43 噂のアイス屋さん (2章始まり)
穏やかな青空の下、暖かくもカラリとした風が通り抜ける小広場で、今日も『アルメ・ティティーのアイス屋』は客を集めている。
四季祭りの日の強盗は無事に捕まって、一件落着。祭りも終わったことだし、またこつこつと店をまわす日々が始まる――と、思ったのだけれど……。
店内には祭り前よりも、なんだか浮き立った空気が満ちているのだった。
アルメはカウンターに立って冷や汗をかきながら、客の声に耳を傾ける。
「ここで待ってたら白鷹様が来るって本当なのかしら」
「祭りの露店に神官様が買いに来たって話だろ? その露店がここのお店だって話だし」
「白鷹様、この前銀行で黒髪の女性と一緒にいたそうよ。アイス屋さんの店主も黒髪だし……」
「アイス屋を懇意にしてるって噂、私は嘘じゃないと思うわ」
「毎日通ってたら、いつか会えるかもね」
「俺は今日、白鷹が現れるに百G賭ける!」
アイスを食べながらお喋りに花を咲かせる婦女子たちや、ちょっと好奇心で立ち寄ってみたという男性客や子供たち。
祭りの後から世間に流れ始めた、『白鷹にまつわる噂』が、アイス屋に浮ついた空気を持ち込んでいるのだった。
――その噂とは、『白鷹様が路地奥のアイス屋をごひいきにしている』という内容だ。
なにやら浮ついた空気と共に客の入りも一段増えたので、アルメとしては複雑な気持ちである。ありがたいけれど、ヒヤヒヤする……。
なんせ噂の当人が、今店の奥――調理室でまったりとくつろいでいるのだ。
朝、店のオープンと同時に、暑い暑いと泣き言をこぼしながら来店し、ウキウキとアイスを選んでいく常連客の男……白鷹ファルケルト・ラルトーゼが、壁一枚隔てたところにいる。
お客にバレたら大騒ぎになりそうなので、アルメは密かに冷や汗をかいているというわけだ。
路地奥の無名の庶民の店が、『芸能人がお忍びで通っているかもしれない店』みたいな肩書きを得てしまった。
芸能人というのは前世の感覚での例えだけれど、このルオーリオの街では大差ないように思う。
遠い目になっているところに、また一組女性グループ客が来店した。
「こんにちは。白鷹ちゃんアイスっていうのを食べに来たのだけれど」
「あ、もしかしてこの白いやつですか? これは牛乳?」
「白鷹ちゃんアイスを食べると良いことが起きるっていうのは本当?」
「……ええと、特に運気が上がるということは……ないかと」
営業スマイルを引きつらせながら対応する。ミルクアイスはまじないのアイテムではないのだけれど……なんだか噂の方向性がおかしくなってきているような。
女性客は全員、白鷹ちゃんアイスと別のアイスを組み合わせて注文していった。
キャッキャとはしゃぐお客の笑顔を見れることは純粋に嬉しいので、まぁ良しとしておこう。
客の波が途切れたところを狙って、アルメは奥の調理室へと、さっと体を引っ込めた。
調理室に入って、テーブルでのん気にアイスをつついているファルクに声をかける。
彼が食べているものはクッキーソフトクリームだ。仲直りをしたあの日から、すっかりハマってしまったらしい。
「ごめんなさいね、ファルクさん……店の奥に押し込んだまま、なんだか放っておくような感じになってしまって」
「いえいえ、お店が賑わっているのは良いことですから。というか、妙な噂で振り回してしまって、こちらこそすみません」
ファルクは困った顔で苦笑した。
彼は今、変姿の魔法を解いている。首飾りの鎖が汗に濡れて、首にまとわりついて嫌なのだとか。
もうアルメに姿を明かしてしまったので、開き直ってくつろいでいる。
白銀の髪に金の瞳。麗しい男神のような男が、ごちゃごちゃとした庶民の店の調理室にいるというのは、おかしなコラージュ絵画みたいでちょっと面白い。
クスリと笑いかけたところで、カウンターの呼び出し鐘がチリンと鳴らされた。またお客が来たようだ。
いらっしゃいませ、と声をかけながら出ようとしたところで、お客じゃないことに気が付いた。来店したのはエーナだった。
「こんにちは、アルメ。今日も賑わってるわね! ちょっと早いけど手伝いに来ちゃった」
「お客さんが多いから助かるわ。どうぞ、上がって」
エーナと挨拶を交わして、いつものように奥の調理室へと招き入れる。
エーナには前からちょくちょく手伝ってもらっていたのだが、最近特に忙しくなってきたので、日を決めて仕事に入ってもらうことになった。もちろん、しっかりと給金も支払う形で。
そういうわけで、いつも通りの流れで奥に入ってもらったのだが、先客がいることを失念していた。
「あっ、そうだエーナ! 今ちょっと奥に――」
「ひっ……!!」
エーナは短い悲鳴を上げ、調理室に入った瞬間に、巻き戻しのように即座に出てきた。目を見開いて、顔を思い切りこわばらせている。
「な、なんかいる……! なんかいるんだけど……っ!!」
さながら、黒虫を見つけた時のような様相だ。
――黒虫というのは、前世のゴキブリのような虫である。キッチンなどによく出るアレである。一年を通して温暖なルオーリオの街では、黒虫は厄介な隣人だ。
「ごめん……! 言うのを忘れていたわ! あの、彼、ファルクさんなの……この前地下宮殿で会ったでしょう?」
「……はぁ!?」
慌てて小声で説明を加えると、エーナは目をまるくしたままもう一度調理室を覗き込んで、ファルクの姿を確認した。
「ファルク、さん? 嘘でしょう……? だって、その姿……」
「こんにちはエーナさん。あの、申し遅れましたが、俺は本名をファルケルト・ラルトーゼと申しまして……」
ファルクは胸に手を当て、白鷹らしい美しい所作で挨拶をした。
エーナは青い目をまんまるくして、独り言のようにポツリと呟く。
「ここに出るって話、本当だったんだ」
「……エーナ、そんな黒虫みたいな言い方したら失礼よ」
「黒虫……?」
ファルクはキョトンとした顔をしていた。極北の街には黒虫がいないそうなので、ファルクは見たことがないのかもしれない。




