253 故郷の街
こうして婚約旅行を終えて、また半月ほどの道のりを経てルオーリオに帰ってきた。
気候がまるで違う異郷の風景はとても興味深かったけれど、やはり故郷の青い空と日差し、暖かな風は、肌にも心にも馴染んでホッとする。
「――と、言うわけで、長いお休みをいただきありがとうございました。おかげさまで思い出深い旅行になりました。はい、こちらはお待ちかねのお土産です」
南地区の表通り店にて。開店前の朝早くから、アイス屋一同はワイワイと集まって、テーブルに広げられたお土産を囲む。
酒、お菓子、工芸品、その他こちらにはない珍しい食べ物や、装飾品などなど――。
コーデル、エーナ、ジェイラのいつもの面々は、もはや遠慮もなしにあれこれと物色し、他の従業員たちも楽しげに手を伸ばしている。
土産物と一緒に、帰宅後に仕込んだ大福アイスもお披露目した。
「こちらもどうぞ。向こうでもアイスを作る機会がありまして、新作として大福アイスを作ってみました」
「あら、美味しそう。って、アルメちゃん、旅先でも働いてたの?」
「色々ありまして……出張アイス屋さんを開店させたりしてました。現地の方々にもなかなか好評でしたので、今後お店での提供も考えてみようかと。後でレシピをお教えしますね」
苦笑するコーデルにアルメも笑いを返し、レシピノートを鞄から取り出す。
ガラス容器に詰められた大福アイスを手に取って、ジェイラがムシャッとかぶりついた。彼女に続いてエーナも大福を摘み上げる。
「新作一ついただき~! おぉ! すべすべ、もちもち、美味い!」
「本当、美味しいわね! ――でも、新作のレシピの話もいいけどさ、もっと他に色々あるでしょう? 話すべきことがさ~」
「だよね、なんて言ったって、『婚約旅行』だもんね。素敵な話を期待したいものだわ~」
エーナがニヤニヤとした笑みを浮かべて話題を振ってきて、コーデルまで乗ってきた。
ペロリと大福を平らげたジェイラも加わり、何か『素敵な話』を期待したニヤニヤ顔がアルメに迫る。
「そ、そういう浮ついた話は……いずれ、飲み会とかで……お酒の入った状態で、お願いしたく……」
アルメは湧き上がる照れを氷魔法で冷やしながら、じりじりとにじり寄ってくる面々から顔を背けた。
そうして背けた視線の先――店の窓の外には、大賑わいの風景が広がっている。
朝早くから大通りの沿道は大混雑の様相。というのも、今日この後、ルオーリオ軍が戦に発つのだ。
旅行から帰って早々に、出軍の報が入ったのだった。その見送りも兼ねて、こうして一同が表通り店に集まっているわけである。
アルメは話を逸らすべく、声音を切り替えて、みんなに声をかけた。
「――っと、そろそろ外に出ましょうか! 店先まで人が押し寄せてきてるし、場所を確保しないと!」
話題を変えつつ、店の玄関扉を開け放った。途端に通りの喧騒がワッと入り込んでくる。
アイス屋の面々は店先に木箱を重ねて足場を作り、行進見送りの特等席を確保した。この特等席は、もはや従業員への福利厚生の一部みたいになっている。
隣のケーキ屋の店主リトも顔を出して、隣に木箱を置いて同じように見物台を作っていた。
「こんにちは~! いつもながらすごい賑わいねぇ! ――あら! アルメさんお帰りなさい」
「こんにちは、リトさん。後でケーキ屋のみなさんにも、お土産を差し上げますね!」
「ふふっ、ありがとう、楽しみだわ。今回はあのお方も従軍なさるの? それとも、帰ってすぐだし、お休みかしら?」
「彼も出るそうです。休む間もなく、早々とすっ飛んで行ってしまいました」
「まぁ、忙しない鳥さんだこと」
気心の知れたお隣さん同士で世間話をしているうちに、タニアも一行に合流した。
新たな依頼の打ち合わせをするために来てもらったのだけれど、せっかくなので行進の見物も一緒に、ということで、この時間の集合だ。
「こんにちは、今日も混んでますねぇ。部外者で恐縮ですが、お邪魔します。アルメさん、お帰りなさい。北方旅行はどうでした?」
「一面雪と氷で、まさに別世界でした。色々お土産がありますから、タニアさんも是非お納めください」
「わぁ、ありがとうございます。頂戴します……!」
タニアを木箱の上に引っ張り上げて、改めて通りを見渡してみる。沿道には人垣ができていて、皆、思い思いに盛り上がりながら隊列が来るのを待っている。
人々が身に着けたり、手にして掲げたりしているものは、相変わらず白色の物が多いように見える。白鷹人気は二年目も続いている様子。
何も考えていなかった当初とは違い、ちょっと複雑に思ってしまう部分もあるけれど。でも、街の人々に慕われているのはよいことだ。
本気の恋心をもって白鷹を推している、というご婦人も、いるにはいるのだろうけれど……でも、みんながみんな、そういう気持ちで応援しているわけではないと理解している。
その証拠に、男性や子供たち、パートナーのいる女性だって、白い羽飾りを手にして振っている。節度を保って応援している人々のほうが多いのではなかろうか。
……――と、思いたい。
密かに婚約を結んでしまった身として、少々ハラハラもしつつ……アルメは通りを見渡しながら、軍の隊列が来るのを待つ。
しばらくお喋りをしていると、通りの向こうのほうが騒がしくなってきた。
