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38 ソフトクリームと仲直り

 未だ地面に膝をついたままのファルクを引っ張り、店の中へと押し込んだ。


 玄関扉を閉める時にキョロキョロと周囲を見まわしたけれど、ひとまず人の目はなかった。……と思いたい。


 ファルクはおずおずとしながら、店の丸テーブルの上いっぱいに、抱えていた荷物を広げた。


 紙袋から一つ一つ品を取り出して、ズラリと並べる。


「……こちらが焼き菓子で、これはジャム。こっちはチョコです。一応保冷の魔石はついていますが、お早めに涼しい場所へ」

「ありがとうございます……すみません、こんなに色々と……申し訳ないです」


 アルメも謝罪しなければいけないことがあるというのに、先にこうも色々と準備されてしまうと、こちらのお詫びが霞みそうだ……。

 

 とはいえ、せっかくの品々を突き返すこともできないので、深くお礼をして受け取った。


「ええと、まずはお掛けください。お茶とアイスを用意しますから、諸々のお話は食べながらにしましょう」

「はい……」


 しゅんとする背中を押して、空いている丸テーブルの椅子に座ってもらった。



 アルメは調理室に向かって、冷凍庫の中を確認する。

 祭り中はアイスの仕込みをしていなかったけれど、ミルクアイスはそこそこ残りがあった。


 容器ごと持ち出して、カウンターテーブルに置く。


 そのままミルクアイスとして食べてもいいのだけれど、できればもうひと手間加えたい。


 テーブルに並べられたファルクのお詫びの品の中から、アルメはクッキーと思しき紙の包みを手に取った。


 いくつか同じ包みがあって、それぞれに短く説明の字が添えられている。『プレーン・チョコ・苺・ナッツ』などなど。


「ファルクさん、このチョコのクッキーを少し加工してもいいですか? アイスに入れようと思うのですが」

「全てあなたに差し上げたものですから、どうぞ思うままに」

「では、ちょっと失礼して」


 先に一応断りを入れておいた。

 クッキーを砕いてアイスに入れよう、と思ったので、砕いてしまう許可を得たかった。――の、だけれど、少し言葉が足りなかったようだ。


 チョコクッキーの紙包みを両の手のひらに収めて、豪快にぐしゃりと握り潰すと、ファルクが体をすくめてビクついた。

 怒られた仔犬のような顔をしながら、こちらの様子をうかがっている。


 ハッと気が付いて、言葉を足しておいた。


「あ、っと、ミルクアイスに砕いたクッキーを入れると美味しいんです! すみません、驚かせてしまって」

「そ、そうでしたか……てっきり、冷めやらぬ怒りをクッキーにぶつけたのかと……」

「そもそも怒っていませんから、大丈夫です……!」


 怯えるファルクをなだめつつ、細かく砕いたクッキーをアイスの容器へと投入した。


 ミルクアイスとクッキーをヘラでざっくりと混ぜた後、調理室からハンドミキサーを持ってくる。


 ミキサー類は風の魔石で稼働する魔道具だ。魔石をセットすると、混ぜ器がグルグルと動き出した。


 ミルクアイスをしっかりと混ぜていく。固まっていたアイスはやわらかくなり、ミキサーの先でちょんと突くと、ツノが立つくらいのなめらかさになった。


 ゆるりとしたアイスを飲み物用のグラスに盛って、持ち手の長いスプーンを添えた。

 ポットに水だしのお茶をセットして、グラスとアイスと一緒にトレイに乗せる。


 アイスとお茶のセットと共に、ファルクの待つ丸テーブルへと移動した。着席しながら、説明する。


「お待たせしました。チョコクッキーのソフトクリームです」

「ソフトクリーム……? 確かに、なんともやわらかそうな」


 ファルクは興味深そうにまじまじと見つめていた。ひとまず、掴みは上々だ。ひと手間加えてよかった。


 ――このひと手間はアルメなりの、ファルクへのお詫びでもある。


 アルメの財力では高級品を贈って詫びる、なんてことできないので、せめて新しいアイスを作って、楽しんでもらおうと思ったのだ。


 見た目の珍しさを楽しむだけでなく、口にも合うと良いのだけれど……。


「固いアイスよりも溶けやすいので、どうぞ召し上がってください」

「……では、お言葉に甘えて、いただきます」


 ちょっと遠慮気味にそう言うと、ファルクはスプーンを手に取って、ソフトクリームを口に運んだ。


 もぐもぐと口の中で溶かした後、しみじみと呟いた。


「美味しい……クッキーの味がミルクに合って絶妙です。口当たりもなめらかで、食べるというより飲む、という感じですね。いくらでも飲めそう……」

