223 商談と新たな加護アイテム
お茶会の中でひとまず話をまとめて、アルメはブライアナと共に彼女の屋敷へ出向くことになった。
ブライアナの父――オードル家当主に企画をプレゼンして、どうにか興味を引きたいところ。
プレゼン用サンプルとして、いくらかアイスを仕込んでクーラーボックスに詰めてきた。
お屋敷の重厚な門をくぐり抜け、玄関ロビーで少し待ち――。ほどなくして、ブライアナが父親を連れて……いや、引っ張るようにして、ロビーに戻ってきた。
「お待たせしました、アルメさん。こちらが我がオードル家の長の――」
「ジャロン・オードルだ。何やら商談があるとかいう話だが……お嬢さん一人かい?」
ジャロンはブライアナとよく似た癖毛の金髪を揺らして話しかけてきた。
裾の長いジャケットを着て、首元はスカーフタイで飾っている。上品で貴族らしい華やかさのある男性だが、目元には濃いクマがあり、少しやつれている印象だ。
アルメと対面するや否や、怪訝な顔をしてジロジロとした視線を寄越した。
あからさまに訝しんでいる。来訪者が若い庶民女一人だったので面食らったのだろう。『なんだ小娘か』という投げやりな気持ちが顔に出ている。
ここで怯んだら向こうのペースにもっていかれてしまう。アルメは背筋を伸ばして、凛とした所作で挨拶をした。
「初めまして、アルメ・ティティーと申します。かねてより、ブライアナさんとは懇意にさせていただいております。本日はオードル家ご当主様にお目にかかり、お仕事のお話をさせていただきたく参りました」
「アルメ・ティティー……ティティー……? ……どこかで聞いた覚えが……」
「お父様、ほら、アイス屋のティティーさんですよ。以前、我が家が介入した」
「あっ、あのアイス屋か……!」
ジャロンはハッとすると同時に、大袈裟な動作で身構えた。
以前、オードル家はブライアナを使ってアイス屋に嫌がらせを仕掛けてきた過去がある。支援を受けていたデスモンド家からの依頼なので仕方なかった、という話は、既にブライアナから聞いているので、もうアルメに負の感情はない。
が、ジャロンはアルメへの警戒心をむき出しにして、臨戦態勢に入ってしまった。
「アイス屋ティティーが何の用だ……。まさか我が家に報復に来たのか……! そうに違いない!!」
「お父様、落ち着いてください! ま~た疑心暗鬼をこじらせて……! アルメさんは我が家の過ちを許してくださった、女神のように寛大なお方ですのよ!」
「ふんっ……娘を懐柔して我が家に入り込み、取って食おうって魂胆だろう! そ、そうはいかないぞ……! そっちがやる気なら、こっちだって……!!」
「ちょっと……! 無礼も大概にしてくださいませ! お父様がその気なら、わたくしだってやってやりますわよ!!」
話を聞かないジャロンに対抗して、ブライアナまで臨戦態勢に入った。鞄から取り出した黒ヒヨコの置物を両手に握りしめて、今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。
見る間にぴりつき出した空気に、反射的にアルメまで身構えてしまった。
先ほどのお茶会で、ファルクは揉め事の心配をしていたが……本当にそんな空気になってしまった。けれど、手負いの鷹を連れてくるわけにもいかなかったので、仕方ない。自分でどうにかしなければ。
アルメは恐る恐る間に入って、引きつった笑みを浮かべた。
「ええと、皆さま、暴力はいけません、暴力は……! 力でのやり取りは控えて、言葉を交わしましょう。過去のあれこれは置いておき、ひとまず未来のお仕事の話をしませんか?」
揉め事が起きた時には、暴力ではなく言葉を交わすべきだ。――という教えは、この前ファルクがティダに言っていたことの受け売りである。
アルメの提案は受け入れられたようで、ジャロンとブライアナはソロソロと構えを解いた。
「ま……まぁ、そうだな、まずは話を聞こう。応接間へ案内する。……だが、勘違いするなよ。仕事とやらを受諾するかどうかは別だ。我が家に不利な条件を持ち出そうものなら、即刻出て行ってもらうからな」
