終章 アイス屋さんの結婚パーティー
よく晴れたある日のこと。
眩しい日差しが降り注ぐ路地奥の小広場では、城下の民のささやかな結婚パーティーが開かれようとしていた。
縁を結んだのは、広場の一角にある人気のアイス屋の店主アルメと、その店の常連客であるファルク。
祝いとお披露目の会として、小広場を貸し切って催しを執り行うことになったのだった。友人知人、ご近所さんを集めての気楽なガーデンパーティーだ。
店のテーブルはすべて外に出されて、てんこ盛りの料理にフルーツやお菓子、酒やジュースがズラリと並べられている。
「――うん、いい感じ」
すっかりパーティーらしい見栄えになったテーブルと、集まりだした人々を見回して、パーティーの主役――アルメはしみじみと感慨にふける。
前にエーナとアイデンの結婚パーティーに出席した時に、『いつか自分もこういう賑やかなパーティーを開けたら――』なんてことを、ぼんやりと想ったものだけれど、こうして夢を叶えることができるとは。本当にありがたく、嬉しい限りである。
料理を並べ終えて一息ついていると、共にせっせと準備に勤しんでいたファルクも手を休めて、話しかけてきた。
「アイスはいつ頃出しましょう? 乾杯の後、少ししてから、という感じでしょうか?」
「そうですね。メインのアイスケーキをいただいた後にしましょうか。料理のお皿が減ってきたら、こっちのテーブルをアイスカウンターにして、みなさんにワッと出すようにして――」
ちょっと一休みしつつ、店先でこの後の流れを確認する。
本日は祝い日ということで、パーティーに集まってくれたゲストたちはもちろんのこと、店を訪ねてきたお客や通りすがりの人々にも、無料でアイスを振る舞う企画を用意してある。
従業員や友人たちの協力のもとで催される、アイス屋のスペシャルサービスデーだ。
大々的な事前告知などはしていない当日イベントなので、たまたまめぐり合えたらラッキー、くらいにとらえてもらおうと思っていた企画なのだけれど。思っていたより話の拡散が早いようで、小広場には早くも、ワラワラと人々が集まり出している。
(アイスは足りるかしら? あんまり人が増えると、混雑もちょっと心配ね。それに――……)
徐々に増えていく待機客を見回して、アルメはう~んと考え込む。
主催として、パーティーの進行など、諸々気を使うところだけれど……もう一つ、気にかかることがある。――ファルクの身バレについてだ。
今、アルメは普段通りの格好をしているが、ファルクは茶髪茶目の変姿魔法を用いた姿でいる。格好はラフなシャツにズボン、首には揃いのネックレスと、変姿の魔道具を重ねてつけている。いつも店を訪れる時の常連客としての姿だけれど……手首には例の青いブレスレットもつけている。
『白鷹がアイス屋をひいきにしている』という噂が、街にすっかり広まっている今、身バレが怖いが……ブレスレットも街で大流行りしているところなので、まぁ、大丈夫か……。
今や誰もが身に着けているアクセサリーなので、白鷹特定の材料にはなり得ない……と、信じたい。
せっかくの祝い日なので、ヒヤヒヤする気持ちは脇に置いておこう……。
そんなアルメの心境をよそに、ファルクは手放しで心弾ませている様子。
彼と同じように、集まってくれた友人たちもウキウキと明るい笑顔を見せている。準備を手伝ってくれているエーナとアイデンが声をかけてきた。
「アルメ、お料理のテーブルの支度はもうばっちりよ! 朝ご飯を抜いてきた、なんて人もいるみたいだし、テーブル開放してもいいかしら」
「えぇ、そうね。それじゃあ、そろそろパーティースタートってことで!」
「よっしゃあ!! カンパ――イ!!」
周囲に向けて、どうぞ! と手を広げてみせると、集まっていたゲストたちがテーブルに寄ってきた。