「気に入っていただけたのなら、よかったです。――では、ファルクさん、改めまして、」


 アルメには、アイスに手をつける前に、言わなければいけないことがある。


 アイスを頬張るファルクに向かって、思い切り深く頭を下げた。


「昨夜は大変申し訳ございませんでした!!」

「えっ!? アルメさん……!?」


 アルメはテーブルに両手をつき、突っ伏すように頭をガツンとぶつけながら謝罪した。ファルクの土下座には及ばないが、どうにかこの猛省が伝わることを願って。


「神殿ではあなたにとんでもなく失礼なことを言ってしまって、本当に申し訳ございませんでした! 子供のようにしょうもない意地を張ってしまって……情けない限りです。お忙しい中、大変ご迷惑をおかけしました……!」

「お顔を上げてください……! 失礼な態度をとっていたのは俺の方です! あなたに愚かだなんて酷い言葉を吐いてしまって……。こちらこそ、申し訳ございませんでした」


 顔を上げると、ファルクはひたすらオロオロとしていた。彼は慌てつつも言葉を続ける。


「えっと、……ひとまず、アルメさんも一緒にアイスを食べましょう? 溶けてしまいますよ! ほら、スプーンを手に取って!」

「そうですね……いただきます」


 話をそらされ、誘導されるままにアイスを頬張ると、甘さと冷たさが気持ちを和ませた。


 二人で数口もぐもぐして、落ち着いたところで話し出す。


「……恥ずかしい話ですが、実は私、少しばかり人からお金を借りていまして……。その返済に売上金が必要だったので、昨日は盗られそうになって焦ってしまったみたいです。強盗とお金を奪い合うだなんて、後から思えば馬鹿なことをしたなぁと思うのですが……あの時はほとんど無意識で……」

「そう、だったのですね……。事情も知らず、大切なお金を軽んじる言い方をしてしまって、本当にすみませんでした」

「そもそも私は事情を話していなかったんですから、ファルクさんが謝るようなことは何もありませんよ。悪いのは勝手に拗ねてしまった私です。本当にごめんなさい……。――って、さっきから二人で謝ってばかりですね」

 

 アイスを食べつつ、ポツポツと言葉を交わしていく。なんだか謝罪合戦になってきて、ちょっと笑ってしまった。


 笑ったアルメにつられるように、ファルクも表情をやわらげた。


「実は俺も、人から大きな金を借りながら、ここまで生きてきた身です。子供の頃は病気で実家の金を食いつぶして、家を出てからは師に援助を受けて。神官になってからようやく全て返すことができましたが……その後家とは疎遠になってしまいました」

「……大変な苦労をなさっていたのですね……知りませんでした……私、ものすごく失礼なことを言ってしまって――」

「あぁっと、謝らないでください! 俺も話していなかったことですから。――そういうわけで、俺は家の縁からも切り離されて、ほぼ一人でフラフラとしている身ですが……アルメさんも、お一人で暮らしていらっしゃる、のですよね……? すみません、書類記入の時のやりとりを聞いてしまって……」


 ファルクはうかがうようにアルメを見て、ソロソロと聞いてきた。


「特に隠していることでもありませんから、お気になさらずに。私は元々祖母と二人暮らしだったのですが、半年くらい前に亡くなって、それからは一人です。友人がいるので、それほど寂しい暮らしでもないのですが……でも、あぁいうトラブルの場面では、やっぱり困るものなのですね、独り身は。昨日初めて知りました」


 苦笑をこぼすと、ファルクが何か言いたそうな顔をしていた。金色の瞳が落ち着かない様子で揺れている。宝石のようで、本当に綺麗な瞳だ。


 待っても彼から言葉が出てこなかったので、アルメは自身の話を続けることにした。


「本当だったら、近々結婚して夫と添っているはずだったのですが……破談となってしまいまして。お金の揉め事も、そのせいで起きてしまったようなものです。――覚えていないかもしれませんが、この前、街歩きの時にベアトスさんという男の人に会ったでしょう? 実はあの方が、私の元婚約者で……。今では借金の返済相手ですが……」

「フリオ・ベアトスさんですね。えぇ、覚えていますよ。癖のある茶髪に緑の瞳の」

「さすが神官様。素晴らしい記憶力」


 フルネーム且つ容姿まで覚えているとは思わなかった。あの短い時間で記憶するとは、さすがである。


 ファルクは金の瞳をわずかに細めた。目の鋭さが増して、なんだか圧を感じるのは、まだアルメがこの容姿に慣れていないせいだろうか。

 

