表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/254

49 魔法補充士の契約

 週が明けて、アルメは朝から馬車に揺られていた。中央神殿に直通の乗合大馬車だ。


 今日は神殿で、氷魔法補充士としての契約を正式に結んで、諸々の説明を受ける予定である。……そして帰りに、ついでに火傷の治療も受けてこようと考えている。


 近づいてきた神殿を眺めながら、アルメは左手をわきわきと動かした。手の甲から手首にかけてガーゼを当てて、包帯を巻いている。


 ――この左手は今、痛くて仕方ないのに、痒みにまで襲われている……非常に辛い状態だ。


 どうやら氷魔法をあてすぎたようだ。火傷の水ぶくれに加えて、指先から手首までしもやけを起こしてしまった。


 腫れてしまって痒い……けれど、火傷に響くので触れない。自業自得とはいえ、何かの拷問のようだ。


 一応翌日の朝すぐに、近所の街医者にはかかったけれど、治療には時間がかかると診断されたので、結局神殿を頼ることにした。

 手を怪我していたら、アイスにも触れないので。 


 ちょうどエーナとジェイラが手伝いに入る日が続いたので、この数日はアイスを彼女たちに任せて、アルメは店の雑務をこなしていた。

 

 神殿への移動を面倒がって、治療を先延ばしにしていた、というところもあるのだけれど……今日清算する予定なので、まぁ良しとしておく。



 大馬車は速度をゆるめながら、神殿の馬車乗り場へと進んでいく。

 停車して乗客たちが降りていくのに混ざって、アルメも地面に降り立った。


 正面玄関へと歩きながら、そびえ立つ城のような神殿を仰ぎ見る。白い石壁が日の光を浴びて輝いている。描かれた青い文様の壁画は、青空のようで美しい。


 並び立った装飾柱の間を通って、玄関を通り抜けた。待合ホールを直進して、受付カウンターへと進む。


 神殿に来るのは祭りの日以来だ。あの夜はとんでもなく混雑していたけれど、今日は待合ホールも落ち着いている。――といっても、それなりに人は多いけれど。


 アルメは様子をうかがいつつ、手が空いていそうな事務の女性に声をかけた。


「お仕事中にすみません、氷魔法補充士の契約に参りました、アルメ・ティティーと申します」

「こんにちは。ティティーさん、ですね? お待ちしておりました。担当の者を呼びますので、少々お待ちください」


 事務の女性は挨拶を交わすと、さっと立ち上がって奥へと歩いて行った。カウンター奥の部屋に向かって何やら声をかけている。


「白鷹様案件の方、来られましたよー」


(白鷹様案件……!?)


 なんだか妙な単語が聞こえた気がしたけれど、聞かなかったことにしよう……。


 すぐに担当者が出てきて、アルメに歩み寄ってきた。四十代くらいのほがらかなおばさまだ。


「こんにちはティティーさん、お待ちしておりましたよ。どうぞこちらへ」

「よろしくお願いします。失礼します」


 案内されるまま、アルメはカウンターの内側に入って、奥の部屋へと歩を進めた。



 部屋の中では神殿の職員たちが慌ただしく働いていた。大きな神殿に見合った、広い事務室だ。


 その端っこの、ちょっとした応接間のようなスペースに通された。机と椅子が置いてあるだけの、仕切りもないスペースだ。


「騒がしい場所ですみませんが、お掛けください。早速ですが、こちらが契約書になります」

 

 担当の女性と二人で向かい合って座ると、契約書を差し出されて説明が始まった。


「詳細は事前にお送りしていた書類にありますので、ここでは大まかな確認だけにいたしますね。まずはお仕事内容ですが、(から)魔石への氷魔法の補充になります。空魔石は神殿側での用意となりますから、ティティー様にご用意いただくものは特にございません」


 担当女性はペラペラと説明しながら、手元の書類にチェックマークを付けていく。


「週に一度、魔法を込めた魔石を納品いただく形になりますが、神殿での作業ではなく、ご自宅での作業をご希望ということでよろしいでしょうか?」

「はい、その場で一気に魔法を込める――という魔力の使い方にはちょっと不安があるので、できれば自宅で、日を分けてこつこつと補充をできればと」


 神殿内の作業場にて、短時間集中で一気に魔法を補充する、という方法だと、魔法疲れを起こしそうなので、在宅で毎日少しずつという方法を選ばせてもらった。


「かしこまりました。家事や他にお仕事をされている方は皆さんそうされているので、お気になさらずに。そうしましたら、週一で空魔石をご自宅にお届けして、魔法を込めたものを送り返してもらう、というお仕事の流れになります。配達と集荷にあたって、盗難防止のために精霊と契約を交わすことになりますが、ご了承いただけますか?」