アイデンはいち早く乾杯の大声を上げて、早速、酒を煽っていたけれど、その随分と前から既に酒が入っているので、今更感に笑ってしまった。
庶民のゆるいパーティーなんてものは、始まりも終わりも適当でいいのだ。
こうして気楽なガーデンパーティーがゆるりと始まり、各々自由にテーブルの料理を取り分け始める。
そんな中、突如として料理のテーブルの上にキラリと光が舞い、皿の間をヒョイヒョイと飛び回って店の中へと去っていった。
(あの光、スプリガンさん? ふふっ、つまみ食いかしら)
どうやら店の金庫守りの精霊スプリガンが、料理をつまみ食いしにきたらしい。目にも留まらぬ速さでミートパイやフルーツをかじり、ささっと持ち場に戻っていった。
その途中、精霊は店先に飾られているアイスケーキにも寄り道をして、つまみ食いをしていったみたいだ。
ケーキテーブルのセッティングをしていたコーデルとリトが、走り抜けた精霊の光に面食らっていた。
「わっ、びっくりした~! って、やだ……! ケーキの飾りかじられてない!?」
「あらあら。やられちゃったわねぇ。どうしましょう、砂糖のお花で誤魔化しておきます?」
この一際目を引く華やかなアイスケーキは、コーデルとリトが二人で作り上げてくれたプレゼントである。
真っ白なケーキには繊細なクリーム細工が施されていて、これまた真っ白な食用花が美しく飾り付けられている。
三段重ねのケーキの頂点には、白鷹ちゃんアイスがわらわらとたくさん載せられている。が、ちょうど真ん中の一つが、頭の端っこをかじられてしまったみたい。
リトの提案を受けて、コーデルがケーキの後ろのほうから砂糖花の飾りを摘まみ上げ、白鷹ちゃんの欠けた頭に配置し直す。つまみ食い部分は上手く隠されて、ついでに白鷹ちゃんが可愛らしい見た目になった。
そのケーキの隣には、ポップなイラストのウェルカムボードが設置されている。ここにも白鷹ちゃんが描かれていて、さらには隣に寄り添うように『アイスの女神』のデフォルメイラストも描かれている。
ウェルカムボードの前には近所の少女たちが集まっていて、カラフルなイラストを観賞して『可愛い!』と、はしゃいでいた。
脇のほうでその様子をうかがいながら、作者のタニアがソワソワとしている。前髪で顔を隠しているけれど、口元は緩んでいて、嬉しそうな表情が見て取れる。
彼女の面持ちを見ているうちに、こちらまで頬が緩んできた。――と、そうしていると、さらに頬を緩めてしまうような、素敵なプレゼントを受け取ることになった
こちらに歩み寄りながら明るい声をかけてきたのは、シトラリー親子――工房長とカヤだ。
「やぁ、こんにちは! お二人とも、ご結婚おめでとう! 楽しき新生活の中で何かご入用でしたら、この先もどうぞ、シトラリー金物工房をごひいきに!」
「アルメさん、ファルクさん、おめでとうございます! こちらは私たちからのプレゼントです!」
挨拶と共に差し出された布包みの中には、金細工の髪飾りとブローチが収められていた。同じ花のデザインで、それぞれ女性用と男性用――アルメとファルクが揃いでつけられるアクセサリーだ。
「ありがとうございます! わぁ、可愛い!」
「えへへ、私がデザインしまして、お父さんと一緒に作ってみました!」
「とても素敵ですね! ありがたく、身を飾らせていただきたく存じます」
ファルクはシャツの胸元にブローチを飾り、アルメも髪飾りを身に着けようと手に取った。
「ちょっと鏡を見てきますね――……あ!」
店内の鏡のもとへ向かおうとしたけれど、一歩を踏み出したところでまた友人の姿を見つけた。
庶民の友人知人たちが集まる中、とびきり目立つドレスを身にまとって現れた貴族令嬢は、ブライアナだ。
彼女はスカートを持ち上げて、優雅に――いや、騒がしい高い声で挨拶を寄越した。
