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231 天真爛漫お子様聖女

 新作チョコ鷹ちゃんアイスは、入院棟の子供たちから高評価を得た。


 というわけで、聖女ルーミラの魔法薬アイスも早速、新作仕様にしてみた。服薬の時間に合わせて、ファルクはクーラーボックスにアイスを収めて彼女の元へと向かう。


(気に入ってもらえるといいのだけれど)


 さて、どうだろうか、と反応を想像しながら、城内を移動して彼女の部屋を訪れた。


 ルーミラはもうすぐ五歳を迎える。いつもは中庭で元気に遊んでいるところだが、今日は草刈りが入るため、自室で過ごしているよう。


 ノックをして入室すると、机に向かっている小さな姿が見えた。今日はお絵描きに勤しんでいるらしい。


 顔料を固めた棒状の絵の具を散らかしながら、紙いっぱいに動物の絵を描いていた。


「お部屋にお邪魔いたします、ルーミラ様。ふふっ、素晴らしいイラストですね。今お描きになられているのは白猫さんですか? なんて可愛らしい――」

「これはうさぎさんだよ」

「……失礼いたしました。白うさぎさん、可愛いですねぇ! あぁ、こちらの茶色のうさぎさんも、大きくて大変愛らしく――」

「それはお馬さんだけど」

「……」


 ルーミラは手を止めて振り向き、ジロッと鋭い睨みを寄越した。


 二回連続で外すとは、なんという失態……。ムッと睨みつけるルーミラと、控えた位置でやれやれと頭を抱えている側仕えたち。ばつが悪いことこの上ない。


 苦し紛れに咳ばらいをして、ファルクは強引に空気を切り替え、クーラーボックスを机の端に置いた。


「ええと、ルーミラ様の芸術の才には及びませんが……俺も、お菓子をデザインして参りました。新作アイスのご試食に、どうかお付き合いくださいませ」

「何? 新しいの考えたの?」


 興味を引かれたらしい彼女の前に、すかさずアイスを収めたガラス容器を差し出して、お披露目する。


 小さな容器の中には、一口大のチョコ鷹ちゃんアイスがちょこんと三つ寄り添っている。見るや否や、ルーミラは表情を一転させて、目を輝かせた。


「わ、可愛い! つやつやチョコの黒ヒヨコだ! ほんとに新しいアイスだね、美味しそう!」

「一応、鷹です、鷹。チョコ鷹ちゃん。右端からお召し上がりください」


 今度はファルクが名前を訂正することになったが……ルーミラは構わずに、添えられたフォークでヒョイと摘んで頬張った。


「チョコ、パリパリしてて美味しい。白悪魔、転職してお菓子屋さんになるって本当だったんだね」

「お耳が早いですねぇ。でも、転職などはいたしませんよ。…………ルーミラ様、つかぬことをお聞きしますが」


 ひょいひょいとアイスを頬張っていくルーミラに、ファルクは声をひそめて話しかける。『白悪魔』の呼び名が、今更ながら少し引っかかったのだ。


 つい、聞いてみてしまった。


「ルーミラ様の目には、俺がどのように見えていますか?」


 突然の問いかけに、ルーミラは大きな青い目をキョトンと丸くした。


(……いや、聖女のご身分とはいえ、幼い子供への問いかけとして不適切か)


 彼女の表情を見て、すぐに質問の撤回を決める。笑顔で取り繕って、ひそめた声を元に戻した。


「――なんて、おかしなことを聞いてしまいましたね。申し訳ございません、お忘れください」

「んー? んー。んー?」


 ルーミラはファルクの様子に首をかしげながら、最後のアイスをもぐもぐする。ごくんと飲み下した後、話を流さずに返事をくれた。


「どう見えるって、白悪魔は白悪魔でしょ。ランプがキラキラしてる。それプレゼント?」

「ランプ……?」


 要領を得ない話に、今度はこちらが首をかしげる。ルーミラは小さな人差し指をファルクの胸元にちょいと当てて、無邪気な笑みを浮かべた。


「ここのランプ。光が入ってるでしょ? ほんとはねぇ、一回消えたらもうダメなんだけどねぇ、たぶんプレゼント貰ったんだよ。でも貰い物だからねー、なんかちょっとゆらゆらしてる。だけど、みんなで何とかしてるから大丈夫だよ。しぶといランプだし。わたしも灯してあげてるから、感謝してほしい」

