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34 神殿へ治療を受けに

 表通りの馬車乗り場で、中央神殿への直通大馬車に乗り込む。ものすごく足の太い大きな馬が二頭で引く乗合馬車だ。


 ボロボロの格好のまま出てきてしまったので、馬車の乗客たちをギョッとさせてしまった。

 

 せめて着替えてから来ればよかったかしら……とも思ったけれど、他の服を血で汚したくはないので、まぁ、これで良かったことにする。


 残念だけれど、今着ている血濡れのブラウスとスカートは、帰ったらそのままゴミ箱行きになりそうだ。


 遠い目をしながら馬車に揺られて、アルメは中央大通りを神殿へと向かっていく。


 ポケットに入れていた小さな折り畳み財布を取り出して、中身を確認しておく。心許ないお金しか入っていなかったが、この怪我だと治療費はいくらくらいかかるだろう。


 手持ちで収まる額だと嬉しいのだけれど……金額が大きければ後払いになりそうだ。

 思わぬ出費に、はぁ……と深くため息をついた。



 ジェイラは既に平静を取り戻していて、いつもの調子で話しかけてくる。変に気を遣わず、いつも通りざっくばらんな話をしてくる彼女が心の救いだ。


 こんな事件に巻き込まれた後だというのに、今こうしてそれなりに落ち着いて行動できているのは彼女のおかげだ。


 普段通りでいてくれる人がいると、こちらもつられて普段通りの気持ちでいられる。


 ジェイラは馬車から身を乗り出して外を見ながら、アルメに声をかけてきた。


「神殿もう着くよ。馬車乗り場すげー混んでるなー。こりゃ中もやばそう」

「お祭りの日は神殿も賑わってしまうんですね……疲れているところ、夜遅くまで付き合わせてしまって本当にごめんなさい」

「いいっていいって。どうせ家帰ったって、打ち上げで酒盛りの予定だったし。酔いつぶれてゲロゲロのまま明日の片付けを迎えるより、アルメちゃんに付き合った方が健康的でいいわな」

「それは……ご自愛くださいね」

 

 あっけらかんと言い放つジェイラに、アルメは苦笑してしまった。



 話しているうちに、馬車は神殿の敷地へと入っていった。


 正面玄関近くの馬車乗り場に停まって、乗客が降りていく。ジェイラに手を借りながら、アルメもよたよたと降り立った。


 並び立つ白い柱が美しい神殿の玄関前は、普段より混雑していた。


 時折すれ違う人々から焦げ臭い匂いがするのは、南地区で起きた火事が関係しているのだろうか。


 患者であふれているという南と東の神殿を諦めて、中央神殿を頼った人が多いのかもしれない。


 ジェイラに支えられながら神殿の玄関を通り抜けると、広い待合ホールにも多くの人がいた。

 

 待合ホールは白を基調とした美しい内装に、青い長ベンチがズラリと並んでいる。

 十数列ある青いベンチは診療を待つ人々で埋まっていた。


 これは待ち時間が長そうだ……とため息を吐いたら、ホールを見まわしていたジェイラが場違いに明るい声をだした。


「ねぇちょっと見てみ! 白鷹いるじゃん!」

「え? わ、本当だ」


 ジェイラが見ている方向に目を向けると、白銀の髪の男を見つけた。

 庶民と思しき人たちと向かい合って椅子に座り、なにやら対応をしている。


 ひと際目立つ容姿で周囲から浮いて見える。

 白と青の神官服を着ていて、前に軍の行進の時に見た騎士服姿よりも、見目の優美さが五割は増している。


 ホールにいる診察待ちの患者――特に婦女子たちはこれ幸いとばかりに、もはや遠慮もなしに見惚れているのだった。


「待合ホールでお姿を見れるとは思わなかったですね。もっとこう、奥の方でお仕事しているイメージでした」

「ね。偉い神官って偉い人の病気しか診ねぇと思ってたわー」


 遠目に様子をうかがうと、白鷹は待合ホールのベンチの端で、庶民の診療にあたっているようだった。


 他の神官たちも同じように診療にあたっている。ベンチの各列の端に神官が椅子を置き、この場で診療を行っているみたいだ。


 一人患者の診療を終えると、ベンチで順番を待っている人たちが次々スライドしていく仕組みらしい。


 普段の神殿だと、カウンターで受付を済ませた後、待合ホールで呼ばれるのを待って、診察室に移動する、という仕組みなのだけれど――。


 いつもと違う様相になっている神殿内を眺めていると、すぐに案内係の女性が声をかけてきた。


「あら酷い怪我! 治療を受けに来られた方でお間違いないですね?」

「はい。といっても、擦り傷と打ち身程度ですが……」

「いやいや、ただ転んだわけじゃねぇんだから。この子、さっき強盗に遭ってぶちのめされたばっかなんすよ。しっかりガッツリ治療したいっす」


 あまり大事にするのもなぁ、と思って少々控えめに申告したのだけれど、ジェイラがすかさず補足を入れた。


 案内係の女性は一瞬目をまるくすると、アルメの全身をもう一度まじまじと観察した。その後ホールを見まわして、一番後ろの列のベンチへと案内してくれた。


 誘導されながら、口早に説明を受ける。


「今日は大きな事故があった関係で、この通り神殿が混み合っていますから、手術の必要がない方は待合ホールで治療を行っています。怪我の程度や場所によっては、別途診察室や個室へと案内しますから、担当神官の指示に従ってくださいませ。女性の患者は神官も女性を選べますから、ご遠慮なくお申し出ください。順番待ちの間に受付書類を書いて、担当神官にお渡しくださいね」