「精霊と? 経験がないのですが……契約には何か必要ですか?」


 精霊との契約と聞いて、なんだかドキドキしてしまった。怯むアルメを安心させるように、担当女性はおおらかに笑った。


「指先から少しだけ血を出して、精霊に与えるだけです。特に何か大きな対価が必要になったりはしませんから、どうぞお気を楽にしてください」

「よ、よかった……何かこう、寿命とか臓器とかを取られるのかと……」

「ふふふっ、神や悪魔との契約じゃありませんから」


 担当女性は肩を揺らして笑ったけれど、アルメは顔を引きつらせてしまった。逆に言うと、神や悪魔と魔法の契約を結んだら、そういう大きな対価もあり得るということか……。


 ちなみにこの世界では、悪魔との契約は重罪である。精霊との契約にも、公的機関への申請が必要だ。


「それじゃあ、お仕事方法はご自宅にて、ということでよろしいですね。次にお給金ですが、月に六万G(ゴールド)を固定として、追加でお仕事いただいた分は歩合制となります。こちらは魔石一つにつき三百Gのお支払いとなります」

「はい、承知いたしました」

「納品量の増減のご要望がありましたら、ご遠慮なくお申し出ください」


 毎月六万Gのお給料をもらえるのは大変心強い。庶民ができる在宅の仕事としては、かなり割りの良い部類だ。


「では、説明は以上になります。ご了承いただけましたら、契約書にサインをお願いします」


 ペンを走らせ、手元の契約書にサインを入れる。


 契約書の保証人の欄には『ファルケルト・ラルトーゼ』の名前が添えられている。彼の容姿に違わぬ、美しい筆跡だ。


 これほど心強い契約書があるだろうか、と、ホッと息をつきながらサインを入れた。


 契約書を担当女性に渡して確認を受ける。


「確かに、お預かりしました。それでは続けて、精霊『スプリガン』との契約をしますので、この場で少しお待ちください」


 そう言い残すと、担当女性は部屋を出て行った。


 一人残されたアルメは、ひたすらソワソワしながら待つ。精霊との契約……初めての経験だ。



 しばらく待っていると、担当女性が戻ってきた。事務室の扉が開かれる。――と、彼女は脇にさっとよけて、とある人物を先に通した。


 こちらに歩み寄ってきたのは、白と青の神官服をまとった男。――白鷹、ファルクだ。


 そしてその隣にもう一人。こちらは白地に金色の刺繍が入った、豪奢な神官服を身にまとっている。グレーの髪を後ろで束ねて、髭をたくわえた高齢の神官だ。


 明らかに身分の高い人だ。衣装の雰囲気からして、ファルクよりも位が高いことがうかがえる。


 ……いや、ファルク自体、とても身分の高い人なのだけれど。


 オフのぽやぽやとしたイメージが強いので忘れそうになるが……こうして神官服をまとっていると、強制的に思い出される。


 アルメは目をむいて、大慌てで立ち上がった。

 貴人への正しい挨拶の仕方などわからないが、とりあえず深く頭を下げておく。


 ファルクは高貴な雰囲気とは裏腹に、いつも通りに声をかけてきた。


「こんにちはアルメさん」

「ええと、ラルトーゼ様、こんにちは……」

「そうかしこまらず。いつも通りで構いませんよ」


 つい他人行儀な挨拶をしてしまったら、ファルクは困ったように笑った。


 彼は隣に並ぶ老神官を紹介する。


「こちらはルーグ・レイ様。俺の師であり、親代わりのようなお方です」

「初めまして、アイス屋のお嬢さん。一度お会いしたいと思っていたところだったから、ファルクについてきちゃった」


 神々しい出で立ちとは正反対の、茶目っ気あふれる笑顔で、ルーグはてへっと笑った。


 ペロッと舌を出して笑う老神官を前にして、カクリと体の力が抜けた。ファルクもルーグも、見た目と人柄の差が大きい。

 

 アルメはルーグに向かって、改めて頭を下げて挨拶をした。


「初めまして、アルメ・ティティーと申します」

「ファルクからよく話は聞いているよ。これからも仲良くしてやっておくれ」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 どう返していいのかわからずに、ひたすらペコペコと頭を下げておく。事務室の職員たちがチラチラとこちらの様子をうかがっていて、ちょっと恥ずかしい……。


 今のアルメの状況は、傍から見たら、気高い男神たちにひれ伏すジャガイモのような図だろうと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