233 カラースプレーと悩み事
夕食を終えて少し食休みを取った後、アルメは再びキッチンに立った。これから取り掛かるのはカラースプレーの試作だ。
前世ではメジャーな製菓材料で、それそのものが商品として売られていたので、自作したことはなかった。が、今世では残念ながら見たことがない。
ないものは作るしかない、というわけで、やってみることにする。
(アイシングの要領で、似たようなものは作れるかしらね)
頭の中で工程を考えて、調理台に材料を並べていった。砂糖、卵、レモン、苺とブルーベリーと、マーマレードジャム。
興味深そうに見学するファルクの視線を受けながら、試作をスタートする。
まず砂糖をミキサーに入れて、粉糖を作る。できあがったサラサラの粉糖をボウルに移し、卵白を加えてよく混ぜていく。
それを三つのボウルに分けて、それぞれにレモン汁とジャムを加えて、さらに混ぜる。具合を見ながら粉糖を追加で加えていき、クリームの固さを調整していった。
「よし、と。ピンクと紫と黄色のアイシングクリームを作ってみました」
「アイシング……とは?」
「絵やメッセージが描かれているお菓子を見たことはありませんか? クッキーとか、ケーキとか。あの砂糖飾りをアイシングと言います」
「あぁ、なるほど。あの飾りにはそういう名前があるのですね」
説明をしながら、アルメは小さな絞り袋に細い口金を取り付けて、苺ジャムのアイシングクリームを入れた。平たい金属の容器――バットを出して、その上にクリームをニュッと絞っていく。
バットの端から端まで、一直線に細い線を絞り描く。線を次々連ねていき、ボーダー柄を作っていった。
苺色のボーダーを描いたら、続けてブルーベリージャムのクリームでボーダーを描き、マーマレードのクリームも絞っていく。
バットいっぱいに線を描き終えたら、コンロの火であぶって乾かしていく。少々雑なやり方だが、まぁ、今日のところはよしとしておこう。
しばらくあぶっていると、クリームの水分が飛んで固まってきた。鍋敷き代わりに布巾を広げて、その上にバットを置く。
「これを砕いたら、一応カラースプレー的なものができあがるかと。それっ」
包丁を当てて、固まった線状のクリームをバリバリと砕いていった。全体を細かく刻んで、苺、ブルーベリー、マーマレードの三色をわしゃわしゃと混ぜる。
できあがったカラースプレーを掌の上に摘み上げて、ファルクは目を輝かせた。
「なんて綺麗な粉でしょう! これをアイスにまぶせば、ルーミラ様のデザインを再現できますね! さすがアルメさん、お見事……!」
「まぁ、とりあえずは形になりそうですが――……」
ファルクは大いにはしゃいでいたけれど……アルメはカラースプレーをパラパラと摘み上げながら、少し考え込む。
「でも、これだと色合いが淡すぎますよね。ルーミラ様のデザイン画は、もっとこう、元気の良いビビッドな色なので、もう少し鮮やかな発色が欲しいところですが」
できあがったカラースプレーは薄いピンク色と薄い紫色、そしてその二色よりさらに淡い黄色だ。これはこれでふんわりしていて可愛いけれど、まったくもって『鮮やか』とは言えない。
「それはまぁ、確かにそうですが……。ジャムの分量を多くしたら、色を濃くできないでしょうか?」
「う~ん。粉糖と卵白を加えてしまうので、どうしても色はやわらかくなってしまいますね。パキッとした色を出すのは、なかなか……」
こうして改めて思い返してみると、庶民がプレゼントとして作るアイシングクッキーやカップケーキは、淡い色合いのものが普通である。
というか食べ物全般において、『派手』と称される色合いのものは、一部の野菜やフルーツ類を除いて出回っていないように思える。
デザイン画のような、ビビッドな色合いのお菓子は見たことがない――……と、思ったが、はたと思い出して、アルメは目を瞬かせた。
(――いや、あるわ。見たことある。確か、前にブライアナさんに連れて行ってもらった高級菓子店には、キラッキラのカラフルなチョコとかがあったはず……!)
