232 サプライズ三連発
夕方を過ぎた頃、自宅で夕食を作っていたアルメの耳に、ガチャリと扉の開く音が届いた。それと同時に弾んだ声がもたらされて、家の中に響き渡る。
「お邪魔します、アルメさん!」
「いらっしゃい、ファルクさん。今日はお喋りの寄り道ですか? それともお夕食を?」
「食事をご一緒させていただきたく。夜にはまた仕事に戻りますが、今日は時間に余裕がありますので、ゆっくりと食後のお喋りも」
最近、二人の間では、こういうお決まりの合言葉のような会話が交わされるようになっている。
ファルクは預けた合鍵を存分に利用して家に出入りしているのだった。
ちょっとお喋りをするために寄ったり、夕食を共にしたり――と、夕方から夜にかけての時間帯に、ほぼ毎日顔を出すようになっている。
中央神殿とアルメの家との往復は大変そうに思えるけれど、本人は楽しそうにしているので、まぁ、特に何も言わずにいる。
音もなく来訪していて、突然背後に現れてひっくり返ったことがあったので、来た時には声をかけてくれという申し出はしておいたけれど。
ファルクは居間に上がりながら変姿の首飾りを外して、肩に下げていたクーラーボックスと思しき荷物をテーブルに置いた。
さらに鞄から書類包みを取り出して、キッチンで鍋をかき混ぜているアルメの側に寄ってくる。一枚の紙を取り出して、仰々しい所作で渡してきた。
「今日はアルメさんにお土産をお持ちしました。新作アイスのデザイン案です。こういうカラフルなアイス、いかがでしょう? アイス屋にないデザインなので、どうかなと思い、ご覧に入れたくお持ちしました」
「新作アイス案、ですか?」
受け取った紙には、極めて鮮やかな色合いのモザイク画のようなアイスが描かれている。びっしりと乱れ打ちされたドットは力強い筆跡で、飾りの花は一部分が紙からはみ出していた。勢いに満ちた絵だ。
披露されたド派手なアイスデザインに、アルメは声を上げて笑ってしまった。
「すごく派手なアイスですね! 元気いっぱい、という感じで面白いです。子供に人気が出そう。これ、ファルクさんがお描きになったんですか? ふふっ、前衛的な画風ですねぇ」
「いえ、これは実は、聖女ルーミラ様がお描きになられたデザインでして」
「……大変華やかでいて麗しく、見る者を元気にしてくださいます、見事なデザインでございますね。さすが未来の守護聖女様、時代の先端を走っておいでで……」
見せる前に言ってくれ、と呻きそうになって、アルメはグッと奥歯を噛んだ。神妙な面持ちでコメントの修正をしていると、続けてファルクが書類を取り出す。
「それで、あの、突然のお願いとなってしまい大変恐縮なのですが……ルーミラ様が、こちらのデザインのアイスを自らお作りになってみたい、とのことでして」
「え? ええと……?」
「城の者たちと協議した結果、こういう企画が持ち上がりまして――」
少し困ったような笑みを浮かべたファルクに、今度は数枚の書類を渡された。紙には金箔でルオーリオ城の紋章が押されている。
「……第一回、ルオーリオ城、製菓御遊会……?」
「氷菓作りの第一人者として、アルメさんにも登城を願いたく、どうかご検討を……。アイス作りの講師として」
「検討を、というか、もはや召集の命令じゃないですか……」
「急なお呼び出しで、大変申し訳なく存じます……」
書類には既にアルメの名がばっちり記載されていた。
アルメと城との関係は、先の祝宴での縁もあるし、加えて魔祓いの縁もある。そしてこの度、上位神官という公人と婚約したことで、さらに縁が深まったところだ。――要は、ちょうど呼びやすい位置にいる適した人間として、さっさと召集の命が下されるに至ったのだろう。
前にファルクが、公人と縁を結ぶと城に上がる機会が増える――なんてことを言っていた気がするが……まさに、早速その状況がきたみたいだ。
遠い目をしながら二枚目の書類を見ると、参加者の名前が書かれていた。聖女ミシェリアとアーダルベルト王子の名前が見えた気がしたが……見なかったことにしよう。
