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69 手負いの鷹の保護

 ルオーリオ軍が帰ってきてから数日が経った。

 この数日は大雨が続いていたが、今日はようやくの晴れ日になりそうだ。


 最近は雨を理由にアイス屋を閉じていたけれど、そろそろ店を開けられそう。


 アルメは天気を確認しつつ、玄関先のポストを覗く。……今日もファルクからの手紙は入っていない。


 忙しいだけなのか……それとも酷い怪我をして、返事を出せない状態なのか。


(何かあったなら、神殿から連絡が来るとは思うけれど……)


 ファルクには、神殿の仕事――氷魔法補充士の保証人になってもらっているので、彼の身に何かあったら連絡は来るはずだ。


 今のところその連絡もないので、きっと大丈夫なのだろう。……とは思うけれど。心配は心配だ。


 空のポストを確認して、アルメはため息を吐いた。

 どんよりとした気分のまま一日を過ごすわけにもいかないので、気持ちを切り替える。


 ――さて、店の開店作業でも始めようか。と、思った時、路地奥から小広場へ歩いてくる人影が見えた。


 高い背丈に茶色の髪。歩いてくるのはファルクだ。


「ファルクさん! ……って、なんだかフラフラしてるような」


 暑さにバテてへとへとになっているのはいつものことだが、今日は様子が違う。路地の壁に手をつきながら歩いている。


 アルメは小広場を突っ切って、慌てて駆け寄った。


「ファルクさん、お帰りなさい! というか、どうしたんです!? 大丈夫ですか!?」

「こんにちは、アルメさん。お手紙の返事を出せずにすみません……直接会ってお喋りをしたくて、来ちゃいました」

「見るからに具合が悪そうですが……」


 ふらつくファルクの腕をとって支える。触れた体はいつもよりずいぶんと熱かった。

 彼の頭に手を伸ばして、額の温度を確認する。


「熱がありますね。神官様がこんな体調でフラフラ出歩くなんて……医神に怒られますよ」

「愚かさは承知の上です……。でも、どうしても、アイスを食べたくなってしまって……神殿をこっそり抜け出して来ました」

「思い切りお説教をしたいところですが、元気になった時にさせていただきます。とりあえず、うちで休んでください」


 しゅんとして背中を丸めたファルクを支えながら、家へと歩いた。


 彼の左手には贈ったブレスレットが巻かれている。戦地から帰ってきたのに、着けたままとは。


 なんだか嬉しいような、気恥ずかしいような……胸がもぞもぞとする変な心地だ。


 ブレスレットを意識しないように、アルメは上を向いてファルクの顔を見た。


「具合が悪いのは、戦のせいですか? 怪我をしたから?」

「いえ、ただの魔法疲れです。今回はなかなか魔物が途切れなくて、怪我をする方が多かったので。連日治癒魔法を使い続けていたら、このざまです……」

「それは……お疲れさまでした」


 魔法疲れは、魔法を使い過ぎた時に生じる体調不良だ。少し体がだるくなる軽度のものから、動けなくなるほどの重度のものまで、様々だ。……きっとファルクは後者の状態だったのだろう。