「ご機嫌麗しゅうございます! アルメさんに白……し……ファルク、様! ご結婚おめでとうございます! というか結婚パーティーと聞きましたから、わたくし、会場はお城か大教会か、と構えておりましたのに! お店の前でガーデンパーティーって……! もう少し見栄をお張りになっては!? まったく……こういう機会でもないとドレスを新調できないものですから、ちょっと贅沢なお買い物をしてウキウキと準備しておりましたのに! わたくしのドレス、完全に浮いてしまっているじゃない……!! もうっ!!」
「ええと、お祝いいただきありがとうございます。ブライアナさん、落ち着いてくださいませ……どうどう」
「改まった式などは、また別の機会に執り行う予定ではいます。身分柄、一応体裁もありますので」
ファルクがコソリと小声を返すと、彼女は留飲を下げたようで、気を取り直してプレゼントを渡してきた。
「あら、そうですのね! その時には、どうか我がオードル家もお招きいただきたく、お願い申し上げます……! と、根回しは置いておき、こちらをお受け取りくださいませ。お祝いのお品を」
「ありがとうございます! ――わ、綺麗な髪飾りとラペルピン!」
「わたくしが飾って差し上げましょう。ちょっと横を向いてくださいませ」
彼女からのプレゼントは、アルメには髪飾り、そしてファルクにはラペルピン――衿に飾る小ぶりなブローチだった。
ファルクはまたウキウキと衿につけて、金物工房からのプレゼントと並べて、シャツを飾る。アルメもブライアナにお願いして、もらった髪飾りを二つ並べてセットしてもらった。
気安い街角パーティーということで、なんてことない普段着姿だったけれど、プレゼントの飾りによってパッと華やぎ、主役らしい見た目になった。
そうして装いが整えられたところで、また、小広場の奥から歩いてくるゲストの姿を目にとらえた。老人と若い眼鏡の男性の二人組――ルーグとカイルだ。
いつもの神官服ではなく、彼らも庶民らしい軽やかな服装をしている。お忍びで来てくれたみたいだ。
アルメは慌ててスカートを持ち上げて、貴人に対する礼の姿勢を取ろうとしたが、その前にルーグに制された。
「これこれ、そうかしこまった挨拶をされたら、忍んでいる意味がなくなるだろうて。ワシらのことは通りすがりの民とでも思って、気安く接しておくれ」
「ご結婚おめでとうございます、ファルケ……いや、白……じゃなくて、ええと、せ、先輩……と、アルメ様」
「ふふっ、どうぞファルクと気安くお呼び捨てください、カイルさん。というか、お二人とも、まさかおいでになられるとは! 感謝申し上げます!」
「この身分を得てからというもの、城下のパーティーとはとんと縁遠くなってしまったからのう。なかなかない機会じゃから、楽しませてもらおうと思ってな。仕事を放り出して来てしまったよ。二人とも、改めて、結婚おめでとう!」
ルーグはお茶目な笑みを浮かべて、祝いの言葉を贈ってくれた。そうしてさらに、彼はプレゼントと一緒にアルメにカードを手渡してきた。
「こちらが祝いの品と、それからこれは軽食屋の彼女からのカードじゃ」
「メルシャさんから? ありがとうございます!」
中央神殿の旧玄関の軽食屋の店主、メルシャからメッセージカードを預かってきたらしい。受け取ったカードを読んで、アルメはほっこりと心を和ませた。
こうしたメッセージカードは他にも、たくさんの方々からいただいている。
革細工工房の主人やガラス工房の主人、絵画工房でお世話になったベステル先生、高台の焼肉屋の女性店長、オードル家の当主ジャロン、エルト・マルトーデル村の村長ルドとティダ、などなど。
いきつけのデュリエの美容室や、以前来店したドレス店からは、お祝いクーポンなんかも届いている。
それから、大陸南端の修道院に入って祈りの日々を過ごしている、妹のリナリスからもメッセージカードが届いた。
あれから彼女とは定期的に文通をしている。あの事件以来、すっかり姿が変わってしまった妹だけれど、練習の末に筆をとれるようになったらしい。
