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52 チャリコットとの顔合わせ

 夕方になって、アルメはジェイラに連行されるようにして、焼肉屋へと降り立った。


 東地区の端、少し高台になっている場所にあるお店。ジェイラが本業として働いているガーデンタイプの焼き肉屋だ。


 景色が良くて、夕方から夜に移り変わる時間帯は空の色が美しい。ちょうど夕飯時ともあって、店は人々であふれかえっていた。


 テーブル一つにつき、小ぶりなバーベキューコンロが一つ置かれている。あたりには肉と煙の香りがただよっていて、なんとも心浮き立つ空間である。


 ――はずなのだけれど。緊張しているアルメには、この空気をのん気に楽しむ余裕はない。



 四人掛けのテーブルにはアルメとジェイラ、そして向かい側の席にはジェイラの弟――チャリコットが座っている。


 エーナはアイス屋の閉店と共に帰ったので、今日はこの三人での食事会となった。


 遅れてきたチャリコットが席について、たった今、顔合わせの会が始まったところだ。各々飲み物を頼んだ後、ジェイラが適当に肉を注文して、ひとまず乾杯となった。


「そんじゃ、アルメちゃんとチャリコットの縁談にカンパーイ!」

「縁談!? ちょっと……! まだその段階まではいってませんよね!?」

「縁結びの神様にカンパ~イ!」


 初っ端から思い切り動揺するアルメをよそに、ジェイラとチャリコット姉弟(きょうだい)はケラケラと笑って、グラスを掲げた。


 チャリコットは酒をあおった後、アルメに向き合って改めて自己紹介を始めた。


「じゃ~まずは俺から自己紹介ねー。チャリコット・エルダンテ、二十一歳。ルオーリオ軍三隊の所属でーす。よろしく~」

「え、っと……私はアルメ・ティティーと申します。二十歳で、アイス屋をやっています。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げると、チャリコットが垂れ目を細めて笑った。

 

