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221 急ごしらえのお茶会

 澄んだ空気に、やわらかな日差し、小鳥の声――。

 

 夜が明けて、アイス屋路地奥店は今日もオープンの時間を迎えた。昨日は怒涛の一日となったが、嘘のように穏やかな朝である。


 アルメはいつもと同じように朝のルーチンをこなして、オープンシフトの従業員たちとお客を迎える。


 一見、何も変わらない普段通りの風景だけれど……アイス屋の真上、自宅のベッドでは、なんとあの神殿の王子様――白鷹がゴロゴロしている。従業員やお客たちは、想像だにしないことだろう。


 ファルクは店に降りて来たがっていたが、安静にしているようにと厳しく命じて、寝室という名の鳥籠に封じてきた。


 彼の体調を(おもんぱか)って――というと聞こえは良いけれど、部屋着姿でのん気に店内をうろつかれたら、とんでもない事態になりそうだから、という理由もある。


 ……寂しげにしょんぼりとしていたので、ちょくちょく様子を見に行くことにするけれど。


 鳥籠の鷹のしょげた顔を思いつつ、アルメは開店後の雑務を終えた。

 一息つく前に、後回しにしていた家のポストを確認する。


(あ、ブライアナさんからの手紙。商馬車の件のお返事かしら)


 『ブライアナ・オードル』の名前を確認して、店のカウンターで封筒にナイフを入れる。期待とは裏腹に、手紙の内容は『馬車の件はもう少し待ってほしい』という保留の謝罪だった。


 新作アルラウネアイスを出す時期は、もう少し後になりそうだなぁ、と、スケジュール帳に目を走らせる。


 ――と、この先の予定やらを考えながら、店の業務をせっせとこなしているうちに、日の高さはグングンと上がっていく。


 昼が近くなった頃に、午後のシフトに入っているエーナが出勤してきた。


「おはよう、エーナ」

「アルメ……! ちょっと……!」


 顔を見るや否や、エーナは店の奥にアルメを引っ張っていく。気遣わしげな声で、コソッと話しかけてきた。


「アイデンから話聞いたわよ。白鷹様、早馬車で街に運ばれたって……。その……お加減は……? というかアルメに連絡入ってる……? ごめん、私の口からこんな話しちゃって……」

「心配してくれてありがとう。事情はもうまるっと把握してるから、平気よ。彼ももう大丈夫みたい。まだ本調子ではないけど、ゆっくり休めば問題ないって」

「そう……! よかったぁ」


 ホッと胸をなでおろして、エーナはヒソヒソ声を明るくする。


「今は神殿に入院されているのかしら。アルメ、お見舞いのお休み取ったら? 私代わりにシフト出るよ」

「ありがとう。お言葉に甘えて、合間合間に様子を見に行く時間をもらうわね」

「合間と言わずに連休取っちゃったら? 神殿との往復大変でしょ」

「いや、実は彼の療養場所が――……」


 アルメは苦笑を浮かべながら、言葉を濁して天井を指差す。

 

 他の人たちには明かしていないけれど、エーナならば問題ないだろう、と、彼の居場所をそっと教えた。


 エーナは数回目をパチクリさせた後、事を察したらしく、わざとらしい笑顔を作って背中をペシペシと叩いてきた。


「……ははぁ、なるほど。なるほどねぇ。白鷹様、()()()お休みになられているのね。それはそれは、良いことで。ふふっ、女子会の日程を決めないといけないわ。全部聞かせてもらうから、覚悟しておいてね」

「ええと、こちらこそ、色々と聞いておきたいことがあると言いますか……。この先、相談事が増えるかと思いますが、よろしくお願いします、先輩」


 照れが上ってきた頬を手のひらでパタパタとあおぎながら、アルメはエーナに深々と頭を下げておいた。


 今度の女子会では恥ずかしさを押しのけて、この先必要になりそうな知識を仕入れさせてもらうとしよう。……もちろん、色事に関するあれやそれや、なども。


 

 ひとしきりヒソヒソ話に花を咲かせた後。他の従業員が近くに来たので、二人はそそくさと話題を切り替えた。


 エーナはエプロンを身に着けながら、今度は仕事の話を持ち出す。


「そういえば、表通り店に新作アルラウネアイスの広告看板が納品されたよ。でも、肝心の材料がないけど――って、コーデルさんがぼやいてたわ」

「う~ん……そうなのよ、ちょっと段取りの進捗が悪くて。オードル家との交渉がなかなか進まないの。今日も『待った』の手紙をもらっちゃったわ」


 オードル家は事故によって事業で痛手を負った上に、頼りの援助を切られて、現在ガタガタの状態だ、とのこと。


 そこから持ち直して、仕事が入って忙しくなっているという状況ならば、喜ばしいことである。けれど、そういう事情ならば、アイス屋としては予定を変更して、別の事業者への声かけを考えなければいけない。


