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245 大福アイスと和の茶会

 そうして場所を移して、今度はダイニングルームにて、一同は再び顔を突き合わせることになった。


 大きなテーブルをぐるりと囲んで席に着き、皿の上に鎮座している大福アイスを前にする。


 大福は拳より二回りくらい小さなサイズで、一皿に三つ、もちもちと寄り添うように盛り付けてある。まん丸で、白くなめらかな表面は薄く粉をまとっている。


 アイスを前にしたアーレントの息子たちは、物珍しい菓子を見て、憚るのも忘れて思ったままの感想を呟いていた。


「わぁ、雪玉のお菓子ですね」

「兄様、雪玉より雪鷲のヒナのほうが似てるよ。ふくふくしてるし。目とくちばしを付けたらそっくりじゃない?」


 兄弟は先ほどまでの固い面持ちを崩して、二人でコソッと言葉を交わして笑っている。早くも、アイスが気慰みになったみたいで何よりだ。


 大人たちも不思議なフォルムのお菓子をまじまじと見つめている。


 大福アイスに合わせて、お茶も和を意識したグリーンティーをリクエストしておいた。

 使用人が温かいお茶を入れたところで、ファルクが茶会を始める挨拶をした。


「天と、母様と父様の魂に、こちらのお菓子を捧げます。――では皆様、溶けないうちにいただきましょう」

「ありがたく、捧げ物のご相伴に預かりたく存じます」


 アーレントが応えると、各々祈りを口にしてからフォークとナイフを手に取った。

 大福アイスを切り分けてパクリと頬張っていく。


(大福アイスにナイフとフォーク……う~ん、優雅な感じ)


 アルメとしては、大福アイスは二本爪の細いピックで摘み上げてかぶりつく、というほうがしっくりくる。――前世ではそういう食べ方をしていた、ということもあり。


 が、郷に入っては郷に従え、である。人々に習って、ナイフとフォークで上品に食べることにする。


 皮にナイフを入れると中の餡とミルクアイスが覗く。具を上手く包んだまま、口の中に放り込んだ。


(うん、もちもちしてて美味しい!)


 余所様の家の厨房を借りての調理は、少し緊張したけれど。ひとまずお味は申し分ない。上手く作ることができてホッとした。


 みんなの反応はどうだろう、とチラと目を向けて伺うと、隣のファルクは目を輝かせながら咀嚼していた。


「このやわらかな皮の食感、癖になりますね! 具を包むだけでなく、全体の味をまろやかにまとめあげていて、なんとも不可思議な……!」


 同じようにもぐもぐと咀嚼しながら、アーレントと彼の妻、そしてアリエットも感想を口にする。


「いやはや、本当に不思議な食感。もちもちとした口当たりが良いですね。ベレスレナで米を使った菓子などは、目にする機会がないが……母はどこでこのような菓子を知ったのだろう」

「中に入っているのはミルクアイス、と言うのでしたか。この冷たいクリームと甘い夜豆が絶妙でございますね……!」

「なんて美味しいお菓子でしょう。お味も素敵ですが、暖かな部屋で冷たいお菓子をいただくという贅沢さも、たまらないものがございますね。……あぁ、このお菓子、サロンで自慢したい」


 アリエットはボソッと貴族らしい独り言をこぼした後、何か考え込んでいる様子だった。『夜豆を砂糖で煮て、ミルクアイスのほうは――……』と、ブツブツ何か言っている。厨房で見た調理過程を思い返しているみたいだ。再現を試みるつもりだろうか。

 

 子供たちも夢中になって食べ進めていて、あっという間に残り一つになっている。


 珍妙な菓子に皆で舌鼓を打ち、口々に感想を交わす中、アーレントはしみじみと懐かしむように呟いた。


「こういう、夜豆の砂糖煮を使った菓子を久しぶりに口にしたな。昔はよく食べたものだが……すっかり味を忘れていたよ」

「そうですね……お母様が好いていましたから、子供の頃はよくおやつに出されましたよね」


 アーレントの呟きを拾って、アリエットも懐かしそうに、小さな笑みを浮かべた。

 ファルクも大福アイスをもぐもぐしながら、そう言えば、と会話に加わる。


「そう言えば……母様が好んでいたもので、レシピが伝わっているものは豆の砂糖煮だけなのですか? 手帳を見るに、他にも色々と食べたい料理があったようですが、生前それらを作ったことは?」

「あまりなかった気がするな……言われてみれば。砂糖煮豆と、あとは他にいくつか、という程度だったような」

「お母様はお料理がからっきしわからないお人でしたから。料理名は知っていても、レシピなどはさっぱりだったのでしょうね。――って、昔、お母様ご自身がそのようなことをおっしゃっていました。『恥ずかしいから殿方たちには黙っているように』と、娘のわたくしにだけ明かしてくださいましたのよ。……ふふっ、今、約束を破ってしまいましたけれども」


 アリエットが笑いをこぼすと、アーレントも表情を緩めて、口元にわずかに笑みを浮かべた。


「そうか、母様は料理に疎かったのか。何でも知っているような澄ました顔で微笑んでいる人だったのになぁ。そう言えば、父様も街の流行に関しては疎いところがあって――……」

