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230 神官の思いつきアイス

 仕事に復帰してから数日――。

 ファルクは合間合間に新作アイスの案を考え続けていた。が、そうパッと思い浮かぶわけもなく……。


(何か人気の出そうなアイス……う~ん、思いつかないな。真新しく風変わりでいて、可愛らしいデザインが理想だが……)


 真剣な面持ちで悩み込んでいる白鷹を見て、周囲の人々は未だヒソヒソ声を交わしている様子。『白鷹様、やはりご転職を悩まれているのでは……?』と。


 執務広間にて、今もこちらの様子をうかがっている神官たちが複数人。ちょうどいいので、ヒントを得るべく声をかけてみることにした。


「――失礼、ちょっとお伺いしたく。今、街で流行っているスイーツなどはありますか?」

「え? スイーツ、ですか?」

「街で流行っているもの?」


 流行を取り入れるのも手だろうと、近くにいた男女の神官たちに聞いてみた。彼らは突然の問いにポカンとした後、少し考えて、思い出したように話し始める。


「僕はあまりそういうものに詳しくないので……あ、でも、街の流行というか、神殿公園ではシューアイス販売機が人気ですよね。あの、レバーをガチャっとまわしたら出てくるアイス」

「あれ面白いですよね。私も好きで、帰りがけにちょくちょく寄ってます。最近、出てくるまで味がわからない、全種ごちゃまぜの販売機が加わったのが楽しくて」

「なんと、無作為に出てくる販売機が!? それは初耳です! ――確かめねば……!」


 知らぬ間に、面白そうな仕様変更がなされていたらしい。新作案を考えつつ――ちょうど昼休憩を取ろうとしていたところだし、確認するべく公園に向かうことにした。


 

 懐に小銭を忍ばせて公園に急ぐ。シューアイス販売機の周囲は今日も賑わっていて、特に子供たちが多い。


 白鷹が顔を出すと、子供たちはキャッキャとはしゃぎ、大人たちもワッと寄ってくる。が、そんな人の群れに注意を向ける前に、ファルクの目は見知った姿を捉えた。


 自販機の前にはカイルが立っていて、思わぬ鉢合わせをしたのだった。


「おや? カイルさんもおやつを買いにいらしたのですか」

「ファルケルト様。いや、僕のおやつではなく、ちょっと患者用に――」


 カイルは返事をしながら、チョコ味の販売機のレバーをガチャッとまわした。ガチャガチャと次々まわして、数個のシューアイスを出していく。


 手持ちのクーラーボックスにしまいながら、困ったような笑みを浮かべて事情を説明しだした。


「僕の受け持っている入院棟の患者は子供が多くて……。薬を嫌う子も多いので、どうしようもない時は、こうしてアイスを使っていまして。半分に割って、中に薬を混ぜ込んで食べてもらう、と」

「あぁ、薬の誤魔化し用に」

「ファルケルト様が聖女ルーミラ様に魔法薬アイスをご用意しているのを参考にさせていただき、薬を嫌って癇癪を起こしてしまう子供たちにも、アイスを使わせていただこうかと」


 聖女ルーミラは幼い体に負担がかからないように、魔法薬で魔力をコントロールしている。


 その薬が酷い色と味なので、濃厚なチョコアイスに混ぜることで誤魔化し、服用してもらっているのだ。


「アイスでの誤魔化しを試し始めたのは、つい最近なんですが、なかなか上手くいっているので、もしよろしければ聖女様だけでなく、城下の患者にも薬用アイスを作る許可をいただけたらと思うのですが、いかがでしょう。今はこうして販売機で都度シューアイスを購入したり、軽食屋でアイスクレープを仕入れたりしているのですが、いっそまとめて作ってストックしておきたく」


 カイルは考えを口にして、ファルクに伺いを立てる。すぐに頷き、許可を出した。


「甘いものの取りすぎには注意が必要ですが、服薬の補助として良いのではないでしょうか。レシピをお教えしますよ」

「ありがとうございます! ご教示いただきたく思います。――でも、アイスのレシピって、元々ティティー様がお考えになられたものですよね? 僕が作ってしまっても問題ないのでしょうか?」

