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250 ベレスレナの守護聖女

 夜会から数日を空けて、今回の旅の目的である聖女への拝謁の日を迎えた。


 ベレスレナは地形が複雑なので、聖女の結界魔法が届かない集落も多いとのこと。できる限り広く魔法を届けるために、聖女は各所の城を移動しながら過ごしているのだとか。


 ファルクがお世話になったという聖女も、高い歳ながら未だ現役の守護聖女として移動暮らしをしているそう。

 とはいえ、他に若い守護聖女もいるそうなので、そろそろお役目を終える話も出てきているらしい。


 そんな老聖女が、山奥の城から街の真ん中にある主城へと帰ってくるのが、本日午前の予定とのこと。


 主城へ向かう馬ソリの中で、アルメはファルクから聖女まわりについての説明を聞いた。


 当初の予定では拝謁はファルク一人で――という話だったのだけれど、ちょうどドレス一式を買いそろえたことだし、伴侶としてアルメも挨拶をさせてもらうべく、同席の流れとなった


 先日の夜会で、思いがけず魔物だなんだという話も聞いてしまった後だし。気持ちを(きよ)めるためにも、二人で魔祓いの魔法をいただいておこう、ということもあり。


 あれこれお喋りをしているうちに主城に到着し、二人は案内を受けて謁見の間へと歩を進めた。


 

 時刻は昼前。聖女は半刻ほど前に帰ってきたばかりだと聞いたが、既に広間の豪奢な椅子に腰を掛けて、二人を待っていてくれた。


 極北の街ベレスレナの守護聖女――ゼリアラ・トト・グラベルート。

 

 銀色の髪を頭の頂点で華やかな飾り結いにしていて、ドレスの上には色鮮やかな上着を重ねて羽織っている。老齢ながら美しく、煌びやかな聖女だ。

 ルオーリオの前守護聖女よりも歳が高いように見えるが、体格が良くてガシリとしている。


 彼女は敬礼の姿勢を取ったファルクとアルメを前にして、移動の疲れをこれっぽっちも感じさせない大らかな笑顔を見せた。


「あらぁ、あらあら! ファルケルトよ、久しぶりだこと。遠路はるばる、よく帰ったねぇ。隣の娘は? お前のよい人かね?」

「お久しぶりでございます、ゼリアラ様。お疲れのところ、お時間をいただいてしまい誠に恐れ入ります。謁見をご快諾いただき感謝申し上げます。こちらは我が妻となります、アルメと申します」


 ファルクの紹介を受けて、アルメは改めて身を低くして敬礼の姿勢を取る。


「それはそれは、なんともめでたいこと! 此度(こたび)の帰省は結婚報告かい? わざわざありがとうねぇ。はっはっは、それにしても、副都から極北まで顔を見せに来るなんて、元気だこと! いやぁ、若さだねぇ~!」


 聖女ゼリアラは自身の膝を叩いて楽しげに笑い声を上げる。――こんなことを言っては不敬極まりないけれど、なんだかちょっと『親戚のおばちゃん』的な雰囲気をまとっている人だ。


 こうして城に上がる機会を得て、実際に関わるようになる前は、聖女という身分の人々は皆、厳かな雰囲気をまとっているものだとばかり思っていたけれど、実際は人それぞれのよう。


 ケラケラと結婚をもてはやすゼリアラに、ファルクは照れを見せつつ――……躊躇いがちに、本題へと話を進めた。


「ええと、結婚報告も兼ねての帰省ではありますが……一番にお伝えしたいことは、『お礼』でございます。この度はゼリアラ様に、幼少の頃に目をかけていただいていたことへの感謝を申し上げたく、参った次第であります」

「あらあら。もしかして、あれかい? 赤子の頃のあれそれのことかい?」 

「はい。恥ずかしながら、今まで知らずにいたのですが……魔祓いなどでお世話になっていた、ということを、つい最近ルーグ・レイ様からお聞きしまして……。大変遅くなりましたが、その節はありがとうございました。心から感謝申し上げます」

「はっはっは、相変わらず律儀な子だねぇ」


 ファルクはビシリと敬礼をして、感謝の意を伝えた。


 今更ながら生まれに関する諸々の話を知った、ということを語った後、彼は迷いながらも問いかける。


「……――そういうわけで、遅くはなりましたが、ちょうど人生の区切りとなる今、ルーグ様やラルトーゼ家のご当主から、生まれの話を聞けたことをありがたく思っております。けれど、未だ釈然としない部分もありまして……ゼリアラ様からも、何かヒントをいただけましたら幸いに思います。俺は……一体何者なのでしょう? あなた様には何か見えておりますか?」