 と、いうような悩み事をエーナに話していると……ふいに店の表から、聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきたのだった。


「ごめんください……! アルメ・ティティーさんはいらっしゃる!? ちょっとお話がありますの!」


 噂をすれば、の人物だ。この良く通る高い声の主はブライアナである。感情を昂らせている時の、キンキンと響く声――。


 奥から表に顔を出すと、ブライアナはウェーブの金髪を振り乱して、カウンターに乗り出してきた。


「あぁ、アルメさん、ごきげんよう! わたくしのお手紙、届きましたか……!? 毎度毎度、よいお返事を出せずに本っ当にごめんなさい! どうか、どうかもう少しお待ちになって! 我が家を見捨てないでくださいまし! どうか~っ!!」

「ブライアナさん……!? お久しぶりです、どうしたのですか!?」


 カウンター越しに縋りついてきたブライアナにギョッとする。まさか本人が直接謝罪に来るとは思わなかった。それも、見るからに取り乱した姿で。


 突然の事態に、なんとなく以前彼女と交わしたやり取りを思い出してしまった。店主とクレーマーという関係だった頃、こうしてカウンター越しに大声を交わしたことがあったなぁ、と。


 けれど、そんな過去と今とでは状況が違う。ブライアナはやつれた顔をして涙目で謝罪を繰り返していて、なんだかアルメがいじめている側みたいに見えないこともない。


 後ろにいたエーナが、ハッと気が付いて小声をかけてきた。


「アルメ、お客さんに変な目で見られてるわよ……」

「ま、まずい……えっと、ブライアナさん、とりあえずお店の中だとアレなので、場所を移しましょうか。何があったのかお話を伺いますので、ゆっくりお茶でも飲みながら……」

「聞いてくださいます……!? わたくしの積もり積もった話を聞いてくださいますの……!? あぁ、やっぱり持つべきものは友人ですわね……!!」


 ブライアナはおいおいと泣きながらアルメの手を握りしめた。涙をこぼしながらも、手に込められた力は存外強くて、彼女のバイタリティを感じさせる。


 愚痴を吐き散らす気満々のブライアナを、アルメはひとまず自宅に招くことにした。


 先に、寝室で転がっているファルクに了承を得ておく。

 暇をしていたようで、彼もお茶会への同席を願い出てきたが、未だ熱があって体調の優れない身だ。却下して部屋の扉を閉ざしてきた。


 とりあえず、これで準備はよし。ブライアナを二階の居間へと通す。


「散らかっていてすみませんが、お掛けください。込み入ったお話のようですから、人の耳のない我が家でどうぞ。……といっても、実は一人客人が――いや、ちょっとした身内のような人が、奥の部屋にいるにはいるのですが……お気になさらずに」

「そういえばあなた、妹さんがルオーリオに来ているのでしたっけ? お邪魔します……ワッとお喋りをして、ワッとお暇しますので、少しの間だけ、お茶会をご容赦くださいませね」


 奥の閉ざされた部屋にいるのは妹ではなく、昨日できた婚約者だ。


 妹のリナリスとは、大騒動を経て別れることになったのだけれど……そういえば、ブライアナには事件の詳細までは話していなかった。


 お茶会ついでに話しておこうかなぁ、と考えつつ、まずは彼女の話を聞くのが先である。


 何やらストレスを溜め込んでいるらしいブライアナをもてなすべく、アルメはお茶の用意をする。

 

 大きめのティーポットで紅茶を入れて、二人分のカップに注いだ。ついでにミルクアイスを深い皿に盛りつけて、シナモンの小瓶を添えて出す。


「苦手でなければ、シナモンのティーアフォガードとしてお召し上がりください。こうしてアイスにシナモンをかけて、紅茶を注いで――」


 説明しながら、自分の皿で作り上げてみせる。ミルクアイスにシナモンパウダーをサッとまぶして、ポットの紅茶を垂らした。


 シナモンと紅茶の香りがふわりと広がり、ミルクアイスが溶かされて交ざり合う。


「まぁ、美味しそう! わたくしもいただきます」


 ブライアナも小瓶からシナモンパウダーをすくって、アイスにかけた。


 そんな彼女の背後で、閉ざされていた寝室の扉が、スゥと細く開かれる。隙間から鷹の目が覗き、アイスを捉えて光った気がしたが――……アルメが睨みを飛ばすと、金色はピャッと引っ込んで、扉はまた閉ざされた。


(油断ならないわね……アイスにつられた鷹が飛んでこないように、見張っておかないと)


 白鷹と婚約を結んだことは、そのうち友人周りには話すつもりだけれど、物事にはタイミングというものがある。


 付き合いの長いエーナはともかく、ブライアナは仰天しそうなので、もう少し間を置くことにする。


「何です? さっきからわたくしの後ろを見て……何かいるのかしら?」

「いえ! 何でもありません! お気になさらずに」


 背後にチラチラと目を向けるアルメを見て、ブライアナはキョトンとしていた。


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