最近は氷魔法補充の奉公などをこつこつと頑張っているそう。
閉鎖的で静かな修道院の中での暮らしは、存外充実しているそうで、社会の中で激情に翻弄されることもなく、以前よりも心穏やかに暮らせているとか。
さらに、数日前には城から使者が来て、キラキラの金箔飾りのカードまで受け取った。聖女ミシェリアと、王子アーダルベルトからの祝い状だ。
そして小さな聖女ルーミラからは大きな画用紙が届き、元気いっぱいのお祝い似顔絵イラストを拝受した。
アルメの似顔絵は花飾りがモリモリで、大変鮮やかで可愛らしかったのだけれど……ファルクはヒヨコとして描かれていて、アルメに鷲づかみにされている、という斬新な構図であった。
――と、ありがたいことに、縁ある人々から色々な祝い状をいただいている。
ちなみにベアトス家のダネルからもカードが届いたけれど、彼からのカードには極めて模範的な、当たり障りのない内容が綴られていた。
アルメの結婚相手について、既に何かを察しているのか……余計な言葉を省いて、無難なものを送ってきたという印象だ。
数々のメッセージカードに思いを馳せながら、メルシャのカードにも目を通し終えた。
飛ばしていた想いを現実に戻すと、近くで豪快に酒を煽り飲んでいる、男女二人組――ジェイラとチャリコットの話し声が耳に届いた。
姉弟は早々と料理にありつき、飲み食いを楽しみながら、誘い集めた軍人仲間たちと気安いお喋りに興じている。
「アイデンとエーナちゃんに続き、アルメちゃんとヒヨコ野郎も結婚か~。やっべぇな~、周りがどんどん既婚者になっていく」
「そのうち子供ができて子育てトークとかで盛り上がるようになったら、いよいよ独り身は置いてかれるよなー」
「え~やだぁ。つるむ相手いなくなりそ。姉ちゃん、俺が結婚するまで独身でいて」
「断る!」
弟のお願いをばっさりと切り捨て、ジェイラは小広場の端に目を向けた。
ちょうど路地から顔を出したシグを見つけて、彼女は大きく手を振り名前を呼ぶ。
「あっ! おーい! 隊長――! こっちこっちー! 一緒に飲みましょー!!」
シグはローブのフードを被ってこっそりと現れたが、ジェイラの大声で人々の目を集めてしまった。
身を小さくしてそそくさと歩み寄り、あきれた息を吐く。
「……こら、大声を出すな。私が目立ってしまったら、彼の身分も疑われる恐れがあるだろうに……。一応、お忍びのパーティーなのだろう?」
ルオーリオ軍の隊長がわざわざ祝いに来た、となると、よからぬ勘ぐりをする民たちが出てくるかもしれない――という配慮で、シグは身を隠してきたとのこと。
けれど、残念ながら。そんな隊長と軍関係者たちのやり取りは、既にばっちり盗み聞きされているのだった。
一団のすぐ近くには、素知らぬ顔をして酒のグラスを傾ける、真っ赤な口紅の女性記者の姿――。
記者ミランダは美しく彩られた唇の端をクイと上げて、コソリと笑みを浮かべた。
「お忍びのパーティー、ね。アイス屋常連客の茶髪男の正体を疑っている人は、それなりに多いけど」
呟き声は、ワイワイと盛り上がる広場の賑わいにかき消される。
一庶民のパーティーとは思えないほど、人の数が増していっているように思えるのは、きっと気のせいではないだろう。
よからぬ勘ぐりに興じる人々も集まってきている、とミランダは推察している。恐らくは自分の同業者――どこぞの記者なんかも紛れているに違いない。どこから噂を聞きつけてきたのか、フットワークの軽いこと。
「さて、彼はこのパーティーで城下の民にも縁を公にするのか、それとも密やかな付き合いを続けるつもりか。見届けさせてもらうわ」
もうすっかりグルメライターの肩書きを得ている身だけれど、今日ばかりはゴシップライターに返り咲くとしよう。
ミランダはニヤリと笑う。――その横を、大荷物を持ったゲストの男性二人組が通り過ぎた。
