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239 気分のアップダウン

 神殿の食堂に連なる、厨房の端を借りてアイスのレシピを伝授する。


 小児患者を担当している神官たちが『白鷹のアイス作り教室』に加わり、作業を興味深そうに見学していた。


「――こうやってチョコクリームを作って、混ぜながら凍らせたらアイスの完成です。ルオーリオでは氷魔法や魔石を使うのですが、こちらでは気温を利用すればすぐに固めることができるでしょう」


 厨房の勝手口から外に出て、庇の下で雪を避けつつ、ボウルのチョコクリームをグルグルとかき混ぜる。


 ほどなくして、寒さで手がかじかんでくるのと同時に、アイスもちょうど良く固まった。


「これに適宜、薬を混ぜ込みます。薬の味の強さに合わせて、チョコの濃さを調節すると具合よく仕上がります」

「ははぁ、これがルオーリオで流行っているお菓子ですか。……家でも作ってみようかしら。子供が喜びそう」

「知らぬ間にクリームケーキが凍っていた――なんてことはたまにありますが、意図的にクリームを凍らせるお菓子があるとは。う~ん、灯台下暗しといいますか。こちら、味見をしてみてもよいでしょうか?」

「取り分けますので、皆でどうぞ。広間の者たちにも」


 できあがったチョコアイスをスプーンで一口小玉サイズに丸めて、ちょいちょいと皿に並べていく。


 もう一度外に出してしっかりと固めて、平たい容器に保冷の雪を敷き詰め、皿を載せて執務広間に持っていった。


 せっかくなので、ちょっとしたおやつとして皆で食べてもらえたら、と思ってのお披露目だ。


 広間で仕事をしていた神官たちは、戻ってきたお菓子作りの面々を迎えてワイワイと囲む。


「こちらがアイスというお菓子です。薬を混ぜるのには味の濃いチョコが適していますが、ルオーリオの街では他にもミルクや各種フルーツなど、色々な種類があって、実に楽しいものでしてね」


 サラッとアイスの宣伝を入れつつ、拝借してきたスプーンを周囲に配る。神官たちは一口チョコアイスをスプーンに載せて、パクリと頬張った。


「わぁ、冷たい。でも美味しいですね! 口当たりがよくて、チョコも濃厚で」

「薬の誤魔化し用とのことですが、普通におやつとしていいですね、これ」

「暖炉の側で火にあたりながらいただきたいですね。ふふっ、なかなか贅沢なお菓子ではありませんこと?」

「これは幼い子供も好むでしょうね! 魔法薬を拒む子が多いので、早速、服薬補助に使用させていただきます!」


 おやつとして楽しむ面々と、仕事に使えると喜ぶ面々。


 未だかつて、ベレスレナ神殿の執務広間がこれほど和やかに沸いたことがあっただろうか。少なくとも、自分がいる場ではなかった――。


 などと、感慨深さにしみじみとしてしまうくらい、神官たちは珍しい南方の氷菓に夢中になっていた。


 ヒョイヒョイパクパクと各人の口の中に消えていき、たくさん作ったはずの小玉アイスはあっという間に残り数個。


 自分も一ついただこうか――と、スプーンに手を伸ばそうとしたところで、ふいに声を掛けられた。


 小児患者担当の神官の一人が、ハッと思い出したように報告を入れる。


「あ、っと、そういえば、今日も朝からラルトーゼ家のご当主様が来られていますけれど……。お伝えせずにいるのもアレですので、一応お知らせ申し上げます」

「…………兄が神殿に?」


 話を耳に入れた途端、ファルクの顔は真顔に戻った。同時に、まとっていた空気の温度が、スッと冷えて下がる。


 囲んでいた人々は白鷹の変化を前にして、反射的に後ずさり、コソッと小声を交わし合う。


「も、戻った……白鷹様が戻ってしまわれた」

「いや、どちらかというと、このお顔のほうが馴染みがあるといえば、そうだけど……」

「あぁ……確か、ご実家と仲違いをしておられるのでしたっけ?」


 周囲のヒソヒソ声は聞こえなかったことにして、ファルクは話を振ってきた神官に向き合った。


「此度の帰省は伝えていないはずだが、神殿に何用か」

「ご子息が入院棟に入っておられるので、その見舞いに。半年ほど前からですが、患いがありまして――。こちらをご覧ください」


 神官が手渡してきた診療録は、入院しているという兄の子――自分にとっては甥にあたる子のものだ。


 内容を確認して、さらに表情が険しくなった。


「なるほど、頭蓋の内に患いが……。魔法による応急的な状態維持が半年も? 手術の予定は決まっていないのですか」

「費用の工面に難儀しているとのことでして。お話し合いにより、現状は魔法で保つ治療で留めております」


 万人が費用の負担なく治療を受けられる、というのが理想ではあるけれど、現実的にはそうはいかないのがこの世である。

 魔法、技術、人、薬など、必要なものが多い治療には、どうしたって相応の金がかかる。


 話を聞くに、兄は金策に奔走しているそうだが……現状、時ばかりが過ぎているとのこと。


(ラルトーゼ家は未だに懐が厳しいのだな……俺が納めた金も尽きたか。領地の場所が悪いからなぁ……)


 かつて自分のせいで大きく傾いたラルトーゼ家だったが、神官として身を立ててから、これまでの清算として大金を納めてある。


 けれど、元々雪害などで荒れがちな場所を治めている家なので、結局、懐は心許ない状態に戻ってしまったらしい。


 大金による清算を機に家と距離を置き、その後の家計のことは知らずにいたが……こういう話を聞くと、罪悪感に胸が重くなる。


 苦い顔をするファルクに、さらに苦い話がもたらされた。


「実はご当主様から、『神殿側から白鷹様に掛け合ってもらえないか』というご相談も受けておりまして……。神殿が融通を利かせるというのは、世間体的にちょっとよろしくないということで、ご自分でご連絡をとお願いしていたのですが……お話は、滞っておられるようですね」

「えぇ。恥ずかしながら諸々の事情を、今、初めて耳に入れました」


 兄からの手紙などは、一通も自分の元に届いていない。まぁ、不仲をこじらせて疎遠になっている現状だ。兄は弟と連絡を取るのを渋ったのだろう。


 事の次第を聞いて、深くため息を吐いた。


(知ってしまったからには、見て見ぬふりはできないか……)


 今後も神殿側に迷惑をかけることになるかもしれないし、何より、保留にされている甥が哀れだ。


 身内への情や縁はもう切ったつもりだったが……どうやら、まだ心の奥底に繋がっていたものがあるらしい。

 仕方なしと受け入れて、事の解決に動くことを決めた。


「諸々、お知らせいただきありがとうございます。ご面倒をおかけいたしました。兄は入院棟に?」

「いつも昼過ぎまでお見舞いをされるので、まだおられるかと」


 周囲の神官たちに挨拶をして、ファルクは今度こそ執務広間を後にした。


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