、街中でよく聴く曲がある。『人生は気楽に、愛は真心のままに』という歌だ。
この明るい街にぴったりの、軽やかなメロディーと陽気な歌詞の歌。
この街に来て初めて聴いた歌だが、何度も聴いているうちにすっかり好きになってしまった。
――この歌のように、もう少し、心のままに気楽でいてもいいのかもしれない。
あれこれ思い悩むより、いっそ思い切り虫生活を楽しんでやろうか。……なんだか、そんな気持ちになってきた。
頭を撫でる優しい手の主に、先に言っておく。
「アルメさん、他にも貢ぎ物があるので、また持って参りますね」
「いや、だからうちは、そういうお店ではありませんって!」
慌てるアルメをよそに、開き直った虫は満面の笑顔を浮かべた。