 説明を聞くに、どうやらあふれる人々を素早くさばくために、今日は特別な仕組みで診療を行っているらしい。


 ペラペラと話される事務的な文言を聞きながら案内されたベンチは、なんと白鷹の診療待ちの列だった。


 ベンチに腰を下ろして一息つくと、ジェイラが笑顔を向けてきた。


「やったじゃん! 白鷹に診てもらえるよ! 不幸中の幸いってやつ?」

「ちょっ、ちょっとジェイラさん……! もう少し声を抑えて……!」

 

 はしゃぐジェイラの声に反応したのか、周囲の別の列の女性たちがキッとこちらに目を向けていた。

 

 彼女たちの厳しい視線にセリフを付けるなら『はしゃいでんじゃないわよ! 私だって白鷹様の列が良かったのに!』といったところか。


 アルメとしては、この満身創痍の状態から解放されるのなら、どの列のどの神官だろうと構わないのだけれど……。

 

 そんな考えの自分がこの列になってしまって申し訳なさを感じる。周囲からのチクチクとした視線が痛いので、順番が来るまでうつむいてやり過ごそうと思う……。


 

 そうして順番を待ち始めて気が付いたが、白鷹の列は他と比べて診療の進みが早かった。


 ズタボロのアルメの姿を見て、案内係の女性が気をまわし、進みの早い列を選んでくれたのかもしれない。

 

 サクサクと順番が進むにつれて、神官たちとの距離が近づき、彼らの使う治癒魔法の光が眩しくなってくる。


 他の多くの神官たちはそれなりに長い時間、患者に向けて治癒魔法の光を当てているけれど、白鷹の魔法はチカッとした一瞬の光だ。


 この魔法の短さが診療の早さの理由なのだろう。


 ほどなくして、思っていた以上に早くアルメの番が来た。


 前の患者が立て続けに、別室への案内となったようだ。場所を移動する場合は、移動先の神官に担当が引き継がれるらしい。


 神官を補佐する看護師に連れられて、前の患者が移動した。

 白鷹の真正面に置かれた椅子が空いたのを見て、ベンチから腰を浮かす。


「お待たせしました。お次の方――……」


 白鷹に呼ばれて、よたよたと彼の前へと移動した。動く度、膝の血がまたじわりと滲んで垂れてくる。


 軍の行進でこの人の姿を遠目に見た時には、その後まさかこんなに間近に、姿を拝むことになるとは思いもしなかった……なんて、心の内で苦笑する。


 対面する椅子に座りながら、アルメは白鷹に声をかけた。


「よろしくお願いします。……?」


 そろりと座って顔を見ると、白鷹は目を見開いて固まっていた。澄みきった金色の瞳がものすごく綺麗だが、その表情はなんだろう。


(そ、そんなに驚くほど、私酷い格好かしら……!? 事故に遭った怪我人なんて、こんなものでしょう……? 従軍神官様なら見慣れたものじゃないの!?)


 動きを止めた白鷹に動揺してしまった。

 日頃戦地で怪我人を診ている神官が驚くほど、今の自分の姿は酷いのだろうか。さすがにそこまで酷くはないだろう、と思うのだが……。


 ――と、あれこれ考えてしまったが、白鷹の表情を見ているうちに、頭の中に別の思いが浮かび始めた。


(……――ん? あれ……? 白鷹様……なんか、どこかで……)


 何か、急激に胸がモヤモヤとしてきた。


 この顔、この背格好、そして声すらも、なんだか覚えがある気がする――……


 ドキドキと、胸が変な音を鳴らし始めた。


 金色の目をこぼれそうなほど見開いている白鷹と同じように、アルメもまた目を大きく開き、おまけに口までポカンと開けてしまう。


 よく見知った一人の男の姿が、頭の中に像を結び始める――……


 平静を失い始めた頭で答えを導き出す前に、白鷹が掠れた声で呟いた。



「アルメさん……」



 答えを出されてしまった。


 頭の中で思い浮かべていた人物が、目の前の人物と重なる。

 瞳の色も髪の色も、着ている服だって違うけれど……アルメをこの声でそう呼ぶ人は、たった一人だ。


「……ファルク、さん……?」


 呆然とするあまりこわばってしまった喉で、どうにか声をしぼり出した。


 ジェイラもまた、同じように目をまるくした。


「――え、何? 知り合い? まじで?」


 さすがにジェイラの声も、コソリとした小声になった。


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