49 魔法補充士の契約
週が明けて、アルメは朝から馬車に揺られていた。中央神殿に直通の乗合大馬車だ。
今日は神殿で、氷魔法補充士としての契約を正式に結んで、諸々の説明を受ける予定である。……そして帰りに、ついでに火傷の治療も受けてこようと考えている。
近づいてきた神殿を眺めながら、アルメは左手をわきわきと動かした。手の甲から手首にかけてガーゼを当てて、包帯を巻いている。
――この左手は今、痛くて仕方ないのに、痒みにまで襲われている……非常に辛い状態だ。
どうやら氷魔法をあてすぎたようだ。火傷の水ぶくれに加えて、指先から手首までしもやけを起こしてしまった。
腫れてしまって痒い……けれど、火傷に響くので触れない。自業自得とはいえ、何かの拷問のようだ。
一応翌日の朝すぐに、近所の街医者にはかかったけれど、治療には時間がかかると診断されたので、結局神殿を頼ることにした。
手を怪我していたら、アイスにも触れないので。
ちょうどエーナとジェイラが手伝いに入る日が続いたので、この数日はアイスを彼女たちに任せて、アルメは店の雑務をこなしていた。
神殿への移動を面倒がって、治療を先延ばしにしていた、というところもあるのだけれど……今日清算する予定なので、まぁ良しとしておく。
大馬車は速度をゆるめながら、神殿の馬車乗り場へと進んでいく。
停車して乗客たちが降りていくのに混ざって、アルメも地面に降り立った。
正面玄関へと歩きながら、そびえ立つ城のような神殿を仰ぎ見る。白い石壁が日の光を浴びて輝いている。描かれた青い文様の壁画は、青空のようで美しい。
並び立った装飾柱の間を通って、玄関を通り抜けた。待合ホールを直進して、受付カウンターへと進む。
神殿に来るのは祭りの日以来だ。あの夜はとんでもなく混雑していたけれど、今日は待合ホールも落ち着いている。――といっても、それなりに人は多いけれど。
アルメは様子をうかがいつつ、手が空いていそうな事務の女性に声をかけた。
「お仕事中にすみません、氷魔法補充士の契約に参りました、アルメ・ティティーと申します」
「こんにちは。ティティーさん、ですね? お待ちしておりました。担当の者を呼びますので、少々お待ちください」
事務の女性は挨拶を交わすと、さっと立ち上がって奥へと歩いて行った。カウンター奥の部屋に向かって何やら声をかけている。
「白鷹様案件の方、来られましたよー」
(白鷹様案件……!?)
なんだか妙な単語が聞こえた気がしたけれど、聞かなかったことにしよう……。
すぐに担当者が出てきて、アルメに歩み寄ってきた。四十代くらいのほがらかなおばさまだ。
「こんにちはティティーさん、お待ちしておりましたよ。どうぞこちらへ」
「よろしくお願いします。失礼します」
案内されるまま、アルメはカウンターの内側に入って、奥の部屋へと歩を進めた。
部屋の中では神殿の職員たちが慌ただしく働いていた。大きな神殿に見合った、広い事務室だ。
その端っこの、ちょっとした応接間のようなスペースに通された。机と椅子が置いてあるだけの、仕切りもないスペースだ。
「騒がしい場所ですみませんが、お掛けください。早速ですが、こちらが契約書になります」
担当の女性と二人で向かい合って座ると、契約書を差し出されて説明が始まった。
「詳細は事前にお送りしていた書類にありますので、ここでは大まかな確認だけにいたしますね。まずはお仕事内容ですが、空魔石への氷魔法の補充になります。空魔石は神殿側での用意となりますから、ティティー様にご用意いただくものは特にございません」
担当女性はペラペラと説明しながら、手元の書類にチェックマークを付けていく。
「週に一度、魔法を込めた魔石を納品いただく形になりますが、神殿での作業ではなく、ご自宅での作業をご希望ということでよろしいでしょうか?」
「はい、その場で一気に魔法を込める――という魔力の使い方にはちょっと不安があるので、できれば自宅で、日を分けてこつこつと補充をできればと」
神殿内の作業場にて、短時間集中で一気に魔法を補充する、という方法だと、魔法疲れを起こしそうなので、在宅で毎日少しずつという方法を選ばせてもらった。
「かしこまりました。家事や他にお仕事をされている方は皆さんそうされているので、お気になさらずに。そうしましたら、週一で空魔石をご自宅にお届けして、魔法を込めたものを送り返してもらう、というお仕事の流れになります。配達と集荷にあたって、盗難防止のために精霊と契約を交わすことになりますが、ご了承いただけますか?」
