251 聖女のおやつに副都土産を
聖女ゼリアラの思い付き――と言う名の命令を受けて、急遽、ベレスレナ主城でも出張アイス屋さんを開店することになってしまった。
ルオーリオでもそうだったけれど、聖女たちは各々、思うがままに振る舞うマイペースなところがある。
ゼリアラ曰く、『聖女は生まれながらにして、女神の眷属として自由のない魂を押し付けられているのだから、地上ではちょっとくらい気ままに振る舞ってもいいだろう』とのこと。
なるほど、そういう想いに基づいているのか、と納得しつつ……アルメは遠い目をして厨房に移動した。
今回は作り手として直接仕事をするわけではなく、現場監督のような立ち位置だ。
城の料理人たちに指示を出し、厨房にある道具や材料を使って、副都土産としてアイスをこしらえる。
ラルトーゼ家で作った時に、ベレスレナの食材事情などについて話を聞いておいてよかった。まさかあれが予行演習になるとは……。
聖女からの命をもって、早速、あれこれと指示を出し、作業テーブルの上に材料を用意してもらった。
牛乳、もち米、コーン粉、夜豆、砂糖、などなど――。
諸々の材料を見回して、ファルクが自信に満ちた声で言う。
「ははぁ! この材料、お作りになるのは大福アイスですね!」
「残念。モナカアイスを作ろうかなと思っています」
「……外しました」
答えを外したファルクは恥ずかしさを誤魔化すように、大きな体をしゅんと縮こめた。
アルメはシェフたちを指揮して、アイス作りをスタートする。
「では、よろしくお願いいたします。まずはミキサーで米粉を作っていただいて、コーン粉と混ぜて、水を加えてこねていただき――……。あと、同時進行で夜豆の砂糖煮を――……」
「ミルクアイス作りは俺が監督いたしましょう。こちらの牛乳を鍋に――……」
班を分けて、アルメはモナカ皮と夜豆餡の調理を指揮し、ミルクアイスのほうはファルクに任せることにする。
餡の鍋に目を配りつつ、肝となるモナカ皮作りに注力する。米粉を使った生地ができたら、焼き型に入れて押し焼いていく工程に入るが、当然ながらここには専用の型などはない。
なので、ベレスレナの伝統菓子――マドレーヌとクッキーの間のようなお菓子を作る時に使う型を、代用させてもらうことにした。
大きな魚の形をしている、とても可愛らしい型だ。前世にあったお菓子――たい焼きに似た形のモナカ皮を作れそう。
魚の焼き型に生地を置き、上にもう一つ型を被せて生地を押し広げ、オーブンに入れる。
「ふふっ、これ、上手く焼けたら可愛い『たい焼きモナカアイス』ができますよ」
「たい焼き? ――って、確か母の料理リストにもそういう名前がありましたね。そうか、これがたい焼き……!」
ファルクはすぐに思い至ったようで、目を輝かせてオーブンを覗き込んだ。さすが神官様、記憶力に優れている。彼のことだから、もう手帳のリストを全部覚えていそうだ。
そうして皮が焼き上がるのと時を同じくして、ミルクアイスと夜豆餡もできあがった。
「餡の熱を取って、ミルクアイスと一緒にモナカ皮に挟み込んだら完成です。――けど、今回はもう一味足したく思います。こちらのバターも追加で」
具にバターも追加しておく。餡とバターは最高に合う組み合わせの一つである。――と、アルメは信じている。
そこにミルクアイスも加われば、まず間違いなく素晴らしい味わいとなることだろう。
魚形のモナカ皮に、ミルクアイスと餡、バターが盛り付けられて、もう一枚の皮で閉じられた。
これらは聖女にお披露目される前に、試食の係に通されるとのこと。数個、同じものを作り上げ、皿の上に魚形アイスがズラリと並べられた。
「たい焼きバター餡モナカアイス、完成です!」
「……!!」
ファルクはその出来の良い頭脳をもって、味をばっちり想像してしまったのだろう。食べてもいないのに、心底美味しそうな顔をして喉を鳴らしていた。
そんな彼に、アルメはさらにもう一つ仕掛けがあることを言い添えておく。
「と、まぁ、一応これで完成ではありますが、実はもう一つ、お召し上がりになる前に工程があります」
「おや、まだ工程が? 何でしょう? フルーツを添えるとか?」
「ふっふっふ、不正解。なんと、このモナカアイスを――……焼きます」
「や……えっ? アイスを、焼く……!?」
モナカアイスを焼いてから食べる、という方法が、アルメの前世にはあったのだ。が、話を聞いたファルクは、とんでもないことだ、と目をむいてしまった。
ギョッとする彼を横目に、アルメはシェフたちに話を通す。
「焼くのはお召し上がりになる直前がよろしいかと思います。こう、あぶるような形で」
「ええと、では、火魔法士のシェフをつけましょう。まずは係の者による試食の時間をいただきますので、済み次第、改めてお呼びいたします。その間、こちらのお菓子は氷魔石で冷凍しておく形でよろしいでしょうか?」
「はい、そのようにお願いいたします。溶けないように、しっかりと」
やり取りを聞きながら、ファルクは怪訝な顔をしていた。『溶けないよう冷凍保存しておくのに、結局この後焼いてしまうのか……?』という、矛盾に対する困惑の視線を感じる。
