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24 ご飯と花の髪飾り

 宮殿内の小広場で手当てをして、ひとまずファルクの額の出血を止めた。


 その後は頭上に気を付けつつゆっくりと中をめぐり、料理店を目指した。

 

 宮殿上階の料理店は魔石の輝く地下天井が近くて、人気の店が多い。その中でも魔石天井が綺麗に見える、屋上テラス席の店に入ることにした。


 中流層向けの店なので、二人で入るにはちょうどいい。ファルクの身分は定かではないが、あまりに安っぽい店に連れ込むのは気が引けるので。


 案内された席に座ると、テーブルの白いクロスに魔石天井の光がキラキラと降り注ぐ。天然のミラーボールの光を浴びているようだ。


 アルメは光の踊る幻想的な景色を見まわして、美しさにしみじみとしてしまった。


(このお店、こんなに素敵なところだったのね。前に来た時は余裕が無くて、気が付かなかったわ……)


 実はアルメは、この店に来るのは二度目である。


 初めて来たのはちょうど半年前――フリオとの婚約が正式に決まった時だ。


 縁談を進めてくれたフリオの叔父が、婚約のお祝いとしてこの店での食事の機会を贈ってくれたのだった。


 決まったばかりの婚約者との、初めての二人きりでの食事。しかも初回の顔合わせでキスを拒んで、ちょっと気まずくなった後での食事会だった。

 緊張しすぎて、この時のことはほぼ何も覚えていない……。


 そういうわけで、気持ち的には初めて来店するようなウキウキ感だ。

 

 浮き立つアルメより、ファルクの方が落ち着いている。ガイドが観光を楽しんでどうする、と、胸の内で自分をたしなめておく。



 メニューを開いて早速注文を決める。

 

 この店はコース料理が主で、おおまかに肉と魚のコース、肉のみのコース、魚のみのコースと分かれている。


「私は魚のコースにしようかと思います。ファルクさんは?」

「俺も魚にします。お酒はどうされます? 俺は仕事の都合で飲めないのですが、どうぞ気になさらずに」

「お昼から飲むのもアレなので、私もお茶にしておきます」


 サラリと言われたが、仕事の都合で酒が飲めないというのは変わっているな、と思う。

 

 一部の神や精霊との契約では、特別な魔法を得る代わりに制約を課される、と聞いたことはあるけれど。――ファルクはもしかして、この手の魔法関係の仕事をしているのかもしれない。


 そんな考えをめぐらせているうちに、ファルクが店員を呼んで注文を伝えてくれた。

 

 ほどなくしてテーブルに前菜の皿が置かれる。

 グラスを軽く持ち上げて、挨拶を交わした。


「では、いただきましょうか!」

「神よ、素敵な食事に感謝します」


 軽やかな声と共に、二人の食事会がスタートした。




 料理は前菜、スープ、魚料理が二つ、デザートの順で出てくる。軽く食べられる量が人気なのか、店内には女性グループの客も多かった。


「男の人には少し物足りないかもしれませんね。追加で頼める料理もありますから、気兼ねなくどうぞ」

「昼はいつもこのくらいなので大丈夫です。たまに食べ忘れても気が付かないくらいで」

「こら! ちゃんと食べてください。三食きっちり。バランスよく!」

「はい……善処します」


 つい説教じみた声をあげてしまった。前にも睡眠不足を注意したことがあったが、ファルクは意外と不摂生な生活をしているのかもしれない。


 注意をするとしゅんとした声が返ってきたが、声音とは裏腹に、ファルクはなんだか機嫌の良い顔をしていた。


 

