44 紅茶フロートと友人たち
白鷹の姿にひとしきり驚いた後、エーナとファルクは改めて挨拶を交わした。
事のいきさつを話してようやく落ち着いたところで、ひとまずは親睦の茶会でもという話になった。
店の様子を見ながら、休憩がてらアルメも参加させてもらうことにする。
ポットで湯を沸かして、三人分の紅茶を入れる。出来上がりを待つ間に、エーナとファルクは二人で軍や魔物の話をしていた。
「――それにしても、まさかあの時お会いした方が白鷹様だったなんて……アイデンが失礼なことを言ってしまいましたね。どうか、お許しくださいませ」
「そうかしこまらずに、普段通りにお話しください。あの時のことも、俺はまったくもって気にしていませんから」
「でも、白鷹様に無礼があっては……」
無礼な態度をとって神官に嫌われてしまったら、戦場でアイデンが不利になるのではないか。――と、エーナは心配しているのだろう。
その気持ちを見通したかのように、ファルクは穏やかに言う。
「ご安心ください。従軍神官は治療の優先順位を好き嫌いで決めたりはいたしません。等しく、死に近い人から順に治していきます。……それゆえ、命に関わらない軽傷の戦闘員は後回しになることもありますが……私情で順番を変えることは、神に誓ってありません。例え、知人や友人であろうとも」
少し苦い顔をして、言い添える。
「治療の順番によっては、軽傷の方に後遺症が残ることもありますから……万が一、アイデンさんに傷が残ってしまった時には、俺に――従軍神官たちに憎しみを向けていただいて構いません。生涯をかけて詫び償います」
アルメは会話を聞きながら、ポットの紅茶を揺らした。
街の皆が熱狂する華やかな白鷹様が、裏ではこういう覚悟を背負っている、ということに思いを馳せる人は、一体どれほどいるのだろう。
なんとなく、そんなことを考えてしまった。
神妙な空気のファルクとは裏腹に、エーナは肩の力を抜いて笑顔を浮かべた。
「そのお言葉を聞いて、なんだかホッとしました。白鷹様が誠実な方で良かったわ……。万が一があった時にも、きっと私もアイデンも、あなたに憎しみを向けるようなことはないと思います。これからも、ルオーリオ軍をよろしくお願いします」
「医神の名のもとに、皆様の命をお預かりいたします」
エーナはファルクにうやうやしく頭を下げて、ファルクは胸に手を当てて敬礼を返した。
会話に区切りがついたところで、アルメはポットをテーブルに移した。三人分のグラスを出しながら問いかける。
「二人とも、アイスとホットどちらにします?」
「私はアイスで」
「俺もアイスでお願いします」
「じゃあ、冷やしちゃいますね」
ポットに両手を添えて、氷魔法を使う。冷気を流しながら紅茶をゆらゆらと揺らして冷やしていく。
あっという間に冷えた紅茶を一旦テーブルに置いて、冷凍庫から自宅用のミルクアイスを取り出す。
最近、エーナとお茶をする時は、紅茶にミルクアイスを入れているのだ。エーナがミルクティーを好むので、試しにお勧めしてみたら、彼女がハマったのだった。
そしてつられるように、アルメもハマってしまった。二人のマイブームだ。
「エーナはいつもの紅茶フロートでいい?」
「うん! お願い」
「お待ちなさい、お二人さん。何ですか? その裏メニューは」
ファルクが拗ねた声音で割って入ってきた。俺、知らないんですが……などと小声でぐちぐち言っている。
こんなに麗しい容姿なのに、仲間外れにされた子供みたいな表情だ。
「そんな顔しないでください。これは従業員の福利厚生みたいなもので……」
「ずるい……俺も働いたら、いただけますか?」
「白鷹様なら、ちょっと表に出るだけで客寄せになりそうね! 呼び込みのお仕事をしたら、すごいことになりそう」
「ちょっとエーナ! 軽いノリで言わないで……!」