強面のワッフル屋の店長と、若い店員ジェフが顔を出して、アルメたちに声をかけてきた。
「こんにちは! ご結婚おめでとう、ティティー殿! あぁ、いや、お名前はティーゼに変わるのだったか」
「おめでとうございます! これはプレゼント兼、差し入れのワッフルです。店長ったら張り切っちゃって、ちょっと作りすぎた感があるので、振る舞い料理の足しにでも。ええと、お皿借りてもいいですか?」
ジェフが苦笑を浮かべて荷物を下ろし、山盛りのワッフルを披露した。
カヤがもじもじアワアワと寄ってきて、彼を手伝い、一緒にワッフルをテーブルの皿にディスプレイしていく。
微笑ましい共同作業を見守りながら、アルメは店長にお礼を言う。
「こんなにたくさん……! ありがとうございます! 思っていた以上に人が集まってきているので、とても助かります」
「さすがに作りすぎたかと思ったが、この賑わいならば、問題なさそうだな! にしても、ささやかなパーティーと聞いていたが、結構な規模じゃないかい?」
「そ、そうですよね……私としても、ちょっと想定以上で……」
店長は小広場をぐるりと見回し、つられたアルメも同じように見回す。気のせいだと思い込もうとしていたけれど……明らかに、人の入りが良すぎるような。
友人がそのまた友人を連れ込んだり、酔ったノリで通りすがりの人々まで招待してしまったり――という流れで規模が大きくなっていく、というのは、ルオーリオの陽気な庶民パーティーあるあるなのだけれど……それとは違う熱量を感じる。
何だかお祭り会場のような混雑を見せ始めている小広場の人々の視線は、時折チラチラとファルクに向いている。
勘ぐるような好奇の目。何かを期待するような目に見えるけれど……彼らの目的は考えないようにするべきか。
アルメは余計な考えを振り払おうとしたけれど、子供たちの元気な声が耳に届いたことで、まざまざと突きつけられることになった。
「アイス屋の噂が本当なのか、賭けようぜ! 俺はあの男の人の正体が白鷹様だってのに百G賭ける!」
調子の良いはしゃぎ声を上げたのは、豆屋の少年だ。学院の友人たちと祝いに来てくれたらしい。が、完全にお遊びモードに入っていて、声の大きさに考えが及んでいない様子。
彼の友人たちもノリノリで盛り上がっていた。
「じゃあ僕も百G賭ける!」
「えー、髪の色も目の色も全然違うじゃん! 俺は別人に賭けるね!」
(しょうもない遊びに使われてる……)
思わずガクリと体を傾けてしまった。
少年たちのノリに遊び心を刺激されたのか、周囲の大人たちまで密かに賭け事に興じ始めている……。
当のファルクは面白そうな顔をして聞き耳を立てているけれど、アルメは遠い目をしてしまった。
と、そんな視線の先に、また新たなゲストたちの姿をとらえた。カフェ・ヘストンのウィルとアリッサと、彼らの家族たちだ。
夫婦はアルメとファルクに花束を差し出して、にこやかに祝いの声をかけてきた。
「こんにちは。ご結婚おめでとう! やぁ、よい天気になってよかった。大賑わいだね」
「お二人とも、おめでとう! ふふっ、思えば、アルメさんとのご縁のきっかけも、この広場だったわね」
「綺麗なお花をありがとうございます。そういえば、そうでしたね。あの強盗事件の夜には、本当にお世話になりました」
「いやはや……どういうきっかけで縁が繋がるか、わからないものですね」
アルメとファルクは苦笑しつつ、夫妻との出会いのきっかけ――去年の夏の事件に思いを馳せる。
強盗の襲撃を食らってズタボロになっている時に、夫妻が警吏を呼び、怪我の手当てを手伝ってくれたのだった。
「若い娘さんが襲われるなんて、とんでもない事件だわって、あの時は心を痛めたものだけれど……。アルメさんに素敵な騎士ができて本当によかったこと」
「頼もしい騎士であれるよう、この先も努力して参ります」
