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226 白色と黒色と

 オードル家で打ち合わせを終えた帰り道、大通りで夜を告げる鐘の音を聞いた。

 途中、予期せぬ揉め事が挟まったことで、すっかり夕方を過ぎてしまった。


 街には夜の帳が下りてきつつあり、アルメは家路を急ごうとしたけれど……隣を歩くファルクが、あからさまな猫なで声でねだってくる。


「もう少し街遊びをしてから帰りませんか? 久しぶりにデートをしましょう? 外で夕食を取るのはいかがでしょうか?」

「病み上がりの身だと言うのに……」

「もうすっかり良くなりましたから。オードル家でご覧になったでしょう? 軽やかに動く鷹の姿を」

「まぁ、お元気になられたようでなによりです。……それじゃあ、少しウロウロして、ご飯を食べて帰りましょうか」


 アルメはあきれつつも、おねだりに屈してしまった。オードル家での立ち回りを見るに、本当に具合は良くなっているみたいだ。


 これから帰って夕食の支度を――となると遅くなるし、今日は外食で済ませてしまうのもありかもしれない。

 そう考えて気持ちを切り替え、街歩きのデートを楽しむことに決めた。


 ウキウキのファルクに手を引かれて、あちこちに魔石ランプの明かりが灯り始めた大通りを歩いていく。


 服屋やお菓子屋、雑貨屋など、店々のウィンドウディスプレイを覗きながらお喋りを楽しむうちに、宝飾品店の前を通りがかった。


 ふと思い出してファルクに問いかける。


「今日は時間も微妙なのでアレですけど、お体が良くなったのでしたら、近々お揃いのアクセサリーを見に行きましょうか」

「是非! 明日、一度神殿に顔を出そうかと思っていますので、予定を調整します。――目の慣らしに、このお店も少し覗いてみますか?」

「いやぁ……宝飾品店で冷やかしをする勇気はちょっと……」


 玄関口でアルメが渋っているうちに、店の中から店員が出てきてしまった。


「ようこそいらっしゃいました! 金銀細工から宝石まで、店内には多くのお品をそろえておりますので、どうぞごゆっくりご覧下さいませ!」


 若い男性店員はギラギラした接客スマイルを張り付けて、ペラペラと口を回す。

 さぁさぁ、どうぞ! と言わんばかりに扉を開け放たれると、もう入らざるを得ない雰囲気だ。


 ふいに割って入られて、アルメとファルクはポカンと顔を見合わせつつも……とりあえず流されるまま、店を覗いてみることにした。


「何かご用命はございますか? どのようなお品を探しておいででしょう?」

「ええと、婚約に伴ってお揃いで身に着けるものを、と、彼と相談していまして」

「それはそれは! ご婚約おめでとうございます! ディスプレイ商品の他に、奥にもご用意がございますので、お持ちいたしましょうか? さぁこちらのお部屋へ――」

「まだ何も決めておらず見繕う前の段階ですので、サロンへのお招きはご遠慮願いたく。彼女と二人で店内の品を拝見しても?」


 流れるように奥の部屋へと案内しようとした店員を、ファルクが制する。店員は一拍の間を空けて、何か言いたげな顔をしながらも了承した。


 この宝飾品店の営業方針か、はたまた男性店員個人のスタイルかはわからないが……割とガンガン来るタイプの接客だ。


 店によっては販売のノルマ――もとい、個人売上目標が設定されていることがあるのは知っている。店員も必死なのだろう。けれど、そういうガツガツした部分を客に感じ取られてしまうというのは、接客技術の拙さを感じさせる。


 ファルクも何かを思ったようで、アルメの肩を抱いて歩き出し、店員との距離を取った。


 二人になってホッと息をつき、近くのガラスケースに視線を向ける。繊細な金細工や色石など、あらゆるデザインの品々がズラリと飾られていて目に楽しい。


「どれも綺麗ですねぇ。私は頂いた白い宝石を今後も身に着けたく思いますが、ファルクさんはどうされます? お揃いの物を、となると、やっぱり白い宝石でしょうか。でも、あなたには金色や青い色も似合いそうですね」


