28 氷削りの模擬
出店の申し込みは無事に受理されて、アイス屋の祭りへの参加が正式に決まった。
エーナにもらったアドバイス通り、『場所を取らない小さな店だ』ということを説明したら、受付担当者が気をきかせて、良い場所の余りスペースを提案してくれた。
なんと、広場に繋がる通りの角地だ。机一つ分ほどの、小さく中途半端な余りスペースだそう。
物の置き場所を工夫すればなんとか収まりそうだと判断して、そこに決めてもらった。
その日のうちにしっかりと、出店金も納めておいた。
参加証となる木札と注意事項などが書かれた書類を受け取ったら、もうあとは祭り当日に備えるだけである。
そうして無事、出店場所を確保した三日後。
朝支度を整えてアイス屋をオープンした後、アルメは調理室でフルーツを煮込んでいた。
オープン直後の時間帯――午前中の早い時間帯は、まだ客も来ない。その間にシロップの試作をしてしまおうと考えた。
苺と桃はもう作って試食を終えているので、今日はマンゴーだ。
小鍋にざっくりと切り分けたマンゴーを入れて、ドサリと砂糖を加える。しばらく放置して水分を出す間に、店の事務仕事などを進めておく。
マンゴーの汁に砂糖が浸ってきたら、小鍋を火にかける。アクを取りながら木べらで混ぜ、煮込んでいく。
少しとろみが出てきたら、もう完成だ。
煮すぎるとジャムのようにドロドロになってしまって、氷と絡みにくくなってしまう。このくらいサラサラしていたほうが良いだろうと考えて、煮込みは軽めにしておいた。
シロップ鍋の粗熱を取りつつ、氷を準備する。
作っておいた氷の塊を冷凍庫から取り出した時、店の方からチャリンとベルの音がした。店員呼び出し用に、カウンターに置いておいた小さなベルだ。お客が来たらしい。
――と言っても、この早い時間に来る客はほぼ決まっている。常連客のあの人だ。
「ファルクさん! こんにちは」
「こんにちは。今日も良い天気で、アイス日和ですね」
調理室から顔を出すと、思っていた通りファルクが来店していた。
のん気な声で挨拶を寄越しながら、ファルクはシャツの衿元をパタパタさせてあおいでいる。今日もルオーリオの気温は彼に容赦ないようだ。
もはや定位置と化したカウンター席に座って、ファルクは得意げな顔をした。
「見てくださいアルメさん。今日でポイントカードがいっぱいになります」
「それはそれは、いつもありがとうございます。では、本日はサービスさせてもらいますね」
ポイントカードのスタンプが溜まると、アイス一つ分、代金をもらわずにおまけを提供する仕組みだ。
「一つ選んでもらって、もう一つの分はおまけします。おまけは次回以降の来店時でもいいですけど、どうします?」
「今日いただいていこうかと思います。――どれにしよう、迷うなぁ」
ファルクはカウンターに並ぶアイスを見つめながら、真剣な面持ちで悩みだした。この光景も、もう見慣れたものである。
いつもの景色になごみつつ、そういえば、と話題を出してみた。
「ファルクさんは、一月後のお祭りの日はお仕事ですか?」
「えぇ、仕事の予定です」
「あら……お祭り中、三日間ともお忙しいのですか?」
「恐らくそうなりますね。街が大きく賑わう日は、職場の方も忙しくなってしまうので」
「う~ん、そうですか……残念ですが、お仕事でしたら仕方ありませんね」
「祭りの日に何かあるのですか?」
残念だけれどまぁ仕方ないか、と苦笑したところで、ファルクがキョトンとしてこちらを向いた。
「実はお祭りの日に露店で販売することを決めまして。そこで新メニューを出す予定だったので、もしお時間ありましたら是非! と言いたいところだったのですが」
「なんと……! 新メニュー……絶対に食べに行きます! と言いたかったです……」
ファルクはガクリと項垂れた。
あまりにもしょんぼりとするものだから、つい口がまわってしまう。
「――その新メニューの試作が、今調理室にあるのですが……良ければ、召し上がります? ポイントカードのおまけということで」
「是非!!」
提案すると、ファルクは途端にキラキラとした顔を上げた。
アルメはファルクのこのキラキラとした表情に、すっかり絆されてしまっている。心の中で、『そう、その顔が見たかったのよ!』と小さくガッツポーズを決めてしまうほどに。
本当は祭り限定のメニューにして特別感を出そうかなと思っていたのだけれど、この笑顔が見られるのならば、通常メニューとして店に並べてもいいかもしれない。――ついそんなことまで考えてしまった。
「今までのアイスとは違って、削り出した氷にマンゴーシロップをかける、というデザートなんですが、お口に合いそうですか?」
「氷にシロップ? 上手くイメージできませんが、冷たいものと甘いものの組み合わせは、きっと美味しいに違いありません」
「ふふっ、ではお持ちしますね!」
ファルクのぶれない氷菓好きに笑みがこぼれた。
さっと調理室に入って、大きなトレイの上に布巾と氷の塊、シロップの小鍋と包丁とまな板を乗せて戻る。
かき氷セット一式をカウンターに並べて、テキパキと準備を済ませた。ちょうど露店販売の模擬になりそうなので、ファルクへの提供は良いタイミングだったかもしれない。