ジャロンはふいと踵を返して、廊下の奥へと歩み出した。彼に続いて歩きながら、ブライアナがコソリと耳打ちをしてくる。
「お父様、デスモンド家にこっ酷く縁切りされてから、すっかり人間不信になってしまって……ごめんなさいね」
どうやら、オードル家がガタガタになっているというのは事実のようだ。経済的な面だけでなく、当主の精神状態の面でも……。
そうしてどうにかロビーから場を移して、面々は応接間のソファーへと落ち着いた。
低いテーブルを挟んで向かい側に座るジャロンに、アルメは企画ノートを開いて見せた。
「――それでは、改めましてお話を。ええと、私がアイス販売の事業をしていることはご存じかと思いますが、この度、富裕層向けに新しい商品を考えていまして。オードル様に営業をお願いできないかと、お伺いした次第です」
「アイス屋の営業だと……? あなたの店を貶めようとした私に、そんな話を持ちかけるなんて……絶対に裏があるに違いない。何が『女神のように寛大なお方』だ……腹では何を考えているのか……」
ジャロンはブツブツと独り言じみた悪態を吐きながら、差し出されたノートに目を向けた。
彼の呟きを聞き流しつつ、アルメはテーブルに資料などを並べていく。すると、ふいに彼の視線がとあるデザイン画に留まった。
「む……! この絵は……神殿公園で見たことがあるぞ。アイスを売る機械の女神の絵か」
「はい、シューアイス自販機に描かれているイラストですね。お目にかかれて光栄です。少し恥ずかしいのですが、私をモデルとして描いていただいたものです」
ジャロンは紙を手に取って、食い入るように見ている。これはシューアイス自販機用にデザインしてもらった、『アイスの女神のミニキャラ絵』だ。アルメをイメージしたデフォルメイラストである。
まさかその絵に食いつくとは思わずに、アルメはキョトンとしてしまったけれど、ジャロンは神妙な面持ちで見入っている。
「妻の見舞いに行った時に見た……。何やら神官様までもが連れ立って囲み、夢中になっておられて……白鷹様までおいでになっていたな」
「えぇ、えぇ、そうですのよお父様! アイスの女神様は、なんと白鷹様も崇拝なさっていて、ご加護に預かっておられるのですよ」
チャンスとばかりに、ブライアナが調子の良い合いの手を入れた。
「なんと……! 上位神官様が縋り、加護を求める相手、だと……? アイスの女神様……アルメ・ティティー様は、真の神なのか……!?」
「いえ……神ではありません。一庶民です」
態度を一転させて、途端にキラキラした目を向けてきたジャロンに、アルメはきっぱりと言っておく。が、彼の面持ちは、もう既に信者のそれに変わっていた。
「……アイスの女神様、か……ははぁ……。そうかそうか……ふぅむ……」
(ブライアナさんのお父様……転げ落ちるのが早すぎるわ……)
言い方は悪いが、チョロい。これでは詐欺のカモにされてしまうのも頷ける。
危ういなぁ……と目を逸らしつつも、流れが良い方向に変わったみたいなので、この場は乗っからせてもらうことにしよう。
アルメは一つ咳ばらいをして、改めて企画ノートを指してプレゼンを始めた。
「――それで、新しい商品についてですが、上流層のお屋敷にストックしてもらえるような、パッケージングアイスを考えています。富裕層に好まれるような、妖精光粉をもちいた、見た目も価格もリッチなアイスです。祝宴でのネームバリューも得ましたし、需要を見込めるのではないかと」
アルメの前世には、価格帯の高い、ちょっとリッチなご家庭ストックアイスがあった。上流層向けアイスは、そのイメージをベースにして、さらに付加価値を高めたものを想定している。
話を引き継ぎ、ブライアナも意見を出す。
「高価なアイスをストックしている、ということは、屋敷に大きな冷凍庫を有している、というアピールにもなるでしょう? 貴族はそういう富のほのめかしを好みますから、そのリッチなパッケージングアイスとやらが上手く出回れば、界隈に購入文化が定着するかも」