 言葉を濁すことなく、彼は真正面から直球の問いを投げた。どういう答えをもらおうが、受け止める――という、強い覚悟を持っての問いかけだろう。


 アルメの存在も、その覚悟の一助になれているのなら光栄だ。


 問いかけを受けて、ゼリアラも姿勢を正した。親しみに満ちた笑顔は保ったまま、それでいて真剣な眼差しを向けて言う。


「あぁ、もちろん見えているとも。わたくしの目には、お前の特異な魂の光が見えている。もうずっと前から、長く見つめてきたけれど……見えているものをそのまま口にすると、何かと障りが出るものでね。特に告げることなくきたわけだが。良い事柄は祝いになるが、悪い事柄を告げても何の利にもならないからねぇ」

「……俺の魂の光は、悪いモノ、なのですか……?」

「知ることを望むのならば、話そうじゃないか。ファルケルトよ、お前という存在を一言で言い表すなら――……」


 ゴクリと唾を飲みこみ、ファルクは拳に力を入れる。アルメも同じように、緊張に体を固めた。


 一呼吸置いてから、ゼリアラははっきりと答えを言い放った。


「――お前は、『光の残りカス』だ。カスだよ、カス。カスみたいな赤子だったのさ」


 ゼリアラはファルクのことを、『カス』と呼称した。……これほど清々しく蔑称を告げられることなど、なかなかない機会である。


「………………え……っと、俺、今、(けな)されました……?」


 長い沈黙の間を挟んで、ファルクとアルメはガクリと体を傾けた。


 ポカンと呆ける二人を見て、ゼリアラは大笑いしながら言葉を付け足す。


「と、言いたいところだが、もうカスという呼称はふさわしくないねぇ。お前の胸に灯っている光は、随分としっかりして立派になったから」

「そ、そうですか……ええと、ありがとうございます……。悪口をいただいてしまったのかと思いました……」

「ははは、別に悪口を言ったわけじゃないよ。本当に、赤子の頃は今にも消え入りそうな、残りカスみたいな光だったのさ、お前の魂は。あまりに頼りなかったものだから、元の名の鷹――『ファルク』に、『灯火の明かり(エルト)』の語を足してやったくらいさね」

「まぁ、ファルクさんの名付け親って、ゼリアラ様だったのですね……!」

「……俺も初めて知りました」


 ペラリと思わぬ事を明かされて、アルメは目をパチクリさせて小声をこぼしてしまったけれど、ファルク当人も初耳だったようで驚いていた。この話はルーグからも聞いていなかったみたいだ。


 未だポカンとした表情のまま、ファルクは首を傾げる。


「なぜ、俺は()()なのでしょう? それも妙な生まれとやらに関わっているのでしょうか? 魔物と一緒に生まれた、とかいう……」

(……ファルクさん、ちょっと言い方が……)


 カスを自称しているみたいで、言い方がよろしくない。そんなアルメの胸の内のツッコミをよそに、話は進んでいく。


 ふむ、と考え込む顔をして、ゼリアラは見解を述べた。


「そうさねぇ、悪魔が魔物をけしかけて、お前の光を盗み取ってしまったんじゃないかい? 魔のモノに持っていかれた魂を、どうにかこうにか欠片ばかり奪い返して……こう、肉体に戻して、無理やり繋ぎとめている――……ってな感じだったかねぇ。赤子だったお前を初めて見た時の心象は」

「そんな……資材足らずの突貫工事みたいな……」

「ははっ、そりゃあ上手い例えだ。……この子は大人になる前に天に還る運命だろうと思ったよ。それがまぁ、こんなに大きくなって。ついこの間まで、こ~んな小っちゃかったのにねぇ」


 ゼリアラは人差し指と親指で豆粒サイズを示して、感慨深そうに言う。久しぶりに会った親戚のおばちゃんが使う、常套句みたいなことを言っていたが……聖女の目には、本当にそういう小さな光が見えていたのかもしれない。一般人にはわからない感覚だ。


 ――と、親戚のおばちゃんめいた言葉に和んでしまったけれど、やはり聖女は聖女である。彼女はすべてを見通しているかのような澄んだ青い目を向けて、言葉を続けた。


「本当に小さな小さな光だったよ。お前の生を願う人々の愛によって、かろうじて保たれていた魂だ。愛の支えを失えば、たちまち揺らぎ吹き飛んでしまいかねない、脆弱な欠片の明かり。――そんな明かりを願い、赤子に今一度灯してみせたのは、母ではないかと思う。赤子だったお前は、残り香のような母の愛をまとっていたよ。その灯された明かりが消えぬよう、番人を務めあげたのは父であろう。そして番はルーグへと継がれた」


 彼女が言葉を紡ぐうちに、場の雰囲気は、背筋が伸びるような凛としたものへと変わっていった。

 朝の清澄な空気の中にいるような心地で、ファルクとアルメは話に耳を傾ける。


「そうしてお前の光は今も、皆の気持ちに支えられて灯され続けている。少し見ない間に、また随分と大きく、強く、安定したように見える。以前よりもずっと、多くの人々に想われているのだな。暮らしぶりが見て取れるよ」