「えぇ、許可をいただいているので大丈夫です」


 服薬の補助として、アルメのレシピを用いて城や神殿でアイスを作ることの許可は、既に得ている。

 

 問題ない旨を話しながら、ファルクは百G硬貨を取り出して販売機に投入した。選んだ筐体はもちろん、新しく加わったという『ランダム仕様』の販売機だ。


(さて、何味が出てくるか――)


 硬貨を四枚入れて、レバーをガチャガチャッとまわす。出てくるまでのワクワクがたまらない。なるほど、このくじ引きの高揚感は病みつきになりそうだ。


 ポンと出てきた袋を手に取り、いそいそと開封する。出てきたシューアイスは――なんと、黒かった。


 いや、正しくはこげ茶色か。普通の淡いベージュのシュー皮とは違う色が出てきて、目を丸くしてしまった。


「これは? 新作シューアイスでしょうか? アルメさん、いつの間に……」

「チョコ皮のシューですね。それ、レアですよ!」


 ふと周囲を見てみると、囲んでいた子供たちがキラキラした顔でこちらを仰ぎ見ていた。


「すげー! さっすが白鷹様だ! 一発で出した!」

「白鷹様が引いたから、もうレアシューは出ないかなぁ?」

「一日三個くらいって噂だから、まだ出るかもよ! 僕次やってみる!」


 子供たちはワイワイ盛り上がっている。何やら、自分は当たりを引いたようだ。


 『やったー!』と、はしゃぎたい気持ちをグッとこらえて、涼やかな大人の顔を保つ。黒シューを一口かじってみたら、中もチョコアイスだった。


(うん、美味しい! チョコ皮にチョコアイス、か――……待てよ、このシューアイスと同じように、チョコアイスをチョコでコーティングしたアイスとか、どうだろう? アルメさんのアイス屋では見たことがないデザインだし、新作としてよいのでは……!?)


 ピンときた閃きに膝を打ちつつ、ファルクはカイルを伴って歩き出す。


 薬用アイスのレシピを伝授しがてら、ちょっと試作をしてみようか――なんてことを考えながら、神殿へと向かった。




 神殿で各々所用を済ませた後、二人は城の厨房に移動した。


 聖女ルーミラ用のアイスは城の冷凍庫にストックされている。口にするのが聖女だから、という理由で厳重な管理がなされているが、庶民用のアイスであれば、カイルの管理でも問題はない。


「材料もそろっているので、とりあえず今回は城の厨房をお借りして作り方をお教えしますが、今後は神殿での製作や保管で問題ありませんので」

「承知しました。……ところでファルケルト様。あの……尊きお方の御前でのアイス作りとは、聞いていなかったのですが……」


 緊張で小声を固くしたカイルが、チラチラと目を向けているほうを見る。


 二人がアイス作りを始めようとしているテーブルには、思いがけない見学者までつくことになったのだった。なんと、聖女ミシェリアと、その婚約者のアーダルベルト王子が現れたのだ。


 ミシェリアは最近、菓子作りにハマったのだとか。受動的に娯楽を消費することに飽きて、自ら生み出すという能動的な楽しみを、菓子作りに見出したらしい。

 もっぱらアーダルベルトが好む菓子を作り出そうと試行錯誤しているそう。

 

 我が道を突き進む彼女は、今日も下々の者の目などどこ吹く風で、厨房の冷蔵庫を物色しに来たところらしい。アーダルベルトは、彼女を見守る騎士(ナイト)としての同行か。


 そうして偶然、神官たちのアイス作りを目に留めて、見学を決め込むことにしたようだ。


 アーダルベルトの威嚇めいた睨みを流しつつ……ファルクはカイルと共にアイス作りを開始した。


 アルメに教えてもらったレシピはばっちり頭の中にある。カイルに説明しながら、湯煎でチョコを溶かしてメレンゲと生クリームを加え、混ぜていく。


 テキパキと作業を進めて、氷魔石で冷やし固めたらチョコアイスの完成だ。


 あとはこれを適量取り分けて、薬を混ぜて一口サイズの小玉にし、もう一度固め直して服用させる――という流れである。


「混ぜ込む薬の味の強さによって、チョコの分量を調整することをおすすめします。濃厚なチョコアイスでも誤魔化しきれない薬の時は、口直しのアイスもひと玉用意しておくと、お子様の機嫌を取れますよ」