 褐色の肌に銀色の短髪。耳には飾りがジャラジャラと着いていて、胸元が大きくはだけたシャツを着ている。


 喋り方と表情が気だるげで、どことなく甘ったるい雰囲気をしている。彼のような人を、世間は色男と呼ぶのだろう。


 ジェイラを男性にしたらこうなる、と言われても納得できるような、よく似た弟だ。


 エーナは彼のことを『チャラい』と笑っていたけれど、確かに、どちらかというとそういう印象である。


 逞しい胸筋がさらけ出されていて目のやり場に困る……。オロオロしていたら、チャリコットが話を繋げた。


「アルメちゃん、緊張してんの~? 可愛いね~」

「いえ、あの。チャリコットさん、肌が見えていて目のやり場に困るといいますか……」

「え~なになに? 触りたいって? いいよー。女子に触ってもらうためだけに鍛えてきた胸筋だからね!」

「触りませんよ! そんなことのために鍛えないでください! 剣のために鍛えてくださいよ」


 へらっとした調子のチャリコットに、ついツッコミを入れてしまった。ジェイラ曰く、ちょっとズレた奴とのことだが、こういうところなのかもしれない。


 ――でも、ケラッとしていて意外と喋りやすい気もする。そういうところはやはり、ジェイラに似ている。


 ジェイラは手慣れた手つきで肉を焼き、各々の皿の上にポイポイと盛っていく。一口大の肉と野菜が交互に刺さった串焼きは、綺麗な焦げ目がついていて実に美味しそうだ。


 人の皿に肉を放りながら、ジェイラは自分の串にかぶりついた。もぐもぐしながら話題を振ってくる。


「アルメちゃんは白鷹様と友達なんだってよ。この前アタシも会った。近くで見る白鷹様、やっぱとんでもなく男前だったなー。チャリコットも頑張れよ~」

「まじかよ!? 白鷹とダチなの!?」


 白鷹の名前が出た途端、チャリコットがガタンと前のめりになった。もしかして彼も白鷹のファンなのだろうか。


「チャリコットさんは、白鷹様のファンなのですか?」

「いやありえんて! 奴は敵だよ、敵! 俺のライバル!」

「ライバル……?」

「そう! 白鷹の奴、俺の女ファンをまるっと奪いやがったから、いつか倒してやろうと思ってる」

「そんな私怨で……暴力に頼るのはやめてくださいね」


 ついファルクの身を案じてしまった。この前『万が一戦から帰らなかったら』なんて話をしたばかりだけれど、身内から刺されてそうなったら、洒落にならない……。


 アルメがじとりとした目を向けると、チャリコットは拗ねてしまった。


「あっ、くそ~! アルメちゃんも白鷹を庇うのかよー」

「それはまぁ、友達ですから」

「え~俺だって今こうして一緒に飯食ってんだから、もう友達っしょ? アルメちゃん、俺と白鷹だったら、どっち取る?」

「ど、どっちって……」


 突然おかしな質問を投げられて、目をまるくした。どっちを取るかと言われても、どう答えていいのか困る。


 ジェイラに助けを求めようとしたけれど、彼女は愉快そうにニヤニヤしていた。完全に観客として楽しんでいる。


「ええと……そんな、選べませんよ」

「お、まじか。即決で白鷹を選ばないあたり、俺にもチャンスあるな!」

「街の女たちにこの質問したら、間髪入れずに白鷹! って返ってくるもんなー」

「そ、そうなんですか。やっぱり人気なんですねぇ……」


 姉弟が言うには、今街ではこの質問が雑談のネタとして流行っているらしい。白鷹を即決しない女性は、狙いやすいとかなんとか。


 チャリコットはアルメの髪飾りを指さして言う。


「アルメちゃん、髪飾りに白い花着けてっから、結構熱心な白鷹ファンなのかと思ってたわ~」

「これはたまたま流れで、友達からもらっただけなので」


 その友達というのが、白鷹本人なのだけれど……チャリコットは白鷹をライバル視しているようなので、余計なことは言わないでおこう。


 彼はアルメが白鷹を選ばなかったことに機嫌を直したようで、またヘラヘラしだした。


「じゃあさ、俺が別の色の髪飾り贈ったら着けてくれる?」

「いえ、いただくのは悪いので」


 この白い花の髪飾りはお気に入りなので、本音を言うと、別の物を贈られてもちょっと困ってしまう。


 そう思っていたところに、ジェイラが助け舟を出してくれた。


「チャリコットは女への贈り物のセンスねぇから、やめときなー」

「んなことねぇって。姉ちゃんには剣とか贈ってっけど、アルメちゃん相手にはもっとこう、良いものを――」


 なにやらぶつぶつ言いながら、チャリコットは鞄の中をあさり始めた。何かを手に取って、テーブルの上に出した。


 出されたものは手のひら大のナイフだった。


「う~ん、今はナイフしか持ってねぇや」

「えっと……使い方もわからないので困ります。いただけません」

「やっぱ駄目じゃん。女心、全然わかってねぇ~!」


 アルメは苦笑いで断り、ジェイラはゲラゲラと笑った。


 彼はナイフを手に持つと、別の話題を持ち出した。


「そういやアルメちゃんって氷魔法使えるんしょ? 魔法で氷結剣(アイスソード)とか作れんの? うちの隊長がたまに見せてくれるんだけど、あぁいうの格好良いよなー」

「隊長さんは氷魔法が使えるのですか?」

「強い魔法は使えないらしいけど、魔物の足を鈍らせたり~ってくらいはできるらしい」

「すごいですね! 私の魔力は日常使いくらいの微々たるものなので、氷結剣(アイスソード)は作れません」


 チャリコットの隊の隊長は氷魔法士らしい。学院に通っていた子供の頃は、氷魔法を使う人を見たことがあったけれど、大人になってからはまったく出会っていない。


 なんだか勝手に親近感を覚えてしまって、はしゃいだ声を出してしまった。チャリコットもつられたのか、ウキウキとしている。


「日常使いっつっても、仕事にできるくらいだから結構強いっしょ? この酒とかも凍らせられる?」

「このくらいでしたら、すぐにできますよ」


 彼はグラスに入った葡萄酒の飲みかけをアルメに差し出した。アルメは手を添えて、氷魔法の冷気を流す。葡萄酒はあっという間に固まった。


 チャリコットは凍った葡萄酒にフォークを刺して、グラスからヒョイと取り出した。

 赤紫色が美しい、アイスキャンディーみたいだ。


「おぉ! すげぇ! 冷たくて美味い!」

「酒アイスじゃん! アタシにもやってー、食べてみたい!」

「お酒とアイスって結構合いそうですね」


 前世では酎ハイの中に丸いアイスキャンディーを入れる、なんてお洒落なレシピも見たことがある。大人用アイスメニューとして、今後考えてみてもいいかもしれない。




 それからしばらく、三人でお酒をアイスキャンディーにして盛り上がった。

 