「はい……大変ありがたいことに、良き人々の中で、南方暮らしを楽しませていただいております」

「ふふっ、実によいことだ。たとえ光が揺らぐ時が来ようとも、多くの番人たちがお前のランプを見守っている。雨風を遮り、燃料を足し、何度でも、明かりをしっかりと灯し直してくれることだろう。良いランプ()りを得て何よりだが……一番の()り人は、お前の隣にいるように見える。違うかい?」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべて、ゼリアラはファルクに問い返した。問いという形ではあるけれど、答えは聞かずともわかっている、という雰囲気だ。


 ファルクは神妙な面持ちで頷きを返していた。



 そうしてその後も、二人は生まれに関わる話を続けていた。


 何やら難しい言葉が交わされて、アルメにはよくわからない内容になってきたけれど……――二人の会話を聞いているうちに、ふと思った。


 ファルクの母の手帳に書かれていた、『光の女神様への願い事、いい加減に決めること!』の一文――。


 どういうことだろう、と首を傾げつつ、意識の端っこに置いたままになっていた事柄に、なんとなくの答えが浮かんできた気がする。


(ファルクさんのお母様、もしかして転生の時に……女神様へのお願い事を、保留にしてた……とか?)


 アルメはこの世界への転生に際して、光の女神と契約を結び、魂を捧げる代わりに氷魔法を願い、得るに至った。


 ファルクの母も転生者だったとしたら、同じような願いの機会があったのだろうと思うのだけれど。もしかして、願いを決めることができずに保留にしていた、とか……?


 だとしたら、ようやく決めた願い事として、生まれてすぐに亡骸になってしまった我が子への加護を、もう一度――……と、乞うたのかもしれない。


 ……――なんて、他人が憶測するのは無粋か。


 真実は彼女にしかわからない。何にせよ、ファルクに生を授けてくれたことに心からの感謝を捧げたい。




 ぼんやりと、そんなことを考えているうちに、ファルクとゼリアラの話に区切りがついた。


 ファルクはしみじみと感慨にふけっていたけれど、その空気を打ち破って、ゼリアラはお茶目な笑みと共に話題を変えた。

 

「――それで、ファルケルトよ。まだ大切な話があるだろうに。副都土産の披露はまだなのかい? まさか手土産もなしに帰ってきたなんてことはないだろう?」


 ほれほれ、と手をちょいちょいと動かして、彼女は土産の催促をしたのだった。

 

 またカクリと体を傾けて、ファルクは苦笑をこぼす。


「土産物につきましては、既に城に預けております。南方の織物と、工芸品と宝飾品と――」

「お茶なんかはないのかい? 南の日差しを感じる、果樹茶なんかを飲んでみたかったのだけれどもねぇ」

「申し訳ございませんが、お口に入るものは……。管理の甘い物を召されて、万が一があってはいけませんので」

「なんだい堅っ苦しいねぇ。もうこの歳だ。健康や長寿よりも、心の楽しみをこそ優先すべきだと、わたくしは思うがねぇ。たとえ毒やらが混ざっていようが、美味しければ構わないのに」

「なんてことをおっしゃるのだか……! 神官の前で……」


 大らかに笑う聖女と、目をむいて慌てる神官。そして、控えている側仕えたち。


 豪胆な物言いに、アルメも目を瞬かせてしまった。が、その直後に、さらに目をパチクリさせる流れがきてしまった。


 ファルクが思い出したように、もう一つ土産物を挙げたのだった。


「――あぁ、でも、副都の菓子のレシピなら、土産としてお贈りできます。神殿に『アイス』なる、風変わりな菓子のレシピを伝えておりますので、城のシェフとも共有するよう命じておきましょう」

「おや、それは楽しみだ! アイス、ねぇ。何かを凍らせたお菓子かい? 美味しいの?」

「それはもう! 甘いクリームを凍らせた、とても口当たりのよいお菓子でございます。温暖な副都ルオーリオでは格別な美味しさでして。この地でも、暖炉の火にあたりながら食すると、たまらない幸福感を覚えること請け合いですので、是非、暖かな部屋でお召し上がりいただきたく存じます。――と、実は、こちらにおります彼女こそ、その氷菓の作り手でございまして。ルオーリオでは名高いアイスの女神として君臨しておられて――」

「ちょ、ちょっと……肩書きを盛らないでくださいませ……! ええと、アイス店を経営している、という程度でございますが……ゼリアラ様にお召し上がりいただけましたら、恐悦でございます」

「あら~あらあら! お菓子屋さんだったの! いいわねぇ! わたくし、ちょうどさっき帰ってきたばかりでお腹が減っているのよ。お昼の前に、一ついただきたいものだねぇ」


 ゼリアラはこちらをチラ見して、極めて軽い口調でオーダーを口にしてきたけれど……これは実質命令である。


 隣のファルクがコッソリと囁いてきた。


「……あの……城のシェフにレシピを託して、軽く指示を出す程度で問題ないかと思いますので……アルメさん、何卒……」

「……はい」


 最近、覚悟と気持ちの切り替えが短時間でできるようになってきた、気がする。誰のせいとは言わないけれど。


 アルメは心の中で、出張アイス屋さんの再びの開店準備を始めた。


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