以前、祝宴のアイスの参考にと、富裕層向けの店を回ったことがある。その時に見た鮮やかなチョコには、トッピングに『食用宝石粉』なる素材が用いられていると、説明してもらったのだった。
(お金をかければ、やりようがあるのかしら。コーデルさんなら何か方法を知ってるかも)
思い直して、ファルクに提案してみる。
「明日、コーデルさんにも作り方を相談してみます。私の知らない着色方法があるかもしれないので。何か良い方法を探ってみますね」
「ありがとうございます。……すみません、何だかお仕事を増やすようなことになってしまって。アルメさんに喜んでいただきたくて、アイス案をお持ちしたのですが……俺の詰めが甘いばかりに……。とんだ駄目男ですね、俺は……」
「聖女様のオーダーという光栄なお仕事を持ってきたお方が、何を言っているのだか」
上位神官が自身を駄目男と呼び出したら、この世のほとんどの人々は駄目人間ということになってしまうだろうに。世のハードルを無駄に上げるのはやめてほしい。
しゅんとしたファルクの背中を、アルメはペシッと叩いてやった。
■
そうして翌日、アルメは表通り店に歩を向けた。の、だが、店にコーデルの姿はなかった。
「あら? コーデルさん、外に出てる感じですか?」
「あぁ、オーナー、こんにちは。店長はちょうど今さっき、入金に出たところです」
どうやらコーデルは銀行に売り上げを預けに行ったみたいだ。今さっき出たということは、戻るまでに時間がかかるだろう。
その間、何をして待とうか――と考えて、アルメはすぐに動き出した。
このまま店の奥で雑務に勤しんでもいいのだけれど、どうにも気持ちが急いていて、ソワソワして落ち着かない。
ここは気分に従い、外に出てカラースプレーのヒントを探してみることにしよう。
従業員に声をかけて、アルメはアイス屋を出ることにした。向かう先はお隣の店――リトのケーキ屋だ。
お菓子作りに関して、彼女は大先輩である。きっと自分よりも多くの知恵を持っているはず。何か、着色方法のアドバイスをもらえたら――という思いで訪ねたのだけれど、カウンターに立つリトの顔を見て、アルメは目をパチクリさせてしまった。
リトの短い前髪の下の目元には、どんよりとした濃いクマが浮かんでいる。
「こんにちは、リトさん。って、どうしたんですか、その目のクマ……!」
「こんにちは~。いやぁ、ね、ちょっと悩み事があって。も~、聞いてよ~」
挨拶をするや否や、リトはカウンターの端にアルメを呼んで、ペラペラと話し始めた。
「実は最近、お貴族様から注文が入ってね。八歳になるご令嬢の誕生パーティーに、是非アイスケーキを、って話なんだけど……」
「え、何かアイスケーキに問題が!?」
アイスケーキはアルメのアイス屋とのコラボ商品だ。売上のいくらかをもらう形で、商品の企画開発を共同で行い、材料となるアイスを納品している。
何か問題が起きたのなら、アルメにとっても大事だ。が、リトは首を振った。
「アイスケーキ自体には何も問題はないわ。ただちょっと、私が勝手に悩んでるだけで……。パーティーはご令嬢のお母様が主催で、ケーキもお母様がお決めになったのだけど……それがまぁ、肝心のお子様の意見はガン無視だったものだから、何だか可哀想になっちゃって」
リトは寝不足らしく、目をしぱしぱとさせながら悩み事を語った。
最近、とある男爵家から、子供の誕生パーティー用のアイスケーキのオーダーが入ったそう。パーティーは母親が主体となって催すサロンのようなもので、交遊関係にある他家の令嬢とその母親をゲストに呼ぶ予定だとか。
実質、誕生パーティーという名の社交場である。そういう場でのケーキなので、『洒落たデザインを』という基準で母親がケーキを選んだとのこと。
けれど、肝心の子供――主役である令嬢の意見は無視される形でのオーダーだったので、心が痛んでしまったのだとか。
「ご令嬢は『猫ちゃんアイスケーキ』が良かったみたいなんだけど……お母様に、『こんな恥ずかしいケーキを人様に振る舞うなんて、駄目に決まってるでしょう』なんて怒られちゃってねぇ」
「それは……可哀想ですね」
アルメは聞き入りながら、アイスケーキ用のショーケースに飾られている猫ちゃんケーキに目を向けた。
ドームケーキに三角の耳と猫の顔が描かれたケーキだ。このゆるくて可愛らしいデザインはタニアに依頼したものである。お子様に大人気のアイスケーキ……だけれど、確かに、貴族が見栄を張り合うようなサロンの場では、向いていないデザインかもしれない。
