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225 道化師の乱入

 オードル家の厨房で試作会が催されている頃――。アルメの家の二階では、昼寝の鷹が呻き声を上げていた。


 ファルクは夢を見ていた。戦帰りに魔物の襲撃を受けた時の夢だ。真っ黒な鷹と人のキメラの魔物が、杖の先で自分の胸を刺し貫く夢。


 朧な悪夢の中で、魔物はぐにゃりと姿を崩して、父の姿へと変わる。


 いつも優しげに微笑んでいた父とは違い、対峙した父はおぞましいものを見るような顔をして、自分を見下ろしていた。


 そして渾身の力を込めて、二度、三度と、この胸に短剣を突き立てて――……。



「……っ」


 四度目の刃を食らった瞬間に、ハッと目が覚めた。

 胸に手を当ててみるも、何の痛みもない。心臓が忙しなく動いているだけだ。


(夢か……。また嫌な夢を見た……きっと寝飽きてしまったせいだ……)


 深く息を吐き、ベッドの上で上体を起こす。


 この数日で熱も引き、具合はもう随分と良くなった。アルメの介抱のおかげである。


 が、しっかり休養を取れたのはありがたいけれど、逆に『これ以上はもういい』と、体が拒否するかのように、寝苦しさを感じるようになってしまった。


 無理やり眠ると、こうして妙な悪夢を見る始末。


 未だ嫌な感覚がまとわりついている胸を擦って落ち着かせる。寝起きのぼんやり頭で、つい独り言をこぼしてしまった。


「……アルメさんに会いたい……よしよしされたい……」


 アルメに抱きしめてもらって、頭を撫でてよしよしと慰めてもらって、悪夢の嫌な心地をすっかり散らしてもらって……――そしてあわよくばチューしてほしい。


 この数日、熱に浮かされているのをいいことに、あれこれ子供のようなおねだりをしてしまったのだけれど……すっかり癖になってしまった。


「……駄目だ……禁断症状が……アルメさんが足りない……。はぁ……帰りは夕方になるかも、と言っていたっけ……」


 彼女は今日、オードル家で打ち合わせがあるらしく、朝から出掛けていった。例によって置いていかれた自分は、家で一人ポツンと時間を潰して、用意しておいてくれた昼ご飯を食べて、暇潰しに寝て――……という風に過ごしていたが、夕方まではまだまだ時間がある。


 叶うのならば、今すぐ会いたい……。


「……迎えに行ってもいいだろうか」


 ポロッと思いついた考えに、一人でふむと頷く。

 オードル家の場所は把握している。路地を通らないので迷うこともないし、それほど遠くもない。

 

「熱も引いたことだし、そろそろリハビリがてら体を動かしたほうがいい。よし!」


 それらしい言い訳を捻り出して、アルメを迎えに行くことにした。


 上手くオードル家で合流して、面白そうな打ち合わせに顔を出せたら――という下心も抱きつつ。外出の支度をして、ファルクは家の鍵を握りしめる。


「ふっふっふ、ついにこの鍵を使う時が来た」


 この鍵は、つい先日授かったばかりの合鍵だ。見る度に頬がゆるんでしまう、至上の宝物である。


 サッと変姿の首飾りを身に着けて、居間を出て鍵をかける。一階へ続く階段をそろりと下りて、そそくさとアイス屋の店内を抜けた。


 客の視線と、かすかなざわめきが耳に届いた。真っ赤な口紅で唇を飾った女性が、ニヤリと笑って手帳にペンを走らせるのも、チラと視界に入る。


 きっと下世話な話題のタネにされているに違いない。自分は気にしないけれど、アルメは気にするのだろうなぁ、なんてことを考えつつ、店を後にした。


 本当は大声で、『白鷹、婚約しましたー!!』と店内で言い放ってしまいたいところだが……こっ酷く怒られるだろうから、やらないでおく。




 