賑わいは徐々に波のように伝わってきて、周囲の熱気がいよいよ高まる。人々の大声援と共に、ルオーリオ軍が列をなして歩いて来た。
煌びやかな騎士服を着込んで馬を操る隊長に続き、剣を下げた歩きの軍人たちが行進していく。逞しい大きな馬が荷馬車を悠々と引いていき、通りには声援がこだまする。
一隊、二隊と通り過ぎ、見えてきた三隊の先頭で、隊長のシグがマントをひるがえした。
待ってましたとばかりに、姉のリトと、ジェイラが彼に大声を送っていた。
「シグー! 怪我なく無事に帰って、ケーキ屋の倉庫の片付け手伝ってちょうだ~い!!」
「隊長~! 四半期ボーナス出たらパ~ッと飲みに行きましょう! おごりでおねしゃ~っす!!」
リトとジェイラの声援――いや、下心のお願いが聞こえたのかはわからないが……シグはこちらを一瞥しただけで無視を決め込んだ。
二人は声援をブーイングに変えて、去り行く後ろ姿に大声を飛ばしていた。
彼の後ろには剣兵たちが続く。エーナはアイデンの姿を見つけると、手をブンブンと振って声を掛けていた。
「アイデ――ン!! 気を付けてねー!! 戦地に忘れ物しないでよね――!!」
アイデンはこの前の戦で、戦地にシャツを忘れてきたらしい。エーナからしょうもない注意を食らっていたが、当人はまるで気にしていないよう。勇ましい笑顔で拳を掲げ、声援に応えていた。
陽気で大雑把、抜けているところもあるけれど、出軍の時だけはビシッと格好良い姿をしている。
そんなアイデンのすぐ後ろには、チャリコットが歩いている。彼はこちらが声援を送る前に、逆に大きく手を振って寄越した。マイペースな彼らしい振る舞いだ。
隣の同僚に注意されているように見えたが、それすらもどこ吹く風で、ヘラヘラとしたチャラけた笑みを浮かべている。
彼は手を振るだけでなく、投げキスまで飛ばして寄越した。視線の向きから察するに、タニアに向けて飛ばされたものだったのかもしれないが……彼女はさっとコーデルの後ろに隠れてしまったため、彼が被弾することになってしまった。
コーデルとチャリコットは互いに『げ……』というような渋い顔をして、視線を外す。
そんなやり取りに笑っているうちに、三隊の面々は通り過ぎていき、後からは大馬車が続いた。
そうして荷運びの馬車の一団が通り過ぎた後――……大通りに、さらなる大声援が轟く。
女性たちの黄色い絶叫を交えた大賑わいの中に姿を現したのは、従軍神官の隊列だ。
数人の神官たちを率いて先頭を行くのは、白灰色の馬に魔法杖を括りつけた、神殿の王子様――。
白鷹の白銀の髪は、ルオーリオの日差しを受けてキラキラと輝いている。切れ長の美しい金の目が細められて、こちらを向いた。
彼は馬をわずかに沿道に寄せると、片手をこちらにかざして魔法を発動する。キラキラとした癒しの魔力を巧みに操り、光の鷹を作り上げて、こちらに飛ばしてきた。
魔法光の鷹は人垣をふわりと飛び越えて、アルメの前に舞い降りる。そして大きく弾けて、あたりに煌めく光を散らした。
「わ……!」
とても綺麗で、幻想的で、アルメは思わず感嘆の息をこぼした。
――が、これは白鷹による、未だかつてない、とんでもないファンサービスである。周囲の婦女子たちは流れ弾に当たって、『キャ――ッ!!』と、金切声の黄色い悲鳴を上げて倒れていった。
神官が民を倒してどうする、と心の中で突っ込みを入れて苦笑をこぼす。
当の白鷹は素知らぬ涼やかな顔をして、アルメだけを真っ直ぐに見つめていた。この凄まじい賑わいの中でも、どこか神秘的で、高雅な雰囲気を保っている。
こんなに格好良くて麗しい、雲の上の人。――だけど、その実はぽやぽやしていて純朴で、たまにものすごく情けないヒヨコみたいな人。
白鷹の、ファルクの、素顔を誰よりもよく知っているのは、この場にいる他の誰でもない、アルメである。
そう断言できることが、どれほど光栄で、誇らしくて、幸せなことか――。
戦場に飛び立つ白い鷹を、同じように真っ直ぐに見つめて、アルメは大きな声援を送った。
「アイスをご用意してお待ちしております! 帰ってきたら、一緒に楽しみましょうね!」
声は喧噪でかき消されて埋もれていく。けれど、彼にはばっちり届いていると確信できる。
ファルクは胸に手を当て、敬礼を返してきた。その左手には青いブレスレットが巻かれていて、ビーズ飾りが輝いている。
騎士服の衿の下には揃いのネックレスも揺れ、煌めいているのだろう。
彼は馬を操り、街の人々に惜しみなく凛々しい姿を披露して、颯爽と歩き去っていった。
次第にルオーリオ軍の隊列は遠のき、アルメとファルクの距離は大きなものになっていく。
もう手を伸ばしても、走っても、追い付けないほどに遠ざかってしまったけれど。――でも、心は限りなく近くにあると感じる。
空がどこまでも、途切れることなく繋がっているのと同じように、二人の心はしっかりと繋がっている。そう、信じられる。
鷹は必ず舞い戻るだろう。ひいきにしているアイス屋の店主のもとへ。
彼がのんびりと羽を休めてヒヨコになれるように、とびきり美味しいアイスを仕込んでおかなければ――。
想いをめぐらせて笑みをこぼしたアルメに、ルオーリオの燦々とした陽の光が降り注ぐ。
アルメとファルク、二人を繋ぐ大きな架け橋となるかのように、青い空は果てなく、どこまでも広がっていた。
(5章 おしまい)