「うふふ、お父様ったら、酷いデザインのセーターをお母様にプレゼントしていたことがありましたよね――……」


 懐かしい味を呼び水にして、思い出話がポツポツと披露されていく。


 アーレントはいつの間にか話し方が砕けたものになっていて、アリエットも声を抑えることなく笑っている。

 ファルクもまた、兄と姉からもたらされる父母にまつわる昔話に、興味深そうに聞き入っていた。


 アーレントの妻は早食いの子供たちを叱っていたけれど、その声音も普段の調子を取り戻している様子。


 最初の謝罪会の硬く冷たい空気はどこへやら。茶会に流れている空気は、ずいぶんとやわらかなものになっている。


 ……――でも、この会が終わったら、一切の縁が断たれるとのこと。

 ファルクはすべての縁を断ち、この極北の地に置いていくと決めたのだとか。


 このやわらかな空気も、交わされた話も、すべて無に帰することになる――。


(ちょっと、もったいない気はするけど……)


 なんとなく、そんなことを思ってしまったけれど……アルメが口を出すことではないように思える。どうするか、どうしたいかは、彼自身が決めるべきことだ。


 アルメは胸に浮かんだ言葉と気持ちを吞み込むことにした。


 ――の、だけれど。

 思いがけず、同じような想いを、ファルク自らが口にしたのだった。


 大福アイスから始まり、連なり出てきた思い出話に一区切りがついた時。彼は苦笑を浮かべて、やれやれとぼやきをこぼした。


「…………この家と、あなた方と、思い出と……すべてとの、縁を断つつもりでいたのですが……なんだか、ここにきて新たに、大福アイスの縁ができてしまいましたね」


 一同はアイスをもちもちと咀嚼しながら、喋り出したファルクに目を向ける。


 飲み下して、茶をすすってから一息ついて、彼は改めて話し始めた。


「先に申し上げた通り、家族としての縁は今日をもって完全に断ち切りたく思います。……ですが、一つ、皆様に新たな提案をしてみたくなりました。一族としての縁切りをした後……遠い隣人として、新たな縁を繋いでみるというのはいかがでしょう」

「遠い隣人……?」


 アーレントがフォークを置いて、姿勢を正して問い返す。ファルクも背筋を伸ばし、真っ直ぐに視線を交わして言葉を続ける。


「えぇ。身内ではなく、かと言って知らぬ他人でもなく、遠い隣人としての関係です。そういうささやかな縁を繋いでみて、そこからより親密になるか、もしくは疎遠になっていくかは、時の流れと天運に任せてみるというのはどうでしょうか」


 テーブルを囲う面々をゆっくりと見回して、彼は胸に湧いた想いを語った。


「縁切りだの清算だの、頑なな宣言をしておいて、今になって意思をひるがえすのはお恥ずかしい限りですが……。アイスを食べているうちに、ふと、ルオーリオの歌を思い出しましてね。向こうでの暮らしの中で気に入った歌に、『人生は気楽に、愛は真心のままに』というものがあります。この歌のように、気楽に、心の向くままに、あなた方とまっさらな縁を繋いでみたい気持ちが、少し、胸に湧いてきてしまいまして……。その縁が、今後、有意義なものになろうが、あっけない滅びに向かおうが、それすらも気楽でいいのかもしれない、と、思い直した次第です。いかがか?」


 話を終えると、場に静寂が訪れた。冷たく居心地の悪い静けさとは違う、穏やかでやんわりとした、心に沁みるような無音の間――。


 少しの間、その時間に浸ってから。アーレントが想いを噛み締めるように、深い頷きを返した。

 アリエットも胸に手を当てて、了承の返事をする。


 これまでの家族としての縁が断たれる、というところに変わりはないけれど。でも、断たれた後に、まったく新しい縁が繋がれる――。


 そういう、ささやかながらも明るい約束が、今、彼らの内で交わされたのだった。




 話のすぐ後、アーレントは何か思い出した様子で使用人に命を出し、封筒を持ってこさせた。

 中から一枚のカードを取り出して、ファルクに手渡す。


「――ちょうど、良いものがあるのでした。新たな縁の祝いに、よければこちらを」

「夜会の招待状、ですか?」


 渡されたものはパーティーの招待状のよう。金箔飾りが美しいカードだ。


「先月、『南麓の氷城』の修復工事が終わったそうで。お披露目の夜会が催されるらしく、街の貴族たちに招待の案内が届いていましてね。誘い用に多く招待状をもらっているから、もし気が向けば」

「ありがとうございます。頂戴しておきます」


 夜会ですって、と、ファルクはアルメに緩んだ笑みを向けてきた。会場は『氷城』と呼ばれている城らしい。いかにも綺麗そうなスポットだ。――なんてことを言うと、観光気分丸出しで恥ずかしいけれど……行けるのならば、是非行ってみたい。


 そうして招待状を渡した後、アーレントは口ごもりながら話を続ける。


「……それから、もう一つ、もしよければ……大福アイスの作り方を、教えてくださいませんか。食べ損ねた末の息子にも作ってやりたく思いまして」


 気恥ずかしさを隠すようにごにょごにょと言うアーレントの雰囲気は、ヒヨコモードに入ったファルクとよく似ている。


 ファルクとアルメは互いに顔を見合わせた後、満面の笑みと共に、了承の返事をした。


 アルメはアーレントに、ついでの提案も添えておく。


「大福アイスの他にも、お母様のリストの中で、簡単に作れそうなもののレシピを残しておきましょうか」

「なんと……! お願いできますか!?」

「なっ、兄様だけずるいです! 俺にも教えていただきたい! ……あっ、兄様って呼んでしまった……間違えた……」


 家族の縁を切って隣人になる、とか言っておいて、言い出しっぺが早速、思い切りミスを犯している。

 

 一同が顔を背けて笑いを堪える中、ファルクの亡き父母に捧げる『和の茶会』は、想像もしなかった和やかな雰囲気で幕を閉じたのだった。


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