とりあえず、拒否権がないということは理解した。
「……うん……はい、アルメ・ティティー、参ります。頑張ります……」
「ご助力に感謝申し上げます……謝礼も相応のご用意がありますので、お納めください。急遽決まった会なので、まだ企画内容自体、朧ではありますが、そのあたりもご意見をお伺いさせていただきたく」
「日もまた随分と近いですね。来週の末ですか……」
「幼き聖女様を長くお待たせするのは忍びなくて……。当日は城のシェフも補佐に入りますので、サポート等はなんなりと。問題はこちらのアイスデザインなのですが、作れるでしょうか……?」
「う~ん……このカラフルアイスを……」
一旦書類をファルクに返して、もう一度デザイン画に目を向ける。カラフルなドットをギュッと丸く固めたようなデザインのアイスだ。
「つぶつぶ霰アイスを丸く固めてみる、とか?」
「その方法は俺も考えたのですが、霰アイスは色が淡くて、粒も大きいからイメージと離れそうな気がして」
「そうですね。ビビッドな色合いで、もっと細かい粒となると――……あ、カラースプレーをまぶしたら、イメージに寄せられるかも」
「カラースプレー?」
アルメは頭に思い浮かんだイメージに頷き、ファルクはキョトンと首を傾げた。
カラースプレーは前世にあったお菓子のトッピングだ。カラフルな色合いの小さな粒で、振り掛けるだけでパッと華やぐ素敵な製菓材料。
「色とりどりの細かい顆粒状のトッピング材料です。チョコとか砂糖とかに色付けしたものでして、このデザインに近いものが作れそうな気がします。ご飯の後にちょっと作ってみましょうか? 試しに」
「是非、お願いします!」
「――さ、それじゃあ、まずは夕食をいただきましょう」
ぐつぐつと煮立っているシチューをぐるりとかき混ぜる。急く気持ちや考え事はひとまず置いておき、まずは夕食を取ることにした。
野菜たっぷりのチキンシチューとパン、チーズとトマトのサラダが本日の献立だ。
食事を始めてすぐに、ファルクが新たな話題を出してきた。どこか躊躇いがちに口にされた話は、これまた思いがけない内容だった。
「御遊会の話に続いて、もう一つ急なお話になってしまうのですが……そのうちに、一度、故郷に足を運ぼうかと考えておりまして。人生の節目を迎えた今、お世話になった聖女様に改めてお礼を申し上げたくて」
「極北への旅ですか? と、なると、長旅になりますよね? どのくらいになるのでしょう」
「往復で一月くらいでしょうか」
「それは……寂しくなりますね……。いつ頃を予定していますか?」
仕事の都合で長期間会えなくなるということ自体は、今までも何度かあったことだが、『故郷に帰る』という理由だと、何だか寂しさが増す心地だ。
けれど止めるというのも憚られる。とりあえず詳細を聞くべく問い返すと、さらに思わぬ言葉が返ってきた。
「まだ決めてはいませんが、近くを予定しています。それで、一つご相談がありまして。あの、もし、もしご都合が合えば、なのですが、アルメさんもご一緒にいかがでしょう」
「私もですか? ベレスレナに?」
「婚約旅行がてら、という感じで……いや、でも結構な道のりなので、本当に気が向けばという話なのですが。もちろん、もし前向きにお考えいただけるのであれば、快適な旅をお約束いたします!」
ファルクの説明によると、ルオーリオから極北の街ベレスレナまでは、半月ほどかかるとのこと。街道の村や街をたどりながらの旅になるので、過酷な悪路の心配はないそうだ。
「ただ、こことはずいぶんと気候が違う土地ですから、雪と寒さに不慣れだと、楽しめない部分も出てくるかもしれませんが……」
彼の話しぶりから察するに、大いに迷った末のお誘いみたいだ。
道のりや期間を考えると、アルメとしても迷うところではあるけれど……でも、この機会を逃したら、もうこの先、極北の街を訪れる機会なんてないかもしれない。
ベレスレナの話は、時々彼から聞くことがあるけれど、きっと聞くのと見るのとでは段違いであろう。