ドンと置かれた大きな氷の塊を見て、ファルクは目をまるくしていた。
「この氷の塊にシロップをかけるのですか? 思っていたより豪快なデザートですね」
「さすがに塊では出しませんよ……! まぁ、見ててください」
そのまま食べるのか、と覚悟を決めそうになっていたファルクを制して、包丁の刃を氷に当てる。
上から下へと刃を動かして、シャバシャバと氷を削ぐ。雪のような繊細な氷屑が山のように積もっていくのを見て、ファルクは感動の声をこぼした。
「これは、まるで雪ですね! まさか氷をこういう風に加工するとは……! よく思いつきましたね」
「ええと、そう、ですね。……最初に考えた人はすごいと思います、本当に」
最後の方は、ボソリとした呟き声になってしまった。
このかき氷、まったくもってアルメが考え出したものではないのだけれど、黙っておくことにしよう……。
キラキラとした目で褒められてしまって、思わず顔を背けてしまった。そうしているうちに、あっという間に氷の用意ができた。
器に氷を盛って、小鍋のマンゴーシロップに氷魔法をかける。シロップを冷ましたところで、氷の山にとろりとかけた。
「あと、アイスはどうします? 一緒のお皿に盛っちゃいますね」
「それじゃあ、マンゴーに合いそうなのでミルクアイスを」
注文通りにミルクアイスをスプーンですくって、かき氷山の脇にちょんと添える。
ついでに丸いアイスにレモンの皮で目とくちばしを付ける。白鷹仕様に飾ると、見た目もなかなかに映える、可愛らしい一皿が仕上がった。
「お待たせしました。マンゴーシロップかき氷、白鷹ちゃん添えです」
ファルクの前に出すと、思い切り顔をほころばせた。
「白い雪にシロップの黄色が映えて、とても綺麗ですね。白鷹も雪山にいるみたいで可愛らしいです」
「お祭りでは他に苺の赤色と桃のピンク色とメロンの緑色、あと上手くいけば青色も用意する予定です。お客さんに何色か選んでもらう形にしようかなと」
「色の組み合わせを選べるのは楽しいですね! 子供も喜びそうです! シロップを全色かけたりするのは、ありなのでしょうか?」
子供どころか、目の前のファルクがものすごく喜んだ顔をしている。
かき氷シロップ全部がけの話を持ち出すとは、どこの世界の人たちもテンションの上がるポイントは一緒らしい。
一応、前世のアルメの経験からの所感を伝えておくことにする。
「全部がけは上手にやると虹色で綺麗ですが、混ざってしまうとなんかこう、ドブのような色になってしまいますよ……器の底のほうとか」
「なるほど……難しいのですね。覚えておきます。――では、いただきます」
神妙な顔で返事をした後、ファルクはかき氷をパクリと頬張った。
「美味しい……! これは暑い日に最適です!」
「そう思って、お祭りに出すことに決めたんです」
「場所はもう決まっているのですか? 他のシロップも気になります。どうにかして手に入れたい……」
「東地区大広場前の角地です。正面入り口近くの――」
「なるほど、了解しました。多少ずるい手を使ってでも、かき氷を制覇してみせます」
「ず、ずるい手とは……? あの、無理はしないでくださいね、絶対に」
「ふっふっふ、俺の持て余していた権力を、ついに使う時が来ました」
「……なんだか怖くなってきました……」
「冗談ですよ、冗談」
ファルクは笑ったが、冗談なのか本当なのかいまいち判断がつかず、アルメはふるりと身を震わせてしまった。
このファルクという男は、すっかり常連且つ友人としてアルメの生活に馴染んでしまったけれど、未だにつかめないところも多くある不思議な人だ。
このまま、さらに仲良くなっていけたら、そのうちプライベートなことも気軽に聞けるようになるのだろうか。
そうなれたらいいなぁ、と思うけれど……。ちょっと踏み込むのが怖い気持ちもある。
もし友人として釣り合わない身分の人だったら、関係を断つという選択を迫られるかもしれないので。
そうなるくらいだったら、このままいくらか距離のある友人として過ごしていたい気もする。
かき氷を頬張るファルクを眺めながら、何の気なしにポツポツと会話を続ける。
まだ他に客のいない朝の店内で、取り留めのない話を静かに交わす。この時間が、最近のアルメのお気に入りの時間となっている。
新しい友人との新しい時間は、アルメにとってかけがえのないものになりつつある。――自分だけでなくファルクにとっても、この時間が良いものであれば、と願うのは、押しつけがましい想いだろうか。
かき氷を平らげると、ファルクは会計を済ませて店をあとにした。もちろん、新しいポイントカードを受け取って。
彼が店から出た時に、ちょうど入れ違うように別の客が入店した。
女性二人組の客は、すれ違ったファルクの背を追うように見つめて、惚けた声音で呟いた。
「わ、今の人、格好良かったね」
「なんかどこかで見たことある気がする」
「いや、あんな人周りにいないでしょ」
笑い合う女性客の会話を聞いて、アルメもつられるように、不思議な心地が胸に湧いた。
(どこかで見たことある、か……。そういえば私も、ふわっとそんな気がすることが、たまにあるような……)
なんだか曖昧な心地に首をひねってしまったけれど、ひとまず接客へと気持ちを切り替えることにした。
 