 二人であれこれ思いついた話をポツポツと交わしながら食事を進める。


 お喋り好きで元気なエーナや、陽気なアイデンと過ごす賑やかな時間とは、また違った楽しさを感じる。


 ワイワイとはしゃぐわけでもなく、どちらかというと静かな食事。けれど、胸の内には穏やかな楽しさが満ちている。不思議な心地良さだ。


 ふと、前回フリオと来店した時の記憶が呼び起こされた。同じように静かな食事の時間を過ごしたけれど、前回は重苦しい空気を耐えて過ごしたな、と。


 食事の味も店内の景色も覚えていないけれど、フリオと交わした会話は、一部分よく覚えている。


『アルメ、君は「相手を楽しませよう」という気持ちに欠けているように思う。なぜ食事の場で会話を盛り上げようとしないんだ? 女性としてどうかと思うよ』

『え、と……すみません、こういう場に慣れておらず……』

『もう少し街に出て勉強するといい。接客酒屋の女たちを見習って、女性としての振る舞いを磨くべきだ』

『は、はい……頑張ります』


 それから会話は途切れ、二人静かに、黙々と食事を進めたのだった。


 接客酒屋というのは、前世でいうキャバクラのような店である。


 当時はフリオのことを真面目な人だと思っていたので真に受けてしまったが、今思い返すと『キャバ嬢を見習え』とはずいぶんな物言いだなぁと思う。


 フリオは元々そういう華を求めていたのだ、と理解した今、ようやくこの時の会話が腑に落ちた気がする。

 

 なんとなく思い出してしまったので、ネタとして話題に昇華させてもらうことにした。


「ふと思い出したのですが、昔知人に、『食事中は接客酒屋の女性のように振る舞え』と言われたことがあるのですが、もしかして今ファルクさんも、心の中でそういうことを望んでいたりします? 『キャー! ファルクさんすごーい!』とかキャピキャピした方がいいですか?」


 アルメが魚料理を切り分けながら何気なく喋ったら、ファルクが思い切りむせた。


「……と、突然そういう冗談を繰り出すのはやめてください……望みませんよ、そんなこと」

「そうですか、ならよかったです。あまり場を盛り上げるのが得意ではないので、期待に添えていなかったら申し訳ないなぁと」

「俺は派手な人があまり得意でないので、キャピキャピ……というのは逆に困ってしまいます」


 ひとしきり咳をした後、ファルクは言い添えた。


「アルメさんは落ち着いていらっしゃるので、一緒にいて心地が良いです。どうか、そのままでいてください」


 笑顔で添えられた言葉に、なんだかちょっと自信をもらえた。

 

 ここ最近、地味だとかパッとしないだとか言われる機会が多かったが、そのままでいいと言ってもらえると気が楽になる。


 胸の中のモヤが、また一つ浄化された気がした。



 苦い思い出のある料理店だったけれど、始終ほっこりとした気持ちで食事を楽しむことができた。


 ファルクとの会話中、心の中に『空気清浄機』という単語が浮かんできたことは内緒だ――。







 なごやかな食事会だったが、デザートを食べ終わって、会計の場面になった時にひと悶着起きた。


 二人分まとめて払うというファルクと、会計を分けるべきというアルメの意見が食い違ってしまったので。


「ガイドのお礼と先ほどハンカチを汚してしまったお詫びを兼ねて、ここは俺が支払います」

「対等な友達、という関係であれば、支払いも対等であるべきです。奢ってもらったら、私はファルクさんに対して引け目を感じてしまいます。そうやって友達という関係にヒビが入っていき――」

「う……わかりました、会計を分けましょう」


 ファルクは渋い顔をして、別会計を了承した。ちょっとずるい言い方をしてしまったが、まぁ良しとする。

 ――と、無事解決したかと思ったのだけれど。



 店を出てもファルクは拗ねたような顔をしていた。


「……よくよく考えると、言いくるめられた気がしてきました。別に対等な友達同士でも、奢り合うことはあるのでは」

「ま、まぁ、そこはほら、あまり気にせず」


 流そうとしたら、ファルクはじとりとした目を向けてきた。整った容貌も相まって、怖い顔はなかなか迫力がある。


 じっとりと睨まれたまま帰りの途に就くのも複雑なので、アルメは一つ提案してみることにした。


「ええと、じゃあ、ファルクさんに一つお願いごとをしてもいいですか? それで今回の件はチャラということで」

「お願い? 何でしょうか?」

「新しい髪飾りが欲しいなぁと思っていたのですが、それを選んでもらえませんか? 恥ずかしながら、私は服飾品選びに自信がなくて。お手伝いいただいて、今日の諸々の貸し借りは清算ということでどうでしょう」