まぁ、実際に目にすれば雰囲気がわかるだろう、ということで、この場では答えずに流しておく。
厨房から別室に移動して、しばらくの待機の後――。
試食とやらが終わったらしく、アルメとファルクは聖女が待つ部屋へと案内された。
それほど広くもなく、かといって狭くもない、居間もしくは談話室といった雰囲気の部屋だ。
優美な内装の室内には丸テーブルが一つと、椅子がいくつか。その一脚に聖女が座っていて、おやつを心待ちにしていた。
アルメとファルク、そして火魔法士のシェフと、聖女の側仕えたちがテーブルの側に控える。
ほどなくして、使用人が聖女のお茶の支度を済ませて、先ほど作り上げたアイスがテーブルに運ばれてきた。
被せられていたクローシュ――金属の蓋が取り払われると、中からひんやりとした冷気が漏れ出す。アイスに添えられていた氷魔石も下げられて、いよいよお披露目となった。
ファルクは姿勢を正して、アイスの名を伝える。
「お待たせいたしました、こちらが副都ルオーリオで人気の、モナカアイスなる氷菓でございます。此度は特別仕様とのことで、『たい焼きバター餡モナカアイス』とのこと」
ゼリアラは魚形のお菓子を見つめて、ふむふむと副都土産を評価する。
「ふむ、これが副都で人気のお菓子かい。お魚形の焼き菓子はベレスレナでも馴染みだけれど、これはなんだか趣が違うねぇ。皮の生地が違うようだし、魚の身が随分と分厚いこと。中に何か入っているね?」
アルメが身を低くしながら、聖女の問いに答えた。
「皮は米粉でお作りいたしました。中には甘いミルククリームを凍らせたアイスと、砂糖煮の夜豆、バターが入っております。保存に際してカチカチに凍らせておりますが、今からシェフが火を入れますので、焼きたてをお召し上がりくださいませ」
説明を終えると、控えていた火魔法士のシェフが聖女のテーブルに寄る。
「それでは、失礼いたします」
シェフは皿の上のたい焼きモナカアイスに向けて手をかざし、魔法を発動させた。
巧みに調整された穏やかな火が走り、たい焼きモナカアイスの表面を撫でていく。カチカチに凍っていた皮がチリチリとあぶられて、徐々に焦げ色に変わっていった。
目の前で焼かれるアイスを、聖女は楽しげに眺めているが……彼女とは正反対のハラハラした面持ちで、ファルクは小声を寄越す。
「なんということでしょう……アイスに火が……。これ、大丈夫なんですか!?」
「ファルクさん、前にかぼちゃアイスをお食べになったでしょう? あれと同じような感じですよ」
「あ、あのホクホクのかぼちゃアイス……! なるほど、そういう趣のアイスですか……!」
ほくほくの熱と、冷たいアイスの不思議な組み合わせ。前にファルクの療養中に出したかぼちゃアイスと、似たような雰囲気だ――ということを伝えると、彼は納得したように表情を改めた。
そんな小声を交わしているうちに、モナカ皮はすっかりこんがりとして、香ばしい匂いが部屋に満ちていく。さらには中のバターも溶け出して、香りに彩りを添える。
食欲をそそられる、たまらなく美味しそうな匂いに包まれたところで焼き上がり――完成だ。
どうぞ、お召し上がりくださいませ、とシェフが声を掛けて、ゼリアラがナイフとフォークを手にした。
「なんていい香りだろう。それでは、いただこうか」
焦げ色のついた魚型のモナカ皮にナイフを入れる。パリッと軽やかな音を立てて皮が割れて、中からほどよく溶けたミルクアイスとバターが、トロリと流れ出てきた。
バターをまとった夜豆餡とアイスを、モナカ皮で絡め取り、フォークに載せてパクリと頬張る。
もぐもぐと咀嚼して、飲み下し、ゼリアラは感嘆のため息を吐いた。
「はぁ~、これはまた! なんとも美味しいこと! 夜豆はバターに合うんだねぇ。それに、このミルクアイスとやらも素晴らしく相性がいいようだ。長く生きてきたが、こういう組み合わせの料理は初めて口にしたよ。あぁ、本当に美味だこと」
ゼリアラは上品に、それでいて大きめに一口分をすくい、頬張っていく。
控えている面々は見守りに徹するのみだが……ファルクはものすごく食べたそうな顔をして、目をしぱしぱさせていた。
アルメはコソリと小声をかける。
「よだれ、垂らさないでくださいませね」
「……さすがに……わきまえております」
彼は唇を引き結んで、湧き上がる食欲――アイス欲にひたすら耐えていた。
ゼリアラに、無事、ルオーリオ土産を気に入ってもらえたみたいで、アルメはホッと胸をなでおろす。
彼女はペロリと完食すると、お茶をすすりながらしみじみと言ってのける。
「先ほどは、もう毒をくらったって構わない、なんてことを言ってしまったけれど……やっぱり長生きはするものだねぇ。世には、まだわたくしの知らぬ美味しいものが山ほどあるらしい。ふふっ、あと十年は生きてやろうかね。食らい尽くしてやらないと」
そんな独り言めいた言葉をこぼした後、おもむろに、控えているファルクに目を向けて言う。
「ファルケルトよ、お前も長く生きるんだよ。胸の灯火を存分に燃やし、大いなる明かりを携えて、目一杯、世を楽しむがよい」
ファルクは深く深く頷き、心からの敬意をもって、うやうやしく礼を返していた。