しみじみとするアリッサに、ファルクが決意に満ちた声で言葉を返した。
夫妻と挨拶を交わした後、彼らの息子夫婦と、孫のアークとアイラとも挨拶を交わす。
双子の兄妹は二人とも大きなカゴを持っていて、中は色とりどりの花びらでいっぱいだ。
アルメが目を向けるや否や、兄妹は待ってましたとばかりにカゴを突き出して見せてきた。
「見て! 綺麗でしょ? いっぱい用意したんだー! チューした時に撒くやつだよ!」
「結婚の約束する時にチューするでしょ? ワァッて撒くから、楽しみにしててね!」
「う、ええと、ありがとう」
無邪気な子供に気圧されて口ごもるアルメに代わり、ファルクが話を続けた。
「それはそれは! ありがとうございます、楽しみです。――では、素敵なプレゼントもいただけるみたいですし、そろそろ皆さまに向けてパーティーのご挨拶でもいかがでしょう?」
「そうですね、お昼の鐘が鳴る前に、儀礼と改めての乾杯をしておきましょうか」
気を取り直してそう答えると、ファルクがアルメの手を取った。
彼に導かれるようにして、小広場の真ん中――花壇の案内板の前へと歩み出る。
本日の主役二人が前に出たことで、これまで自由に飲み食いしていたゲストたちは一斉に目を向けて、待ってましたとばかりに手を鳴らした。
もはや身内のささやかなパーティーというより、お祭り会場と化している広場を見回す。
ファルクと顔を見合わせて、よし! やりましょう! と頷き合った。
広場のみんなに届くように、彼が朗らかな声を上げた。
「皆さま、本日は結婚パーティーにお越しいただきありがとうございます。心安く、楽しい時間をお過ごしいただけましたら幸いです」
「婚姻の儀式をもって、乾杯とさせていただきたく思います。お昼過ぎにはデザートとして各種アイスもお披露目となりますので、よろしければそちらもお楽しみくださいませ」
短い挨拶を終えると、周囲からワッと歓声と口笛、拍手が沸き起こる。
その盛り上がりが落ち着くのを見計らって、ファルクがアルメの前で片膝をついた。
広場の空気は一変して、人々はそっと声を落とし、静かに花婿と花嫁を見守る。
ファルクはアルメに手を差し出して、世に広く親しまれている結婚の誓いを口にした。
「アルメさん、心から、あなたのことを愛しております。空と地をめぐる果てなき魂の旅を、俺と――…………」
なめらかな口上は言葉尻が小さくなり、もごもごとした独り言へと変わった。
「いや、この誓いだと、違えることになってしまう……こういう場で嘘を吐くのは、やっぱり憚られる。俺はもう地に生まれることはないから……、ええと、今生を俺と共に――……これだと口上が短すぎて締まらないだろうか」
結婚の儀式のお決まりのフレーズの途中で、ファルクは悩み出してしまったのだった。
この世界では、魂は地上と天とを繰り返し旅していくと考えられている。
けれど、彼は医神との契約により、もう二度と地上に生まれることがないそう。今生を終えたら、神の眷属として天の国に籍を置くのだとか。
――という自身の事情を踏まえて、口上を変えるべきかと悩み始めてしまったみたい。
ちょっと緊張しながら待っていたアルメは、ふいに気が抜けて、軽く吹き出してしまった。
もう世間でお決まりのフレーズなのだから、そう深く考えずに口にしてしまえばいいものを。生真面目だなぁ、なんてことを思って、つい笑ってしまった。
「ふふっ、難しく考えすぎですよ。お城での御前儀式じゃあるまいし」
「そうでしょうか……。一応、事前に何パターンか考えてはいたのですが……どれもいまいちしっくりこなくて。原点に立ち返って、アレンジなしの口上を述べるべきかと思ったのですが、いざこの時を迎えたら、やはり嘘を誓うというのはどうにも……。すみません……締まらずに……」
「そういう、締まらないところもお慕いしておりますよ。……――ファルクさん、一つ、お伝えしたいことがあります。先にお話ししていればよかったですね」
