224 パッケージングアイスの試作と不審な来客
数日後、早速パッケージングアイスの試作をしてみることになった。オードル家の厨房を借りてのアイス作りだ。
メンバーはブライアナと、屋敷で料理を担当している中年のメイド二人。――の、はずだったのだが、他の使用人まで厨房を覗いていた。
彼らは入口から遠巻きにこちらを見て、ヒソヒソ声を交わしている。
「アイスとやらを作るそうだ。旦那様が街のお菓子屋と新たに手を結ばれたとか」
「例の胡散臭い加護の置物の商いとは、また別なの? 真っ黒なヒヨコのお菓子だったらどうしましょう……?」
「今度はちゃんとしてるといいわね……じゃないと、いよいよ暇をもらわなくちゃいけなくなるわ」
どうやら使用人たちはオードル家の行く末を案じているようだ。神妙な面持ちで様子をうかがっている。
噂をされている当人――ジャロンは執務を片付けた後、こちらに合流して打ち合わせの予定だ。
アルメは聞こえないふりをしつつ、支度を済ませて、調理台の上に材料を並べていく。
「……とりあえず、今回はリンゴとメロンのアイスを作ってみようかと思います。ちょうど素敵な器を見つけたので、これに合わせて」
「まぁ、綺麗なガラス器!」
布に包んできた器を四つ取り出すと、ブライアナが明るい声を上げた。
カッティングがほどこされた器はキラキラと光を反射していて、まるで宝石のよう。美しいだけでなく、可愛らしい形をした器だ。ガラス工房で二種類、見繕ってきた。
ほのかに赤く色付けされて、リンゴの形を模して造られているものと、薄緑の色付けでメロンの形を模しているもの。
上半分が蓋になっていて、手のひらサイズでちょうどアイス一食分の容量。ぴったりの代物だ。
上部のヘタ部分を摘み、蓋を開け閉めして検分しながら、アルメは前世を思い出して笑みを浮かべる。
(ふふっ、前世でこういうフルーツ型の容器に入ったアイスがあったのよね)
先日、ファルクにカボチャ器のアイスを出したことで、ふと思い出したのだった。そういえば、こういうアイスがあったなぁと。
容器の形が可愛らしくて、お気に入りのアイスの一つだった。この世界の人々にも楽しんでもらえたらいいなぁと思い、再現してみることにした。
今回ガラス工房で見つけたのは二種類だけだったが、今後展開するアイスに合わせて、新たにフルーツの器を発注しようと考えている。
「さて、それじゃあアイスを作っていきましょうか。リンゴの器にはリンゴアイスを、メロンの器にはメロンアイスを――という感じで、やっていきましょう!」
ひとまず器は端に置いておき、アイス作りをスタートした。
料理番のメイドと三人でリンゴとメロンをカットしていく。ブライアナもエプロンを身に着けて、一応やる気は満々のようだが、彼女は主に応援担当のようだ。
「皆さん、頑張ってくださいませ~! わたくし、お料理はさっぱりですので、お邪魔をしないよう見守りに徹しますわね。あ、ミキサーの起動くらいはできますので、お声がけくださいませ!」
「う~ん、お嬢様ですねぇ」
高く響いた声に思わず笑ってしまった。貴族令嬢として、彼女はこれでいいのだろう。
応援を受け取りつつ、アルメとメイドたちはテキパキと作業を進めていく。
切り分けた果肉をそれぞれミキサーへと放り込む。
「ブライアナさん、ミキサーに魔石のセットをお願いします」
「わたくしの出番ね! はい、カチッとな」
風魔石によって起動したミキサーが果肉を砕いていく。ほどよくペースト状になったら、さらに砂糖と牛乳、生クリームを加えて混ぜる。
できあがったリンゴ液とメロン液をボウルに出して、メイド二人に混ぜてもらいながら、アルメは氷魔法の冷気を注いでいく。
今回の試作会は初回ということで、ざっくりとした商品イメージの打ち合わせがメインだ。そういうわけで、アイスはお手軽なさっぱり仕様。もちろん、追々アイスそのものの味や製法にも力を入れていく予定である。
魔法でほどよく凍らせて、リンゴとメロンのアイスが完成した。
「よし、いい感じですね。これを器に詰めて、後は盛りつけで華やかさを足していきます」
「妖精光粉をかけて、キラキラにするのね?」
「はい、キラキラを足すのと、他にも目に楽しい飾り付けを――」
持参した容器の蓋をパカパカと開けて、飾り付け素材をお披露目する。
色とりどりの砂糖漬けの食用花と、カラフルでキラキラなつぶつぶ霰アイス。そしてカチカチ冷凍仕様の白鷹ちゃんアイスの小玉もいくつか。
さらに鞄から数枚のデザイン画を取り出して、テーブルに広げる。
「盛りつけ案はコーデルさんと、絵師のタニアさんにご協力をいただいて、いくつかデザインイラストを描いてもらいました。この中で良さそうなものを作ってみようかと。どれにします?」
「そうねぇ、どれも魅力的だけど、サロンでご婦人方に人気が出そうなのは、このお花盛り盛りのブーケ風盛り付けかしら。あぁ、白鷹ちゃんの飾りもウケるに違いないわ。男性がいる場でしたら、こっちの可愛らしさを抑えたデザインと――」
ブライアナはデザイン画を見比べて、最終的に四枚を選び出した。
「では、今日はこの四デザインを仕上げてみましょうか」