 他のお酒を頼んで試してみたりして、テーブルの上には色とりどりのアイスキャンディーが並んでいる。

 なかなか綺麗で、目に楽しい景色だ。


 そうしていると、隣のテーブルの家族グループの子供が、こちらを指さして声を上げた。


「母さん、見て! 綺麗! あれ僕も食べたーい!」

「こらこら、お酒でしょ?」

「――あの、ジュースでもできますよ。よければお作りしましょうか?」


 駄々をこね始めた子供を見て、アルメが声をかけた。隣のテーブルの母親はすまなそうな顔をして、子供のジュースのグラスを手渡してきた。


「すみません、お願いできますか?」

「えぇ、大丈夫ですよ! ――はい、どうぞ」

「すごーい! 凍った!」


 あっという間に凍ったグラスのジュースを見て、子供はキャッキャとはしゃいだ。フォークで突き刺して持ち上げて、早速シャリシャリと食べている。

 

 その嬉しそうな様子を見て、アルメも顔をほころばせた。


 子供用にアイスキャンディーを店で出したら、人気が出るだろうか。ちゃっかりそんなことも考えつつ、喜ぶ子供を見守った。



 ――ふと自分のテーブルに視線を戻すと、チャリコットがニコニコした顔でこちらを見ていた。


 垂れ目を細めたまま、満面の笑みで彼は言う。


「俺、子供に優しい人好きなんだよね~。アルメちゃんとなら仲良くやってけそうな気がするわー。ねぇ、俺と付き合ってみない?」

「え!?」


 これはいわゆる、告白というものだろうか。告白とは、こんなにさらっと口に出されて良いものなのか……?


 アルメは驚いて固まってしまったが、チャリコットにとってはなんてことない会話らしい。ゆるっとした告白が続く。


「神に誓って浮気はしないし、大事にするよ~? 変なことしたら姉ちゃんとアイデンとエーナちゃんに殺されるだろうし」

「いや、ええと、でも」

「恋人探してるんでしょ~? 俺で良くない? 付き合ってみて微妙だったら、振ってくれていいからさー」


 お酒のアイスキャンディーをかじりながら、チャリコットはのん気に提案する。この余裕は経験値の差からくるものだろうか。

 アルメにも、いずれはこのくらいの余裕が欲しいところだ。


 なんて、感心している場合ではない。どう答えたものか……。


 ――と、返事を迷っていると、ちょうど街の鐘が鳴った。

 日中に何度か鳴らされる時計鐘だ。この鐘を境に、街には夜の時間が訪れる。


 チャリコットは、あ、と短く声を上げた。


「俺そろそろ駐屯地行かなきゃ。今日は姉ちゃんのおごりっつーことでよろしく~。アルメちゃん、次会う時までに返事考えといてねー」

「は、はい……!」

「そんじゃ、また。お二人ともお疲れさ~ん」


 チャリコットは串焼きを一本手に取ると、食べながら席を立った。ヒラヒラと手を振りながら、軽い調子で別れの挨拶を寄越した。


 去り際の最後の最後に、遠くの方からアルメに向けてキスを投げてきた。チャラッ、という効果音が聞こえた気がして、苦笑してしまった。



 彼の背中を見送った後、アルメはひっそりと息を吐く。


(告白の返事……私が頷いてしまえば、もう『恋人関係』ということになるのよね……?)


 なんだか重大な約束をしてしまった気分だ……。


 また気負い癖が出始めそうなアルメの近くで、酔っぱらったおじさん客のグループが、ミニギターをかき鳴らした。

 歌い出したのはこの街の誰もが知る曲、『人生は気楽に、愛は真心のままに』だ。

 

(……気楽に、か。そうよね……気楽に、自分の気持ちのままに考えてみようかなぁ)


 悩みの淵に沈みかけるアルメを、陽気な歌が引っ張り上げてくれた。告白の返事は、気楽に考えてみることにしよう。


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