「は、はぁ。ありがとう、ございます……?」


 やはり聖女は、自分のような下々の者には理解できないような世界を見ているらしい。答えを聞いてもよくわからず、曖昧に笑う他なかった。


 何てことないようにサラッと会話を切り上げて、ルーミラはまた机に向かった。棒状絵の具を手に取って、新しい紙を目の前に広げる。


「黒ヒヨコアイス可愛かったけど、でも、わたしのほうがセンスあるよ」


 ペラペラとお喋りを繰り出しながら、彼女は新しい絵を描き始める。淡い黄色で円を描いて、その円の中を埋めるように、色とりどりの絵の具で点々を描き入れていく。


 ブワッと隙間なく点々を描き込んだら、最後に花の絵を添えて、ファルクに自慢げに見せてきた。


「見て、わたしもアイスデザイン描いた。新しいやつ」

「これはこれは! カラフルで華やかですね! まるでモザイク画のようなアイス!」


 描いていたのはアイスのデザインだったようだ。丸いアイスをカラフルな点々でコーティングしてみた、という雰囲気のデザイン。


 絵を手に取り、思わず真剣に見入ってしまった。


(これは……つぶつぶ霰アイスを丸く固めた感じだろうか? いや、もっと細かいドットでアイスを覆うような感じか? なんて斬新なデザイン。アイス屋にもこういうものはないし、街のお菓子屋でも見たことがないような。……このデザイン、いいな。すごくいい……)


 自分は新作案を捻り出すために、数日悩み通したというのに。ルーミラはあっという間に奇抜なデザインを繰り出してきた。子供特有のものか、その感性が羨ましい。


 感心しつつも、ちょっと嫉妬してしまった。


 唸り声を上げるファルクを見て、ルーミラはご機嫌な声で言う。


「このアイス、ほんとに作れないかな? お父様とお母様にあげたい」

「プレゼントですか? そういえば、先日ご結婚の記念日を迎えられたばかりでしたね。ルーミラ様からのプレゼントとあらば、さぞやお喜びになられることでしょう。……ふむ、」


 少し考えて、ファルクはルーミラにこそりと提案する。


「ルーミラ様、俺と組みませんか? よろしければ、俺にあなたのデザインを託していただきたく。代わりに、こちらの新作アイスの実現に尽力いたします」


 ルーミラの奇抜なアイスデザインを、是非、アルメの元に持ち込みたい。そして有能な持ち込み者として褒められたい――。という、下心もありの提案だ。


 アルメからデザイン実現のための知恵を借りられるかもしれないし、アルメもきっと、ルーミラの感性を新作のヒントとして活用できるに違いない。


 誰もが得をし得る提案である。ルーミラは察しよく、すぐに乗ってきた。


「ん、いい話だね。いいよ、組んであげる」


 ルーミラは小さな手を差し出し、ファルクが大きな手を結ぶ。今ここに、合意の握手が交わされた。

 けれど、彼女は直後に別の話を盛り込んできた。


「あ、でも待って、作るのはわたしがいい。ミシェリアお姉様、お城の料理するとこでお菓子作ってるんでしょ? わたしもそれやりたい。アイス作る」

「えっ? ええと、それは各所に相談してみてから――」

「じんりょく、するんでしょ? してよ。早く作りたいから、早くしてね」

「……はい」


 有無を言わさぬ命をくらって、返事をしてしまった。


 幼い聖女が厨房で自ら料理をする――という前代未聞の要求を通す許可を、各所から得なければ……。

 この後の予定は急遽変更。城内を奔走することになりそうだ。


 ファルクはちょっとだけ遠い目をしつつ、早速、頭の中で新たな予定を組み始める。

 ――と、その様子をしばし眺めて、ルーミラは思い出したように、話題を一つ前に戻した。


「――ねぇ、さっきなんで変なこと聞いたの? どう見える、とかって」

「あぁ、いえ、なんとなく白悪魔という呼び名が気になってしまって」

「ふーん。なんで? 嫌なの?」


 素直に答えると、ルーミラはキョロッとした目を向けて、まじまじとこちらを覗き込んできた。


 そうして考え込む顔をした後、何か決めたように、ふむと頷く。


「前まではさぁ、毒みたいなお菓子持ってきてたから悪魔って呼んでたけど……最近アイス美味しいから、名前変えてあげよっか」

「おや、それは光栄です。ふふっ、次はなんて呼んでくださいます? 白鷹、もしくは白ヒヨコでしょうか? それとも白ミミズ?」

「うーんとねぇ、えっとねぇ~」


 ルーミラは普段あまり見せない、もじもじとしたぎこちない笑みを浮かべて、もにょもにょと告げてきた。


「次はねぇ、『ファルク』って呼ぶ。ルーグ様もそう呼んでるでしょ? 仲良しだったら呼んでいいって聞いたよ。わたしも仲良しだと思うから、呼びたい。いいでしょ?」


 想像していなかった愛称呼びを受けて、思わず目を見開いたまま固まる。大いに驚き、そして直後に、思い切り表情を崩してしまった。


 初めて真っ当な愛称で呼ばれた感動と嬉しさに、破顔を止められない。満面の笑みで敬礼を返して、了承の返事をした。


「えぇ、えぇ! どうぞファルクとお呼びください!」


 つい先ほどまでの遠い目はどこへやら。我ながら現金なものだが、この後の城内奔走は全力をもって取り組ませていただくことにする。仲良しの、幼き主のために。


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