「ベアトスさんはアルメさんに執着しておられるように感じましたが、もしかしてアルメさん側から婚約の解消を? ……あ、嫌なお話でしたら、流してください」

「いえいえ、まったくもって逆です。ベアトスさんが私を嫌っているようでして、婚約を破棄されてしまったんです。まぁ、その、別のお相手に心を寄せていたみたいで……」

「それは……ええと」

「簡単に言いますと、浮気ですね」


 さらりと伝えると、ファルクは目をまるくした。


 次に返ってくる言葉は同情か、はたまた励ましか、と構えていると、斜め上の返事がきた。


「なんという奇遇でしょう。俺も、浮気をされて破談になった身です」

「……嘘でしょう? 白鷹様が浮気されるなんてことあります?」


 今度はアルメが目をむいてしまった。

 ファルクは苦い顔で語りだす。


「まだ白鷹の身分を得る前……学院を卒業したばかりの、見習い神官の頃でしたから。日々忙しくしていたら、婚約相手に『私と仕事、どっちが大事なの?』と怒られてしまいまして。そこから埋まらぬ深い溝が……」

「で、出た……! その二択! どう答えたのですか?」


 恋人たちが揉めがちなベタベタな設問が出てきて、つい前のめりになってしまった。この問題は、どうやらどの世界にもあるらしい。


「じっくりと考えた末に、仕事と答えました。例えばデート中に魔物に襲われて真っ二つになっている人を見かけたら、俺はデートよりその人を助けに行くだろうな、と想像しまして」

「それは、血だらけの人がいたらそうなるでしょうね……」

「婚約者にそれをそのまま話したら、殴られました」

「あぁ……」


 ファルクはきっと素で答えたのだろうけれど、婚約者としては『ふざけた答えを返すな!』という気持ちで、怒ってしまったのだろう。


 不幸なすれ違いだ……。さすがに殴るのは、よくないと思うけれど。


「元々兄の決めた政略結婚だったので、それほど仲が良いというわけではなかったのですが。答えに失敗してからは、さらに冷えてしまいましたね。彼女はいつの間にやら、俺の不在中に不埒な遊びに興じるようになっていました……」

「不埒な遊び……人はどうして、そういう遊びに手を出してしまうのでしょうね」


 二人で渋い顔を見合わせて、深く息を吐いた。


 ついこの前までは、白鷹様は雲の上の人なのだと思っていたけれど。こうして素性を知っていくと、結構似通ったところがあって、人というものはわからないものだなぁ、なんてしみじみしてしまった。




 会話に区切りがついて、静かにアイスをつつきながら、しばし無音を楽しむ。


 ファルクと過ごしている時は、何も喋っていなくても、なんとなく良い心地を感じるのが不思議だ。


 しばらくそうしているうちにポロリと、想いがこぼれた。


「私、もう少しファルクさんのことを知ってもいいですか? その……押し付けるわけではありませんが、私のこともお教えします。お互いのことを知っていれば、今後、今回みたいなことも避けられるんじゃないかな、と。……私は、叶うのならばこれからも長く、ファルクさんと友達でいたいです。別にあなたが白鷹様だったから、というわけではありません。素のあなたと、これから先も友達として良い時間を過ごしたいと思うんです」


 口に出してみた言葉は、スルスルと続いた。

 ちょっと恥ずかしいけれど、この勢いに任せたまま、最後まで気持ちを言い切ってしまおう。


「喧嘩というには微妙なところですが、昨夜みたいなことがあって、ちょっと気まずいはずなのに……今こうしてあなたとお茶をしている時間は、やっぱり落ち着きますし、心地良く感じます。……――ファルクさん、これからも私と友達でいてくれませんか?」


 問いかけると、ファルクは金の瞳をまっすぐに向けて、満面の笑顔で答えた。


「俺も、アルメさんと友達でいたいです。これから先も、ずっと。あなたとたくさんの時間を過ごして、今よりももっと仲良しになりたいです」


 ふわりと甘く優しい笑顔を浮かべて、ファルクは両手を差し出してきた。


 その大きな手を、アルメも両手でしっかりと握りしめる。


「私もファルクさんともっと仲良くなりたいです。ふふっ、今日はあなたと仲直りができた記念日になりそう」

「毎年お祝いをしましょうか?」


 冗談を言い合いながら、アルメとファルクはあたたかい握手を交わした。




 ――結ばれた手のひらの熱は胸に伝わり、もう別の熱へと変わりつつあるのだけれど。

 

 二人はまだこれっぽっちも気が付いていないのだった。


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