(ファルクさんの故郷かぁ。行けるのならば、行ってみたい気も……)
彼の故郷を訪れてみたい気持ちは、確かにある。それに、これから先は新ブランドにも本格的に力を入れていくことになるだろうし、長期の婚約旅行なんて、それこそ今しか時間を取れないかもしれない。
諸々を考えつつ、迷いつつ、という感じではあるけれど……アルメはとりあえず、今の気持ちとして前向きな返事をすることに決めた。
「旅程が長いので、ちょっと考える時間をいただいてもいいですか? お店のみんなとも相談して、という感じになりますが……またとない機会ですし、ご一緒させていただく方向で考えてみようかと思います」
「本当ですか!? ありがとうございます! ご一緒できるのなら、とても嬉しいです! あぁ、でも、どうかご無理はなさらずに。ご都合が合わなければ、おっしゃってくださいね」
「はい。なるべく早めに、改めてしっかりとお返事をしますね」
「お待ちしております!」
暫定的ではあるけれど、その後も婚約旅行の話で盛り上がりながら、二人は夕食のひと時を過ごした。
そうして食事が終わりに差し掛かった時に、ファルクがテーブルの端に置いていたクーラーボックスに手を伸ばした。
先ほどから気になってはいたのだけれど、話題を出すタイミングを逃していた。アルメは今だ、と、口を開いた。
「さっきから気になっていたんですが、そちらは?」
「ふっふっふ、実はデザートを作ってきましてね。俺が考案した新作アイスです!」
「ファルクさんの新作アイス!?」
今日はサプライズが多い日だ。驚くアルメの前に、ファルクは得意げにガラス容器を出してみせる。
氷魔石によってキンキンに保冷された容器の蓋をパカッと開けると、中にはコロンとした一口アイスが十数個収められていた。
チョコで覆われていて、一つ一つ丁寧に目とくちばしが飾り付けられている。
「アイスをチョコでコーティングしてみたんです。名付けてチョコ鷹ちゃんアイス! さぁ、どうぞお召し上がりを!」
「え、ええと、いただきます」
ズイと差し出されたフォークを受け取って、チョコ鷹ちゃんアイスを一つ頬張った。
パリパリのコーティングチョコの口当たりが良くて、風味も濃厚で美味しい。表面のチョコと、中のチョコアイス、二種類の味わいが口の中で混ざり合って、絶妙だ。
もぐもぐと咀嚼しながら、アルメは胸に浮かんできた思いを噛み締めて、複雑な顔をする。
(……――こういうアイス、確か前世にあったわね)
一口大のチョココーティングのアイス――……前世では六個入りくらいでパッケージングされて、販売されていた覚えがある。
「文句なしに美味しくて、見た目と味のクオリティも素晴らしいですね。…………く……」
「く?」
ウキウキソワソワとコメントを待っていたファルクに、アルメはつい本音をこぼしてしまった。
「く……悔しい…………私としたことが、ファルクさんに先を越されるとは……ぐぬぬ……」
「えっ、っと、ご、ごめんなさい……!?」
こういうアイスの形状に覚えはあったはずなのに、今の今まですっかり意識に上ってこなかったことが悔しい。
そして、まさか知らぬはずのファルクに、完璧な形で再現されて出されることになろうとは……。
アイス作りの第一人者、なんて肩書きに胡坐をかいている場合ではない。うかうかせずに、自分ももっと精進しなければ。
そんなことを思って渋い顔をしているアルメを見て、ファルクは思い切り動揺してしまった。
(ま、まずい……! 悔しがられるのは想定外だった……! 喜んでもらえると思ったのだけれど……)
アルメに喜んでもらって、良い雰囲気になったところで、件の自身の不可解な生まれの話をふわっと軽やかにしてみよう――という流れを考えていたのだけれど、予定は変更だ。
話はまた今度、話しやすそうなタイミングが来た時にしておこう……。
渋い顔をしながらも、アルメは『美味しい……止まらない……』と呟きながら、チョコ鷹ちゃんアイスをヒョイヒョイパクパクと口に運んでいた。