 彼に似合いそうな青色を放つ宝石にまじまじと視線を注ぐ。が、当のファルクは別の色を探しているようで、見つけた宝石の前で上体を屈ませた。


「同じ色石を身に着けずとも、デザインと名前の刻印を合わせれば、揃いの品になりましょう。俺はアルメさんの色が欲しいです。黒色を――あなたの色を身に着けたい」


 ファルクが熱心に見入っていたのはブラックダイヤだ。変姿の魔法で姿を変えている今、彼の瞳は暗い茶色をしているが、元の金の瞳に引けを取らないくらいにキラキラ目を輝かせて見ている。


 なんだか妙な気恥ずかしさが湧いてきて、言葉を返すのに間が空いた。――が、その空白に滑り込むかのように、控えていた店員が割って入ったのだった。


「黒い宝石にご興味がございますか? でしたら、ご購入の際には他のお色の石と合わせてお迎えすることをお勧めします!」


 背後からの不意打ちをくらったアルメとファルクは、会話を中断して振り向く。店員はチャンスとばかりに接客トークを始めた。


「黒一色のアクセサリーは色が強くて目立ちますゆえ、別のお色を合わせて、黒石の持つ重い印象をやわらげることをご提案させていただきたく! こちらの色石などはいかがでしょう?」

「……いえ、あいにくですが他の色は考えておらず」

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに! 他のお色と合わせてご購入される方がほとんどでございますよ! こう言ってはなんですが、黒色のアクセサリーは、やはりどことなくアウトローな印象が出てしまいがちですからね」


 店員は訳知り顔で、胸を張って笑みを深めた。


 この世界において、黒という色は悪魔や魔物を彷彿とさせる色の代表である。他にも、喪や、覚めない眠りなど、あまり良くない物事と関連付けられることが多い。


 日中、オードル家に現れた怪しげな面々もそうだったが、わざわざ黒一色で身を飾るというのは、ちょっと世間からはみ出している、ということの象徴であったりもする。


 あえて好んで、お洒落として黒いアクセサリーだけを身に着ける、尖った若者もいるけれど。


 ――と、そういう部分を踏まえて、店員は他の色と合わせることを提案してきたのだろう。『あわよくば他の色石も一緒に買わせる』という戦略が透けて見えているのは、やや気になるところだが。


 というか、黒髪黒目の女性をパートナーとして連れている男性客の前で、黒をアウトローなんて言ってのけるのは、どうかと思う。やはりこの男性店員は、接客術が未熟であるらしい。


 案の定、ファルクの目はジトリとしたものへと変わっていた。


「ずいぶんな物言いをしてくれる。それは俺の連れ合いへの、侮辱の意図をもっての言葉か」

「え、あっ……と、とんでもございません! 大変失礼いたしました……!」


 場が剣呑な空気に変わってきたのを感じて、アルメは咄嗟に話を流した。


「まぁ、でも、確かに黒一色だと、ちょっと重い印象かもしれませんね。――あ、ほら、こういう裏表で別の石が見えるようなデザインとか、どうですか? 白とか青とか黄色とか、あとは金色なんかを合わせたら、また印象が変わってきますし」


 近くのガラスケースを指して提案してみる。


 白、青、黄色、金色は、陽に満ちた明るい昼の空を象徴する色だ。それらの『昼の空色』と合わせることで、黒色は意味合いを変える。悪魔や魔物など、単色でのちょっと不吉な印象から一転して、『夜空』を意味するものへと変わるのだ。


 昼の空色と夜の空色。二色をとり合わせることで、『昼も夜も、ずっと』というような意味合いを持つようになり、さらに拡大して『永久(とわ)に』という意味を持つ配色へと転じる。


 この、昼の空色と夜の空色を合わせた配色は、『吉祥の配色』として世間で好まれている。アルメの前世で例えるなら、『紅白』の配色と似た印象だろうか。


 おめでたい配色だし、意味合い的にも、結婚の証として身に着けるのに適している。


 そう思っての提案だったのが、ファルクは少し考える顔をした後、意見を変えずに他の石を合わせることを断ってきた。


「せっかくのご提案ですが、俺は黒一色で構わないと考えています。というのも、合わせるも何も、俺自身が白と金を持っていますから。おまけに仕事服には青もあります。黒を足せば、おのずと吉祥の配色になるでしょう?」