「神殿を抜け出してきた、というのは、もしやファルクさんは今、入院中の身だったりします?」

「……もうお説教をくらうことが確定しているので、白状しますが……まぁ、そういうことになります」


 ファルクはさらに体を小さくした。アルメの顔色をうかがいながら、続けてぼそぼそと小声で言う。


「それで、あの……できればアイスを、たくさん食べたいのですが……」

「お腹が空いているのですか?」

「……神殿を抜け出すのに手間取って、朝ごはんを食べ損ねたといいますか……」

「何をしているんですか……本当にもう」


 この神官、人の怪我には結構怒るくせに、自分のことは棚に上げている。医者の不養生ならぬ、神官の不養生だ。


 アルメの説教がとびきり長くなることが確定した。




 アルメはフラフラのファルクを、一階の店舗ではなく二階の自宅へと招いた。


 今日もアイス屋はお休みにする。ひとまず、彼にゆっくりとくつろいでもらうことにした。

 自宅に上げると、ファルクは鞄を置いて、変姿の首飾りも外した。


「どうぞ、座ってください。作り置きのものですが、スープを温めますね」

「ありがとうございます……失礼します」


 アイスより先に朝ご飯を出す。居間の椅子に座らせて、テーブルに皿を並べる。


 チキンとマカロニの野菜スープ、もちもちとした小さなチーズパン。あとは、昔祖母から教わった、元気の出る緑の野菜ジュース。


「ルオーリオの家庭料理なので、お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください」

「ご飯までたかってしまって、すみません……いただきます」


 しょんぼりとした様子とは裏腹に、ファルクは大きな口で、具だくさんのスープを頬張った。相当腹ペコだったらしい。

 魔法疲れを起こしていても、食欲はあるようでよかった。


 アルメも向かい側に座って、まったりとお茶を飲む。


 ファルクと過ごす時の、こののほほんとした時間は、アルメのお気に入りのひと時だ。『あぁ、日常が戻ってきた』なんてことを思って、ホッと息をついた。


「美味しい……生き返ります……。天上の料理のようですね。きっと神々は毎日、こういう料理を食べているに違いない……」

「ただの家庭料理に何を言ってるんですか」


 大袈裟すぎる感想に笑ってしまった。どうやらファルクは、空腹で味覚がおかしくなっているようだ。


「スープもパンもまだたくさんありますから、足りなければ、おかわりもどうぞ」

「ありがとうございます。でも、アイスの分のお腹も残しておきたいので」

「――あ、そういえば、この前お話した『パフェ』の試作の材料がそろっているのですが、食べてみます?」

「是非! お願いします! やっぱり神殿を抜け出してきてよかった……!」


 アルメが睨みつけると、ファルクはすぐに目をそらして縮こまった。


 スープを飲みながら、もごもごと言い訳を始める。


「……仕事を頑張ったので、少しだけ、自分への褒美が欲しかったんです……神殿にいても、従軍の手当て金くらいしかいただけないので。もっとこう、気慰みが欲しくて」

「言い訳をしても、お説教は確定ですからね。――と、まぁでも、それはそれとして。大変なお仕事の後ですから、何か大きな褒賞があってもいいですよね。よし! じゃあ私からファルクさんへ、特製のパフェをお贈りしましょう」


 そう言うと、ファルクは食事の手を止めて拍手をした。しゅんとした態度から一転して、わかりやすくはしゃいでいる。熱のせいなのか、いつにも増して反応が素直だ。


 部屋にパチパチと響く、のん気な拍手が雰囲気を盛り上げる。二人しかいない静かな居間なのに、パーティーでも始まりそうな空気だ。

 

 いっそ本当に、帰還のお祝いとして二人でパーティーをしてしまってもいいかもしれない。




 お喋りをしているうちにファルクは朝ご飯を食べ終えた。


「片付けは俺がします」

「いえいえ、気にせずに。今、ファルクさんがするべき仕事は『ゆっくりくつろぐこと』です。休むことも仕事のうちですよ」

「似たようなことをルーグ様にも言われたことがあります……。それじゃあ、今日は甘えさせていただきます」

「パフェを作るのには少し時間がかかりますから、ソファーで休んでいてください。散らかってて申し訳ないのですが」


 急遽家に上げることになったので、居間はそれなりの散らかり具合だ。庶民の家は大体どこもこういう感じなので、どうか気にしないでもらいたい……。


 ソファーに座ってもらいつつ、一応、その辺のものを手早く片付ける。

 置きっぱなしになっていた自分の鞄をどかして、洗濯後に畳んだまま放置されていたタオル類を移動する。


 ――と、その時。


 慌ただしく片付けをするアルメの足元で、ガサッという音がした。何か、足に引っ掛けてしまったようだ。


「すみません、お客さんがいる前でガサガサと」

「いえ、急に訪ねてしまって、こちらこそすみません。俺はまったく気にしないので、そのままでも――……」 


 アルメが足に引っ掛けて蹴飛ばしてしまった物――それは紙袋だった。

 その紙袋を拾おうとして、ファルクは手を伸ばした。


 が、途中で動作が止まった。そのまま、彼は石像のように固まってしまった。


「え、どうしました?」

「……いや、ええと……」


 アルメはファルクの伸ばされた手の先を見た。


 倒れた紙袋からは中身が出ている。白く透けたレースに、可愛らしいリボン。布面積が極端に少ないそれは――……先日もらった勝負下着セットだ。


「わあっ!!」


 光の速さで、ファルクの手元から下着と紙袋を奪い取った。今まで生きてきた中で、一番素早い身のこなしだったと思う。


 大慌てで下着を紙袋の中に突っ込んだ。


「み、見ました!?」

「あの、いや! 見ていません! 何も……!」


 ファルクは手で顔を覆った。

 そして、そのままふらっとよろめいて、ソファーに倒れ込んでしまった。


 際どい下着を見られたかどうか、なんてしょうもないことは、一瞬で意識の外へ飛んでいった。

 クッションに沈んだファルクにギョッとして、顔を覗き込んだ。


「ファルクさん!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫です、大丈夫。全然大丈夫……。ちょっと眩暈がしただけです……」


 額に手を当てると、さっきより熱くなっていた。


 アルメは紙袋を寝室へと放り込んで、代わりに小さいタオルを持ってきた。


 畳んだタオルを水で濡らして、軽く絞った後に氷魔法を使う。凍ったタオルをもみほぐして、のぼせたファルクの額に置いた。


「とりあえず、しばらく横になっていてください。パフェ、食べられそうですか?」

「いただきたいです……冷たいものを」

「じゃあ、私は調理室からパフェの材料をとってきますね。自宅のキッチンで作るので、何かあったら呼んでください」

「はい……お騒がせしてすみません。……もう一度言っておきますが、俺は何も見ていませんからね!」


 そう言うと、ファルクは目を閉じて大人しくなった。


 険しい顔をしているのに、口元だけ、ふにゃっとゆるんで見えるのは、アルメの気のせいだろうか。


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