ジャロンは前のめりで企画ノートを覗き込み、ふむと考え込む。
「描かれているイメージ絵では、『ティティー』のロゴが入っているが……この名前はそのまま使うのかい? 上流階級は庶民の店を見下す者も多い。言っちゃ悪いが、庶民スイーツだと馬鹿にされるかもしれん」
「そう、ですか……。なるほど、あまり考えていませんでしたが、溝があるのですね」
意見をもらって、アルメも考え込む。
ふと、大通りから撤退したキャンベリナのアイス屋のことを思い出した。
彼女の店は富裕層のみを相手にした店で、わかりやすく庶民を排除していた。やり方が随分と手荒で、憤りを覚えるようなものだったけれど……ターゲット層を明確にしている、という点では、学ぶべきところもある。
上流層を相手にするなら、庶民感をなくしたブランディングも大切なのかもしれない。街のアイス屋の名前とは別にして、新しい名前で新商品を出すというのも手だ。
(こういうの、マルチブランド戦略、って言うのだっけ? 前世でも、服とか化粧品とか、同じ会社でも色んなブランドがあったわね。私のアイス屋も同じように――)
思いついたことをポツポツと口にしてみる。
「でしたら名前を変えて、街のティティーのアイスとブランドを分けましょう。高価格帯のアイスブランドとして、新しい名前を――……ティー……ティーゼ、とか? …………あ、いや、やっぱり何でもありません。お忘れください」
うっかり意識の端にあった名前をポロッと口にしてしまったけれど……これは結婚後のファミリーネームの候補だ。
即座に察したらしいブライアナがゴホンと咳ばらいをした。
「新ブランドの名前は時間をかけて、よくよく考えたほうがよろしいかと。安易に惚気じみた名前を付けようものなら、街中のご婦人方の恨みを買いかねないわ」
「……肝に銘じておきます」
一人ポカンとするジャロンを横目に、アルメは渋い顔で頭を下げた。
気を取り直して商談に戻る。
企画について一通り説明すると、ジャロンもそれなりに乗り気を見せた。けれど、どこかまだ迷いがあるようで、ごにょごにょと弱音をこぼしていた。
「概要は承知した。……しかし、我が家が力になれるかどうか……不安だ。営業を受け持ったとして、振るわなければまた縁切りをくらうことになる……私はそれが恐ろしい……。誰かと手を結むより、身内だけで身を立てる方法を模索したほうが、傷を負わずに済む気もする……この『加護の置物』を売る商売のほうが……」
ジャロンは弱弱しい面持ちで、テーブルの端の置かれていた黒ヒヨコの置物へと手を伸ばす。
臆病風に吹かれているようで、未だ黒ヒヨコ商売への気持ちが残っているみたいだ。
が、そんな彼の手元から、ブライアナは容赦なく黒ヒヨコを奪い取った。
「こんな不気味黒ヒヨコなんて売れるわけがないでしょう! 売るなら白ヒヨコにしてくださいませ!」
「白ヒヨコ……?」
「あっ、ええと、白ヒヨコのサンプルはこちらになります! どうぞご覧くださいませ!」
ブライアナに加勢して、アルメは脇に置いていたクーラーボックスを急いで開ける。蓋付きのガラス器に入ったアイスを取り出して、ジャロンの前に置いた。
ガラス器は手のひらサイズの透明なクッキージャーだ。中には妖精光粉をまぶした白鷹ちゃんアイスがコロコロと五玉ほど収められている。
氷魔石でカチカチに凍らせて保持しているので、型崩れもない。綺麗なまん丸の白ヒヨコ――否、白鷹ちゃんアイスが、キラキラの光を放っている。
輝くアイスを見て、ジャロンの目もキラリと輝いた。
「これは……なんと神々しい! 光の加護ヒヨコか!」
運気が上がりそうだ、と、彼は祈りを捧げ始める。どうやら新たな崇拝対象を見つけたみたいだ。
ブライアナと二人で、ちょっと遠い目をしてしまったけれど……とりあえず、これでオードル家から黒ヒヨコは駆逐されることになるだろう。
そして商談もまとまりそうなので、まぁ、良しとしておこう。