「あ、なるほど、確かに。言われてみればそうですね」


 そうだった。素であれば、この人は黒を身に着けても何ら問題のない姿をしているのだった。

 あれこれ無用なことを考えてしまったことに気が付き、カクリと気が抜ける。


 ファルクは改めて、意思を固めたようだった。


「それじゃあ、俺は黒石を選ぶことにいたしましょう。あなたの色だけを身に着けていたく思います」

「……何だか照れますね。では、私は昼の空の白色で、ファルクさんが夜空の黒色、ということで」


 吉祥の色を分け合って、二つでワンセットという風にするのも、なかなかロマンチックだ。

 

 アルメは照れつつ頷いたけれど――そこにまた、店員が接客トークを仕掛けてきた。意思を固めたファルクから対象を変えて、今度はアルメに色石を勧めてくる。


「お客様は他のお色にご興味はございませんか? お話をおうかがいするに、白色に思い入れがあるようですが、白は今、身に着けているご婦人が多い色ですので、人と被ってしまう恐れがあります。他の色石と合わせたほうが、より素敵かと存じますが、いかがでしょう? あなた様にはこちらの水色の石がお似合いになるかと」

「せっかくですが……私は白色を一番に好いていますので」

「さようでございますか。でしたら、二番目にお好きなお色は?」

「ええと、金色、でしょうか……」

「でしたらこちらの金色のお石が――」


 店員はメンタルが鋼なのか、もしくは売上ノルマがまずいのか、再びガンガン接客を始めた。


 の、だが、ファルクが容赦なく遮り、アルメの肩を抱いて踵を返す。彼はものすごく機嫌の良さそうな声で、これ見よがしに言ってのけた。


「そうですか。白と金色を好いておられるのですか。では、山のようにお贈りしましょう。予算などは考えず、いくらでも。――さぁ、次の店へ参りましょう」

「なっ……待っ……お待ちくださいお客様――……っ」


 背後からは、上客を逃した店員の嘆き声が聞こえてきたが……玄関扉が閉まると同時に、それもピシャリと遮られた。


 

 ちょっと店員を哀れみつつ、歩き出す。空には星が輝きだしていた。


 先ほどの白と黒の話を思い返して、アルメはふと思いついたことを話す。


「――そうだ。アイスのブランド分けですが、新ブランドの名前は『シエル』なんてどうでしょう」

「古い言葉で『空』を意味する語ですね。アルメさんは古語に通じておられるのですね」

「いえいえ、まったく。でもポツポツと知っている語はありますよ。ふふっ、実はシエルは祖母の名前でして」


 ペラッと明かすと、ファルクが驚いた顔をしてこちらを見た。


「名前の印象も良いですし、祖母も喜びそうですし。どうかなぁと」

「素敵だと思います。とても!」


 彼は目を細めてやわらかく微笑んだ。

 

 近いうちに空の祈り場に行って、改めて、天の祖母に婚約を報告してこようと思う。そして新ブランドに名前を借りることも。


 なんだかんだ商売が好きな人だったので、きっと彼女は大いに面白がることだろう。


 祖母の反応を想像してこっそり笑っていると、ファルクが話を続けた。


「アルメさんのお名前も古い言葉が由来ですよね」

「えぇ、そうみたいです」

「俺の名も北の古い言葉が合わさったものですよ。ファルク、エルト。火の鷹です」


 名前の由来を聞いて、アルメは目をパチクリさせる。格好良くて素敵な名前だ――と、思うけれど、まず先に率直なコメントが口から出てきてしまった。

 

「火の鷹。ファルクさん、お名前に火を持っているから、毎日暑い暑いと汗をかいていらっしゃるのでは」

「そう……なのでしょうか? 氷の鷹だったらよかったかな……」


 名は体を表すというけれど、この暑がり神官はそれを地で行く人だったようだ。


 真剣な顔で考え込み、独り言を言い始めたファルクを見て、アルメはまたこっそりと笑う。


 彼について、もう色々と知ったような気になってしまっていたけれど、きっとまだこうして知らないことがたくさんあるのだろう。


 新しい関係になり、さらに距離が縮まった今、もっとたくさんのことを知っていけたらいいなぁと思う。


 未来の予定の一つとして、自分だけの白鷹図鑑を作り上げる、という作業も、大いに楽しませてもらおう。

 

★今日配信のビーズログコミックスからコミカライズがスタートしました★

是非、漫画もお楽しみいただけましたら幸いです!

何卒よろしくお願いいたします。

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