膝をついたまま迷っているファルクに寄って、アルメはコソリと小声を届けた。
「おかしな秘密を明かすことになりますが……実は私も、あなたと同じです。ちょっと機会がありまして、光の女神様と約束を交わしたことがありましてね。願いを叶えていただく代わりに魂を捧げる、と誓った身なのです。私もあなたと同じように、今生を終えたら永久に、天の国へと籍を置く運命のもとにいます。――どうでしょう。この秘密は、口上の助けになりますか」
小声で口早に告げると、ファルクは驚きに目を見開いた。
信じてもらえないかもしれないけれど、と思いつつ、明かしてみたのだけれど。彼は疑うことなく受け入れて、口上の迷いを晴らしたようだ。
もう一度姿勢を正して、ファルクはよく通る明るい声で、改めて誓いを告げたのだった。
「――愛しのアルメよ。この地で共に生を謳歌し、命を燃やし尽くしたならば、空への旅と天の国での永久の暮らしを、どうか俺と共に」
差し出された手を取り、アルメは返事をする。お決まりのフレーズだけれど、心からの想いを込めて。
「えぇ、ファルクさん。お供いたします。どこまでも、いつまでも。どうか私を、空の果てまでさらってくださいませ」
重ねられた手を強く握り返し、引き寄せ、ファルクは立ち上がると同時にアルメを腕の中にとらえた。
あの日、二人が出逢い、初めて言葉を交わした場所――。
小広場の案内板を前にした、この場所で、アルメとファルクは結婚の儀式を交わし、永久の愛を皆の前で誓った。
かつて白紙になったアルメの未来の予定は、この先ずっとずっと、考えも及ばないほど遠くの未来まで、彼との予定で埋められていく。
こんなに幸せな予定で彩られることになるなんて、思ってもみなかった。人生とは本当に、わからないものである。
……――本当に、わからないものだ。思ってもみないことが起きるのが、人生というもの。
人々の盛り上がりが最高潮に高まる中、ファルクはアルメに口づけを贈る――……前に、満面の悪戯な笑みをもって、変姿のネックレスを外してみせたのだった。
金色の光が舞い、ファルクにかけられていた魔法が解けていく。茶髪は白銀の髪に変わり、茶色の瞳は澄み切った金色に変わる。
彼は真の姿――白鷹の姿を披露して、腕の中にとらえているアルメに口づけを贈った。
その瞬間に小広場に沸き起こった、轟音とも呼べる大騒ぎは、恐らくルオーリオ史に残るのではなかろうか。
広場に集まっていた人々は、各々色々な感情を込めて、凄まじい声を発したのだった。
「うおおおおおおおおおお――――!! 白鷹の野郎、やりやがった――――!!」
「ヒュ――――!! 白鷹様、アルメちゃん、おめでと――――っ!!」
軍関係者たちやお忍び神官たち、事情を知っている店や仕事の関係者たちや友人たちからは、祝福の大歓声が上がった。
「なっ……!? ええええ!? 白鷹様っ!? ええええええ――!?」
なんやかんやと正体を明かすタイミングを逃していた、シトラリー金物工房の親子やワッフル屋、カフェのヘストン一家は、仰天してひっくり返りそうになっていた。
記者のミランダは『っしゃあ! きた!!』とガッツポーズを決めた後、連れていた部下の尻を叩いて出版社へと走らせる。今までグルメレポートと共にこつこつ溜めてきた白鷹記事を、ついに世に出す時がきた。
歓喜の叫びを上げながら、状況をメモするべく手帳にペンを走らせる。
そんな明るい絶叫に混ざって、言いようのない呻き声や、斜め上の黄色い声やらも轟いている。
「やっぱりあの常連のお方は白鷹様だったわ!! 薄々そんな気はしてたのよ!!」
「そっか、白鷹ちゃんアイスってそういうこと!? まじか! いつから!? いつからなの!?」
「あぁ、推し神官様がぁ……結婚……しちゃった……うぅ……おめでとうございますぅ……っ」