意気揚々と立ち上がろうとしたファルクの腕をガシリと抑え込んで、椅子へと戻した。
ファルクは気品に満ちた王子様のような見目とは裏腹に、素直な人なのだ。本当にやりかねないから、妙なことを吹き込まないでほしい。
「ファルクさんにもご馳走しますから、大人しく座っていてください!」
「仕事をせずにいただいてしまっていいのですか?」
「あなたはここにいるだけで十分、仕事をしていますから!」
――空気清浄機として、という言葉は飲み込んだ。ファルクはポカンとしていたけれど、説明は省いておく。
三人分のグラスに紅茶を入れて、まんまるのミルクアイスを浮かべる。
スプーンを添えて出すと、ファルクもエーナも顔をほころばせた。
紅茶とアイスをスプーンにすくって、パクリと頬張る。
「紅茶フロート、美味しいですね! 紅茶とアイスを一度に楽しめて素晴らしいです。どちらもより美味しくなりますし、見た目も面白いですね」
「これお店のメニューには出さないの?」
「上手な紅茶の入れ方とかわからないし、出すとしたら練習が必要かなぁ」
いつも適当に入れているだけなので、もし商品にするのなら、まずは『美味しい紅茶の入れ方』なんて本を借りてくるところから始めなければ。
ふむ、と考え込んでいたら、カウンターの呼び出し鐘がチャリンと鳴った。――と同時に、朗らかな声と共にジェイラが調理室へと入ってきた。
「よーっす! アルメちゃん手伝いにきたよー。今日もよろしく~!」
あれからエーナと共に、ジェイラにも店の手伝いをお願いすることになったのだった。
彼女の本業――焼肉屋は夕方から夜にかけての仕事らしいので、ジェイラは昼間の空いた時間にちょこちょこ副業をしているらしい。
アイス屋の仕事もどうだろうか、と軽く話を出してみたら、即手伝いの手を上げてくれた。
従業員同士の親睦会ということで、エーナとジェイラの顔合わせのランチ会をしたのが、つい最近のこと。
そこで二人が知り合いだったと知って、世間の狭さに驚いたのだった。ジェイラの弟はアイデンの友達だそう。
ジェイラは調理室に入って早々、ファルクを見てギョッとした顔でのけぞった。
「おわぁっ!! 出たっ!!」
彼女の大袈裟な動作とセリフは、もう完全に黒虫と遭遇した時のそれだ。
アルメは苦笑して、エーナは軽く吹き出した。ファルクだけがキョトンと目をまるくしている。
ジェイラは目をパチクリさせた後、気を取り直して、こちらに歩み寄ってきた。
「白鷹様とアルメちゃん、まじで友達なんだなー。なんか白鷹様がアイス食ってるの、面白いわ~。霞とか食って生きてそうなのにな」
「霞じゃ人は生きられませんよ……」
あっけらかんとしたジェイラの言葉に、ファルクは困った顔をしていた。ジェイラは誰に対しても、あまり態度が変わらない質らしい。
ひとしきり白鷹を観察した後、ジェイラは思い出したようにアルメに声をかけた。
「あ、そうだ。郵便屋がポストになんか入れてたよ」
「あら、お手紙かしら?」
強盗関係の警吏とのやりとりも済んだ後なので、もうアルメに手紙を送ってくる相手は、ここにいる面々くらいなのだけれど。
アルメは調理室を出て、店の玄関先にあるポストへと向かった。
ふたを開けて中を覗くと、ポストには一つ封筒が入っていた。淡い若草色をした、上質な紙の封筒だ。
さっと取り出して確認する。
「ダネル・ベアトスさん……」
差出人はフリオの叔父だった。
フリオの叔父――ダネルは祖母の古い知人で、気のいいおじさんといった雰囲気の人だ。アルメとフリオの縁談を取り持った人である。
彼に対して特に悪い印象はないけれど、なんとなくため息を吐いてしまった。もうベアトスの字を見ることはないだろうと思っていた矢先に、また見ることになろうとは、と。
手紙の中身は仕事が終わったら、じっくりと読ませてもらおう……。