ブライアナと使用人たちが見守る中、アルメは盛りつけ作業に入る。
まずはリンゴとメロンそれぞれの器に、それぞれのアイスを平らによそう。
その上に花の砂糖漬けを敷き詰めたのが一つ。小玉白鷹ちゃんアイスを乗せて、ボールプールのごとく、つぶつぶ霰アイスを注ぎ足したのが一つ。
花を控えめに三つほど乗せて、妖精光粉を混ぜた蜂蜜で格子模様を描いたシンプルなものが一つ。最後の一つは、小玉白鷹ちゃんをギュッと三玉乗せて、光粉をまぶしてキラキラにしたもの。
蓋の閉まり具合などを確認したら、これにて四つの試作品の完成だ。
お洒落な器に収まったアイスを見て、場に詰め寄せていた使用人たちまでもが、おぉ、と感嘆の声を上げた。
「あらまぁ、素敵なデザート! パーティーに出てきそう」
「よ、よかった……不気味な真っ黒デザートじゃない……真っ当だ」
「これなら安心ですねぇ。きっと次の商いは上手くいくに違いないわ」
「転職を考えずに済みそうだな……やれやれ、ホッとした」
色々な想いが込められた声を聞いて、苦笑をこぼしてしまったけれど……とりあえず、屋敷の人たちの評価は上々のようだ。
ブライアナも目を輝かせてアイスを見つめる。
「とっても素敵! サロンのテーブルでも目立つこと請け合いだわ! お父様にもお披露目しないと」
「一応、試食もお願いして、今後のために味に関するご意見も伺いたいのですが、ジャロン様は甘いものは平気でしょうか?」
「えぇ、大丈夫。お父様を呼んできますね――……いや、こちらから参りましょう。あの人、書類仕事に手を付けると缶詰めになってしまうから」
ブライアナが目配せをすると、メイドがトレイとカトラリーセットを出してきて、サッと移動の準備をした。
メイドに声をかけて、アルメはトレイに手を伸ばす。
「見た目を保つために、強めに氷魔法を流しておきたいので、アイスは私が運びましょう」
「あら、お客様に運んでいただくのは……と言いたいところですが、なるほど、では、お任せいたしますね」
「アルメさん、執務室はこちらです。ちょっと散らかっていますけれど、目をつぶってくださいませね」
アイスセットを載せたトレイを受け取って、アルメはブライアナについて厨房を出た。
ジャロンの執務室は二階にあるそう。廊下を歩いて、玄関ロビー正面の階段へと向かう。――が、ロビーに近づくにつれて、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「あらやだ、何かしら……?」
「……揉め事でしょうか?」
ブライアナとアルメは怪訝な顔を見合わせて、ロビーへと歩を進める。
屋敷の使用人が、玄関口で来客対応をしているようだが……ぞろぞろと入ってきた客人たちは、全員真っ黒なローブを着込んでいて、傍から見ても異様だ。
「ちょ、ちょっと……! 外でお待ちになってください! 今旦那様をお呼びしますので……!」
「我らを外で待たせるとは何事か! 契約を反故にした挙句、無礼を働くとは……! あぁ、黒き神よ! 裏切者のジャロン・オードルに呪いの裁きを下したまえ! うんにゃらかんにゃら――…」
黒づくめの人々は、低い声で謎の呪文を唱え始めた。体格と声から察するに、皆、男性のようだ。
(わ……どう見てもまずい団体様だわ……)
押し入ってきた男たちは、十数人はいるだろうか。深くフードを被っていて顔は見えないが……彼らの胸元には、あの不気味黒ヒヨコのブローチが飾られている。件の怪しい商売の関係者のようだ。
すっかり怯んでしまったアルメとブライアナ、そして使用人を取り囲むようにして、黒づくめの集団がロビーにズンズンと迫る。
そこに慌てて駆けつけたジャロンが割って入り、ヒィヒィと抗議の声を上げた。
「こ、こらー! 無礼はそっちだろう! こんな大人数で人の家にぞろぞろと……! もう私は加護アイテムの商いからは手を引くと言っただろう! 帰ってくれ……!」
「ならぬ! 黒き加護を無下にするならば、不幸の呪いがお前を襲うことになるぞ!」
「そ、そそそんなもの、私はもう怖くもなんともない……! 脅しになど屈するものか……」
「愚かな……! ほら、こうしている間にも、黒き神の足音が近づいてきている……! お前に裁きを下すため、地の底から、神がおいでになるぞ! さぁ、早く改心するのだ! でないと、神の大いなる呪いの力で、この屋敷はめちゃくちゃになってしまうぞ!」
「なっ……なんの……っ」
ジャロンはあからさまに怯えた顔をしているが……グッと踏みとどまり、拳を握りしめて臨戦態勢に入った。彼と同じように、ブライアナも戦いの構えを取る。
また彼らのこの構えを見ることになろうとは……。暴力沙汰が始まりそうなピりついた空気を感じ取り、アイスのトレイを持ったまま、アルメは大汗を流してしまった。
「あ、あの……皆さま、乱暴はお控えくださいませ…………」
一応止めてはみたけれど、言葉尻は小声になってしまった。今度こそ、本当にまずい気がする……。
じりじりと対峙したまま、オードル親子と黒づくめの集団は問答を繰り返している。その隙に中年のメイドが一人、コソリと玄関を出て助けを求めに走っていった。