「お母様がお決めになったケーキは、こっち」
リトはオーダーが入ったほうのケーキを指差した。猫ちゃんとは正反対の、大人っぽい洗練されたデザインのアイスケーキだ。飾りは極めてシンプルで、子供から見たらつまらない見た目かもしれない。
「お母様とお子様、両方のニーズを満たすような、新しいデザインでも考えられたら――って思って、夜な夜な考えてみてるんだけど……まぁ、難しいわねぇ。なんせ好みが正反対だし」
「それで、その目元のクマですか」
「もう時間もないんだけど、一応、ギリギリまで粘ってみるわ。あぁ、ごめんなさいねぇ、長々と愚痴ってしまって。アルメさんのご用事は?」
話し終えると、リトはパッと話題を切り替えて、アルメの話を聞く姿勢に入った。
アルメは苦笑しながら、今度は自分の悩み事を話し始める。
「実は私の方も、お悩み相談になってしまうのですが……アイシングクリームを鮮やかに着色する方法を探していまして、知恵をお借りできないかと。こういうビビッドな色合いが理想なのですが――」
話しながら、鞄からルーミラのデザイン画を取り出す。昨日ファルクから預かったものだ。
「まぁ、派手なイラスト! ふふっ、お花が紙からはみ出してるわ。豪快だこと。どちらの画伯の作かしら?」
「聖女ルーミラ・エテス・グラベルート様の御作でございます」
「……か、活力に満ちあふれた、素晴らしい御作でございますねぇ……」
リトは息を呑んだ後に、コメントの言い回しを微妙に変えた。アルメは苦笑しながら事情を話す。
「こちら、アイスのデザインだそうでして。これを実際に形にする、というオーダーを受けましてね。アイシングを砕いて顆粒にして、全体にまぶす、という方法を考えたのですが、ジャムでの色付けだと発色がいまいちで」
コソッと声を潜めて、話を続ける。
「お城からの依頼――というか命令なので、予算は考えなくてよいとのことでして。何か良い方法はないでしょうか? 宝石粉とかを使えば上手くいきますかね?」
材料に関しては、必要なものを申請したら城のほうで手配してくれるとのこと。ファルク曰く、協力の謝礼として、少し融通も利かせてくれるそう。――具体的に言うと、城側が仕入れた素材をいくらか頂戴することも可能、という話だ。
という内容をリトに話すと、彼女はふむと考えて、答えてくれた。
「宝石粉はコーティングやトッピングに向いてる素材だから、混ぜ込むと煌めきが消えて持ち味を活かせないわ。クリームに混ぜるなら、妖精花の粉末のほうが良い色が出るはずよ。お高い希少な素材だけど、お城を通すなら仕入れも問題ないでしょう?」
「なるほど、そういう素材が……勉強になります」
望んでいた答えを、思いのほかすんなりと得ることができて、アルメは深々と頭を下げた。
「知恵をお借りしたお礼に、リトさんにもお礼のお品を差し上げますね」
「んっふっふ、是非ともおこぼれに預かりたく。お城からの依頼って、レシピだけ提供する感じ? それとも、アルメさんも直接お城に上がったりするのかしら?」
「召集の命が下りましたので、登城する予定です。聖女様自ら、このデザインのアイスをお作りになりたいそうでして。誠に恐縮ながら、アイス作り教室を開いてきます」
「なんとまぁ……アイス作り教室!」
「と言っても、そう大袈裟なものではなく。素材を用意しておいて、聖女様方にはデコレーションをメインに楽しんでいただこうかと思っています。気軽な体験型イベントのような感じで」
アルメの前世には色々な体験型イベントがあり、お菓子作りも人気があった。
ゼロから本格的に作り上げる教室もあれば、あらかじめ用意されている材料を使って、楽しい工程だけ体験するという軽いイベントまで、様々だったように思う。
今回は幼いルーミラが主役の御遊会ということで、後者の気軽なタイプを提案し、ファルクにプランを託しておいた。
――というような企画の概要を話すと、リトは何か思いついたようにポロッと独り言をこぼした。
「自分でデザインしたアイスを自由に作る、デコレーション体験イベント……。それ、いいかも……!」
何を閃いたのかはわからないが、彼女のクマのある顔がパッと明るくなったように感じたので、きっと良いことに違いない。
アルメはわからないながらも、とりあえず笑みを返しておいた。