「いや、逆に良かったわ……! 気取った貴族のご令嬢なんかと身を結ぶより、よっぽど応援できるわ……!!」
「白鷹様じゃない説に賭けてた人!! 金寄越しな金――っ!!」
祝いの声と、悲鳴と、その他諸々――。あらゆる感情が込められた大絶叫により、小広場は一瞬にして混迷を極めた。
アルメはファルクに抱き留められたまま――いや、拘束されたまま、真っ白になった頭で混沌のお祭り会場を見回す。
アークとアイラがハッと思い出したかのように、カゴの花びらを華やかに撒いてくれた。撒いた、というか、驚きに任せてぶちまけるような勢いだったけれど。
その賑やかしの花びらに加えて、さらに思いがけない花までもらうことになった。
なんと、花壇をグルッと囲うようにして、噴き上げ花火が上がったのだった。花火職人グラントが、サプライズを仕込んでくれていたみたいだ。
繊細でやわらかな妖精粉の花火がキラキラと噴き上がる。子供たちや、事情を知らずに、何かのイベントかと勘違いして寄ってきた観光客たちが、ものすごく盛り上がっている。
大盛況、という名の混沌がさらに極まり、何か事件でも起きたかと、警吏まで駆けてくる始末。
――ささやかな結婚パーティー改め、『愉快な混沌お祭り会場』である。
そんなおかしな大喧噪に誘われて、通りすがりに顔を出してみた占い屋の老婆タタククは、人々の間でしきりに叫ばれている『アルメ』という名前を聞いて、ふと思い出した。
「イッヒッヒ、そういやぁ昔、新しく生まれたお星様の名前に『アルメ』って古言葉を選んでやったことがあったねぇ」
随分と前のことだが、赤子の名付けの相談を持ち掛けてきた、高年の女性客に選んでやった名前も、確かアルメだったか。
アルメ――。
古い言葉で『光を灯す』ことを意味する語。
古来より光は標だ。迷える誰かの心に光の標を灯すような存在となれるように――という祈りを込めて、名を提案してやったのだった。
お客は良い名だと気に入って、笑顔で帰っていったのだったか。
長い占い人生の中の、なんてことないささやかなやり取りの一つ。
小広場で囃し立てられている花嫁の名前を聞いて、すっかり忘れ去っていた遠い記憶が呼び起こされた。
「それにしても、騒がしいねぇ。まぁ、ルオーリオらしくていいことだ」
イッヒッヒと笑い声を上げながら、タタククは小広場の端を陣取って、パーティーの振る舞いのおこぼれに預かることにした。
人々の話を聞くに、何やら昼過ぎに美味しいデザートのサービスがあるのだとか。せっかくなので、つまんでいくことにしよう。
この大騒ぎだと、もう少し、時間が遅くなるかもしれないけれど。
老婆の隣で、同じようにどこからか流れてきた路上演奏家が、馴染みの曲を奏で始めた。
人生は気楽に、愛は真心のままに。心地良い風に乗って陽気な歌が響く。
小広場の賑わいは空へとこだまして、まるで天まで笑っているみたいだ。
今日もルオーリオは素晴らしく良い天気。日差しがあって、暖かで。――暑がりの人には、ちょっとだけ大変かもしれない日。
でも、そんな人ほど、アイスをとびきり美味しく食べられる、そんな日だ。
おしまい
物語にお供いただきありがとうございました。
連載中にいただきました応援メッセージや誤字修正なども、心から感謝申し上げます。
生活が慌ただしく、なかなかメッセージ返信等ができておらず申し訳ございません…;
連載の完走をもちまして、お返事とさせていただきたく存じます。
また、書籍2巻は3月24日発売予定となります。
今回も書き下ろし話やおまけSSがありますので、お楽しみいただけましたら幸いです。
ご縁がありましたら、何卒よろしくお願いいたします。
それでは、
また次の物語を通して、皆さまにお目見えできましたら嬉しく思います。
「氷魔法のアイス屋さん」を読み支えていただき、本当にありがとうございました。