 久しぶりに歩くルオーリオの街中は、やはり活気があって心が弾む。暑いけれど、晴れやかで良い天気だ。


 愛しの婚約者を迎えに行く道のりは、何だか無性に楽しくて、刺すような日差しすらも心地良く感じられる。


 ウキウキの足音を立てて、オードル家への道をたどっていく。大股で歩くうちに、あっという間に屋敷の門前にたどり着いた。


 ――の、だが。

 突然飛び出してきたメイドとぶつかって、慌てて支えることになった。


「おっと……! 失礼しました、大丈夫ですか?」

「あ、っと、あのっ、どなたか存じませんが、どうかお助けください! お屋敷に変な男たちが……っ!」


 中年のメイドはパニックを起こしているようで、出くわしたファルク相手にオロオロと縋ってきた。

 浮き立った気分は即座に切り替わり、屋敷の中へと意識が向く。


 門を抜けて玄関に近づき、そっと扉を開けて中の様子をうかがう。何やら黒いローブをまとった十数人の男たちが、わらわらとロビーを陣取っているようだ。


 黒づくめたちは、貴族然とした金髪の男と、使用人と思しき男たちに掴みかかっていた。女性使用人たちも囲まれて縮こまっている。明らかに良からぬ騒動が起きている様子。


 そしてあろうことか、その男たちの囲いの中にアルメの姿まで見つけてしまった。


「なっ……アルメさん……!?」

「えっ、ファルクさん……!?」


 アルメもまた、玄関に顔を出したファルクに気が付いて、驚きの声を返してきた。

 そんな二人の声に被さるようにして、男たちのとげとげしい大声が上がった。


「ええい! まだ悔い改めぬか! もうこの家は終わりだ! 裁きの神が来るぞー!!」

「すみません、来ちゃいました……! 何事ですか?」


 男たちが腕を振り上げて口上を言い放ったのと同時に、ファルクは玄関ロビーに飛び込んでアルメに声をかけた。


 思いがけず返事をもらったような形になり、黒づくめたちはギョッとしてファルクを見る。ファルクは囲いを押しのけて、アルメの元へと駆け寄った。


 アルメは口早に小声を返す。


「え、ええと、例の黒ヒヨコ商売の方々が、ご当主様にお話があるようで……」


 アルメは男たちと揉み合いになっているジャロンへと視線を向ける。察したファルクはジャロンに寄り、掴みかかっていた黒づくめの男たちを引き剥がした。


「何をしているのです、おやめなさい!」

「何だお前は、邪魔をするな! お前にも不幸の裁きが下るぞ!」


 男たちは割って入ったファルクに矛先を転じて、シャツの胸元を掴み上げる。ファルクは抵抗もせずに、呆れた顔で言う。


「稚拙な脅しに、数と力に物を言わせた暴挙……大の大人が、なんと野蛮な。乱暴行為は看過できません。警吏を呼びます」

「警吏の裁きなどいらぬ! 我らは我らの信ずる神にのみ従う! 余計な真似をしてみろ、屋敷の連中、皆、不幸を被ることになるぞ! 当主のみならず、娘も、使用人も、皆道連れとなるだろう!」

「……わっ……ちょっと、やめてください……っ」


 囲んでいた男たちがズイと迫って、アルメやブライアナ、メイドたちの肩に手をかける。


 アルメの小さな悲鳴が耳に届いた瞬間――。ファルクの体は、もう反射的に動いてしまっていた。


 ファルクは自身に絡んでいた男の腕を掴み、体を反転させて、背負うようにしてぶん投げた。投げ飛ばした先で、アルメの肩に触れた男が呻き声を上げる。投げられた男と、ぶつけられた男は、鈍い音を立てて二人で床へと沈んだ。


「うお……! だ、大丈夫か……!?」

「お前、まさか軍人か……!?」


 仲間が豪快に放られて動けなくなっている様を見て、黒づくめたちはざわめき、怯んだ。が、逆に煽られた男もいたようで、数人がファルクに矛先を向けて、拳を振り上げた。


「貴様ぁ!! やりやがったな!!」

「裁きを受けよ!!」


 襲い掛かってきた男の腕をいなすと同時に、肘関節に一撃を入れてポキッときめる。痛みに呻いた男を蹴り飛ばして、後に続く男に当てて盛大に転ばせた。

 振り向きざまに、後ろから突っ込んできた男の顔面に拳を叩きこんだ。


 瞬きをする間に、五人の男たちがロビーに転がった。各々、痛みに呻いているが、血は一滴も散っていない。


 アルメは恐々とファルクを見る。


(ファルクさん、まさか魔法を使いながら喧嘩を……?)


 顔面を思い切り殴られたというのに、鼻血すら出ていないというのは、なんだか逆に恐ろしい……。


 最後にもう一人、やけを起こしたのか真正面から飛び掛かってきたが、蹴りを叩きこまれてあっけなく沈んだ。


 転がっている男たちと、動揺し切って逃げることも忘れ、ただざわめいている男たち。周囲を見回して、ファルクは呆れたように吐き捨てる。


「まったく……野蛮なことを。人には言語というものがあるのに、なぜ暴力を用いるのか」


 今、誰よりも的確且つ自在に暴力を繰り出していたのは、ファルク自身のように思えるが……アルメは口をつぐんで、目をそらしておいた。


 が、アルメが呑み込んだツッコミは、隣から放たれることになった。

 突如、乱入してきた見知らぬ男を呆けた顔で見て、ジャロンはボソッとぼやく。


「怪我人の山を作っておいて、どの口が言うんだ……。随分と大立ち回りなジョークだが、あなたは新手の道化師か……?」

「道化師ではなく、神官です。申し遅れましたが、通り名を白鷹と申します」


 ファルクは苦笑いをしながら、変姿の首飾りを外して名乗った。


 仰天したジャロンが後退ってすっ転び、倒れ伏している男たちの輪に加わってしまったのだけれど……みんなまとめて、当の神官に治療されることになったのだった。





 その後、警吏も駆けつけて、ひとまず騒動には収拾がついた。


 警吏の話によると、件の加護の置物の販売団体は、悪魔信仰の末端組織でもあるそうだ。他にも怪しげな精霊信仰や、妖精崇拝、新魔法の覚醒を目指す団体など、色々とあるそうなので注意するように、とのこと。


 『アイスの女神』うんぬんも、一歩間違えればそっちの括りになりそうだ。話を聞きながら、アルメは密かに肝を冷やしてしまった。



 そうして騒ぎが一段落して。改めて応接間に移動して、みんなでパッケージングアイスの試作を評価した。


 打ち合わせも滞りなく進み、器の量産が進み次第、オードル家に営業をしてもらうことになった。


 ――と、そんな中にちゃっかり加わって、神官男が涼しい顔で試食を楽しんでいる。

 

『しれっと加わってきたな……』とか、『病み上がりに何をしているのだか……』とか、『一応、仕事の打ち合わせなのに、ものすごく無邪気に味わってる……』とか、各々、胸の内で色々と思ってはいたけれど。今度は誰一人として、彼にツッコミを入れる者はいないのだった。


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