51 女子会のノリと勢い
神殿で魔法補充の契約を交わした後、ほどなくして最初の空魔石の荷箱が届いた。
しっかりとした作りの革の箱に、精霊スプリガンの宿る錠前がガッチリと付いている。
鍵を開ける度に精霊の放つ光が舞うのが楽しい。
荷箱の中には空魔石が五十個入っている。この魔石への氷魔法込めが一週間分の仕事だ。
店舗奥の調理室で昼ご飯を食べながら、アルメはこつこつと今日の作業ノルマをこなしていた。
調理室には他にエーナとジェイラもいる。今日は従業員が全員そろう日だ。今は一応、お昼休憩中である。
エーナが表通りの店で買ってきてくれた、肉と野菜がたっぷりのバゲットサンドをかじりながら、休憩という名の女子会を楽しんでいる。
アルメは左手を空魔石に添えて魔法を流し込みつつ、右手でバゲットサンドを食べている。少し行儀が悪いけれど、庶民娘しかいない気安い空間なので許されたい。
もぐもぐと食べながら、エーナが話しかけてきた。
「そういえばアルメ、新しい縁談ってもう来たの? フリオさんの叔父さんから、誰か紹介あった?」
「いや、まだ全然よ。良い話があったらって約束だし、そうすぐには見つからないと思う」
「アルメちゃんってお見合い派なんだー。アタシお見合いってやったことないんだけど、そういうのって、やべぇ奴が来たらどうすんの?」
「それはもう、散々なことになりますよ……経験者が語るのですから、間違いありません」
何の気なしに聞いてきたジェイラに、遠い目をして答えた。暗いアルメの顔を見てジェイラはむせた。
「……ごめんて。アルメちゃんの元婚約者って、お見合いで決まった相手だったんだー」
「お相手の叔父さんと祖母が決めてくれたんです。私には親戚もいないから、将来寄り添える相手を……って、考えてくれたみたい。結局このざまですが」
「そのフリオさんの叔父さんって信頼できる人なの? また変な男紹介してくる可能性ない……?」
「ダネル叔父さんは『気のいいおじさん』って感じの人だから、それほど嫌な印象はないけれど。でも、そうね。次はちょっと構えて縁談に臨むわ」
次に縁談の顔合わせの機会があったら、紹介されたお相手はしっかりと見定めたいところだ。主に女癖などを。
ジェイラはバゲットを大きな口で頬張ると、もごもごと喋った。
「そのおっさんだけに頼らなくてもいいんじゃね~? 信頼できるかわからんって感じなら、なおさら。アタシも誰か紹介してやろっか? 友達紹介で出会うのもありっしょー」
「それなら私もちょっとは紹介できるわよ! って言っても親戚関係か、アイデン繋がりの軍人ばかりだけれど」
「軍人さんかぁ。全然考えていなかったわ」
言われて気が付いたが、軍人の妻になる将来というのは、まったくもって考えたことがなかった。
こつこつとした職人仕事のお相手――フリオと失敗した後なので、二度目はもう少し視野を広く持ってもいいかもしれない。
軍人のお相手というのも、ありなのかも。
「軍人さんって、どういう感じなのかしら。私はアイデンしか知らないからなぁ」
「若いのは生意気が多いからやめた方がいいよー。絶対年上がおすすめ。――つかいっそアタシの弟とかどうよ?」
「ジェイラさんの弟さん!?」
思っていたより近い場所から候補があがった。
ジェイラの弟とアイデンは友達らしい、ということは知っているけれど、どういう人なのだろう。
目をまるくしていたら、横でエーナが大笑いした。
「チャリコットさんはさすがにアルメとは合わない気がするわ。チャラくてアルメが怯えそう」
ジェイラの弟――チャリコットなる人物は、どうやらチャラい人らしい。アルメはその情報だけで、ちょっと怯んでしまった。
けれどジェイラは構わずに推してきた。
「あいつ見た目はチャラいけど、意外と義理堅い奴だぜ。浮気は絶対しない奴だから、割とおすすめだってー。もし変なことしたら、アタシがぶん殴るという保険付きだし」
「それは……頼もしいですね」
「そういう保険なら、アイデンも付けられるわね」
何かしたら殴られる、というのは、チャリコット氏が可哀想な気もするけれど。でも、アルメにとっては心強い保険である。
ぼんやりとした返事をしている間に、ジェイラがもう乗り気になっていた。
「顔合わせくらいしてみたらどうよ? 別に縁談ってとこまで考えなくてもいいからさー。経験値稼ぎくらいのノリで」
「経験値、ですか。それはまぁ、欲しいところではありますが。これからのためにも」
アルメはこういう男女付き合いの経験値が低かったせいで、フリオのことをしっかり見定めることができなかった。
彼の浮気性も見抜けなかったし、意地の悪さもよく見えていなかった。
色々な人と会うことで経験値を得られるならば、顔合わせも悪くないように思う。……緊張はするけれど。
そんな考えを見通したかのように、エーナが背中を押してくれた。
「人と会わないと、人を見る目は養われないって言うし、顔合わせで経験値を稼ぐの、結構いいかもね。チャリコットさんに決めなくても、何人かと会ってみたらいいと思うわ! 目を鍛えた後に、本番の縁談に臨むって流れでも良いと思う」
「アタシはチャリコットに決めてほしいけどね~。あいつと結婚してくれたら、アルメちゃんアタシの義妹になるし! そしたら氷魔法使い放題じゃん。家に冷凍冷蔵庫買うわ」
ジェイラの下心を聞いて、アルメはガクリと体を傾けた。
「私の魔法が目当てですか……」
「冗談だよ冗談! 楽しい家族になれそうだな~って思っただけだって」
じとりとした視線を向けたら、ジェイラは口笛を吹いて目をそらした。
彼女の様子を眺めながら、なんとなく想像してみる。ジェイラが義姉になる未来を。
「――でも、ジェイラさんと家族になれたら、確かに楽しそうですね。そしたら、お義姉さんと呼ぶことになるのかしら」
「あっはっは、それ良い! 呼ばれたーい!」
ゲラゲラ笑いながら、ジェイラはアルメの頭をわしゃわしゃと撫でた。毎度のことながら、犬を撫でるような豪快な手つきだ。
しばらく笑い転げた後、ジェイラは思いついたように言う。
「今日チャリコットの奴、夕方過ぎまで家にいるけど、よかったらご飯一緒に食う? アタシんとこの焼肉屋で」
「えっ、今日ですか!? まだ心の準備が……!」
「ほらアルメ、そういうところを直さないと。気負わずに軽い気持ちで会えばいいんだって」
「う……そ、そうね……気楽に、気楽に……」
気楽に軽い気持ちで、と何度も自分に言い聞かせる。……そんなことをしている時点で、気楽とは程遠いけれど。
既に緊張しだしたアルメをよそに、ジェイラが話をまとめた。
「じゃあ夕方になったら一緒に行こう。アタシもいるから安心しなって」
「はい……ありがとうございます。とても心強いです」
ノリと勢いで、アルメの人生二度目の、殿方との顔合わせが決まってしまった。