「なるほど……ありがとうございます。そのようにします」


 カイルは手早くメモを取って、再度作り方を確認する。そうして一息ついてから、ふと視線をテーブルの端に向けて問いかける。


「そちらの溶かしチョコは余りでしょうか? ずいぶんと量がありますが」

「これはこれから使う分です。ちょっと新作を作ってみようかと思いまして。上手くいくかはわかりませんが」

「はぁ、新作ですか?」


 ポカンとしたカイルをよそに、ファルクは溶かしチョコのボウルへと手を伸ばす。ちょうどいいので、先ほど思いついた新作アイスの試作をしてみることにしたのだ。


 説明用に作り上げたチョコアイスをすくって、スプーンの上を転がして丸く整える。作った小玉をフォークの上に移し、氷魔石に近づけてキンキンに冷やし、しっかりと固める。


 その小玉をぬるい溶かしチョコにさっとくぐらせて、また氷魔石へと近づける。冷やされたチョコはすぐに固まり、アイスの小玉はつややかにコーティングされた。


 次々作って、浅い金属容器――バットに移し、コロコロと並べていく。


 いくつか作ったら、続いてレモンの皮の端を拝借して、フルーツナイフの先で細かく刻む。ピンセットで摘まみ、接着用にチョコをちょんと付けて、コーティング小玉に目とくちばしを飾ってみた。


「よし、できました。名付けて『チョコ鷹ちゃんアイス』です!」


 名前を口にすると、作業を見守っていた面々が目をパチクリさせた。


 作り上げた新作は、チョコ色の黒い鷹のアイスだ。ホワイトチョコがあったら、白鷹ちゃん仕様にできたのだけれど……あいにく、自由に使える材料が普通のチョコしかなかったので、この色の仕上がりである。


「最近、ルーミラ様が別のアイスをご所望されるようになってきまして……。でも、濃い味のチョコアイスでないと、薬の味を誤魔化せないので、どうしたものかと考えていたのです。こうして変化を加えれば、飽きにも多少は対応できるかと」


 思いついた新作アイスの案は、ルーミラの服薬用としても使えそうだ――と、考えて、作ってみた次第である。


 これまでもアイスをデコレーションしてみたり、フルーツを添えてみたり、というささやかな変化はつけてきたけれど、それでもやはり飽きはくるというもの。


 今回のこういう大胆なチョココーティング仕様は、見た目にも新しいアイス感が出るので、良さそうだ。


 チョコ鷹ちゃんアイスをまじまじと見つめて、ミシェリアとアーダルベルトがそれぞれ感想を口にした。


「なんとも可愛らしいアイスだ。この愛らしさに騙されて、ルーミラはまんまと薬を食すというわけか」

「ラルトーゼよ、そなたは神官ではなく、詐欺師を名乗るべきではないか?」


 容赦のないコメントをもらって、ファルクは背を丸めた。最近、道化師とか詐欺師とか、言われようが散々である。




 その後、実際に薬を混ぜ込んだチョコ鷹ちゃんアイスを作って、カイルの受け持つ小児患者たちの元をまわってみた。


 チョコ鷹薬アイスは好評で、普段は泣いて拒否する子も興味津々といった様子。パクリと頬張って、コーティングチョコアイスをポリポリと堪能していた。


 見ていた他の子まで欲しがるようになってしまったので、こっそり服薬させないといけない、という課題も出てきてしまったけれど……まぁ、大方良い結果を得られたのではなかろうか。


 アルメにお披露目するべく、ちゃっかりお持ち帰り用アイスまで仕込んでしまったことは内緒だ。





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