「お代も俺が払う、という条件ならお受けしましょう」

「むむ……わかりました。お願いします」


 お代は自分で払う予定だったが、これ以上揉めるのもアレなので、妥協しておこう。

 

 迷いながらも頷くと、ファルクは機嫌を戻して手を取ってきた。


「髪飾りのご希望は? 好きな宝石はありますか?」

「そのへんの革細工とかで結構です」


 アルメは即答して、近くの土産物屋へと力いっぱい引っ張っていった。



 宮殿内の土産物屋が並ぶ通りで店を覗いていく。


 色とりどりのガラス細工が輝く店や、木彫りの置物が並ぶ店、金細工のアクセサリーが並ぶ店など、見ていて飽きない通りである。


 手頃な価格帯の革細工の店に入って、棚いっぱいに並んだアクセサリーに目を向けた。


「あら、可愛い! 花に鳥に――これは何でしょう? 魚かしら?」


 棚には動植物をかたどった革細工がズラリと並んでいる。色合いも鮮やかで可愛らしい。


「色々ありますね。アルメさんは何がお好きですか?」

「迷いますが、う~ん、花がいいかなぁ」


 仕事中、髪をくくる時に身に着けるものが欲しいので、無難に花の飾りがついた髪留めを選ぶことにする。


 モチーフは決まったけれど、色を選ぶのが大変そうだ。グラデーションのように網羅されているので、選択肢が多い分悩んでしまう。


「何色がいいと思います? 私は瞳の色も黒いので、こういう時に選びづらくて……」

「身に着けている小物とそろえると、合わせやすいですよ。サンダルとそろえて白色とか。白だとアルメさんの黒髪にもよく似合うかと思います」

「なるほど。じゃあサンダルと一緒で、白にします」


 革紐のリボンがついた、白い花の髪飾りを手に取る。


 すると、近くのカウンターからこちらを見ていた店主の老婆が、気安い笑顔で声をかけてきた。


「お嬢ちゃんいいのかい? お相手さんのいる前で白鷹カラーを選んじまって。嫉妬されちゃうよ?」

「そういう関係じゃないので、心配無用ですよ。でもそう言われてみれば、白鷹カラーですね。なんだかお守りになりそう。健康祈願的な」

「ははっ、みんなそう言って買ってくよ。白が一番人気なの」


 老婆の笑顔につられて笑ってしまった。土産物屋でも白鷹は人気らしい。

 

 ファルクにも話を振ろう、と隣を見たら、手で顔を覆って思い切りそらしていた。耳が赤く見えるのは、ランプの明かりのせいだろうか。


「ファルクさん、どうしました?」

「いえ、あの、決してそういう意味で白を勧めたわけではなくて……! 白鷹とか関係なく、純粋に白が似合うなと思っただけで……ええと、別の色を選んでも……そうだ、青色とかどうでしょう? 青色も似合うかと思います! そちらにしましょうか……!」

「せっかく手に取ったので、もう白に決めました。お会計をお願いしてもいいですか」

「まぁ……はい……アルメさんがそれでいいのであれば」


 何か言いたげな顔のまま、ファルクは会計を済ませてくれた。



 店先のランプの下で改めて、革細工の花の髪飾りを受け取る。白く着彩された革はやわらかくて軽い。

 下ろしていた髪をサイドにゆるくまとめて、早速飾ってみた。

 

「どうでしょうか? 変じゃないですかね?」

「……とてもよくお似合いです。きっと白鷹が見たら、可愛い! とはしゃいでしまうでしょうね」

「ふふっ、そんなわけないでしょう。ファルクさんって面白いこと言いますね」


 おかしな冗談につい吹き出してしまった。いくらなんでも白鷹の人物像がブレ過ぎではなかろうか。


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