244 開店、出張アイス屋さん
そうして少し時間を空けて。上位神官が身分に物を言わせた結果――……材料やら道具やらが、瞬く間にラルトーゼ家の厨房に揃えられた。
小さな厨房の作業テーブルの上には、ミルクと卵、砂糖、米、夜豆――などなど、諸々の材料と道具類が載っている。
お菓子作りの準備はばっちりだ。
アルメは屋敷のメイドからエプロンを借りて、『出張アイス屋さん』の営業を開始した。
「それじゃあ、『大福アイス』を作っていきましょう! お手伝いの皆様方も、よろしくお願いします」
「はい! ミルクアイスは俺にお任せを!」
手伝いの皆様とは、調理の補佐をしてくれる屋敷のメイドたちと、もう一人、ウキウキでエプロンを身に着けているファルクである。
ラルトーゼ家の面々は厨房の入口に身を寄せて覗き込み、見物を決め込んでいる。
ファルクに向けられている、彼らの視線を訳するならば、『お前も作るのか……!?』といったところか。まさか白鷹までもが率先してお菓子作りに加わるとは思っていなかったようで、驚きと困惑に目をまるくしている。
ファルクはミルクアイス作りをすっかりマスターしているとのことで、アイスの仕込みは彼に任せることにした。
「では、ミルクアイスはファルクさん、お願いしますね。あとは、大福の中に夜豆の餡――砂糖煮を入れたいので、どなたか豆の煮込みをお願いします」
「かしこまりました」
メイドたちに指示を出して、夜豆餡の仕込みを任せる。
そうしてアルメはというと、これから求肥――大福の皮を作っていく。みんなの様子にも目を配りながら、早速、作業に入った。
街の市場から、大急ぎで調達された米の瓶を手に取る。これは粘りの強い変わり米――もち米だ。
ベレスレナでは穀物の多くを他の街からの買い入れに頼っているそうで、変わり米ともなると超高級品である。
(そんな高級品を粉にしてしまうのは、ちょっと罪悪感があるけど……やむなし)
躊躇う気持ちには目をつぶって、アルメは米をミキサーにかけて粉にした。
作った米粉をガラスボウルにあけて砂糖を入れる。さらに少しずつ水を加えながら、だまができないように混ぜていく。
そして端に控えている側仕えに、魔法を借りるべく声をかけた。
「すみません、少し火魔法をお借りしてもいいでしょうか? ボウル全体をやんわり温める感じでお願いしたく」
「えぇ、かまいませんよ。こういう感じですか?」
側仕えはガラスボウルに両手を添えて、ごく弱い火魔法を発動した。――今回の旅のお供であるアルメ付きの側仕えたちは、火魔法の使い手なのだ。
道中の冷え込み対策として、ファルクが手配してくれた魔法士の側仕えである。馬車の暖房の魔道具には火魔石が欠かせないので、魔法補充の仕事も兼ねて雇い入れたとのこと。
その上、調理まで手伝ってもらうことになったが……有用な魔法なので、甘えさせてもらう。
アルメが普段、氷魔法で冷気を出すのと同じように、側仕えは両手のひらに火の魔力を流して、熱の気を作り出す。それをガラスボウルに流して、練り米粉を温めていく。
熱を加えながらこね混ぜて、もちもちの良い具合になったら大福皮の完成だ。
サラサラのコーン粉を敷いた板の上に取り出して、手のひらで押し伸ばす。そうしているうちにミルクアイス液もできあがったようで、ファルクが声をかけてきた。
「アイス液ができましたので、外で凍らせてきます」
「え、お外は寒いでしょうに。氷魔法で――……って、そうでした、不用意に使うのは危ないのでしたね。こう、ごく弱~く使うくらいでもダメでしょうか? 今度は気を付けますので」
「……弱~く、ですよ?」
恐る恐るといった面持ちで、ファルクはミルクアイス液のボウルをそっと差し出してきた。アルメも慎重に手をかざして、そろりと魔法を使う。
ルオーリオで使う魔力の半分くらいで、ちょうどいい冷気を出すことができた。アルメがアイスを冷やし、ファルクがかき混ぜていく。
具合よく固まったら、ミルクアイスも完成。
味見と称してつまみ食いをしているファルクを横目に見ているうちに、夜豆餡もできあがった。
魔法で鍋の熱を取った後、餡とミルクアイスともちもち皮の三つを並べる。これを合体させれば大福アイスのお目見えだ。
餅感は残しつつ適度な薄さに伸ばした皮をカットして、上に餡とミルクアイスを載せる。包んでこね閉じて、閉じ目を下にして皿に盛り付けた。
「はい、完成しました! 大福アイスです」
「これが大福なるお菓子ですか。丸くてもちもちで、可愛らしいアイスですね! なんだか撫でたくなるような」
「こら! 大福はペットじゃありませんよ」
大福を指先で突こうとしたのか、ファルクはおもむろに手を伸ばしてきた。が、アルメの手によって、あえなく叩き落とされる。
ぽってりとした大福のフォルムがなんとなく可愛らしい、という気持ちはわかるが……一応食べ物なので、手遊びはやめてもらいたい。
アルメは悪戯鷹を見張りながら、手早く大福アイスを量産して、次々と皿に盛り付けていった。