「精霊と? 経験がないのですが……契約には何か必要ですか?」
精霊との契約と聞いて、なんだかドキドキしてしまった。怯むアルメを安心させるように、担当女性はおおらかに笑った。
「指先から少しだけ血を出して、精霊に与えるだけです。特に何か大きな対価が必要になったりはしませんから、どうぞお気を楽にしてください」
「よ、よかった……何かこう、寿命とか臓器とかを取られるのかと……」
「ふふふっ、神や悪魔との契約じゃありませんから」
担当女性は肩を揺らして笑ったけれど、アルメは顔を引きつらせてしまった。逆に言うと、神や悪魔と魔法の契約を結んだら、そういう大きな対価もあり得るということか……。
ちなみにこの世界では、悪魔との契約は重罪である。精霊との契約にも、公的機関への申請が必要だ。
「それじゃあ、お仕事方法はご自宅にて、ということでよろしいですね。次にお給金ですが、月に六万Gを固定として、追加でお仕事いただいた分は歩合制となります。こちらは魔石一つにつき三百Gのお支払いとなります」
「はい、承知いたしました」
「納品量の増減のご要望がありましたら、ご遠慮なくお申し出ください」
毎月六万Gのお給料をもらえるのは大変心強い。庶民ができる在宅の仕事としては、かなり割りの良い部類だ。
「では、説明は以上になります。ご了承いただけましたら、契約書にサインをお願いします」
ペンを走らせ、手元の契約書にサインを入れる。
契約書の保証人の欄には『ファルケルト・ラルトーゼ』の名前が添えられている。彼の容姿に違わぬ、美しい筆跡だ。
これほど心強い契約書があるだろうか、と、ホッと息をつきながらサインを入れた。
契約書を担当女性に渡して確認を受ける。
「確かに、お預かりしました。それでは続けて、精霊『スプリガン』との契約をしますので、この場で少しお待ちください」
そう言い残すと、担当女性は部屋を出て行った。
一人残されたアルメは、ひたすらソワソワしながら待つ。精霊との契約……初めての経験だ。
しばらく待っていると、担当女性が戻ってきた。事務室の扉が開かれる。――と、彼女は脇にさっとよけて、とある人物を先に通した。
こちらに歩み寄ってきたのは、白と青の神官服をまとった男。――白鷹、ファルクだ。
そしてその隣にもう一人。こちらは白地に金色の刺繍が入った、豪奢な神官服を身にまとっている。グレーの髪を後ろで束ねて、髭をたくわえた高齢の神官だ。
明らかに身分の高い人だ。衣装の雰囲気からして、ファルクよりも位が高いことがうかがえる。
……いや、ファルク自体、とても身分の高い人なのだけれど。
オフのぽやぽやとしたイメージが強いので忘れそうになるが……こうして神官服をまとっていると、強制的に思い出される。
アルメは目をむいて、大慌てで立ち上がった。
貴人への正しい挨拶の仕方などわからないが、とりあえず深く頭を下げておく。
ファルクは高貴な雰囲気とは裏腹に、いつも通りに声をかけてきた。
「こんにちはアルメさん」
「ええと、ラルトーゼ様、こんにちは……」
「そうかしこまらず。いつも通りで構いませんよ」
つい他人行儀な挨拶をしてしまったら、ファルクは困ったように笑った。
彼は隣に並ぶ老神官を紹介する。
「こちらはルーグ・レイ様。俺の師であり、親代わりのようなお方です」
「初めまして、アイス屋のお嬢さん。一度お会いしたいと思っていたところだったから、ファルクについてきちゃった」
神々しい出で立ちとは正反対の、茶目っ気あふれる笑顔で、ルーグはてへっと笑った。
ペロッと舌を出して笑う老神官を前にして、カクリと体の力が抜けた。ファルクもルーグも、見た目と人柄の差が大きい。
アルメはルーグに向かって、改めて頭を下げて挨拶をした。
「初めまして、アルメ・ティティーと申します」
「ファルクからよく話は聞いているよ。これからも仲良くしてやっておくれ」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
どう返していいのかわからずに、ひたすらペコペコと頭を下げておく。事務室の職員たちがチラチラとこちらの様子をうかがっていて、ちょっと恥ずかしい……。
今のアルメの状況は、傍から見たら、気高い男神たちにひれ伏すジャガイモのような図だろうと思う。




